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1.馬鹿みたい

「昨日の暖かさからは一変して、今日はとても冷え込みましたねぇ」

「そうですねぇ。雨も相まって、今日は上着がもう一枚欲しくなる寒さでした」

「ただ、今晩から雨は弱くなり、気温も明日から徐々に高くなっていきそうですよ。詳しく見ていきましょう」

 テレビでは夜9時前の天気予報が流れていて、キャスター達が微笑ましい会話をしている。

 私はほんの小さな、本当に小さな溜息を一つ吐いた。いや、二、さ……四回……。はぁー、もっとかもしれない……。

 暖かい照明に包まれているはずの部屋で、私は一人ぽつんと椅子に座っている。

 まだ、帰ってこないのかな。

 目の前の食卓には、あいつの分の夕飯がラップに包まれて待ちくたびれた様子で置かれている。「早く食べてくれよ?おいら達、美味しくなくなっちゃうぜ??」とでも言っているような回鍋肉は、既に熱を失っていた。

 頬杖をついてテレビを眺めている私も、暖房の効き目を感じにくくなっていた。靴下を履いていても足先は冷えてきて、手先は頬から熱を貰っている。

 そんな私たちを置き去りにして、あいつはまだ家に帰って来ない。

 テーブルの上のスマホを見ても通知が来る気配はない。あいつが記念日にくれたお揃いのストラップはいつ見てもキラキラして見えるけど、今日はなんだかくすんで見えた。

 部屋を見回すが、洗濯物は既に干すものは干したし、畳むものは畳んだ。私の食器は洗い終えたし、お風呂も終えた。それだけじゃなく食器も短い髪もそろそろ乾ききりそうだ。洗濯籠には私がさっき出した洗い物があるけどそれだけじゃ洗濯機を回すわけにはいかないし、家がそこまで散らかることもないから片づけをする必要もない。掃除は毎朝のルーティーンだから今はしない。

 考えられる限りの家事は既に終えてしまっているのです!

 番組はニュースへと変わり、最近の国際情勢や和平交渉の成立について特集されていた。

 ぼーっとしていても時間だけは着実に過ぎていて、呼吸さえ面倒になってくる。そうして、私はまた溜息を吐いた。

 画面に映る家族たちが涙を流して抱き合っている。

「良かった、本当に良かった」

 そう訳される言葉を話すあの人たちの気持ちは、本当はそんな十数文字では表せないだろう。ろくに脳みそも使わずに画面越しに見ているだけの他国のことをぼんやり考え、私は自分の間抜けな様を少しだけ恥ずかしく思った。

 私は逃げるようにスマホを開いて、あいつとのトークを見る。

「あのさ、今週の土曜日お出掛け行かない?この間話してた美術館とかどう?」

 午後4:34。その表示の上は空白だけ。

 仕事中に返信出来ないことはわかっている。でも、「もう帰り道のはずでしょ?」なんて思ったり……。夕飯要らないなら、連絡くれればいいのに……。

 時計の長針が「6」と「7」の間を指す。

 私の頬杖は崩れ、手の甲に顎を乗せる。秒針がゆっくりと1つ、1つ、1つと刻んで動く。私の瞼は次第に重くなり、ニュースの音は子守唄となった。


 はっと目を開けると、短針が「11」に近くなっていた。

 固まった身体を起こすと回鍋肉と目が合ったが、もう何も話しかけてこなかった。

 私、何してるんだろ……。

 はぁーっと言いながら椅子にもたれかかる。材質の堅さが背骨にゴツリと当たり、何も自分を包んではくれないことを悟った。

「片づけるか……」

 私は大きく伸びをして席を立ち、生気の失せた回鍋肉の盛られた皿に手を伸ばし――。

 カチカチ。

 聞き心地の良い金属の噛み合わさる音が私の耳を温かくする。私は全神経を集中させてドアが開いてから鍵が掛けられるまでの音を聞いた。どれもいつもより優しい音で、私は少し笑顔になる。あれ以来、あいつはここにも気遣いをしてくれる。

 そろりそろりと気配が近づくのを感じて、私は急いで席に着き顔を伏せる。食卓と椅子の包み込んでくれるような温かい感触が気持ちよかった。

 洗面台の流れる水と小さなうがいの音が私の待ち遠しさを加速させる。

 しばらくして気配がまた近くなり、リビングのドアが開けられた。

 あいつは部屋を覗く。私はそれを音だけで感じる。

 あいつはゆっくり音を出さないようにソファへと向かう。私は、あぁ、そういうことね、と少しにやけてしまう。

 あいつは次に私の方へと近づいてくる。私は、くくく、驚かせてやろ、と悪だくみをする。

 あいつの手が私に伸びるのを感じた瞬間、私は起き上がって「ワァ!」と叫んでやった。

「ゥギャ!」

 あいつは肩をビクリとさせて、私の予想以上に驚いた。

 目を丸くさせたあいつの顔は可愛かったけど、ちょっとやりすぎちゃったかな……。

 私は顔には出さないように努めつつ、少しだけ心配した。

 しかし、「なんだ、起きてたのね。びっくりさせないでよ」とあいつが笑顔で言ったので、私は心の中だけでほっとした。そして片手で毛布を持ち、もう片方の手を私の頭の上に置く。

「ただいま」

 私の心は中心からとめどなく溢れる温かさで一杯になっていき、にまにまは抑えられなくなった。あいつの手はとても冷えているはずなのに、私に添えられた箇所から確かに温かさを感じた。馬鹿みたいだなと思いつつ、私はその心地よさがたまらなく嬉しかった。

「おかえり」

 私は甘えた声で応えた。

 するとあいつは食卓を見て、気まずそうな様子で私に目線を移した。

「ごめんね、遅くなって。仕事が長引いたり、人身事故で電車が遅延したりって色々あって」

 幸せですっかり忘れていたが、あいつは一報も入れずに夜遅くに帰ってきたのだ。ちょっと懲らしめなくては気が済まない!

 私は直前にあいつを驚かせたことをすっかり忘れていた。ちょっかいを出したくて仕方がなかったのだ。

「連絡くれればよかったのに。ご飯すっかり冷めちゃったんですけど」

 私はわざとらしく眉間に皺を寄せて目を細めながらあいつを責める。

「ごめん、返信しようと思ったら携帯の電源がちょうど切れちゃったんよ」

 あいつは慌てて携帯を私に見せる。

 頭から手を外されて少しだけ不機嫌な気持ちになり表情がそれらしくなった私は「モバ充は?」と尋ねる。

「家に忘れてた」

 肩を上げてストンと落とす動作をするあいつを私は睨みつけるが、これ以上いじめて嫌われたくはないので「ふーん」と言って責めるのを止める。私はあいつの腰に手を回してしっかりと抱き寄せた。セーターのふかふかは私を満たし、あいつの腕とお腹が私を優しく包み込んでくれた。

「ご飯、あったかいの食べてほしいから、電池、気を付けてよ?」

「あい」

 あいつの返事をしっかり聞き、私の心は満足した。

 うずめた顔をあいつに向け、瞳をじっと見つめる。あいつは「どうしたの」と一瞬戸惑ったけど、何も言わない私を見て柔らかい笑みを浮かべながら頭を撫でてくれた。そうして囁かれるあいつの心からの言葉に、私の心は温かさを溢れさせた。

 あぁ、幸せ……。

最後までお読みいただきありがとうございます。

ここで、皆さんに質問です。


「私」と「あいつ」、二人のそれぞれの性別はどのようなものであると思いましたか?


ぜひコメントにて自由にご回答ください!

こちらの作品は連載小説ですので、今後もぜひお読みください。

それではまた次回、お会いしましょう。

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