ELEPHANTS CAN REMEMBER 2
速水の厄災の調伏と浄化には、当初、一位の賀茂、三位の播磨、四位の葉月と五位の施火の四人が赴いた。元凶と思われた闇落ちした速水凪子侯爵令嬢の魔力量は、さほど大きいものではなく、播磨と葉月と施火の三人でも十分と思われたが、100年ぶりに現れた厄災は、自分の経験値を上げると考え、一位の賀茂が同行を希望した。この賀茂の同行が、後に死者を出さなかった理由になるが、速水に四人が向かった時点では、誰もが少々骨の折れる程度の仕事と考えていた。
一方、二位の土御門晴明は、幼馴染の速水凪子が闇落ちしたと聞き、激しく動揺し、陰陽寮随一と言われた魔力の制御が一時的に出来ないほどだった。
賀茂達四名が速水に向かって二日後に、緊急救援依頼が陰陽寮に届いた。厄災は、四人で対峙しても、とうてい敵わないほどに強大で、速水から千台に移って大きな被害を出しているという。
陰陽頭と土御門が千台に到着した頃には、厄災はすでに千台を離れ、近隣の市町村に被害が出ていた。千台では大洪水による甚大な被害が発生し、すでに数千人の被災者が出ていた。厄災の居場所が分からないまま、むやみに動くことも出来ず、水の賀茂と土の土御門で、街を浸水させた水と土砂を取り除きながら、義之達の連絡を待っていたが、いかんせん被害の規模が大きすぎ、取り除いても、取り除いても水が土砂を運んでくる有様だ。
魔力はともかく、体力に影響が出始めてくる。厄災が浄化されていない時に魔力切れだけは避けたい、そう思っていた時に、義之から、水人形で交信があった。千台郊外の山にある古い神社まで厄災を追い込んだが、四人の魔力では調伏・浄化は難しいので、早く合流してほしいということだった。いつもは、おっとりとした口調の義之には珍しい早口が緊急性を語っていた。
「四人でも調伏できないとは、どういうことだ。播磨や葉月までいるというのに」
賀茂が顔色を変えた。陰陽頭の賀茂忠行は、陰陽大学校に入学以来、首席を守り通した土御門が、人間の器も魔力の制御も敵わないと認めた数少ない魔力持ちの一人だ。常に沈着冷静な上司の賀茂の下で、様々なことを学ぶ機会をもらった。その賀茂が、焦る姿を初めて見た。
「晴明、すぐに義之達に合流するぞ。施火が魔力切れを起こしているらしい。葉月も限界に近いそうだ」
今の陰陽寮は水の勢力が強い。忠行と義之は、偉大な陰陽師を輩出し続ける西都の水の名門の出身で、播磨の実家も音に聞こえた西国の水の名家だ。風の葉月と火の施火も、それぞれ四位と五位とは言え、各魔力グループの中ではトップに君臨する陰陽師で、魔力量も制御も申し分のない実力を誇る。その二人を完全に戦力外に陥らせるほどに疲弊させた厄災とは、どれほどに強いのか。
「どういうことなんだ、凪子」
幼馴染の名前を心の中で叫び続けながら、義之の魔力を辿っていく忠行の後を追った。四人に合流できたのは、それから15分ほど経った頃だった。施火と葉月だけでなく、義之と播磨の疲労感も甚だしい。
「全員、大丈夫か」
義之以外、全員、口をきくのも辛そうで、ただ頷いていた。葉月と施火は座り込んで動けなくなっていた。
「父上」
義之が小声で、忠行の注意を引き、指を指した方向を見ると、五百メートルほど先に厄災が蠢いているのが見えた。千台で目撃したあれだけの被害を出した厄災の割に小さく、瘴気もそれほど強いようには見えない。
「油断するな、晴明。あれは、瞬間的にとんでもない強さに変化する。水の厄災のくせに、異常に素早くてな。まるで風を相手にしているような錯覚に陥る」
義之が、厄災に視線を固定したまま、土御門に説明した。黒い厄災の魔物が神社の鳥居に向かって動いている。
「まずいな、神域を穢されたら、この地の気は瑞祥を呼んでも修復が難しくなる。急ぐぞ。播磨、葉月と施火を結界で守れ。義之と晴明は私と来い」
播磨の結界が葉月と施火を覆ったのを確認して、賀茂忠行・義之親子と土御門は、厄災に気取られないように、息を殺して静かに歩を進めた。
「土御門、厄災を捉えて、絶対に逃がさないようにしてくれ。義之は私の補助を」
厄災が三人の気配に気づき、襲い掛かって来た。
「凪子、僕だ、晴明だ。何があった、凪子」
晴明が得意のゴーレム三体で抑えにかかったが、魔物が咆哮で瘴気をまき散らし、接近するのが難しい。
「晴明、落ち着け。制御が甘くなっているぞ」
「落ち着いてる。けど、威力が上がりにくいんだよ」
兄弟子の義之の言葉は、痛い真実を突いてくる。凪子の意識が少しでも残っていないのかという思いが土御門を躊躇させていた。
「ここは、神域に大滝があるから、水の魔素が濃いが、土も豊潤だから、お前の助けになるはずだ。この地の底力を信じて魔力を上げていけ。凪子姫のことを思うなら、早く浄化して差し上げろ。こんな化け物があの姫が望む姿なのか」
忠行の叱咤が飛んだ。そうだ。凪子はこんなことを望んでいない。あの誰よりも公家の姫として正しくあらんとした凪子がこんな姿でいていいはずがない。両手を地につけ、目を瞑る。凪子が大事にしていたこの土地の力を借りて、一刻も早く厄災の器から解き放ってやるのが幼馴染の自分がしてやれることだ。一呼吸ごとに、夥しい土の魔素が土御門の体に入ってくると、一気に魔力に変換し、三体のゴーレムに注ぎ込んだ。
「晴明、何があっても抑えていてくれ」
忠行がそう叫ぶと、ゴーレムの周りに霧が漂った。瞬間にそれが雲になり厄災を取り囲んだ。
「那智黒龍様に畏み畏みお願い申す。賀茂別雷命を御地に来たらせ給え。賀茂の子忠行が、伏してお願い申す」
忠行の低い請願の声が響く。徐々に厄災を取り囲んでいた雲が積乱雲のように盛り上がり、厄災を晴明のゴーレムごと完全に覆った。瞬間、空が割れるほどの雷鳴が轟いた。
数秒遅れて、厄災の苦悶に満ちた咆哮が続いた。厄災の力が一気に膨らみ、凄まじい力で晴明のゴーレムのうちの一体を砕いた。必死に残りの二体に更に強い土の力を注ぐ。豊潤で濃密な魔素が、魔力器官の限界に近いところで変換されていくため、強烈な頭痛に襲われ、気を失いそうになる。そこに大地が揺れるほどの雷が厄災を撃った。厄災が更に暴れて逃れようとする。忠行は、地面に伏したまま、請願を続け、義之が両手の平を厄災に向けながら、父親の請願の呪言に自らの声を重ねる。
「忠行様を魔力源にしているのか」
呪言が大きくなるにつれて、厄災が身悶え、ゴーレムが押し返されて、晴明の頭痛が更に酷くなり、刺すような痛みになる。両目が押し出されるのではないかと思うほどに、頭の中に熱が籠り暴れ始めた頃に、厄災の中から、閃光が走った。
ぐわわああああああっ。
叫んだのは、厄災なのか、自分なのか。意識が飛びそうになるのを歯を食いしばって、必死でこらえた。
「賀茂の最終奥義か」
耳をつんざく断末魔が止んだ時には、もう既に厄災の気配は完全に消えていた。なおも飛びそうになる意識と戦いながら、よろめきながらも、地面に伏したままの忠行のところまで戻った。抱き起すと、忠行は気絶していて、口から、両耳から、両目から、ありとあらゆるところから血が吹きだしていた。魔力器官が完全に焼き切れている。
「義之さん!」
兄弟子を呼ぶと、義之は「播磨を呼んで応急処置だけ頼む」とだけ言い残し、厄災のいた場所に駆けて行った。まだ浄化が終わっていなかったからだ。魔力を共有していた義之には、忠行の魔力器官が焼き切れた瞬間に伝わったはずだ。それでも、任務を遂行しようとしている兄弟子の姿を見れば、自分も気を失っている場合ではない。遠隔で小さな土人形を作って、播磨に忠行の応急処置を頼んで、魔力を切ると喉の奥に鉄の味がした。鼻血だ。
「そりゃ、僕もこうなるよね」
自嘲を浮かべて、土御門が倒れていった。
読んで下さってありがとうございました。二年前の話は、あと二話で終わります。よろしくお願いします。




