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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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ELEPHANTS CAN REMEMBER 4

逸早く二人を見つけ、救急車を呼んだのは、播磨の魔力を辿り、愛が当時住んでいたアパートに着いた土御門だった。土御門が到着したとき、血まみれになっていた二人の前で、愛は真っ青な顔で立ちすくんでいた。土御門との再会は、公達学園を卒業してから十年以上経っていたが、あの青灰色の目を見た途端に高校時代の思い出が蘇った。


「高村愛だね。逃げなければ何もしないから、大人しく家の中で待っていて。逃げれば、陰陽師に対する傷害罪の疑いで指名手配されるよ。いいね」


愛は、震えながらも、素直に頷いて家の中に入って行った。速水家には、まだ葉月と下の陰陽師たちがいたので、遠隔魔法で土人形を作ってメッセージを伝えた。三位と五位という高位の陰陽師二人が同時に襲われ、意識不明になるという緊急事態に、葉月が【風天】を駆使して駆け込んできたのと同時に、土御門が呼んだ救急車も到着した。


「葉月、直ぐに【遠見】で、この近くに風の魔力持ちがいるかどうか調べて」


葉月は第四位の陰陽師で風の中ではトップの魔力を持つ。彼女の【遠見】の捜索はかなりの広範囲になるが、それでも、該当しそうな魔力持ちは見つからなかった。


「ごめん、晴明」

「播磨と施火を同時に襲うほどの風の魔力なら、逃げるのも早くて当然だよ。葉月、曙光玉持ってたら、あるだけ貸して」


葉月から曙光玉を受け取ると、土御門は、播磨と施火に付き添って病院に行くように葉月に指示した。二台の救急車を見送ったところで、葉月と速水侯爵の弟と叔母を担当していた陰陽師たちがようやく到着した。六位の土の芦屋と七位の火の熱田あつたと八位の風の五十嵐いがらしの三人だ。


「五十嵐、僕と来て。芦屋は玄関の前で、熱田はアパートの後ろで警備」


土御門と五十嵐が、アパートに入ると、高村愛はまだ真っ青な顔で二間の奥の部屋に座っていた。


「早速だけど、これ持って、僕と一緒に深呼吸してくれる?」


土御門が不思議な玉を差し出した。この顔だけいい人、今、すごく変なことを言った気がする。愛の目は、完全に土御門を不審者扱いしていた。


「分かるけど、言われた通りにしてくれる?僕も君と同じくらい状況は楽しんでいないし、早く終わらせたいんだから」


無理やり愛に曙光玉を持たせると「はい、僕と同じように深呼吸ね」と勝手に深呼吸を始めた。数回、深呼吸を繰り返したところで、「もういいよ」と土御門が、手の中にある玉を取り上げた。


「五十嵐、周りに風の魔力、感じる?」

「いえ、まったく」

「そっか」


曙光玉に魔力反応がないということは、高村愛に魔力はない。葉月の【遠見】も、風の魔力持ちは探知できなかったし、五十嵐も周りに風の魔力を感じないというのなら、何か腑に落ちないものは感じるものの、本当にそうなんだろう。


「あの陰陽師二人が攻撃されたとき、何があったの?」


土御門が愛に訊くと、愛は激しくかぶりを振った。


「急に嵐に巻き込まれたの。あたしも意識がなくなって、気がついたら、あの人達が血だらけで倒れてて」


愛はずっと俯いて、土御門たちの方を見ようともしない。


「何か見た?」


また返事の代わりにかぶりを振るだけで会話をする気はなさそうだ。


「君は、高等科に入学した時に自分が凪子の妹だって分かっていたの?」


またもやかぶりを振る愛に、だんだんと腹がたってきた。


「そう。もう君とは二度と会うことはないと思うけど、この地で生きていくためには、速水家との関りは隠した方がいいね」


親切心からの言葉ではなく、高村愛が凪子の妹であることを世間に知られるのは我慢ならない。今では、この地で憎悪の対象になってしまった速水家や凪子の名を、高村愛が語るとは考えられないが、何故かそんな言葉が口をついて出た。


「五十嵐、行くよ」

「土御門さん、彼女の傷害罪は?」

「魔力のない彼女に出来る話じゃないよね」

「そうですが、公務執行妨害もありますし」

「公務は終わったよ。魔力測定したでしょ」


食い下がろうとする五十嵐を宥めて、愛のアパートを去った。もうこれ以上、高村愛と関わるのは我慢できなかったからだ。何故か分からないが、高村愛は晴明を苛立たせる。本人に魔力もなく、周りに風の魔力持ちがいないのであれば、もうこれ以上、愛に時間をとる理由がない。


「五十嵐、もう行こう。播磨たちが気になる」


この日の結論を、二年後に土御門は激しく悔いることになる。


土御門たちが、病院で待つ葉月に合流して、播磨と施火の様子を訊くと、播磨は意識を取り戻していたが、施火はまだ眠ったままとのことだった。二人とも魔力器官には影響はなく、被害は肉体的なものだけだが、完治までに数週間はかかるとの診断がおりていた。


「晴明、さっき、新ボスから連絡があって、明日には西都の瑞祥と嘉承一族が支援に来てくれるんだって。陛下が、私たちの負担を軽減するために呼んで下さったらしいの。ここの浄化もしなくていいし、魔力を分けてもらえるそうだから、明日までここで待つようにって」


この半月、心労が重なり、肉体的にも疲労困憊だった葉月には思いがけない嬉しい知らせだった。あの帝国一の魔力量を誇る嘉承公爵が来てくれれば何も心配することはない。公爵は、怖くて近寄りがたいが、一族の南条侯爵と東条侯爵なら、子女の着袴で何度も面識があるので、絶対に魔力を分けてくれるはずだ。侯爵レベルの魔力が分けてもらえるとは、不幸中の幸いを遥かに超えて、素晴らしい僥倖だ。


「瑞祥公爵も一族と一緒にお見えになるから、晴明にも二条侯爵か四条侯爵が魔力を分けて下さるって」


うきうきした気持ちを隠すことなく、葉月は嬉しそうに喋り続ける。


「それは良かったね。五十嵐たちにも頂けるのかな」

「えっ、自分達は今回は全く貢献出来ていないんで、厚かましく思われますよ」

「大丈夫。私が頼んであげるから。南条侯爵は、すごく優しいし気前もいいしね。熱田の分も、西条侯爵か北条侯爵に頼んでもらうようにするね。芦屋は二条侯爵家の親戚だから問題ないしね」


葉月の言う、南条の優しさと気前の良さは女性限定であるのは有名で、西都出身の母を持つ土御門は色々と聞かされていたが、今ここで余計なことを言って、葉月の明るい気持ちを台無しにする必要はない。


「そっか。じゃあ、僕は後は西都の皆さんにお任せして、もう帰るよ。忠行様のことも心配だしね」

「ええっ、晴明、本気?侯爵の魔力を分けてもらえるチャンスなのよ」

「うーん。僕はいいよ。瑞祥の大姫様の魔力を頂けるんなら残るけど」

「晴明、滅多なことは言わないで。瑞祥の大姫様は、陛下の姪御様で、魔力が濃密過ぎて、下手な陰陽師じゃ魔力器官が焼けるそうよ。実際、あの方、土だけじゃないらしいし」

「葉月、君こそ、滅多なことは言わない方がいいよ。土だけじゃないなら、瑞祥なんだから水でしょ。いいね?」


土御門と葉月の会話を聞いて、五十嵐と芦屋と熱田の若い三人がおろおろしているのに気づいた二人は、話すのを止めた。


「葉月、施火のこと、嘉承一族に相談してもらえないか。あの一族は、医師や薬師の集団で、嘉承公爵自身も医師だから」

「うん、分かってる」

「頼んだよ。じゃあ、僕は忠行様のところに戻るね」


そうして、土御門は逃げるように立ち去った。曙光帝国が誇る栄光の陰陽寮が崩壊寸前になってしまった。陰陽頭の魔力器官が焼き切れたなど、いまだかつて聞いたこともない。義之さんも、自分も魔力が完全に回復するのに、まだ何日かかるかも分からない状態だ。


陛下が状況を憂慮なさって西都の嘉承と瑞祥を召喚された。情けない。お優しくも西の公爵様が、陰陽師の仕事を請け負って下さるという。悔しい。賀茂忠行が伏したまま、全身から血を吹き出し気を失っていた姿、播磨と施火の刻まれ血まみれになって倒れていた姿が、脳裏に浮かんでは消える。口惜しさと後悔とで、大声で叫び出しそうだった。


その日を境に、土御門が帝都から忽然と姿を消した。


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