ELEPHANTS CAN REMEMBER 1
二年前の話になります。
二年前。
厄災の魔物が発現した。当初の予想を裏切り、速水に現れ千台とその周辺を襲った魔物は遥かに強大で、陰陽寮のトップの三人をもってして、かろうじて調伏、浄化に成功したほどだったという。
この代償は大きく、陰陽頭の賀茂忠行の魔力変換器官が焼き切れた。賀茂に命の別状はなかったが、魔力を持たない者が陰陽頭の職に就いているわけにはいかず、賀茂は任を解かれることになった。後任には、賀茂の息子で当時の第一位の陰陽師の義之が選ばれた。これにより、それぞれの陰陽師の地位が繰り上がり、土御門は第一位になった。上位の陰陽師がことごとく魔力切れになり、下位の陰陽師だけでは、事後処理が出来ないという前代未聞の惨事に、皇帝の曙光寿明は、西都の瑞祥と嘉承を召喚した。
瑞祥と嘉承の直系は、曙光皇家との古の約定により、曙光国民の全てが享受している居住、移転、国籍離脱の自由がない。当代は、西都外の単独行動が許されておらず、西都の外に出かける時は、たとえ領地であっても侯爵以上の魔力を持つ側近と行動を共にしなければならない。
これは、1400年前の政変のあと、彼のやんごとなき方が晩年になり、始祖の君とその子孫を後代の皇帝より守るために、お決めになったとされている。ところが、400年ほどかけて絶対君主制から、今の立憲君主制に緩やかに移行していく中、その約定は、始祖の君を信奉する、始祖至上主義者たちを瑞祥と嘉承の元に留め、皇帝と皇家と宮家を守る措置ではなかったかという説を唱える学者が多く出てきた。
西の二大公爵が動く。古の約定を覆しかねない事態が、惨事の大きさと緊急性を語っていたが、約定の存在を知らない一般市民は、西から現れた高貴で美麗な一団の到着に、ただただ驚喜した。
帝都中央駅には、当時の東宮の他、宰相の菅原伯爵や、若き外務大臣の小野子爵、新任の陰陽頭など、皇帝の側近中の側近が集い出迎えた。
「両大公爵閣下におかれましては、陛下の思し召しに、早々に応えて下さりましたこと、宰相の任を賜るこの菅原満真が、一同を代表して厚く御礼申し上げます。西都よりはるばるお越し・・・」
「みっちー、緊急なんだろ。さっさと内裏に連れてけよ」
帝都の威信にかけた歓迎の荘厳とした雰囲気が、嘉承公爵の一言で霧散した。「みっちー?」と、ざわめく声にも、西の美しい公爵閣下は全く意に介さない。たまらず、東宮と外務大臣が吹きだした。
「敦人は相変わらずだね。彰人も、直ぐに来てくれてありがとう。」
東宮のくだけた態度に、周りのざわめきが大きくなるが、そこに瑞祥公爵が上品なテノールの声で挨拶をした。
「東宮殿下御自らのお出迎え、恐縮でございます。陛下の思し召しとあらば、何を投げ打っても馳せ参じるのは、臣下の務めでありましょう」
身に纏う魔力そのままに、流れるような優美な佇まいの瑞祥公爵が、綺麗な礼をすると、その後ろに控えていた四人のこれまた見目の麗しい四侯爵と、さらに後ろの十三名の公卿が続いて、静かに頭を下げた。ざわめきは、一瞬で「ほぉ」という溜息とともに憧憬に変わる。一番大きな溜息をこぼしたのは、前職の西都総督に就任して以来、苦労人気質が染みついてしまった宰相だった。
東宮が談笑しながら西都の大公爵と歩き、その後ろに十七名の配下が優雅に続くという、何とも雅な行列の真横に、顔色の悪い宰相と、どこの反社会的勢力だという目つきの鋭い男女が、これまた十七名、絶対強者のオーラを纏う覇王のような男の後を歩いている。
集団の一番後ろを新任の陰陽頭と歩いていた外務大臣の小野は、場違いにも緩んでくる表情を取り繕うに必死だった。
「父や、すぐ下の弟から聞いた通りだ。あの公爵二人が実の兄弟って信じられるかい?」
隣の賀茂に話しかけると、前任の陰陽頭である父親が魔力を失ってから、表情を失い固い顔をしていた男が、少しだけ和やかな表情を見せた。
「彰ちゃんは、お母上であらせられる瑞祥の大姫様にそっくりですからね。私は、西都で育ったから、瑞祥公爵とは幼馴染で、西都公達学園でも中等科までは、ずっと同じクラスだったから、あの御兄弟のことはよく存じ上げていますよ」
「そうだったんだ。うちは、弟の良真が、嘉承公爵と同級生で、西都留学時に仲良くしてもらっていたみたい」
「大叫喚地獄だ」
「は?」
「灼熱地獄の一歩手前」
陰陽師たちというのは、どうも浮世離れしているせいか、時々よく分からないことを言う。かわいい弟の良真が、毎日大笑いしていた人生で一番楽しい日々だったと言っていたので、そのダイキョーカンジゴクが何なのか、別にどうでもいいなと俊生は思った。
西都からの貴人の三十六名が内裏に到着すると、焦れていたように、皇帝が御簾から姿を現した。皇帝の威光を知らしめるために、宰相自ら苦心した一連の厳かな儀式が木っ端みじんになり、雅楽隊がおろおろと自分を見つめてくるので、宰相は片手で払うように合図をして下がらせた。胃が痛い。
「敦人、彰人、いきなり呼びつけてすまないね。此度の厄災の脅威を完全に見誤った。賀茂の魔力が焼き切れて、息子の義之と土御門晴明も魔力が完全に回復するまで、まだ数日を要する次第だ。詳細は、宰相が説明する」
代々の皇帝は、西都の公爵が参内しても、挨拶を受け取るのみで、自ら声を掛けることはせず、宰相に全て喋らせていたが、曙光寿明は、我が子よりも可愛い姪の産んだ子供たちが可愛くて仕方がない。東宮も、自分より従姉が可愛がられていることは知っているが、自分にとっては、憧れのお姉様のような瑞祥の姫に嫉妬の気持ちなど起きるはずもない。嘉承一族に受け継がれた「お姉様好き」は、実は皇家に根源があったというのは国家機密だ。
こほんと、宰相の菅原伯爵が、咳ばらいをした。
「陛下、それでは、私から、嘉承と瑞祥の皆様方にご助力賜りたい内容を、これまでの経緯と共にご説明申し上げたいと存じます」
二年前の話がこの後、三話続きます。よろしくお願いします。




