ELEPHANTS CAN REMEMBER 3
「そうして、陰陽寮の上位陰陽師六人がかりで、調伏・浄化を終えたのですが、初めに申し上げた通り、各魔力の陰陽師の最上位がことごとく魔力切れでして」
「瑞祥と嘉承で、被災地の浄化と復興の手助けをしてこいってことか」
陛下の御前で、豪奢な椅子に何の気負いもなく、足を組んでゆったりと座る嘉承公爵は、相変わらず凶悪なまでに美しい。宰相は苦々しい気持ちで、数年前の悪夢のような西都赴任時を思い出していた。嘉承の魔王親子と悪魔のような側近どものせいで、本気で禿げあがるかと思った。西都の公卿どもは、すべからく何かがおかしい。公家の姫が上位になればなるほどに野獣ばかりとは、どういうことだ。あの恐怖体験のおかげで、帝都大学法学部を首席で卒業し、エリート街道をまっすぐに進んできたはずの自分は、いまだに独身で、毎夜、残業後に暗くて寒い我が家に戻り、出来合いのもので侘しい食事を済ませて、独り寝の日々だ。おかしい。何もかも全部あいつらのせいだ。
「今は、賀茂のおじさまと陰陽師の五名はどうしているのかな」
おおっ、麗しの瑞祥の君が、上品に小首を傾げてお訊ねになる。今は、家督を継いで瑞祥の殿におなりあそばしたが、私の憧れの君は、いつ見ても優美で公卿のあるべき姿の頂点に君臨すべきお方だ。
「瑞祥公爵閣下、賀茂忠行は、陰陽頭のお役を、こちらの義之に譲った後は、療養に入りました。先般の裁判結果により、速水家の断絶が決まりましたので、播磨をリーダーにして、葉月、施火、芦屋、五十嵐、熱田の六名は現在、速水の直系の魔力消しに向かわせています」
「播磨も葉月も施火も魔力が回復し切ってないんだろ。ブラックだな、陰陽寮は」
私は、麗しの瑞祥の君に申し上げたんだ、暗黒魔王にじゃない。宰相が顔には出さずにむっとしていると、新陰陽頭の賀茂義之が苦笑しながら、答えた。
「本当にその通りで、三人には申し訳ない限りなんですが、厄災の調伏・浄化の時も初手を打ち間違えましたので、今回は念には念をということなんですよ」
「土御門君は、陰陽寮で療養中なら、土の魔力を分けてあげようか?」
いえいえ、そんな、我が瑞祥の君の清らかで尊い魔力をあんな失礼千万な、人も社会も舐めくさった男になんて、滅相もない話でございます。頂けるなら、ぜひ日々の激務に耐え、帝国の為に粉骨砕身の覚悟でお仕えしている、この私めにお恵みください。宰相が心の中で小芝居をしていると魔王と目があった。げげっ。
「菅原、お前、何かロクでもないことを考えてないか」
やっぱり魔王だ。嘉承公爵は魔王だった。この帝都のクール・ダンディーと呼ばれた菅原の鉄の心まで読むのか。頭の中で、ちゃらら~っとパイプオルガンが鳴り始めた。
「何か菅原みっちーって、ふーちゃんに通じるものがあるよね」
東条侯爵がつぶやくと、嘉承陣営で、どっと笑いが起きた。なぜだ、なぜ帝国の頭脳と言われる私が笑いの種になる。あと、みっちーは止めろ。宰相は心の中で頭を抱えながら雄たけびを上げた。曙光帝国の宰相は、頭の中に大きな芝居小屋のある男だった。
「ふーちゃんというと、不比人だな。そろそろ着袴の頃か。楽しみなことよ」
「ええ、そうなんです、陛下。兄に似て、とても魔力が大きくて、気持ちの優しい可愛い良い子なんですよ」
瑞祥公爵は、どこまでも雅で高尚な麗しの君だが、どうも身内につけるお点が甘くていらっしゃるようだ。あの魔王に似た子が、可愛い良い子なわけがない。どう考えても、小さい魔王に違いない。
曙光帝国の宰相は、どこぞの公爵家の嫡男と同じツッコミ属性だった。
この時点では、まだ西都から到着した貴人たちは、ものの数日で済む話と信じていた。ましてや、話題に上がった嘉承不比人の着袴の儀が二年も遅れるような事態になるとは、誰一人思いもしなかった。翌日、現地に入った嘉承公爵と瑞祥公爵と34人の公卿達は、速水と千台とその近隣の惨状を見て、大きく当初の心積もりと予定を変えることになる。
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西の公爵一行が帝都に到着した時を同じくして、新陰陽頭の制止を振り切り、速水家の魔力消しに向かった陰陽師たちを追った土御門が速水家に到着していた。顔馴染みの家令に、応接間に通してもらった時には、すでに全てが終わっていたことを知った。速水家は、血筋的には、帝都では聞こえた水の名家だったが、魔力は代々衰え、既に大きな力を持った者がいなかったからだ。実際、直系では、速水侯爵と凪子以外で水の魔力を使える者はいなかった。侯爵は、裁判直後に魔力消しをされ、凪子は魔物が現れた時点で絶命しているため、魔力消しは、侯爵の弟と、滝川子爵家に嫁いだ侯爵の叔母と、侯爵の庶子の三人が対象だった。弟と叔母は魔力はあるものの、なんとか初期魔法が使える程度で、曙光玉による魔力消しは、完全に魔力が消えるまでに小一時間もかからなかったらしい。魔力消しが終わると、二人は、陰陽師たちに速水家の大失態の詫びを述べ、静かに頭を下げた。魔力が消えても、爵位が剥奪されても、高貴な佇まいは変わらなかったという。
ところが、速水侯爵の庶子の娘は、全く事情が異なり、先ず魔力の有無の記録がどこにもなかった。一般家庭の子女でも魔力測定は国民の義務のため、庶子といえども、速水侯爵が娘の魔力の測定をしていないはずがなかったが、高村愛という名前の娘の記録はなかった。
高村愛の祖父母と母は、隣国の出身で、母親が成人してから曙光帝国に帰化申請をしたため、子供が七歳になるまでに魔力測定を二回受ける義務を知らなかった。一般家庭の子女の記録は、魔力測定を受けた寺院に保管される。寺院での測定で魔力があると判定を受けた子供は、陰陽師による確認の判定を受け、魔力がない場合は、記録は元の寺院に返却され、魔力があると判定されると陰陽寮が記録を保管する。愛の母親は、この帝国の制度を知らなかったため、愛は魔力測定を受けていなかった。本来であれば、一般家庭の子女の就学条件は、二回の魔力測定を終えていることだが、愛の出生は、侯爵に認知されていたため、千台の役所は、彼女の記録は陰陽寮にあると思い込んでいたのが原因だった。陰陽寮は、魔力持ちの子女が入学する時のみ各地の教育委員会に連絡し、魔力のない貴族家の子女については報告されないからだ。侯爵の方はというと、愛の親権が母にあるので、神官による一般的な測定を受けるものと思っていた。
こういう理由で、魔力持ちが多いことで有名な曙光帝国で育ち、就学したにも関わらず、高村愛は魔力とは全く縁のない暮らしをしてきた。公達学園の高等科で、ようやく貴族や魔力持ちと関りが出来たものの、祖父の思想に影響を受けていたことと、凪子に対する劣等感による激しい嫌悪感で、愛は、魔力持ちも貴族も否定して生きてきた。
そんなところに、突然、訪ねて来た陰陽師の二人を見てヒステリック状態になったのも仕方がなかった。とはいえ、彼女の拒絶反応は、あまりに激しく、異様でもあった。関係ない、聞いていないと叫び続け、陰陽頭が発行した令状を破り捨ててしまうほどだった。この時点で彼女は、公務執行妨害に問われることになるが、三位の播磨は根気よく説得を続けた。魔力を測定させてほしいこと、魔力があれば、速水家の直系の魔力として全て消さなくてはいけないが、その際には全く痛みが伴わないので心配はいらないなど、水の魔力持ちに多い上品な佇まいの播磨は、穏やかに話し続けたが、このいかにも上位貴族然とした態度が、逆に愛を追い込んだ。
「いい加減にして!」
愛が叫んだ瞬間、暴風が播磨と五位の施火を襲った。二人が意識を取り戻した時には、全身包帯に巻かれて入院していた。播磨は、防御に優れた水の魔力持ちのため退院は早かったが、施火は、全くの不意打ちで攻撃されたため、完治に時間がかかった。後日、退院しても、施火は陰陽寮に戻ることはなかった。




