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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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GIRL MEETS BOY 2

その後、全く接点のない三人の先輩たちとは会うことはなかったが、凪子を否定するような発言をしたせいで、あの場にいたクラスの手芸部の女子生徒たちが愛と微妙に距離を置き始めた。あからさまに意地悪をするわけでもなかったし、他にも親しい女子生徒たちがいたので気にはならなかった。男子生徒たちの態度は全く変わらず、少年漫画が大好きな愛は、むしろ男子と喋っている方が気楽に思っていた。


「うちのクラスの女子、あのお姫様に入れ込み過ぎて、喋り方とか色々変だしね」


そして気づけば、愛はいつも男子生徒たちと過ごすようになっていた。その中で、特に気が合ったのが、同じクラスの滝川拓哉だ。拓哉は、小野と同じ子爵家の子息ながら、曙光帝国の貴族の在り方に疑問を持っていると言う。


「ただ、貴族家に生まれただけ、貧しい両親のもとに生まれただけで、人生の選択肢の幅や数が異なることに僕は疑問を持っているんだよ。だから、学園を卒業したら、西都大学に進みたいんだ。西都の市民の暮らしを見てみたい」

「西都には貴族がいないの?」

「西都こそ、この帝国で一番魔力持ちの貴族が多い場所だよ。それも高位のね」

「それだったら、市民は嫌な目にあっているんじゃないの?」

「愛は何にも知らないんだなぁ。陛下に西国統治を任命された二大公爵家が、教育面と健康面でそれぞれ力を注いでいて、西都の総督府では氏素性に関係なく優秀なものは登用されるというのが西のやり方なんだよ。それこそ帝国が、400年前に絶対君主制から立憲君主制に変わるよりはるか以前に、西国では一般市民の人権が尊重されていて、特に子供たちの福利厚生は帝都をはるかに超えたところにあるんだよ」


そんな理想家で知的な雰囲気の滝川を、祖父母に紹介すると、隣国の大学で教鞭をとっていた祖父には、良いディベート相手になったようで、滝川は、高村家で常に歓迎され、祖父母公認のボーイフレンドとして扱われた。


七月になると、また試験があり、西都大学の医学部を目指している滝川は試験勉強に忙しく、愛と放課後や週末に会うことがなくなった。それでも、試験が終わると夏休みで、八月の最初の日曜日には、滝川家のガーデンパーティーに招待されている。


愛の中で、ガーデンパーティーという本やドラマの中でしか聞いたことがない言葉は不思議なほどに、心を弾ませた。パーティーのある日の数日前に、滝川から「パーティーと言っても、庭で軽食をつまむ程度だけどね」と言われた。少しがっかりしたが、滝川の家に遊びに行けるのは楽しみだ。祖父母が君主制や貴族家に対して否定的な思想は持っていても、まだ十六歳の愛には、貴族の生活を少し覗いてみたいという気持ちがあった。


当日になって、愛は、バイト料を貯めたお金で、駅前のデパートで見栄えのいいケーキを5つ買った。拓哉の家族に、気の利くガールフレンドだと喜んでもらえるに違いない。デパートの紙袋にケーキの入った箱を入れてもらって、意気揚々と滝川拓哉の家の住所に向かって歩いて行った。


ところが、歩くほどに、周りの景色が変わり、道の両サイドに並ぶ家々は、大きな家から、豪邸に代わり、今は、壁と生垣や木で全く家が外から見えない大邸宅が立ち並ぶ住宅街になっている。歩いている人は自分しかいない。駅から、延々と緩い登坂になっているせいで、徒歩は地味にきつい。だんだん、汗が止まらなくなってきた。ボーイフレンドの家族に紹介してもらうというのに、これはない。


立ち止まって、ハンカチで汗をふいていると、愛の横に一台の外国製の大きな白い高級セダン車が停まった。


「高村愛ちゃんだっけ?」


車の後部座席を見ると、小野鷹邑が手を振っていた。


「ごきげんよう。こんな日に徒歩は大変でしょ。滝川家のパーティーに行くんなら、一緒に乗っていきなよ」


車に詳しくない愛に車種は分からないが、この豹がボンネットについた車は、すごく高いやつだ。欧州にある島国の、ボサボサ金髪頭の太った宰相が、同じメーカーの車に乗って女王が住む宮殿に入っていくのをニュースで何回も観たことがある。


鷹邑の申し出は有難いが、ひどく汗をかいているので、そんな高級車の上品なクリーム色のレザーシートを汚してしまいそうだ。そう言って断ると、鷹邑が更にドアを大きく開けてくれた。


「そんなの気にしなくっていいって」


途端にドアから流れて来る冷気の誘惑には逆らえずに、結局、滝川邸まで乗せてもらうことにした。鷹邑は、ベビーフェイスで小柄なので、実際の年齢より若く見えるが、今日は、ネクタイこそしていないものの、小ざっぱりした上質のコットンのサマージャケットに、きれいにプレスされたズボンを着ているせいか、愛よりもずっと年上に見えた。「キレイめ、高見え」とネットで人気のワンピ姿の自分が、いつもより少しだけ幼く感じられた。


ものの三分で、立派な門をくぐり、小野家の車が、大きな生け花のオブジェの置かれた玄関前の車寄せで止まった。すぐに、ドアが外から開けられ、鷹邑が先に降りて、車にいる愛に手をのばして降りるのを助けてくれた。ドアを開けてくれた男性の他に、初老の男性と、その後ろに若い女性が二人いて出迎えてくれた。拓哉の父親かと思い、挨拶をしようとすると、鷹邑に肩を抑えられた。


「ごきげんよう。こちらは、拓哉君のクラスメイトの高村愛さんだよ。拓哉君のところに連れて行って差し上げて。僕は、土御門家にお使いがあったことを忘れていたので、また来るよ。10分ほど遅れますが、お詫びに二の君を連れて伺いますって滝川子爵夫人にお伝え願えるかな」

鷹邑が平然と、自分より年上の男性に喋っていた。


「かしこまりました、小野の末の君」


初老の男性と後ろにいた女性二人が礼をすると、「じゃあ、頼んだよ。くれぐれも拓哉君のところに連れて行ってあげてね」と鷹邑は言い残して、また車に乗り込んで去ってしまった。


その後、滝川家の家令は頼まれた通りに拓哉のいた庭に愛を案内したが、運が悪かったのか、そこには、拓哉の母と祖母もいた。「拓哉様のお母様の滝川子爵夫人と、先代の子爵夫人です」と家令が小声で教えてくれたので、慌てて頭を下げた。


「あの、こんにちは。あたし、高村愛っていいます。拓哉君とは仲良くしてもらっています。これ、お土産です。つまらないものですけど、皆さんで頂いて下さい」


そう言って、デパートの紙袋に入ったケーキを渡そうとしたが、さっきまでの炎天下での長時間の徒歩のせいか、汗で紙袋がちょっと草臥れた感じになっていた。拓哉の母は受け取ろうとはせずに、「川島」と家令に声をかけた。


家令が「ありがとうございます」と愛から紙袋を受け取った。隣に来てくれた拓哉の顔を見ると、困ったような表情をしている。


「奥様、小野の末の君が、こちらのお嬢様といらっしゃったのですが、土御門様のところでご用事があるとのことで、10分ほど遅れるとご伝言を承りました。お詫びに二の君を連れて来て下さるとのことでございます」

「まぁ、小野の末の君が土御門の二の君と来て下さるの。社交にはめったに顔をお出しにならない晴明様に来て頂けるんなら、10分でも30分でもお待ち申し上げませんとね、お義母様」


滝川子爵夫人が明るく手を叩いで喜んだ。先代夫人も、「そうねぇ」と言いながらも、まんざらでない顔だ。愛にすれば、末の君やら、二の君やら、訳の分からない言葉が並んで、戸惑うが、小野鷹邑が残した伝言で、両夫人は気をよくしたのは分かった。


「あの、お婆様、お母様、僕、高村さんに庭をお見せしてくるよ」


拓哉が慌てて愛の腕を引っ張って、その場を離れた。両夫人の目の届かないところまで来たところで、愛が拓哉の腕をほどいた。


「痛いんだけど。引っ張らないでよ」

「愛、頼むよ。今日は、他にも沢山お客様が来ているから、常識を持って、大人しくしておいてくれよ」


拓哉の言葉に驚いた。常識を持って大人しくとは、どういうことだ。自分は、きちんと挨拶をしたし、手土産も持参したではないか。ちょっと紙袋が残念なことになってはいたけど、真夏だから仕方がない。そこは、お愛嬌だ。


「違うんだよ。愛は、話しかけられるまで、話しちゃダメなんだよ。手土産も紙袋ごと手渡しなんて、ありえないから。挨拶も、服装も何もかも」

「は?意味が分かんないんだけど。拓哉君は、そもそも貴族の古臭いしきたりに反対なんでしょ。何で今になって、そんなこと言うわけ?」

「違う。全く違うよ。僕が反対なのは、一部の貴族が、特に帝都の貴族が持つ、くだらない選民意識だ。礼儀や品格は、生まれや地位に関係なく、誰もが持つべきだと思っている」

「何それ、あたしに品が無いとでも言ってるの?」

「わたくし。それが無理なら、今日だけでも、わたしと言ってくれ。うちのお婆様は、特に言葉遣いにうるさいんだ。頂いて下さいって何?全然敬語になってないし」

「あたしは、あたしよ。拓哉君が、それこそ選民意識を持つ貴族だってよく分かったわよ」


そう言うと、拓哉が愛の口を塞いだ。


「声が大きい!もうお客様がこちらの方にも来ているから、声を落として」


周りを見回すと、確かに数人、グラスを手に持って、にこやかに歩いてくる客たちがいた。愛たちよりも少し年上に見える集団だった。拓哉の姿を見ると、そのうちの一人の長身の男性がにこやかに手を上げた。


「拓哉君、ごきげんよう!」

「二の君、本日は、お招きありがとうございます」


愛よりも少しだけ年上に見える女性が挨拶したところで、拓哉が礼をした。


花山院かざんいんの君、久世くぜの大姫、大変ご無沙汰しております。久しぶりにお会いできて光栄です。皆さんも、今日はありがとうございます」


さっきまで愛に見せていた表情とは全く違い、にこやかに客たちと挨拶をする拓哉が愛には、ひどく遠い存在に見えた。

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