事のはじまり(作者:しいな ここみ)
「フフフ……。遂に手に入れたぞ」
ここは異世界コマネティック王国。
ヘンリー・コマネティック国王は玉座に座り、小さな樹の実を前に掲げて喜んでいた。
「これで世界はヘンリー様のもの」
大臣がでんでん太鼓を振るように手をこすり合わせ、ちょっと首を傾げた。
「……しかし、ほんとうに、そのような小さな樹の実に、物凄い力があるのですか?」
「これは『世界樹の実』」
王が説明する。
「これを食べた者は、さまざまな異世界を越えて飛び回ることが出来るのだ。時空すらも飛び越えることが出来る」
「それで……」
大臣が聞く。
「それをどのように使えば世界すらも手に入れることが出来るので?」
「アタマ悪いな、お前!」
王はびっくりして叫んだ。
「まず、異世界の兵器がもしこの世界よりも格段に進んでいれば、それの作り方を盗んですごいの作れるだろ!」
「な……、なるほど」
「それに時空さえも越えられるのだ。もし戦争に負けても、こちらが勝つまでやり直すことが出来るのだぞ」
「それは素晴らしいですね」
大臣は拍手をした。
「それどころか自分が敵と見なしたものは何でも異世界へ飛ばして消し去ってしまうことも出来ると聞く。払うように手を動かすだけで、ヒュンっ! とな」
「もしどこかの異世界で『永遠の命』を叶えてくれる薬でも発明されていれば、王は不老不死となりますね」
「そうだ。それに……」
王が鼻の下を伸ばした。
「どこかの異世界では『意中の女性を自分に惚れさせる薬』なども発明されておるかもしれん。それを使えば……」
「ハーレムですね!」
「世界中の美女はわしのもの!」
浮かれて王が樹の実をつい、ポロリと落とした。
そこへ皇子の飼っているペットがちょうど通りかかり、匂いを嗅ぐと、それをパクッと食べてしまった。
「うおおおおい!!?」
王が叫ぶ。
「ちょーーーっ!!!」
大臣も叫んだ。
皇子のペットは『もふモッフィー』という種類の動物で、ピカ○ュウぐらいの大きさである。とても人懐っこいが、二人の絶叫にびっくり怯えてしまい、慌てて逃げ出した。
「追えっ! 捕まえろ! 捕まえてただちに吐かせるんだ!」
王は慌てて大臣に命じた。
「腹をかっさばいても構わん! 世界樹の実を回収せよ!」
「はっ!」
大臣は自分では何も出来ないので、部下たちに命じた。
「皇子の飼っている『もふモッフィー』がとんでもなく重要なものを飲み込んだ! お前が探し当てた世界樹の実を、だ! 捕まえるのだ!」
「お任せください」
魔法騎士団長のユーリがうなずいた。
「世界樹の実を追う時に限り、我々魔法騎士団も異世界を飛び越えることが可能です。ヤツがたとえどこへ逃げようとも、世界樹の実の気配を私は追うことが出来ます」
世界樹の実を発見し、王に献上したのは他ならぬこの魔法騎士団長ユーリであった。
彼は己のためにそれを使おうとは微塵も思わないような、いわば心からの王のしもべであった。
illustrated by アホリアSS様
皇子のペット『もふモッフィー』に人間の言葉はわからない。
なぜ怖い人たちが自分を追いかけて来るのか、わけがわからなかった。
皇子に首に赤いスカーフを巻いてもらい、無垢な青い目をした彼は、人畜無害な心優しいペットである。
たまに牙を剥いたりはするが、そこは厳しく躾けられており、人間に噛みつくようなことはない。
「ひゅうん……」
中庭の植え込みに姿を隠すと、悲しげに鳴いた。
鳴き声は『ひゅん』なのである。
ゆえに皇子から『ヒュンタ』と名づけられていた。
「いるぞ」
魔法騎士団長ユーリは中庭に出て来ると、団員たちに注意を促した。
「あそこの植え込みの陰だ……。しかし、迂闊に刺激するな。異世界へ逃げられることになる」
そーっと近づき、おやつのクルミを手に、ニコニコ笑いながら、呼びかけた。
「ヒュンタちゃあん、おやつでちゅよ〜。そこにいるのはわかってまちゅよぉ。出て来なさぁい」
普段は無表情な魔法騎士団長の笑顔は相当怖かった。
ヒュンタは全身の毛を逆立てると、飛んだ。
「ヒュンっ!」
「あっ……」
どこかへ飛んで行ってしまった。
世界樹の実の能力だ。それが遂に発動してしまったのだ。
さて、ヒュンタはどこへ飛んで行ったのだろうか?
とんでもないものを飲み込んだ彼は、飛んで行ったそれぞれの異世界で、どんな物語を繰り広げることになるのであろうか?
「追えー! 追うのだー! 必ず世界樹の実を回収するのだ!」
ユーリを先頭に、配下の魔法騎士団七人も、後を追って飛んで行った。