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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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土と水の嘉承の子

「学園を卒業してから、高村愛がどうなったのかはよく知らない。凪子と鷹邑は帝都大学に進学したし、僕は陰陽大学校に進んだからね」


土御門さんの母校の陰陽大学校は、帝国が誇る唯一の陰陽師の育成機関で、正式に陰陽師と名乗るには、陰陽大学校で学んで卒業試験に合格しなければならない。ほとんどの卒業生は陰陽寮に勤めるが、これは義務ではない。フリーランスの陰陽師もいて、地方で個人事務所を構えたり、魔力持ちの貴族の子女の家庭教師をしたり、魔力塾を開設したりと進路は様々だ。最近では、VousTubeのような動画サイトで、魔力を使ったドッキリ動画を上げたり、陰陽師同士の魔力対戦を生配信するチャンネルを持つ者も出てきた。お祖父さま世代が呼ぶところの野良陰陽師というやつだ。


うちのお祖父さまも、VousTuber陰陽師はお好きではないようだが、私と真護は大好きで、しょっちゅう二人で部屋に籠って動画を観ている。おもしろいよね、VousTube。魔力量も制御も土御門さんのような正統派陰陽師の比ではないが、魔力をエンタメにするという荒唐無稽な人たちだけあって、魔力の使い方がめちゃくちゃユニークで面白い。魔力が少ない人ならではの効率のいい使い方とか、魔力回復に効く食べ物ベスト10とか勉強になる情報もあるんだよ。


特に私は、菅井すがいさんと津留崎つるさきさんというインテリ陰陽師のお兄さんたち二人組が、毎回それぞれの魔力を持ったゲストを呼んで、いかに魔力を効率よく使うかを実験で検証していくエコ魔力シリーズが大好きだ。真護は風の動画だけしか観なかったけど、私は全部観たよ。もちろんチャンネル登録もしているし、毎回動画の最後に言われる通り、いいねボタンも押して、通知もオンにするくらいのファンだったりする。今度、明楽君にも教えてあげよう。


私が大好きなVousTubeの番組のことを考えていると、瑞祥のお父さまが、お祖父さまと嘉承の父を相手に、珍しく柳眉を逆立てていらした。


「先日も、はっきりと申し上げましたけど、七歳児の前でする話ではないですよ。西条侯爵が報告を始める前に、私は、ここで不比人と真護君と下がらせてもらいますから」

「彰人、不比人と真護に選ばせろ。それが嘉承のやり方だ」

「兄上、お言葉ですが、嘉承の子供は、成人するまで瑞祥に親権があります」


お父さまが嘉承の父を兄上と呼ぶ時は、怒っている時だ。私が余計なことを考えている間に二人の間で何か行き違いがあったみたいだ。


「ふーちゃん、真護君、瑞祥の居間でお茶にしよう。お父様たちのお話が終わるまで、私といればいいからね」


まずい。お父さまは、普段は観世音菩薩のように慈悲深いが、私によろしくないと判断されると、鬼子母神のごとく立ち向かって、何人たりとも絶対に私に手を出させない。それが私の実の祖父や父であってもだ。


「ふーちゃん、真護君、行こうか」


お父さまの笑顔が怖いよ。これは逆らってはいけないやつだ。もうお父さまの魔力が私と真護を覆っている。


「彰人、不比人に選ばせろ。不比人は嘉承だ」


そうそう。お父さま、守って下さるお気持ちは嬉しいけど、私は嘉承の嫡男だから。


「あの、お父さま」

「何かな、ふーちゃん」


くるりと振り返ったお父さまの笑顔に「ひぃっ」と真護が声を洩らして私に引っ付いて来た。そうだよ、真護、世の中には逆らってはいけない人がいるんだよ。


「なんでもないでーす。お父さまと瑞祥でお茶を頂きたいでーす」

「僕は、ふーちゃんについていきまーす」


もう、何度でも言う。私は長いものには、ぐるんぐるんに巻かれるタイプなんだ。足早に食堂から立ち去るお父さまの後ろを、そそくさとついていく私と真護に、嘉承の父の怒鳴り声が聞こえた。


「不比人―っ、真護―っ、このクソガキどもがぁあああ、戻ってこい!」


聞こえない、何も聞こえない。お父さまの水の結界の中にいるからね。そういうことにしておいて。ああ、もう!これは、また北条と南条と西条の忠誠がもらえる日が確実に遠のいたな。


食堂から、お父さまの後ろを歩いていると、すぐに瑞祥家の瀟洒なサンルームについた。瑞祥のお祖母さまと菫子とうこお母さまが、お茶の時間を楽しんでおられたようだ。


「あら、ふーちゃん、東条の君、珍しいわね。こちらに来るなんて」


お祖母さまが、サンルームに入る光を受けて、今日も一段とかぐや姫のようだ。この方の魔力は絶対に土だけじゃない。訊ねても答えて下さらないし、お祖父さまにバレると、それこそ【業火】で焼かれちゃうから口には出来ないけどね。


「お祖母さま、お母さま、ごきげんよう」

「瑞祥の大姫、瑞祥公爵夫人、ごきげんよう」


真護の挨拶は、他家ではおかしく聞こえるかもしれないけど、お祖母さまは永遠に瑞祥の大姫なので、ここでは正解だ。私たちの後ろで、気配がしたかと思うと、牧田が静かに、私たちの分のお茶をテーブルに用意してくれた。牧田、私は、もう全部受け入れたから。何も言わないよ。


「彰ちゃん、どうかしたの?」

「いえ、兄上と嘉承の四侯爵家が子供にふさわしいとは思えない話をされようとしましたので、三人で逃げて来たんですよ」


まだ嘉承の父は、いつもの兄様ではなく、兄上と呼ばれている。お父さま、まだ怒っていらっしゃるよ。くらばらくわばら。


「子供にふさわしいとは思えない話って何かしら?」


お祖母さまがにっこりとされた。


「ええ、ですから、二人が横におりますし、女性の前でもお話するのは・・・」

「何かしら?」


お祖母さまは、まだにっこりとされている。「ひっ」と真護が私の服の裾を掴んだ。真護、動くな。声を出すな。目を合わせるな。お祖母さまがお気づきになるだろ。世の中には、逆らってはいけない人がもう一人いるんだよ。


「彰ちゃん?」


お祖母さまが、笑顔のままお父さまを促す。麗しい母と息子が笑顔で見つめ合う、美しい絵画のような光景なのに、私も真護も菫子お母さまも、見ていられなくて俯いてしまった。数秒後、お父さまが折れた。


「その、ふーちゃんのお友達の高村明楽君の母親の身上調査報告です。お母さまには申し上げにくいのですが、南条侯爵が、帝都の一角にそういうところがあって、えーとですね、南条侯爵が・・・」


ああ、お父さま、もう何となく分かったよ。南条の織比古おじさまが絡むと、絶対に女性関連だよね。お祖母さまも、お母さまも何か察するところがあったようだ。


「ふーちゃん」


お祖母さまが、またにっこりとされた。


「たかむら君というのは、いつかの小野の子かしら」

「そうです、お祖母さま。小野の峰守お爺様の末の君の子供です。高村明楽君っていいます」

「そう。ふーちゃんと同じでご先祖のお名前を頂いたのかと思ったら苗字だったのね」


ちょっとややこしいよね。明楽君の名前。


「ふーちゃんは、小野の子を保護したんでしょう。嘉承は、ふーちゃんが責任を全うできるように一族で力を出し合っているのではなくて?」


お祖母さまの言葉に目が覚める思いがした。ほんとに、そうだよ。


「お父さま、あのね。明楽君の話は、私が嘉承の嫡男の名のもとに持ち込んで、評定で保護するって決まったんだよ。明楽君のお母様のことを、隅から隅まで知る必要はないけど、明楽君を守るために必要な話は聞いておかなくちゃ」


私が一気にそう言うと、お父さまは少し悲しそうな顔をされた。


「君は、すぐに大きくなっちゃうね」


しまった。お父さまは、私が生まれる前の十年ほど、空の巣症候群のような鬱状態だったと聞いたことがある。


「彰ちゃん、ふーちゃんは、生まれた時から、菫子ちゃんより年上よ」


お祖母さまの視線に冷や汗が止まらない。視えているんだ。トリさんは怯えて私の意識の奥深くに沈んでしまった。


「まぁ、お義母様、わたくし、生まれたての赤ちゃんより頼りないでしょうか」


おっとりと瑞祥のお母さまがお尋ねになるが、お祖母さまは、うふふと優雅に微笑まれ、扇で口元を隠してしまわれた。貴婦人が扇で口元を隠すと、もう訊ねることは許されない。私にだって、曙光帝国の公家の常識はあるよ。


瑞祥のお母さまは、水の名家の三条侯爵家の出身で、西都では有名な調香師だ。私は、瑞祥家に連れて来られた時から、お父さまにお世話して頂いているが、お母さまは、私が小さい頃にむずかると、いつも水の魔法で大きな虹をお庭にかけて見せてくださった。魔力は侯爵家の姫のわりに決して大きくないが、香木から水分を抜いて乾燥させたりと、性格がそのまま魔力になったような平和な使い方をされている。


土と水の長であるお父さまと、水のお母さまの傍にいたので、私は水の魔力の制御が一番得意になってしまった。そして、一番苦手なのが、水の対極にある火。今でもちゃんと使えるのは【火焔】くらいだ。それが南条と西条と北条の忠誠がもらえない理由の一つだ。


だけど。それでも、私は嘉承の嫡男なんだよ。


嘉承では、何か困ったことがあれば皆で知恵と力を出し合って解決する。瑞祥の嫡男のような圧倒的なカリスマは嘉承の嫡男には必要ないんだ。でも、嘉承なら、同胞を守るために最後まで戦う。絶対に逃げない。


「お父さま、私は嘉承の名の元、風の子を保護したんだよ。だから、嘉承に戻らないと」

数週間ほど投稿が途切れます。詳細は活動報告に記してある通りです。60話の投稿は11月20日正午を予定しています。宜しくお願いします。

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