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若狭葵という少女

 翌日。アラームの音に起こされて目が覚めた僕は、聖職者が着るカソックに似た上着をワイシャツの上に羽織った。今の時期はそこまで寒いわけではない。むしろだんだんと暖かくなってきた頃合いだが、前の仕事柄着こんでいる方が落ち着くのだ。

 向かって左側のサイドの髪を編み込み、髪色と同じシンプルな黒いピンでまとめる。これでいつもの福本カズネは完成した。


「よし」


 時計に目をやる。まだプラチナムの本拠地に向かう時間には余裕があるけど、僕がいない間に変わったシロガネを見ておきたい気持ちもある。


「散歩、行こうかな」


 この近くには見晴らしの良い丘がある。そこからならシロガネの景色がよく見えるだろう。僕は上着の襟を正してから部屋を出た。



「ヤァ」

「葵?と……」

「……」


 丘に着くと、二つの人影が見えた。一つの正体は昨日も会った、まるで幼気な少年にしか見えない少女――若狭葵。そしてもう一人は、いかにも大人しそうな雰囲気の少年だ。黒い髪に黒の瞳、そして学ラン風にアレンジした制服と黒ずくめの少年は、何もしゃべらずこちらを見ている。


「あ、もしかして……葵の幼なじみの?」

「そ、影宮椿クンだよ。椿、ご挨拶ー……って、できないか。ボクが通訳す……る必要もないか」

「?椿はしゃべれないから葵が通訳してるんじゃなかったの?」

「そーだヨ、()()()()()()になってる」

「?それってどういう……」

「影宮椿はボクの神徒だよ」

「……!?」


 その意味を理解し、僕は大いに驚いた。


 神徒。それは強力な加護を持つカムイが伴う存在だ。神徒はカムイが生まれた時からカムイに付き従い、サポートする。それは加護の使い方から生活まで様々だ。神徒の姿形もまた人により、神徒が大きければ大きいほど加護の力は比例して大きいとされている。

 けれど、大半の神徒は人のサイズどころか小動物サイズがやっとと聞いている。それなのに、葵の神徒は目の前の少年だって?


「ふふ、驚いてるネ」

「そりゃ驚くよ。他の人は……知らないよね。神楽さんすら騙してるんだから」

「おや、騙してるとは人聞きの悪い。せめて隠してる、と言ってもらえないかい?」

「でも、どうやって欺いたの?カムイにはランク付けのために検査があるよね?」


 カムイにはランクが存在する。S、A、Bの順でランク付けされるのだが、カムイはみなこのランク付けのための検査を受けることを義務付けられている。カムイである以上、それは避けられないはずだけど……。


「あァ、それはネ。椿――いや、ボクの神徒シュバルにボクの加護を()()()()のさ」

「……喰わせた?」

「そ。シュバルは普段、ボクの力のほとんどを喰らって影宮椿を形成しているのサ。だから椿がいる時、ボクは力が使えないんだよ。それこそ検査だって欺けるほどには力が無いんだ」

「理屈はわかったけど……どうしてそんなことを?」

「トリックスターの加護は重くてネー。ずっと体に宿してると肩がこるのサ。……というのは冗談で。持たざる者ほど動きやすいんだよ、この世界は。探偵をしている以上、動きやすいに越したことはないだろう?」


 ……持たざる者ほど動きやすい、か。どうして葵がそう思うに至ったかは聞かないでおくけど、なかなか真理を突いている言葉かもしれない。

 

 そこまで聞いて、ふと気になったことを口にした。


「どうして僕には葵が本当のカムイだってことを明かしてくれたの?」

「ん?それは決まってるヨ」


 近くの鉄棒にぶら下がりながら、葵は答える。


「先生を味方につけるためだヨ?」

「……うん?」

「予め先生のことは調査していたけど、先生にはボクの秘密を知ってもらった方が味方につけやすいと判断したのサ。実際そうじゃないのかい?」


 僕は言葉を失った。神楽さんの説明が正しければ、彼女はまだ十四歳の子どものはずで。見てくれは幼気な少年にしか見えない彼女が、一回りに近い年齢差のある大人の僕を手球にとっている。


――この子は、何者だ?


 ここまで頭が回ることに舌を巻く。葵は僕を味方につけたかった、と言ったが葵という存在を敵に回すことの方が恐ろしく感じてしまう。


「……恐れ入ったよ。でも、葵。一つ覚えておいて」

「ん?」

「僕は先生だ。僕には生徒を見守り導く義務がある。その義務がある以上、僕は生徒みんなの味方だよ」

「……へぇ?」


 葵はニンマリ、と効果音が出てきそうなほど口角を吊り上げた。


「じゃあ、カズネ先生はどんな生徒でも味方になるの?相手がどんな極悪人でも?」

「うん。そうだよ」

「……まさかの即答。じゃあ、二人の生徒がいたとしよう。二人は正反対の主張をしていて、どちらも意見を譲ろうとしない。その場合、先生はどっちに味方するの?」

「二人とも納得できる道を探すよ」

「……綺麗事だねェ。先生もしや現実が見えてないんじゃない?」

「現実は醜いことばかりじゃないって教えるのも先生の役割だと思ってるよ」

「はいはい。カズネ先生のことはよーくわかったヨ」


 葵は鉄棒から手を離し、軽い足取りでまた椿の側に移動した。


「行こうか、椿。そろそろ学校が始まっちゃう」

「……」


 椿はこくん、と頷いた。


「あァ、そーだ。先生、前にボクが渡したホワイトベルのコピーは持ってるかな?」

「?うん、もちろん」

「あれ、裏もよく見といてネ。きっとキミの助けになるからさ」


 それだけ言い残し、葵は椿を連れて丘を後にした。腕時計を見るともうそろそろ出勤の時間だった。僕も丘を後にし、プラチナムの本拠地に向かうのだった。

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