事のおわりと新しいはじまり(作者:しいな ここみ)
怖い笑顔で魔法騎士団長のユーリが追いかけてくるから、なんだかわからないけど必死で逃げた。
逃げようと思ったら不思議なことにヒュンと飛べて、気がついたら知らない世界にいた。
ヒュンタはそのたびにホッとしたけど、ほんとうはいつも泣きそうだった。
なんでこんな怖い目にあうの?
ぼくが何かしたっていうの?
ユージンに会いたい……。
飼い主で、友達でもある、優しいユージン・コマネティック第一王子に会いたい!
戻りたかったけど、戻れなかった。
ヒュンと異世界へ飛ぶことはできたけど、どこへ飛ぶかは自分では決められず、いつでもどこに行くかは運任せだった。
人間と会話できる不思議な世界に飛んで、カケルに出会った。彼に感謝した。
追いかけてくる魔法騎士団と話をしてくれて、元の世界へ戻れるようにしてくれた。
ありがとう……。
大好きな王子のところに戻れる!
♠ ♡ ♣ ♢
「おおっ……! よくぞ戻った!」
大広間で、片膝を立てて頭を下げる八人の魔法騎士団を前に、ヘンリー・コマネティック王はご機嫌だった。
「して……、もふモッフィーは?」
「連れ戻してございます」
魔法騎士団長ユーリが恭しく答える。
「真っ先にユージン様のところへ飛んでいきましたが、ご安心を。もう逃げることはありませんし、世界樹の実は既に回収済みでございます」
「そ、そうか!」
王がすごい笑顔でソワソワする。
「実は!? 世界樹の実はどこにある!? はよ!」
「じつはそのことで、大変素晴らしいお知らせがございます」
「なんじゃ?」
「もふモッフィーを追って飛んだある異世界に、世界樹の実がいくらでもある世界があったのでございます」
ユーリはドヤ顔で報告した。
「住人たちはそれを大切にしていたようですが、なにしろ私ども魔法騎士団は無敵! あるだけかっぱらってきてやりましたよ」
もちろん嘘である。
ほんとうはかっぱらったのではなく、貰ったのだ。
「な、なんだってー!?」
王様は目をキラキラと輝かせた。
「そんなの、今世でも異世界でも、みんなで征服し放題じゃないかー!」
ふっふっふっふと黒い笑いをその場の全員が口から漏らし、大広間の色が邪悪になった。
「我らコマネティック王国が全世界を蹂躙する時が来たようです」
野望を口にするユーリは、ほんとうはカケルにボロ負けしたことなんかすっかり忘れて自信たっぷりだった。
そしてカケルから貰った世界樹の実をたくさん入れた宝石箱を、王の前に差し出す。
「その中、もしや……」
王が舌なめずりする。
「世界樹の実がぎっしりでございます」
ユーリがひひひと笑う。
「ですが、これは異世界の世界樹の実。効果がこちらのものと同じとは限りません。これは私どもが食べますので、王様にはこちらを……」
ユーリはそう言うと、懐に大事に入れていたベルベットの包みを取り出した。
丁寧にそれを開くと、中から出てきたものを見て、王が奇声をあげた。
「それだーーーッ! わしの大事な大事な、世界樹の実ちゃん!」
たまらず玉座を駆け下り、むんずとそれを掴むと、躊躇なく口に入れた。
「もふモッフィーに再び食べられる前にこうしてやるわ! キャーッハッハ! これで全世界はワシのもの!」
魔法騎士団も、八人揃って箱の中の実を飲み込んだ。
横から大臣たちもあさましい手を伸ばし、掴み取ったそれを次々と飲み込んでいく。
全員がゲッヘッヘと笑った。
「王よ! 我らを導きたまえ!」
家臣たちが歌うように声を揃える。
「まずはどんな悪いことしちゃいますか!?」
「女を攫いにいくぞ!」
王がノリノリだ。
「美女ばかりの国へ飛びます! 飛びます! GO!」
ヒュン! ヒュン! ヒュンっ! と音を立てて、大広間にいた男たちの姿が次々と消えた。
♠ ♡ ♣ ♢
赤い絨毯の続く廊下をヒュンタは駆けていた。
早く会いたい! 逸る気持ちが自分をヒュンと飛ばしてしまいそうになっていたが、必死で抑えた。それだとどこへ飛んでしまうかわからない。
四本の足で階段をぽぽぽぽぽ!と駆け上がり、左を向くと、見えた。王子の部屋だ!
扉が開いていた。前で少しスピードを落とし、そっと覗き込む。
王子は、いなかった。
「ヒュウん……」
広い王城の中を、王子を探してトボトボと歩いた。
「ヒュウウ……ん」
なんだか王城の中から人の気配が消えている。
誰ともすれ違わなかった。いつもならずっとパーティーを開いて遊んでいる王妃たちも遊戯室にいなかった。
謁見用のテラスから外を眺めた。鼻をヒクヒク動かして匂いを探る。人の匂いが、ない……。
思わず悲しげな声が漏れた。
「ヒューん……」
その時、後ろから懐かしい声がした。
「ヒュンタ!」
「ヒュ……っ!?」
麗しいその声に急いで振り返ると、眩しい姿があった。ブロンドの捲毛の11歳の少年、ユージン・コマネティック第一王子がそこに立っていて、少し困惑している表情をしていたが、ヒュンタと目が合うと笑顔を浮かべた。
「ヒュウーンっ!」
全速力で駆け寄って、ジャンプして飛びついた。胸で受け止めた王子は後ろにひっくり返ると嬉しそうに笑った。
「心配してたぞ、ヒュンタ! また会えてよかった!」
「ヒュン! ヒュン! ヒュううっ……! ヒュウウウ〜んっ!」
その胸に思いっきり頬を、鼻を、額を擦りつけた。王子も、もふもふぽんぽんと、全身を撫で返してくれた。
いっぱい話したいことがあった。言葉は通じなくても、話したくて仕方がなかった。
怖い目にあったこと、いろんな世界に行ったこと、優しいお兄さんやお姉さんに会ったこと、女の人が魔法騎士団に攫われまくってたこと、江戸とかいうところである言葉の語源に自分がなったことなど。
気が済むまでヒュンヒュン鳴いて話し続けた。
ヒュンタがまったりとなると、王子はその頭を優しく撫でながら、言った。
「会えてよかった……。でも、大変なんだよ、ヒュンタ。お父様もお母様も家臣たちも、みんな行方不明になってしまったんだ」
「ヒュッ?」
「ユージン王子……」
二人の後ろから背の高い、純白のローブを身に纏った美しい人物が現れた。長い銀髪の両側からエルフの長い耳が覗いている。
振り返った王子が嬉しそうに声をあげた。
「大賢者サイダ・フウガ! おまえは消えていなかったんだね!?」
「大変なことになりましたよ、王子様」
フウガは透き通るような男の声で、重々しく言った。
「みんなトチ狂って世界樹の実を使い、異世界へ飛んでいってしまいました」
「異世界へ? ……でも、戻ってこられるのだろう?」
「異世界の者に劣化コピーを掴まされたようです。どうやら使用できるのは一回限り、しかも片道切符のようです」
「そんな……。それじゃ……、どこかの異世界へ行ったまま……?」
「弟子のユーリに魔力の紐がつけてあります。それを手繰って水晶玉でむこうの様子を見ることはできます。……ご覧になりますか?」
フウガが懐から取り出した水晶玉を、ユージンとヒュンタは並んで覗き込んだ。
そこには父王ヘンリーがたくさんのピンク色の巨大ムカデに囲まれて、木によじ登ってワンワン泣いている姿が映っていた。
「大変だ! 父上はムカデが大嫌いなんだ」
「……私の弟子は大好きなようですが」
そう言うとフウガが水晶玉に映す映像の角度を変える。
何やら人が変わったように聖人化したユーリが映った。ネコ耳のついた大司教の格好をして、ムカデを集めて厳かな顔つきで説教をしている。その周りでは魔法騎士団のメンバーたちが『神はおわします』と書かれたティッシュをムカデたちに配布していた。
「どうやらユーリたちが呑んだ異世界の世界樹の実には、性人を聖人化させる効果があったようですね」
「母上は!?」
「わかりません。おそらくは王とは別の異世界に飛んだ模様です」
「助けられないの!?」
「無理です。世界樹の実がないことには……」
「ヒュンっ」
ヒュンタが鳴いた。
フウガがヒュンタを見る。
その目が驚きに見開かれた。
「これは……。このもふモッフィーが呑み込んだ世界樹の実は既に消化され、彼の能力として開花しているようだ! 私の力を添えればユーリの紐を辿ってむこうへ飛ぶことも、戻って来ることもできましょう!」
「でも……。あんな腹黒い人たち、戻してもいいのかな」
「大丈夫。ユーリは聖人化していますし、おそらくは他の者たちも……。王はこれで心を入れ替えてなどはくれないでしょうが、お一人では何もできません。何より世界樹の実が『気軽に好きな異世界へ飛べて、簡単にこちらへ帰って来られるような便利なもの』ではないとわかってくださったことでしょう」
「じゃあ、行こう!」
「できることなら王がこれで懲りてくださることを祈りますが……」
ユージン王子と大賢者フウガが背中に掴まると、ヒュンタが吠えた。
「ヒュウオオオーッ!」
ヒュン!
三人で王のいるピンクの巨大ムカデの異世界へ飛んでいった。
しかし王妃はどこにいるのか不明だ。探さなければならない。
こうして分不相応な野望を抱いた王は、その後は王妃を探させることに明け暮れ、世界征服どころではなくなった。
女攫いの魔法騎士団たちは皆、心の入れ替わった聖者となり、慈善活動に努め、団長の顔が怖いにも関わらず民衆から愛された。
第一王子ユージンは母を探してヒュンタとともに異世界を飛び回ることとなった。
しかし、冒険の日々は王子を逞しく成長させるだろう。ヒュンタとの絆があれば、いつかは母のいる異世界に辿り着けるだろう。
もしかしたら母はめっちゃ楽しい異世界にいて、会えても「帰りたくない」とか言い出すような予感もしていた。
それでも王子とその相棒は、今日も母を探して、何が待っているかわからない異世界へ、冒険の旅に出掛けるのだ。
「さぁ、今日も飛ぶよっ、ヒュンタ!」
「ヒュンっ!」
(おわり)
お読みくださった方々、ご参加くださった作者の皆様、どうもありがとうございました\(^o^)/
『みんなで世界観だけ共有して自由に書く』『誰でも参加できる敷居の低いリレー小説』を目指して企画を主催させていただきましたが、各作者様の個性の光る、大変面白いアンソロジーリレー小説になったと思います。
みんなで作った連載作品、とても楽しかったです(*^^*)
ほんとうに、ほんとうに、皆様どうもありがとうございましたm(_ _)m