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上書き保存します 俺の仕事其の弐

作者: 後ろの物書き

短いので読んでくださると嬉しいです。

 俺は記憶の書き換え屋だ。

 人の記憶を一部だけ書き換える、つまり元の記憶を消して新しい記憶に上書きしてしまうのを生業にしている。

 犯罪絡みの依頼や、他人の人生を狂わせたり、不利益を与える依頼は受けない。例えば妻に不倫がバレたが慰謝料を払いたくないから妻の記憶を変えてくれ、と頼まれても受けない。それは俺の流儀に反する。

 俺が受ける仕事は他人に不利益を与えず、わずかな記憶を変えることで楽に生きることができるようになるような、そんな依頼に限る。


 愛猫が事故死して、うっかり窓を開けてしまった自分を責めて辛くて仕方がない元飼い主の記憶を、猫を気に入って大切にしたいと言う外国人に譲ったと上書きしたこともある。


 コンクールで大きなミスをした心の傷で演奏できなくなったピアニストの記憶は、コンクールにインフルエンザで参加できなかったと上書きしたら、また演奏ができるようになった。周囲は彼女のミスを覚えていても、傷をえぐるようなことは言わないだろうから、彼女の過去からあのミスは消えたようなものだ。

 俺の仕事はそんなもの。

 忘れてしまいたい記憶、悲しい過去、恥ずかしい失敗、そんなものを、事実は消せずとも本人にだけは忘れさせることができる。


 今回の仕事は娘さんの死に苦しむ妻から、その記憶を消してほしいと願う夫からの依頼。

 難病を患い、何度も手術を受けて長い入院生活を送った末に、激痛の中で苦しみながら息を引き取ったのだと言う。

 これは悩むところだ。

 夫の希望は娘が生きて外国で暮らしていることにして欲しいそうだが、それは無理がある。

 生きていることにしてしまっては、死亡と記載されている戸籍などと矛盾が生じるし、いくら外国にいるとしても全く連絡の取れないまま何年も過ごすのはおかしい。

 やはり悲しいことだが、死という現実には、人は向き合わないといけないこともあるのだ。


 死の記憶を前にして俺にできることと言えば、死因が悲惨だった場合に、苦しまず安らかに旅立った記憶とすり替えることぐらいだ。

 死を無かったことにしてしまっては、娘さんは家族に墓参りもされない存在になってしまうのだから。


 俺がそう説明すると、夫は分かってくれた。

「それでいいです。娘は痛みも苦しみも恐怖もなく、ある日眠っている時に突然死したことにしてもらえませんか?そしてぼくからも、娘の苦しんだ最期や、この依頼をした記憶も消してください」

 依頼をした記憶も消すとその後支払いをしてもらえないので、こんな時は前払いだ。夫婦二人分の記憶の書き換えで十万円。

 高いのか安いのか、それは感じ方次第。


 料金を受け取ると、俺は夫の記憶を書き換え、夫の記憶から俺の顔も消した。

 次に自宅を訪ね、出てきた妻の記憶も書き換えた。


 娘が亡くなる前の最後の晩は、家族で娘の好物を食べて、笑顔あふれる幸せな夜だった記憶も、サービスで追加しておいた。


 

 

 

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