表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
58/164

GIRL MEETS BOY 4

二学期が始まった。夏休み前は、クラスの女子よりも男子と仲良くしていた愛だったが、滝川拓哉とのことがあり、男子とも付き合いにくくなってしまった。拓哉は、男女問わずに人気があり、友人が多かったからだ。今更、女子に仲間に入れてくれと頼むことはしたくない。気がつくと、愛は自らクラスメイトたちから距離を置くようになってしまった。


そうなると、昼休みが苦痛だ。連れだって食堂へ行くグループと、教室で机を並べて弁当を食べるグループ、それぞれの女子グループが一度だけ愛を誘ってくれたが、同情されているようで恥ずかしくなり、素っ気なく断ってしまった。


仕方なく、家から持ってきた弁当を、司書に見つからないように、図書室の隅で食べるという日を続けていたある日のことだった。


「あれ、一年の高村愛ちゃん。美味しそうな匂いがするなと思ったら、こんなところでお弁当を食べてるの?司書の先生に飲食が見つかると、めちゃくちゃ怒られるよ。晴明が一年の頃、隠れてコンビニで買ってきたチキンを食べていたら、見つかって、読んでいた本で、思いっきり頭をはたかれちゃって。それで、油のついた指で本のページを捲っていたのがバレて、毎日、一ヶ月も書庫の整理をさせられたよ。あの先生、普段は温厚だけど、本が絡むと怖いんだよ」


小野鷹邑だった。あいかわらず、ジェニーズ事務所にいるアイドルのような可愛らしい顔をしていて、二年先輩というよりも自分と同級生か年下に見えるくらいだ。くりくりとした丸い目が、いたずら好きの柴犬のようだ。


「小野先輩、先生には内緒にしてください。お願いします。私、ここを追い出されたら、気兼ねなくお弁当を食べる場所がなくなっちゃうんです」

「そうなんだ。じゃあ、賄賂にその黄色いおにぎりを一つくれたら、黙っていてあげる」


鷹邑が指さしたのは、薄焼き卵を海苔の代わりに巻いた俵型のおにぎりだ。


「こんな簡単なのでいいんですか。どうぞ」


愛が弁当箱を差し出すと、鷹邑がひょいと一つ取り出して口に入れた。


「うん、これ、素朴だけど、美味しいね」


何ということはないおにぎりをニコニコしながら、美味しいねと鷹邑が言ってくれて、思わず涙が出そうになる。母が再婚する前は、愛と祖父母と一緒に住んでいて、遠足や運動会など、行事がある時は、いつもこの薄焼き卵を巻いた黄色の俵おにぎりを弁当箱に入れてくれた。愛は、昔から、とうもろこしや、玉子焼きや、つぼ漬やパイナップルなど、好物が全て黄色い。お弁当に好物を詰めると、真っ黄色の弁当になるので、せめて赤いプチトマトや緑のブロッコリーを入れようと母が言っても断って、いつも真っ黄色の弁当を持って行った。


中学に入る前に、母が再婚をすることになった。再婚相手は、色黒の丸顔で目はぎょろりとしていて小太り。あまり洗練されたタイプでも、知的なタイプでもなく、学究肌の祖父と気が合いそうにはなかったが、それでもよく働く実直な人で、おかしなことを言っては母を笑わせてくれたので、愛は嫌いではなかった。古い地主の家の人で、地元では知られた企業に勤めていることもあり、経済的には安定していた。


再婚相手は、愛にも一緒に住むことを勧めてくれたが、彼には愛より年上の意地の悪そうな娘が二人いて、両家の顔合わせの時には、自分が舞踏会前のシンデレラのようになる未来しか見えなかった。Boy Meets Girl, Happily Ever Afterを全く信じない愛は祖父母と一緒に暮らすことを選んだ。今では母に会うのは、年にほんの数回だけだ。

気がつくと、愛は、鷹邑に家庭の事情をべらべらと話していた。鷹邑が聞き上手で、愛が一番嫌いな同情を浮かべることもなく、ただ優しく相槌をうちながら聞いてくれたからだ。


自分の祖父母と母が外国人と知っても、鷹邑は嫌な顔一つしない。帝都の貴族連中は、曙光帝国の国民こそが選ばれた民と信じて、国外にルーツを持つ者を蔑視すると祖父母に訊いていたので、意外でもあった。


「隣国の人々を蔑視なんてありえないよ。僕は小学校の六年間、父の仕事の関係で、そこに住んでいたんだから。友達だって沢山いるよ」


小野鷹邑は、貴族だけれど、間違いなくいい人だ。愛の中で、鷹邑に対する好感度はますます上がっていった。


二学期の中間テストと期末テストは、どちらも鷹邑が首位だった。あの忌々しい速水凪子と、得体のしれない青灰色の目をした土御門晴明も競うように上位にいて、自分は300人中180番台をウロウロという何とも微妙な成績だったが、憧れの先輩の名前を掲示板で見るのは嬉しかった。


小野鷹邑とは、図書室で黄色のおにぎりを一緒に食べて以来、廊下で会ったときに挨拶するくらいしか接点がなかったが、学園の有名人なので、噂はいつも耳に入って来た。鷹邑は学園を卒業すると、帝都大学の法学部への進学を希望しているらしい。祖父にも教えてもらったが、小野家というのは、とんでもない名家で、1400年以上に渡り、曙光帝国の歴代の皇帝に重用され、外交官や大使を輩出している家だそうで、鷹邑の父は、隣国の大使を経て、今は外務大臣の職にあるという。法学部を希望している鷹邑も、同じ道に進もうとしているのは明白だ。


180番台の自分では、とうてい追いかけたくても追いかけられない道だ。認めたくはないが、住む世界も違いすぎる気がした。


新年が明けると、鷹邑たち三年生は、受験で、ほとんど学校に来なくなっていた。あとは、卒業式に来るだけなので、愛のクラスには、卒業式に、土御門先輩と写真を一緒に撮ってもらうとか、花束を渡すとか盛り上がる女子が増えた。最後に憧れの先輩に告白すると宣言する強気の女子まで出て来て、皆、ダイエットやメイクの記事の載った雑誌を休み時間の度に読みふけっている。愛が話しかけると、気さくに雑誌を見せてくれた。


「愛ちゃんも気になる先輩がいるの?」

「うん、まあ、憧れてるだけだよ」

「じゃあ、愛ちゃんも一緒にコクろうよ」


それは無理。ダメもとでも、自分の気持ちを伝えたいという思いもあるが、夏に感じた貴族社会との隔たりは大きく、気遅れがしてしまう。


「何でみんな土御門先輩にはお花を渡したり、写真をお願いするって盛り上がって、小野先輩には何もないの?」


全く気のないふりをして、さりげなく聞いたつもりだったが、クラスメイトにきょとんとされた。


「何でって、愛ちゃん、凪子様のようなすごい彼女がいる人にアタックして自分を惨めにして、どうすんのよ」

「そうそう。あんな才色兼備な人を彼女にしている人からしたら、私達なんて、ミジンコじゃない。もっと進化しないと話相手にもされないよ」

「何それ、分かっているけど、ミジンコって、ひどすぎるよ~」

「ミドリムシよりはマシでしょ」


クラスの女子たちは、自虐で盛り上がり、愛も一緒になって笑っていたが、心の中はショックで凍てついていた。小野鷹邑が、高等科に進学した直後、速水凪子に告白して以来、ずっと付き合っていると言う。中等科から学園に通う生徒たちには知られた話だったそうだ。


小野先輩から告白したんだ。

何それ。小野先輩も、やっぱり貴族なんだ。貴族の完璧なお姫様の方がいいんだ。



卒業式前に、小野鷹邑と速水凪子が帝都大学の法学部に揃って進学が決まったという話をくだんの手芸部の後輩たちがしているのを聞いた。高村愛は、告白する前に失恋したのだ。


そして、卒業式で答辞を読む速水凪子は、誰よりも美しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ