そして始まりの世界へ(作者:ひだまりのねこ)
「くっ、またヒュンタを逃がしてしまったか……」
魔法騎士団長ユーリは苦虫を潰した表情で小さく息を吐く。
彼らは、ある異世界からやってきた異邦人。
ユーリが苦難の末に手に入れ、王に献上した伝説の『世界樹の実』
異世界の壁や時空すら越えて自由に移動することが出来ると言われているのだが、うっかり皇子のペットである、もふモッフィーのヒュンタが『世界樹の実』を食べてしまったからさあ大変。
ちなみに、もふモッフィーとは、ウサギ、イヌ、ネコを混ぜたような小動物である。
王の命令で『世界樹の実』を取り戻すべく魔法騎士団が動くが、ヒュンタは強面なユーリの顔に怯えて異世界へと消えてしまった。
ヒュンタの腹を掻っ捌いてでも取り戻せとの厳命を受け、ユーリたちは文字通り様々な世界を股にかけてヒュンタを追ってきたのだが……肝心なところで邪魔が入りことごとく逃げられてしまっている。
王に献上するため、立ち寄った世界で攫ってきた美女たちも、結局逃げられてしまい、持ち帰れる成果はゼロという有様。このまま手ぶらで戻れば王の逆鱗に触れることは間違いないだろう。
「まったく……団長が悪いんですよ? ティッシュ配り作戦なんて考えるから……」
部下たちは一様に団長を責める。
「むう……」
ユーリには返す言葉がない。実際、ティッシュを配っている間にヒュンタに逃げられてしまったのは紛れもない事実。
だがユーリにも事情はあった。
逃げられた女たちにボコボコにされた挙句、金目のものは持っていかれて、回復するまでの間、生活費を稼ぐ必要があったのだ。魔力が存在しないこの世界では、魔法は使えるが、一度失った魔力は回復しない。
そして何より業者が数量を一桁間違えて納品してきたせいで、大量の在庫を抱えてしまい、さすがのユーリたちも捌くのに時間がかかってしまったというやむにやまれぬ状況。
生真面目なユーリのこと、途中で請け負った仕事を投げ出すことなど出来なかったのだ。
だが、それを言ってしまえば言い訳になる。ユーリは黙って批判を受け止める。
「案ずるな、私に妙案がある」
「本当ですか?」
半信半疑の部下たちに向かって、ニヤリと笑うユーリ。本人は微笑んでいるつもりだが、通りかかった子どもたちが泣きだし、犬が激しく吠えたてる。
「……やっぱり、団長の顔が怖いのが原因ですよ」
耐えきれずに部下の一人がついに本当のことを言ってしまう。
そもそもユーリの顔が怖くなければ、ヒュンタに逃げられることもなく、とっくに終わっていた案件だ。同じことの繰り返しで、部下の忍耐もとっくに限度を超えていたのだ。
「わかっているさ……たしかに私の顔は決して可愛くはない」
可愛くないとかそういう次元ではないのだが、ユーリにも守らなければならない自尊心がある。
「だからな、次は着ぐるみ作戦で決めるぞ」
度重なる追跡で、魔法騎士団はすっかりヒュンタに嫌われている。このままでは永遠に追いかけっこを続ける羽目になりかねないし、その前に世界樹の実が消化されてしまう可能性だってある。
あまり時間は残っていないと考えるべきだろう。
魔法騎士団員が可愛い動物の着ぐるみに着替え終わると、ユーリは号令をかける。
「いいな? お前たちは可愛い動物だ。ちゃんとなりきるにゃああ!!」
「わかりましたワン」
「了解クマ」
「お任せぴょん」
「お母さん、あの人たち……」
「しっ、見るんじゃありません」
変な人扱いされ、屈辱に耐えながら、魔法騎士団はヒュンタを追って次の世界へと飛んだ。
◇◇◇
「ん?」
突然立ち止まる銀狼獣人のクロエ。
「どうしたのクロエ?」
黒髪の女勇者美琴が不思議そうに尋ねる。
「500メートル先の茂みに、異世界から来た未確認動物の匂いがします」
あまりに具体的な情報に苦笑いする美琴。
「……相変わらず規格外の嗅覚よね。それで危険度は?」
「大丈夫です。怯えてはいますが、基本的に大人しい動物ですよ、美琴」
「そうなんだ。じゃあさっさと保護して先輩のところへ連れて行こうか」
「ひゅうん……」
「な、この子めっちゃ可愛いじゃない……もふもふだし先輩絶対好きだよ」
「……そうですね、御主兄様好みのモフ具合ですね……嫉妬してしまいそうです」
茂みの中で震えていたのは、ウサギのような長い耳を持つ犬と猫を足して二で割ったような真っ白な動物。もふモッフィーのヒュンタだ。
『ぼ、ぼく怖い人たちに追われているの』
「可哀そうに……大丈夫よ、先輩が助けてくれるから」
女神の代行者である転生者勇者美琴には翻訳スキルがある。ヒュンタとの意思の疎通も可能だ。
『せ、せんぱい?』
「そうよ、世界で一番強くて誰よりも優しい人なんだから」
美琴は、ヒュンタを優しく抱き上げる。
「転移!!」
「先輩!!」
「どうしたんだ美琴? って可愛い異世界生物だな。へえ、ヒュンタっていうのか、俺はカケル、よろしくなヒュンタ」
『ど、どうしてぼくの名前を?』
「俺は英雄だからな。名前はもちろん、ヒュンタの記憶もコピーさせてもらったから、どうして追われているのかもわかっているさ」
美琴が先輩と呼ぶのは、美琴と同じ世界からやってきた英雄カケル。この世界を救い現在は皇帝として世界平和を守るハーレム帝だ。彼にかかれば説明すら必要ない。
当然、美琴やクロエもカケルの妻である。
『ぼく、なにもしていないのに……おうちに帰りたい』
「大丈夫だヒュンタ、俺に全部任せておけ」
『か、カケルさん……ありがとう』
「その代わりといってはなんだが、モフらせてくれないかな?」
『そのくらいお安い御用ひゅん!!』
ヒュンタは知らなかった。カケルはSSS級のモフらーだということを。そしてまた美琴もSS級のモフらー。さらにカケルの妻たちの中には、S級以上のモフらーが数多く存在することを。
◇◇◇
「団長……また失敗でしたね」
「くっ、材料費をケチるんじゃなかった」
せっかく用意した着ぐるみは予算の都合で中〇製。世界を移動する際の衝撃に耐えきれず、ボロボロになってしまった。
「えっと……どうやらここはセレスティーナという都市のようですね」
偵察から戻ってきた部下から報告を受けるユーリ。
「魔力が異常に濃いな。おまけに技術レベルがめちゃくちゃだ。一見我々の世界と似て見えるが、全くの別物だな。全員気を引き締めろ」
様々な世界を巡ってきたユーリであったが、似た世界観だからこそ、違和感も強い。
街へ入ると早速団員たちのテンションが上がる。
「だ、団長……なんかとんでもないレベルの美女が普通に街中を歩いているんですが……」
「う、うむ……これはすごいな……」
これまで様々な世界で美女を見てきたユーリだが、この世界の美女は次元が違う。思わずごくりと唾を飲み込む。
これなら王に喜んでもらえるのは間違いない。ユーリはさっそく部下に命じる。
「よし、適当に何人か捕まえてくるんだ」
「へい、団長」
テンション爆上がりの団員達。もはや単なる賊である。
だが……
「貴様らが魔法騎士団だな? 皇帝陛下がお呼びだ。ついてこい」
いつの間にかすっかり取り囲まれており、なぜか正体もバレてしまっている。仕方なく同行するユーリたち。
「皇帝のカケルだ。お前が魔法騎士団長のユーリだな。話はヒュンタから聞いている」
案内されたのはごく普通の部屋。居るのは護衛も付けず普段着でくつろぐ黒髪の青年ともふモッフィーのヒュンタ一だけだ。
「…………」
「やめておけ。その気になれば、指一本動かさずに全員灰にすることだって出来るからな」
カケルが視線を向けただけで、魔法騎士団の装備が消え去り、魔力がゼロになる。
「て、抵抗する意思はありません……」
ユーリはやっとの思いでそれだけを口にする。目の前の男は一体何なのか? 震えと冷や汗が止まらない。生身で宇宙と対峙しているような無力感。勝負にもならない。
「ヒュンタは家に帰りたがっているから、一緒に連れて帰っていいよ」
「……は?」
カケルの意外な言葉に思わず聞き返してしまい、慌てて頭を下げるユーリ。
「ただし、ヒュンタには今後一切危害を加えないこと。誓える?」
「はっ、ですが、世界樹の実がヒュンタの体内に……」
「ああ、それなら取り出してあるよ。ほら」
カケルの手にあるのは、紛うことなき『世界樹の実』
それならばヒュンタに危害を加える理由はもはや無い。
「ヒュンタには今後一切危害を加えないことを誓います」
ユーリを筆頭に、部下たちも全員誓う。
「わかった。信じていないわけではないけど、もし違えたら誓約の力で死ぬから気を付けて」
「は、き、肝に銘じます」
「あ、あとね、これお土産。この世界にも『世界樹の実』あるんだよね。王様に食べてもらいなよ」
カケルが差し出したのは、パイナップルのような果物。もちろんこの世界でも伝説レベルの貴重品だ。世界樹もカケルの妻なので、簡単に手に入るわけだが。
「あ、ありがとうございます。では、我ら元の世界へ引き上げます」
一刻も早くこの場から立ち去りたいユーリ。
『ひゅんひゅん』
騎士団に駆け寄るヒュンタ。当然だがユーリには近寄らない。
「じゃあなヒュンタ、またいつでも遊びに来いよ!!」
『カケルさんありがとう』
『世界樹の実』の力で、魔法騎士団とヒュンタの姿は空間に溶け込むように消え去る。
「……行っちゃったね、先輩」
「そうだな」
「先輩って本当に過保護なんだから」
「だってあれぐらいしないと安心できないだろ?」
カケルは、ヒュンタに、『物理無効』『魔法無効』『状態異常無効』『転移』のスキルを付与している。
「でもあの実、返しちゃって良かったの? あいつら悪用するつもりだよ、きっと」
「ああ、問題ない。返したのは劣化コピーしたやつだから、一回使ったらただの木の実になる」
「さすが先輩、抜け目がない」
「ふふ、それにお土産も持たせたしな」
「あれって……食べると聖人は性人になって、性人は聖人になるやつだよね?」
「まあ、あの王様だったら、たぶん聖人になるんじゃないか? あと女体化のオマケ付き」
「……先輩の意地悪」
「嫌いになったか?」
「ううん、大好き」