流星群の夜~星のまにま、時のしじま(作者:腰抜け16丁拳銃/クロモリ440)
「はあ……それで、マニ姉はここで一体何をやってるの?」
そう告げたぼく、時乃シジマの目の前にいるのは、夜の学校に忍び込んで屋上でガトーショコラをむさぼり食い、口のまわりをチョコだらけにしながら下着姿でベリーダンスを踊るマニ姉、星野マニマの姿だった。
「なっ! 何しに来たのよ! シジマに関係ないでしょ!」
「何しにって……隣の家の年上の幼なじみが心配だったからだけど? ああ、とにかくまずそのポーズをやめたら?」
マニ姉はアチチュード・アラベスクの姿勢のまま固まっていたからだ。ベリーダンスはうちの母親と一緒に習っていたな。
マニ姉が言うには全ては異世界に行くためだという。7つの大罪を犯し7つの流れ星を数えるごとに7度の踊りをささげる。それが異世界へのゲートを開く魔法なのだという。そういえば今夜は流星群だったな。
「そんな方法どこで聞いたの?」
「『3104丁目のダンスホール』よ!」
ネットの巨大掲示板かよ! どう考えても玉石混淆の石のほうじゃないか。しかも砂利。
「大罪を実行するごとに悪魔が力を貸してくれるって書いてあったのよ」
「それでガトーショコラを一気食いしたの?」
「『暴食』の大罪よ」
「服を脱いでいたのは?」
「『怠惰』の大罪」
「だったらあのふにゃふにゃダンスは?」
「ベリーダンスだったでしょ! し、『色欲』の大罪よ」
「ちゃんと踊れてたらそうかもね。後の大罪は?」
「『憤怒』も『嫉妬』も『強欲』ももう十分。お釣りが来るくらいよ……」
10日前、マニ姉の両親は交通事故で突然死んでしまった。運命に『憤怒』して、死者が生き返るように『強欲』に願い、幸せに笑う世の中に『嫉妬』した彼女の絶望は、ぼくにも分かりすぎるほどよく分かる。
「あと一度、次に流星が流れた時に『傲慢』の大罪を犯せば魔法は完成するわ」
「『傲慢』の大罪って?」
「この世を見限って捨ててやるのよ。簡単に言えば自殺よ」
「ちょっと何言ってるのか分からない。それじゃ成功してもしなくても……」
「いいのよ! もうどっちだっていいの……この世にいたくない、本当はそれだけなのかもしれないけどね」
マニ姉に死んだ魚の目でそう言われるとそれ以上は何も言えなくなる。結局ぼくも一緒にマニ姉の横にならんで空を見て最後の時間を過ごした……。
……そのとき星が流れた。マニ姉が立ち上がる。
「じゃあ逝くわ。止めないでね……」
「止めないよ。すぐにぼくも追いかけるから」
「はっ? シジマには関係ないでしょ!」
「無くはないよ。マニ姉のいない世界なんてぼくには無意味だ」
「えっ? と、とにかく駄目! 絶対駄目だから!」
「何で? ぼくの気持ちが信じられない? それとも……」
『……ぅん』
マニ姉と言い争うぼくの耳に何かが聞こえた。
『……ゅ……ぅん』
その音のするほうを向くと、そこに信じられないものを見た。
「えっ? 何で!」
流星が急に向きを変えてこちらを目がけて猛スピードで突っ込んで来たのだ!
『ひゅうぅぅぅぅぅうぅぅぅぅうぅぅぅうぅぅうぅうううん!』
そしてそれはマニ姉の胸に飛び込み、ぼくらは白い閃光に包まれた!
……気がつくとぼくは屋上にいた。気絶していたのだろう。腕の時計を見るとあれから30分と経っていなかった。そのとき何かがぼくの顔を舌で舐めた。
『ひゅうん……』
これは何だろう? 全身が白いふわふわの毛で覆われた犬とも兎とも違う動物。人懐こい青い宝石のような瞳でぼくを見ている。首に巻いた赤いスカーフを見ると誰かに飼われているペットなのか?
ぼくはふとマニ姉が気になって首を回す。彼女は異世界に行ってしまったのだろうか?
しかしぼくの視線の先に彼女はいた。四つん這いになって彼女の側に行く。息があるのを確かめる。よかった、本当によかった……。
『ひゅうん……』
ぼくを追ってきたあの動物が今度はマニ姉の顔を舐める。それに応えるように彼女も目を覚ます。
「ひっ! ちょっ……えっ、何?」
「大丈夫、おとなしい動物だよ」
「シジマ? ああ、よかった……無事だったのね」
跳ね起きたマニ姉だったけど、ぼくがいることに安心したようだ。
「それはいいけど……なんなのこれ?」
「ぼくもよく分からない。気がついたらそばにいたんだ」
『ひゅん! ひゅん!』
半身を起こしたマニ姉のまわりを動物が走り回る。
「ひゅんひゅんって、それ鳴き声なの? じゃああんたはひゅん太ね」
「何だよ、その安直な名前」
「いいじゃない。おいでひゅん太!」
『ひゅん!』
ひゅん太がマニ姉の差し出した手をペロペロ舐める。甘えて体を擦りつけてくるのを撫でてやる。久々にマニ姉のうれしそうな顔を見たな……。
だけれどもマニ姉の目は再び悲しい色に戻ってしまう。
「さあ……もう行きなさい」
『ひゅん?』
ひゅん太は「どうして?」という風に首をかしげる。
「あんたはここにいちゃ駄目なの。飼い主がいるんでしょう? それに今優しくされても……それだけじゃ生きて行けないわ。さようなら……」
「マニ姉……」
マニ姉が立ち上がってひゅん太と距離を取る。
『ひゅん? ひゅう~ん』
なおも追ってこようとするひゅん太をマニ姉は拒絶する。
「やめて! ついて来ないで! あんたなんか嫌い! 大嫌いよ!」
そう言って拳を振り上げるマニ姉にひゅん太が悲しげな声で鳴く。
『ひゅう~ん……ひゅう~~ん……』
しかしマニ姉は手を下ろそうとはしなかった。目に涙を溜めたまま。
それを見てひゅん太は歩き出す。マニ姉もひゅん太に背を向ける。
『ひゅうん……ひゅうううん!』
そしてひゅん太は突然消えた。……消えた?
「何やってるの、シジマ。帰るわよ」
動けないでいるぼくにマニ姉が声をかける。ぼくもすぐに後を追った。
ひゅん太の正体は精霊なのか? それとも妖怪? ……どうでもいいか。マニ姉が死ぬ気が無くなったことのほうがぼくには大事だ。
帰り道でマニ姉は無言のままだった。ぼくも急にさっきのことを思い出して話しかけられなかった。ぼくの一大決心の告白を彼女はどう思っているのだろう? 勢いで言ってしまったとはいえ、一緒に死んでもいいというのは嘘じゃないけれど……。
家に帰り着くと、ぼくの両親が起きていてしこたま怒られた。それはマニ姉も同じだった。そう、何故か生きている彼女の両親から!
そこでぼくは気がついた。異世界転移は成功していたのだと! そしてそれを叶えてくれたのは多分ひゅん太なのだということも。
外でのお説教タイムはマニ姉のドン引きするほどの号泣でうやむやになった。家に入る直前、ぼくにマニ姉が話しかけてくる。
「あのときのこと……本気にしていいの?」
少し照れたマニ姉の目は期待にあふれていた。しっかり覚えられていた!
「いいよ、5年待ってくれるなら。ぼくも大学に行きたいし。それに……先生の恥ずかしいところもバッチリ見ちゃったからね。責任は取るよ」
「ばっ、馬鹿! 何でそれを今ここで言っちゃうのよ!」
その夜、ぼくらは次の日になるまで両親たちに問い詰められることになった。それでもどうということはない。テーブルの下でこっそりつないだマニ姉の手のぬくもりに比べたら。
(つづく)