第陸話(作者:城河 ゆう)
「もうちょっと……あとちょっ――よし、採れたっ! あ――」
果実のなった木の上で、幹にしがみつきながら、必死に枝先へと手をのばしていた私は、果実を掴んだ瞬間、思わずガッツポーズをしてしまった。
――両手で。
体を支えていた手を放してしまい、バランスを崩した体は、当然重力に引かれて落下を始めるわけで……
「わわわ、ぷ、〖プロテクシむぎゅう」
「びゃぅんっ!」
ほとんど反射的に腕を伸ばし、防護魔法で身を守ろうとした瞬間。
突然目の前に顕れた、白くて柔らかい“ナニか”が顔にぶつかって、魔法がキャンセルされてしまった。
「いたた……いったい何が………………いぬ?」
たぶんぶつかった衝撃で弾き飛ばされたのだろう。
少し離れた場所に、白いもふもふの――犬っぽい動物が横たわっていた。
真っ白な毛並みに、少し長めの耳……この辺ではあまり見た事ない種類だけど――
「――スカーフ巻いてるって事は、誰かの飼い犬かな?」
「ひゅぅぅん……――っ!?」
木の根元に座り込みながら、様子を観察していると、目を回していた犬(?)が、ヨロヨロと立ち上がって、周囲を見渡した後、私を見つけてジッと見つめてくる。
――手元の果実を。
「……えっと」
「ひゅん……」
切なそうな声で鳴きながら――果実をジッと見つめている。
「……あげようか?」
「――!? ヒュン!ヒュゥン!」
私が言うと、トトトっと2本足で駆け寄ってきて、両手?で果実を受け取り、美味しそうにかじりついた。
うん、お腹空いてたみたいだ。
2本足で歩く犬なんて聞いた事ないから、別の生き物かな?
魔物って感じではないんだけど……
「私、ミリーって言うんだけど、あなたの名前は? どこから来――」
なんとなく、こっちの言葉を理解してそうな感じがして、話しかけた次の瞬間。
急に複数の気配が周囲に現れて、思わず臨戦態勢を取る。
「――今度は森の中、ですか。 世界樹の実の気配を追える以上、見失う事は無いでしょうが、流石に面倒になってきました。 そろそろ、戻ってきて貰えませんか……ヒュンタ?」
木々の向こうから姿を見せたのは、軽騎士風の格好をした男達だった。
「へぇ……あなた、ヒュンタって言うんだ」
「ひゅぅぅぅん……」
横目で“ヒュンタ”に声をかけるが、男達に怯えるように、私の後ろに隠れてしまう。
「そこのあなた。 ヒュンタ――その、足元にいる動物をこちらに渡して貰えませんか? その子の主人の元に返したいので」
「飼い主の使いの人達ってわけ?」
「そう言う事です」
超笑顔で「もちろんですよ」等とのたまうが、こうして話してる間にも、少しずつ周囲を囲まれ始めている。
この子の怯えようを見ても、単純に逃げ出したペットを捕まえに……って感じじゃないんだよねぇ。
――さて、どうしようか。
「この子は……あんまりあなた達と行きたくなさそうだけど?」
「そう言われましても、私達も『連れ戻せ』と命令されて来てますので、渡していただかなくては――困りますねぇ」
そう言いながら、腰の剣や杖を抜く男達。
そのままジリジリと、距離を詰めてくる。
「ねぇヒュンタって言った? もし言葉がわかるなら、まだ包囲されてないあっちに逃げな」
「ヒュゥン!?」
小声で声をかけると、ビックリしたようにこちらを見てくるヒュンタ。
やっぱり、ある程度言葉を理解してるのかな?
「んじゃ、しっかり逃げなよ? ――そうら!」
「――なっ!?」
羽織ったコートの内側から、閃光弾を取り出し、放り投げると同時、腰の両側に提げたホルスターから相棒を抜き、瞬時に引き金を引いて撃ち抜く。
そして、強烈な光が周囲を照らす一瞬の間に、弾倉を非殺傷のゴム弾に替え、今度は怯んだ男達の頭部を撃ち抜いていった。
途中何発か、反撃の氷弾等が飛んできたが、〖プロテクション〗で弾きつつ、時に直接撃ち抜きながら、周囲に弾をばら蒔くことしばし――
「さて、これで後はあんただけだね」
――立っているのは、私と、最初に話しかけてきた奴だけになった。
「――ぐぅぅ……って!団長まで伸びてるじゃないですか! 油断しすぎでしょう!?」
「非殺傷弾とは言え、暫くは寝てると思うよ?」
顔をひきつらせながら声を荒らげる男。
ん? ってか今、団長って言った?
「アンタがリーダーじゃなかったの?」
「……私は副団長です。 団長は、その、強面過ぎてヒュンタに嫌われてるので」
副団長と名乗った男のどことなく煤けた雰囲気に、なんとも言えない空気が流れる。
「……あ、そうなんだ……苦労してそう、だね。 ――んで? アンタはまだやるの?」
「いえ、油断があったとは言え、この人数差を物ともしない相手となれば、これ以上は無益でしょう。 ……肝心のヒュンタも逃がしてしま……った……し?」
まぁ、一応、これでもA級の冒険者だし?
――と、得意になったが、すぐに違和感を覚えた。
副団長の視線が、私ではない所――具体的には、私の少し後方の足元に注がれていたからだ。
不思議に思って、チラッと後ろを伺った私――絶句。
「ひゅぅぅぅぅん……」
そこには、逃げたと思っていたヒュンタが、目を回しながらフラフラしていた。
「あんたなんで逃げてな――って、まさかさっきの閃光弾かぁ!」
あまりにもあんまりな展開に、ついついヒュンタの方に向き直りツッコミを入れてしまう。
「――ひゅっ!? ヒュンっ!」
「――あっ、ちょっ……って、消えたぁ!?」
私の大声に驚いたのか、ビクッと飛び上がったヒュンタは、直後、短い鳴き声をあげて目の前から消え去った。
いや、あいつ、結局なんだったの? ただの犬でないことは確かだけど。
「……はぁ、結局、また逃げられましたか」
「え? あ――」
いつの間にか背後に来ていたらしい、副団長が私の肩をポンっと叩く。
それと同時に、強烈な眠気のようなものに襲われて、身体に力が入らなくなった。
『高い戦闘力に、変わった武器。 見目も麗しいですし、連れていきましょうか』
頭の中に霧がかかっていくように、徐々に意識が遠くなる中、副団長の声が聴こえたような気がした……。