母来たりなば
あのイベント満載のヘビーな日に土御門さんが気絶するように倒れてから二日後の午後、いつものように、私と真護は一緒に帰宅した。真護は、瑞祥のお庭で池を見てから帰るのが日課だ。今度の誕生日に特大のショウちゃんの土人形でも作ってあげよう。
瑞祥の玄関の前を二人で歩いていたら、ちょうど車寄せに停まった車から、陰陽頭の賀茂のよっちゃんが降りて、すぐに私に気づいて手を振ってくれた。
「嘉承の君、ごきげんよう。この度は、うちの土御門が色々とご迷惑をかけてしまって」
よっちゃんが、そう声を掛けてくれたので、真護を紹介した。
「賀茂さん、ごきげんよう。土御門さんは、瑞祥家でお世話申し上げているので、嘉承は何もしてませんよ。それと、この子は私の側近の東条真護です」
真護は、得意の巨大猫を取り出して被ると、西都のまともな公達のふりをした。
「東条家の嫡男、真護と申します。陰陽頭、はじめまして。三位の葉月殿にはお世話になっております」
相変わらず、真護の猫は巨大だよ。
「東条の君、ごきげんよう。丁寧なご挨拶、どうもありがとう」
賀茂さんがニコニコしながら、挨拶を返してくれた。そして、賀茂さんの後に、牧田の手を借りて車から降りて来られた貴婦人に何事かを囁いた。ほっそりとした貴婦人は、帽子についたベールで顔を隠しているので、表情は良く分からないが、私たちを見ると、お祖母さまや小野の篤子お婆様のような、とびきり綺麗な淑女の礼をして下さった。さすがは、瑞祥に来るお客様は上品だ。うちに来る山賊の一味やら、鬼やら、鷹の爪を持つ狸とはわけが違うよ。真護と慌てて頭を下げると「長人様のお孫様のふーちゃん?」と訊かれた。
「はい、不比人は私ですけど」
「やっぱり。お父様の嘉承公爵にそっくりでいらっしゃること」
そう言いながら、貴婦人が顔を覆っていたベールを帽子の上にのせて、お顔を見せて下さった。見たことのある青灰色の目。
「土御門さんのお母様の葛葉様?」
「まぁ、わたくしの名前をご存知でいらっしゃるの?」
「はい、祖父から伺っています」
「長人様から?まぁ、嬉しいこと」
そう言って土御門伯爵夫人は、にっこりと微笑んで下さった。さすがにあの土御門さんのお母様だけあって、年はお召しでも美形だな。西都公達学園時代に、うちのお祖父さまをお慕いしていたというのも、本当の話かも。これは、瑞祥のお父さまとお母さまが、ほくほくしながら待ち構えていらっしゃるに違いないよ。
「若様方も、こちらからお入りになりますか」
牧田が訊いてくれたが、お池のショウちゃんを見に行かないと、真護が面倒くさいので「後でね」と答えて、失礼させてもらった。二人で、ぽてぽてとお池に向かって歩いていると、真護がこそっと「小野の篤子様と、さっきの土御門伯爵夫人より、瑞祥の大姫様は年上なんだよね?」と私に訊いてきた。
「真護、世の中には、知らなくていいことがあるんだ。お祖父さまの【業火】に焼かれたくなかったら、絶対に黙っていろ」
「うん、わかったよ。それで、あの、土御門さん、あの土人形を全部綺麗にしてくれるって言ったのに、その前に倒れちゃったでしょ」
「あれ、結局、真護が全部持って帰ったの?」
「うん、三位の葉月さん以外は僕がもらった」
三位以外ということは、南条の織比古おじさま、本当に葉月さんをお持ち帰りしちゃったんだ。流石だよ。
「僕は、ふーちゃんが作った人形が欲しかっただけだから、陰陽師はクラスの欲しいって子たちにあげようと思ってたんだけどね。それで、さっき、陰陽頭に会って思い出したんだけど、あの人、首から上が無いんだよ。ほら、ふーちゃんが串刺しにして撃破したから」
「人聞き悪っ!」
私がそういうと、植え込みの後ろから、くすくすと笑う声が聞こえた。噂をすると影が差すとはよく言ったもので、当の本人、土御門さんが池の前で立っていた。
「土御門さん、ごきげんよう。もう外に出てもいいの?」
「ふーちゃん、真護君、お帰り。さっき母の気配がしたから、慌てて逃げてきたんだよ」
「お母様に会うのが嫌なの?」
土御門さんも、それなりの年齢なのに母親が怖くて逃げだすとか、どうなの。
「うーん。ふーちゃんは、うちの母の怖さを知らないから」
「土御門さんのお母様、さっき玄関でご挨拶したけど、いきなり攻撃はされなかったよ」
「いや、いきなり子供に奇襲攻撃をかけるのは君の叔母様くらいでしょ。うちの母は怖いけど、最低限の節操はまだ持ち合わせている・・・のかな?」
「なら余裕じゃん。何で逃げるの?」
戸惑う土御門さんに、真護が追い打ちをかけた。真護、土御門さんは、風が嫌いなんだって。具合が悪い人を追いつめるなよ。私が呆れていることは、全く気にも留めず、マイペースな真護は、土御門さんの返事を待つことなく、日課のハンザキ観察に行ってしまった。こういうところだよね、真面目な土御門さんが嫌いな態度。ごめんね。
「土御門君、そっちにいるのかな?」
お父さまの声が聞こえた。
「閣下、こちらにふーちゃんと東条の君と一緒にいます」
土御門さんが返事をした。ほどなくして、現れたお父さまは、今日は、きちんとオーダーメイドのスーツをお召になっているせいか、身内の贔屓目なしにしても、一段と麗しい。土御門さんのお母様も、どうせなら、瑞祥のお父さまに似ているって言って欲しかったよ。
「ああ、ふーちゃん、真護君、おかえり。土御門君、葛葉様が到着されたから、戻ってくれるかな」
「えーと、真護君にあのチェスの土人形を直して綺麗にしてあげるって約束したのに、不甲斐なく倒れてしまったから、今、新しいのを作ってあげようかと」
さすがの土御門さんも二日前に倒れて、お祖母さまに良い笑顔で「どうしてかしら?」と詰め寄られて以来、めちゃくちゃ大人しくて従順な人になっていた。瑞祥の大姫の帝国最強説というのは、都市伝説ではなくて、本当だったよ。今も、お父さまが迎えに来て下さったので、無碍にはできないようで、言い訳を探しているみたいだ。
「ダメだよ、土御門君。父に魔力は一ヶ月使用を禁止されたよね?」
お父さまが、お祖母さまにそっくりな良い笑顔で土御門さんに言うと、「真護君、はい、これ」と真護に賀茂さんそっくりな土人形を渡した。全然、気配なく魔力を練ってここまでの細かい仕事が瞬時に出来るのは西都の瑞祥公爵くらいだ。池の縁にいた真護が慌ててお父さまの前にやってきてお礼を言いながら頭を下げた。
「じゃ、土御門君、行こうか」
言い訳を潰された土御門さんは、あっさりとお父さまに連行されてしまった。去り行く後ろ姿を、真護がドナドナの歌で送り出してあげた。見えないけど、また土御門さんのこめかみがピクピクしているに違いない。土御門さんが風を嫌がるわけが少し分かった気がした。
「ふーちゃん、これ見て。陰陽頭、そっくりだよ」
真護が、お父さまの作った土人形を見せてくれたので、手に取ると本当にさっき見た通りの賀茂さんをそのまま縮小したような見事な人形があった。西都の観世音菩薩の驚異の制御力だ。
「そうだね。じゃあ、これとこれも持って帰って」
ささっと作ったぱんころとハンザキを渡すと真護が目を丸くした。これで元の十六体にもどったはずだ。
「えっ、いつ作ったの?」
「さっき」
「ふーちゃん、本当に段々、嘉承の殿みたいになってきてるよね」
何でだよ。土の魔力なんだから瑞祥のお父さまだろ。それに父様に似てきているなら、もうちょっと痩せてもいいはずだよ。納得がいかない。
「あ、そうだ。あの十三位の陰陽師、どうする?顔も見たことのない人だから、私は作れそうにないよ。土御門さんは、魔力の使用を禁止されちゃってるし。お父さまならご存知かもしれないから、頼んで作って頂こうか?」
「ううん。僕は陰陽師はいらない。クラスの子たちも、名前も知らない雑魚陰陽師はいらないと思うよ」
雑魚陰陽師って・・・。
土御門さんが風を嫌う理由がはっきりと分かった気がした。




