帝都の機密は西都の常識
土御門さんの自嘲は、食堂の空気を重くした。あの時とは、どの時を指すんだろう。もしかすると土御門さん自身も、明確に分かっていないのかもしれないけど、土御門さんの中に自責の念として今も大きなしこりが残っているというのは分かった。
「英喜おじさまと、陰陽師のおじさんの言う播磨さんって、あのタコ殴りでぱんころを撃破した人だよね!」
真護が高らかに宣言した。真護は空気は読めないが、空気を変える達人ではある、風の嫡男だけに。土御門さんの目に、もう自己憐憫も自己嫌悪もない。こめかみはピクピクしているけどね。
「播磨君は水の家の子なのに、あのタコ殴りはないわー」
「水の子は、もう少し麗しく戦わせてあげないとねー」
また、東条の享護おじさまと、南条の織比古おじさまが土御門さんをからかう。もう、うちの一族が色々とごめんね。土御門さんのこめかみがピクピクし過ぎて、血管が切れるんじゃないかと不安になってきたよ。この人、土の魔力持ちだけに、実は、ものすごく堅実で真面目な性格かもしれない。いかにも「風」な性格を持つ享護おじさまと織比古おじさまとは、間違いなく相性が悪そうだ。真護は、小さいつむじ風だしね。
「ちょっと、そこの三人。今、私が忠義者の家令から聞いた話をしている途中なんだから、風は、そういうツッコミは慎んでよ」
西条の英喜おじさまが、むっとした。英喜おじさまは、普段は優しい紳士だけど、忠義とか友情とか、信頼とか、そういう熱い言葉に弱い。
「家令が、証拠書類とともに証言してくれた内容によると、高村愛とその母親は、経済的には決して惨めな暮らしはしていなかったはずなんだよ。これが、愛の母親に、愛が成人するまで二十年間、送金されていた銀行振り込みの記録ね」
書類には、私のにゃんころ餅が毎月2000個くらい買える金額が記載されていた。稲荷屋は作ってくれると思うけど、毎日60個以上食べても追いつかないよね。
「ふー、お前、またロクでもないこと考えていないか?」
げふっ。さっき魔力切れ以外は甘いものを控えろと言われたばかりなので、父様の監視の目が厳しいよ。
「まぁまぁ、敦ちゃん。ふーちゃんと真護にも分かるように言うとね。これだけのお金を毎月もらえば、母親が働きに出なくても、日々の生活に困ることはないんだよ。曙光帝国では、どこでも中学までは学費はかからないでしょ。愛は、高校から公達学園に進学したから、高校でも経済的な負担はなかっただろうし」
「愛の祖父母のところにいたんなら、家賃も要らなかっただろうしな」
「そういうこと。つまり、速水侯爵は、愛人としても、父親としても、金銭的なことだけ見ると、母親と愛が不自由しないように、責任はとっていたんだよ。まぁ、これは第三者の目線で、あくまで本人達がどう感じていたかだけどね」
速水家の家令は、主人をかばいたい気持ちはあったと思うけど、客観的に見てもにゃんころ餅が毎日60個以上って、なかなかのお手当だよ。
「私も職業柄、養育費の責任を完全に放棄している親とも出くわしますから、その点においては、速水侯爵には、良心があったと思いますけど。でも、子供は金銭だけでは育ちませんよ」
お父さまが、速水侯爵擁護に少し傾いた空気に反論を唱えながら、隣にいる私の手をきゅっと握って下さった。私は、にゃんころ餅が2000個買えるお小遣いをくれる速水侯爵よりも、生まれてから毎日大事に育てて下さる瑞祥のお父さまを支持するよ。
「彰人の言うことは間違っていない。けどな、俺も職業柄、とんでもない親のせいで病院送りになった子どもたちを診てきたからな。世の中には、養育費だけ払って、あとはもう関わらないでくれっていうタイプの親も少なくないぞ」
うむむむ。それは確かにそうだ。やっぱり、にゃんころ餅を毎月2000個か。
「あのね、二人とも、忠義者の家令が言いたいのは、速水侯爵は、ちゃんと愛の母親と協議した内容を遵守したってことだよ。彼は、名家の名誉や誇りにはこだわっていたけれど、それ以外は、寛大で、良い主人だったみたいだよ」
「愛のことも、最初は速水の二の姫として育てようとしていたしな」
「そう、先代の滝川子爵夫人を母親が嫌って千台に愛を連れて逃げなければね」
「あの滝川か!」
父様がパンと軽くテーブルを叩いた。
「嘉承の病院にいらっしゃるドクター滝川と関係ある?」
「あるな。あいつの実家は帝都の滝川子爵家だ」
「愛と高校時代に付き合っていた本人だよ」
父様と土御門さんの説明に、皆が思わず「うわぁ」と声を上げた。近いよ、何か、いろんな因果が近くにあり過ぎるよ。
「曙光帝国の貴族社会、狭過ぎるだろ」
「曙光帝国というより、帝都の貴族社会だね。西都よりも断然、貴族家が少ないからね。速水と滝川は同じ水の家だから、両家は、特に昔から結びつきが強いんだよ」
土御門さんが説明してくれた。そういう土御門さんも確か伯爵家の二の君なんだよね。
「それで、ここが重要なポイントなんだけどね。高村愛は、速水侯爵家の血縁者ということになるわけ。速水侯爵家が断絶になったとき、陰陽寮が何をしたか知ってる?」
英喜おじさまの質問に、真護が手を上げた。
「はい、厄災の魔物を調伏して浄化しました!」
「うーん、それは断絶が決まる前ね。おまけで、半分正解にしてあげる。ちなみに、その魔物を調伏した陰陽師は、何と、こちらの土御門君です」
わー、すごーいと言いながら、パチパチと手を叩く真護と東条侯爵と南条侯爵に、土御門さんは、もう嫌そうな表情を隠すことを放棄して、「完全に馬鹿にされてる」と言いながらテーブルに突っ伏した。何か色々と、うちの風チームがごめんなさい。
「英喜おじさま、真護がおまけで半分正解なら、正解は何?」
私が訊くと、土御門さんが、がばりと顔を上げて、露骨に嫌そうな顔を見せた。
「速水家の断絶が決まると、土御門君の下の陰陽師たち、当時の三位以下は、速水に派遣されて、直系の魔力持ちの魔力消しをしたんだよ」
魔力消し。禍々しい響きを持つ言葉を聞いて、思わずお父さまの手を握った。真護も父親の腕にすがりついている。何か、その言葉、怖いんですけど。魔力が消されちゃうって、どういうこと?もう逃げないって決めたけど、怖いものは怖いよ。
「あの、英喜おじさま、魔力消しって何?」
「ふーちゃんの着袴の儀に、陰陽頭が来たんだよね。賀茂君、曙光玉を使ったでしょ。ふーちゃんの魔力量を測定できる水晶玉はないからね。土御門君、せっかくだから、うちの一族の次代に教えてあげてよ」
曙光玉って、賀茂さんが天鵞絨の袱紗に大事そうに包んで持ってきた、あの不思議な金属のボールがそんな名前だっけ?
「魔力消しは、陰陽寮では、機密事項なんだけどね。何で、曙光玉を使うことまで知っているのかな」
土御門さんが、挑戦的に私たちを睨んだ。いやいや、土御門さん、そういう反抗的な態度はダメだって。今、うちには、魔王と冥王とその配下の四名に、小さいチェ・ゲバラまでいるんだよ。何かあったら、私は、お父さまと牧田と料理長をゴーレムで抱えて、直ぐに疎開するけど。
「訊くだけ無駄だ、晴明。帝都の機密は、西都の公家の嗜みみたいなもんだ」
「国の機密を嗜むって、訳が分からないにも程があるでしょ。西都の公家、まとめておかしいよね」
お祖父さまに、土御門さんが、心底嫌そうに言った。
「1400年も公家なんかやってると、機密になった原因は、すべからく作ったか、見たか、聞いたかなんだよ」
あははははは、と食堂に皆の乾いた笑いが響いた。確かに、厄災の姫の速水家の内情、もう色々と聞いちゃってるしね。
「見た、聞いたはともかく、原因を作ったってのが怖すぎるよ。ああ、もう分かったよ。じゃあ、いいこと教えてあげる。陰陽大学校では、陰陽師の魔力消しは侯爵までって習うんだけど、西都は除くって注意書きがあるんだよ。あなた達の魔力は、デタラメ過ぎて、まともな陰陽師じゃ何人投入しても討伐できないし、こっちって伯爵レベルでも骨が折れる連中が揃ってるからね。そもそも小野が子爵って何の冗談って感じだし。だから、闇落ちしたら、同族討ちしてもらうしかないってね」
ふええっ、また何か怖い言葉が出て来たよ。同族討ちって何?思わず、隣のお父さまを見上げると、「大丈夫、嘉承の闇落ちなんて瑞祥がいる限り、あり得ないから」と背中を撫でて下さった。確かに、この美しい瑞祥の父を傷つけることは、私には何があっても、絶対に無理だ。お祖父さまと父様は、お祖母さまには逆らえないし。そう考えると、お父さまの言葉がすとんと腑に落ちた。そうだ、嘉承は瑞祥とある限り、大丈夫。
「曙光玉の魔力消しだけど、ふーちゃんと真護君には僕が正しく説明するけど、一応、曙光帝国の機密事項なんで、嘉承一族の外に出さないでよ」
はぁ、と大仰にため息をついて土御門さんが、曙光玉の魔力消しについて説明し始めた。やっぱり、土御門さんは、面倒見のいい、お人よしだったよ。
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