家令の事情
結局、瑞祥家でお茶を頂くどころか、単に挨拶に来ただけになってしまった。三人で、そそくさと食堂にトンボ返りする途中、お祖父さまと父様に「ごめんなさい!」と平謝りの【遠見】を飛ばすと、父様から、「さっさと戻れ。待たすな、クソガキ」と、いつもの山賊口調の父の返事が戻ってきた。
「兄様たち、怒ってらした?」
気配で気づかれたのか、お父さまに心配そうに訊かれたが、あのフリーダム集団だしね。
「ううん。そもそものところで、お父さまには怒ってないみたい」
五人の子供達の中で、お祖父さまは、お父さまに一番甘いから、父様が文句を言っても、絶対にとりなして下さると思う。それに父様の怒りの対象は、逃げ出した私だしね。
食堂に戻ると、何故かお酒臭かった。ウソでしょ。こんな深刻な話の時に、何で日中から飲んでいるの、この人たち?
テーブルには、大量のワインボトル。またもや、お祖父さまのコレクションが蔵から大量に放出されたようだ。あの蔵、絶対におかしいって。
ワインは、曙光帝国で、女性にも人気の高いシャブリと、もう一種類。アルザス地方から来たリーズリングだ。これだけ「負けない」ワインが出て来るとなると、牧田のチョイスはあれしかない。
振り向くと、安定の牧田とワゴン。そしてワゴンには、私が大好きなチーズ、モンドールがあった。そう、こういうチーズだと、下手なワインを合わせると、完全に負けちゃうんだって。
私は、秋冬しか手に入らない仏蘭西のモンドールが大好きだ。無殺菌のミルクから作られるので、「小さい子はダメだよ」とお父さまに注意される禁断の味。なのに何故、それを私が知っているかというと、お祖父さまの晩酌用に出て来るときには、毎回、真横に座らせて頂いて、お父さまの目を盗んで、こっそりと味わっていたから。「魔王が子豚を餌付けして、太らせて食べようとしている」って絵にしかならないけど、美味しいんだよ、この魅惑のチーズ。臭いけど。
マツタケや、もみじ鯛と同じで、このチーズも今のうちに食べておかないと、3月には食べられなくなるからね。食は、旬が全てなんだよ。思わず手が出たところで、視線を感じた。
「おい、クソガキ、挨拶もなしに、食ってる場合か」
はい、父様。ごもっともです。いちいち食い意地の張った子豚ですみませんでした。
ちょっとバツが悪過ぎるけど、ここは避けて通れない道。四侯爵の視線も全て私に向いている。いつものように、呼吸が乱れそうになるが、私は嘉承だから、同胞のために、明楽君のために、最後まで戦うつもりだ。
「えっと、その、今日は、昼前から、野生の火の攻撃とか、火伏せの加護とか、チェスボード対決とか、ずっと色々とあり過ぎて、気持ちがぐちゃぐちゃで、何を言っていいのか混乱しているんだけど。そもそも、明楽君のことは、私が嘉承の嫡男の名の元に皆に集まってもらって保護を決めた話だから、私に責任があるんだよ。なのに、面倒くさそうなことになりそうだと思ったとたんに、逃げ出して、ごめんなさい。私は、皆から見ると、小ずるい子豚にしか見えないけど、でも、私を頼って、助けを求めに来てくれた風の子は、絶対に守るよ。最初は、明楽君とお母様を、西都で保護すればいいと思っていたけど、そのお母様に不安がある場合は、見極めないとダメなんだよね。明楽君の心身の安全が、ちゃんと守られるのか。それが分かるまで、明楽君の手を放しちゃダメなんだよ。その、それで、私は、まだ子供だから、出来ることに限界があるので、皆の力を貸して下さい」
感情がこみあげて、涙が出そうになるが、ぐっとこらえて、頭を下げた。お祖父さまと父様の手が同時に、別方向から私の頭をぐしゃぐしゃとするので、いつもの倍、頭がもげそうになる。ほんとに、そのうち首からぽろっと取れるから。
「ふーちゃん、誰も君のことを小ずるい子豚なんて思ってないよ」
「そうそう。敦ちゃんの小さい頃と同じだから、やっぱり魔力が大きいんだなと思っているけど」
西条侯爵と南条侯爵の言葉に、こみ上げていた涙がピタリと止まった。お祖母さまの侍女の和貴子さんが教えてくれた、嘉承公爵の元子豚疑惑って本当だったんだ。思わず、父様の方を見た。
「だから、制御を完璧にしろって何回も言っているだろ。俺たちは、小さいうちはしょうがないんだよ。ちなみに、彰人も、お前の瑞祥の従兄たちも、俺と似たような体形だったぞ」
「おう。俺もそうだったぞ。制御をマスターするまでは、魔力の変換効率が悪くて、体に負担がかかるからな。生存本能で、自分で痩せにくくしてんだよ」
父様どころか、お父さまも、お兄さまたちも、何なら、お祖父さままでも、みんな子豚だった。すごいよ、うちは、都の子豚一族だったんだ。
魔力の変換効率とか全然分からないし、何がどうなれば、みにくい子豚の子が、あんな瑞祥の美しい父と息子たちになるのか謎過ぎる。牧田の存在と同じくらいの謎かもしれない。でも、今まで私の中で燻っていた、美しい二人の父と二人の従兄に対する劣等感が、曇り空に光がさすように、晴れていくような気がした。
「いや、父様、こいつは、制御を覚えても痩せないかもしれません。お前、色々と食べ過ぎなんだよ。特に、甘いものな。魔力切れでない時は控えろよ」
さっきまで、きれいに晴れ上がると思った空に、いきなり雷が落ちて、どしゃ降りになった気分だよ、父様。私は、美食を追求するために生まれてきたのに、そんなこと言われても。
「とりあえず、今は、高村愛の話な。彰人が不比人に過保護過ぎるから、話が全然進まない」
「すみませんね、兄様。それが私の今生の存在理由なので」
お父さまの兄上呼びが、兄様に戻った。そうだよ、今は、都の子豚がどうして麗しの公爵になったかじゃなくて、明楽君のお母様の話だったよ。父様が、目で合図すると、西条侯爵家の英喜おじさまが、持参したタブレットを起動した。
「はい、じゃあ、月並みだけど、雨降って地が固まったところで、私と悟朗で調べてきた内容を報告するね。まず、速水侯爵の元家令を探して話を聞いてきたよ」
本来、貴族家の家令とは、財産管理や家人の雇用の責任者のことだ。牧田の場合は、本来の仕事の他に、筆頭執事のような仕事もしていて、家の中の一切合切を仕切ったあげくに、子豚の餌付けまでしているという、ちょっと異質な存在になっているけど。
「先ずね、瑞祥と遠縁の姫だった凪子の母親は、凪子を産んだ直後に亡くなっている。凪子は速水の優秀な家人たちにお世話されて、これまた優秀な家庭教師たちから教育を受けて育てられたらしいね。侯爵の叔母が近くに住んでいて、侯爵家の姫としての所作は、この大叔母から学んだみたいだね。愛の方だけど、速水侯爵は、元々は愛を手元に置いて、二の姫として育てる気だったらしいんだよ。でも、侯爵家の姫として育てようとなると、隣国の一般家庭で育った愛の母には色々と難しい話だから、凪子と同じように育てようとしたらしい。ところが、凪子の大叔母と愛の母親の反りが合わずに、結局、母親は愛を連れて、自分の両親の住む千台に行ってしまって戻ってくることはなかった。これ、その証拠で、速水の顧問弁護士が作成したものを、ついでにもらって来たんだけどね」
英喜おじさまが、テーブルに置いた書類を皆で覗き込むと、それは、高村愛の親権を母親が持ち、速水侯爵は愛が成人するまで養育費を払い続けるという合意書だった。
「これ、原本だよね。こんなのもらって来ていいの?」
びっくりして、思わず問い詰めるような口調になってしまったけど、英喜おじさまは、特に気にした様子でもない。
「私が西都から、嘉承公爵家の命を受けて調査に来たと知ったら、これ以外にも手渡された書類がこれだよ」
そう言いながら、おじさまが立ち上がって、大きなカバンから、ものすごい量の書類の束を取り出した。
「速水家の家令、ひどいな。秘密保持の契約にサインしてるよね、普通は」
「仕えた家が断絶になったんなら、シュレッダーとか焼却するとかしておけよ」
南条と東条のおじさま達も顔が引きつっている。家令は家の事情を良くも悪くも一番知っている存在なので、裏切られると痛手どころでは済まないからだ。うちは滅ぶ。
「いや、織比古、享護、そうじゃなくて、まったく逆。あの家令は速水家の無実をいまだに信じて、復興は無理でも、速水の名誉だけは回復したいって願っているんだよ。侯爵の裁判中も、投獄覚悟で、嘆願書を持って帝都の内裏に潜り込もうとするような忠義者だった。そんな男の前に、西都から、私がのこのこ現れたもんだから、何か一縷の望を見つけたみたいに思われちゃって。西都の大公爵様のお慈悲に縋りたいらしいよ」
「そうか、それは大変だな、彰人」
嘉承の父が、しれっと自分のことを棚に上げて、お父さまに話を振った。
「ええっ、私なんですか。西条侯爵が言付かったという話の流れなら、西の大公爵は、どう考えても嘉承公爵ですよね」
「速水なんだから、お前の管轄だろう。なんで嘉承が水の家の復興や名誉に関係するんだよ」
父様も、たいがい丸投げ気質というか、まるでどこかの陰陽師と同じだよね。まぁ、実際に、速水となると瑞祥の管轄にはなるけど。
「西条侯爵の話を聞きますよ。その上で、瑞祥としてどうするか判断します。ところで、その家令、本当に内裏に潜り込んだんですか。もしそうなら、直ぐに検非違使庁と陰陽寮に連絡して、警備の強化をしてもらわなくては」
「彰ちゃん、それは大丈夫。それこそ、陰陽寮のとある陰陽師に見つかって、追い返されたんだって」
西条侯爵の視線が土御門さんを捉える。
「そ。それ、僕だよ。凪子の家の家令とは子供の頃からの顔見知りだからね。僕が説得して、引き返してもらったよ」
「その時に、土御門君は、高村愛が速水侯爵の庶子だと知ったんだよね。その時分から、君は頻繁に陰陽寮から行方不明になるようになったみたいだね。これは、二位の播磨君情報」
「播磨、何をぺらぺらと西条侯爵に喋ってんの。僕、すっかり裏切られてるよ」
「いや、君を裏切ったんじゃなくて、速水の家令と同じなんだよ。彼の実家は西の水の名家。速水は東の水の名家でしょ。彼も速水家の断絶には思うところがあったようだよ」
英喜おじさまの言葉を聞きながら、いつも飄々としている土御門さんの青灰色の目に微かに驚きが浮かんだ。
「そうなんだ。播磨は、あの厄災で死にそうな目にあったから、速水を恨んでいるとばかり思ってたよ。僕は、あの時も、今も、いつも、何にも分かってなさ過ぎるよね」
そう言って土御門さんは、自嘲気味に少し笑った。
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