第玖話(作者:島猫。)
ヒュン
風の音がして、目に溜まっていた涙がこぼれた。
ヒュン
空気が震え、頬を伝う涙が揺れる。
「ヒュン?」
それは鳴き声だった。
足元には白いウサギ……か犬みたいな、ふさふさの小動物。
私の足に体をこすりつけている。
「慰めてくれているの?」
屈んで覗き込んだら、顔に体をこすりつけてきた。
「ふふ、くすぐったいよ」
あ、笑えた……自然に笑えた。
好きな人が「好きだ」と言う瞬間を見てしまった。
相手は学年一可愛い女子。
「……っ、志穂!」
私に気付いて追いかけて来てくれたんだね。
いつもの優しさが今の私には残酷で、正直つらい。
一度深呼吸してから立ち上がって振り向くと、走って追いかけて来てくれたのか、少し息の上がった健吾くんがいた。
「さっき佐野さんに告ってたでしょ? 結果はどうだったの? オッケー貰えたの?」
矢継ぎ早に質問して、自分を誤魔化す。
大丈夫、今ならちゃんと笑えているはず。
「違う! 俺は……俺、志穂のことが好きだって言ったんだ。佐野さんからは好きだから付き合ってほしいって言われて、でも、付き合えないって断った」
涙腺の蛇口が締まらない。
また目に涙が溜まる。
ヒュン
また風が起こった気がした。
小動物の温もりとは違う熱に体を包まれた。
「なぁ、志穂聞いて? 俺は……俺は、志穂のことが好きだ。ずっと、ずっと好きなんだ。だから付き合ってほしいと思ってる……って、これまでとどう変わるのかっつっても、たいして変わんない気もするけども、……でもキスはしたい! 手は恋人繋ぎするし、今みたいに志穂のこと、思いっきり抱き締めたい」
「……うん、ありがとう。私も、健吾くんのこと……好きだよ」
健吾くんはポケットからポケットティッシュを取り出して、私の涙と鼻水を拭いてくれた。
ポケットティッシュはポケットに入るからポケットティッシュなんだなぁと、思考を飛ばしている間に、唇にキスされた。
「健吾くんがちゃんとティッシュ持ってるの、意外な気がする」
キス、しちゃった……恥ずかしい。
「逃げたペットを探してるっていう、ガタイのいいおっさんやらお兄さんやらが集団で今朝配ってたから」
ティッシュには紙が入れてあって、描かれているイラストがさっきの小動物に似ている気がしたけれど……また健吾くんの手が後頭部と頬に触れたから、今度はキスを意識して、私はそっと目を閉じた。