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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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GIRL MEETS BOY 1

「僕の母校の帝都公達学園は、曙光帝国にある公達学園の中で一番規模が大きいんだ。西都の公達学園でも同じだと思うんだけど、幼稚舎から一緒にいる連中がほとんどだから、中等科や高等科から入学してくる生徒って、けっこう注目を浴びるよね」


それはもちろん。私を監視するために、初等科にやって来た香夜子姫がまさにそうだったよ。だめだ、また気が滅入ってきた。


「高等科で入学してきた高村愛も、その一人だったんだ。見た目の可愛さや、人懐こい明るい性格もあって、当初は男女ともに、人気の生徒だった」

「当初は?」

「うん。転校生でもそうだけど、注目されるのって最初だけで、二週間もすれば落ち着くでしょ。帝都は、西都と違って、それほど貴族家と魔力持ちが多くないから、帝都公達学園の生徒の九割以上は一般家庭の子女でね」


私は、生まれてから、西都のある西国を出たことがないし、いつも魔力持ちに囲まれているせいで、魔力持ちが一割もいない場所があることに吃驚だ。


「西都以外は何処もそうだぞ。西都は、三割が魔力持ち、南都で一割くらいだな。帝都と北都では完全に一割切って、都以外では、それぞれの市町村に2,3人いるかってところだろ」


嘉承の父の説明を聞いて、真護と二人で顔を見合わせた。魔力持ちは、私たちの想像以上にマイノリティーで、その中でも完全四属性と呼ばれる私は、瑞祥のお庭に居座るショウちゃん達よりも珍種だったよ。


「そうなんだよ。だから、魔力持ちは、帝都公達学園では、どうしても目立ってしまって、それが貴族家の子女だと、なおさら羨望とか嫉妬とか、色々と厄介な感情の対象になりやすいんだ」


土御門さん自身も、名門貴族家の出身で、陰陽師の第一位になるほどの魔力持ちだから、その「色々と厄介な感情の対象」だったことは容易に想像がつく。今もそうなのかも。


「高等科で外部入学してきた高村愛が騒がれたのは、最初の一週間ほどで、その後は、いつも通り、学園の生徒たちの憧れと羨望の対象は魔力持ちの貴族だった。その中でも一番人気のあった生徒が速水凪子」


土御門さんが青灰色の目を苦しそうに細め、噛みしめるように厄災の令嬢の名を呟いた。

そして、西条家の調査報告と土御門さんの回顧で、私たちは、厄災の姫と明楽君のお母様の出会いと、高等科時代の姿を知ることになる。




速水凪子。今では事情を知る者の間では最も忌避される名前になってしまったが、当時は、侯爵家という爵位の高さに見合う洗練された所作と、西都の瑞祥公爵家を祖に持つ母親譲りの美貌で、帝都の貴族家の間では評判の姫だったそうだ。当時、まだご健在だった皇太后陛下のお気に入りで、今の皇帝陛下であらせられる東宮殿下や弟宮様のお相手候補としても名が上がるほどの凪子は、学園でも男女問わず人気があって、教師たちからの信頼も厚かったという。


そんな凪子と同様に、帝都公達学園で人気が高かったのが、癒し系秀才の小野子爵家の鷹邑と、キラキラ系王子の土御門伯爵家の晴明。三人が高等科の三年に上がった春に、高村愛が入学してきた。


学年で唯一女子の外部入学生だった高村愛は、入学当初は、それなりに噂され、初日から一緒に帰ろうと誘ってくる男子学生が二年と三年にもいたそうだ。明るくて親しみやすい性格が評判になり、最初の一週間は、他のクラスや上の学年からも、わざわざ休み時間に愛を見に来る男子生徒たちもいたが、四月が終わる頃には、完全に熱が冷めてしまった。


愛は、間違いなく可愛い女の子だったが、厳格さで知られた皇太后陛下も認めるほどの品格と美貌を持った上位貴族の姫だった凪子を幼稚舎から同級生や先輩として知っている学園の生徒にとっては、「普通の」可愛い子であって、心酔するほどの器ではない。


五月になると、愛は完全に他のクラスメートに埋もれて、特段、騒がれることもなくなった。それとは逆に、高等科で黄色い悲鳴を集め続けたのが、凪子と小野鷹邑と土御門清明だった。三学期制の帝都公達学園では、五月中旬に中間テストがあり、上位三十名の成績が掲示される。結果は、凪子が首位、続いて晴明、鷹邑だった。


「うそっ、今回、僕が三位だよ」

「とうとうやりましたわよ。鷹邑、油断しましたわね」

「お前が、連休中に西国で家族旅行している間に凪子とめちゃくちゃ試験勉強したんだよ」


中等科で入学して以来、小野鷹邑の成績は常に首位だったので、学園を卒業する前に一矢報いようと凪子は幼馴染の土御門晴明と、鷹邑が旅行で帝都を離れている間に、試験対策を万全にしていた。


「旅行というより、両親と領地視察に行っただけなんだけどね。それにしても、今回は完全に負けたなぁ」


掲示板の前で、楽しそうに会話してる最上級生の姿を、高村愛のクラスメイト達は、憧憬を持って見ていた。そこで初めて、高村愛は、凪子たちの存在を知った。


「あの人達、誰?」

「うそっ、知らないの?帝都公達学園の超有名人、皆の憧れの先輩たちよ」

「愛ちゃんは、四月に外部入学してきたから、知らないかもしれないけど、あの物語の王子様みたいな先輩が土御門伯爵家の晴明様で、ジェニーズ事務所のアイドルみたいな先輩が小野子爵家の鷹邑様で、その隣りにいる完璧なお姫様が、皆の憧れの速水侯爵家の凪子様よ」

「完璧なお姫様・・・」


愛が呟いた瞬間、凪子がこちらを見たかと思うと、一年生の女子生徒数名が、きゃああああっと叫んで、凪子のもとに走り寄ったため、愛は押し出された拍子によろけて転んでしまった。


「凪子様、おめでとうございます。手芸部の後輩として、私たちも鼻が高いです!」

「ありがとう。来週から、また部活動が始まりますから、よろしくね」


自分は無様ぶざまに転ばされたというのに、謝罪もなく、きゃあきゃあしている無神経な連中に一言何か言ってやらねば気が済まない。生来の気の強さが勝り、文句を言おうと立ち上ろうとした愛の前に、すっと手が差し出された。


「転んじゃったね。大丈夫?」


さっきまで凪子と一緒にいた小野鷹邑だ。隣にキラキラ王子の土御門もいる。怒鳴ってやろうと思っていた矢先に、いきなり学園で大人気の先輩二人を目の前にして、放出されたアドレナリンが、愛の中で行き場をなくしてしまった。顔が赤くほてってきたるのが分かる。手を差し伸べてくれた鷹邑に、お礼を言って早く立ち上がらなくては思ったが、それよりも先に凪子が声をかけた。


「まぁ、ごめんなさい。私の後輩たちが失礼しましたわ。お怪我はなかったかしら。皆さん、謝罪を申し上げてなくては」


後輩たちに囲まれながら、こちらにやって来て、おっとりと声をかけた凪子は、あくまで優雅だ。まだ立ち上がっていない愛から見ると、見下ろされているような感じがした。自分と同学年の生徒たちが、口々に「高村さん、ごめんね」「愛ちゃん、ごめーん」と謝ってくれたが、悔しい気持ちは晴れない。


「愛ちゃんって言うの?さっさと立たないと制服が汚れるよ」


悶々としていると、小野鷹邑が引っ張り上げてくれた。


「高村さんと仰るのね。失礼しましたわ。これ、良かったらお使いになって」


そう言って、凪子が見事な刺繍が施されたハンカチを差し出してくれた。後輩たちに囲まれているせいで、愛と距離があったので、そばにいた晴明が代わりに受け取って、愛に手渡した。

そこへ、進路指導の教師に声をかけられ、そのまま三人の先輩たちは教師と共に校舎に入って行った。「ごきげんよう」という今まで聞いたこともない謎の挨拶を残して。


「愛ちゃん、いいなぁ。羨ましい。凪子様のハンカチじゃん」

「あの人、いつもあんな感じ?失礼しましたわ、とか、お怪我なかったかしら、とか。時代劇の見過ぎじゃないの?」


愛がそう言うと、同級生の女子たちは、口々に愛を窘めた。


「愛ちゃん、めったなことは言わないで。この学園では、凪子様は皆の憧れなんだから」

「あの口調は、貴族家のお姫様だからよ。貴族の皆様は、ああいう話し方をされるのよ」

「貴族・・・」


聞いたことはあっても、今まで接したこともないどころか、見たこともない存在だ。愛を生まれてから育ててきた祖父母は、隣国の出身でリベラルな思想を持っており、二千年を超える身分制度のある曙光帝国の政治体制と社会には思うところがあった。そんな祖父母に、少なからず影響を受けている愛には、貴族という存在が理解できなかった。


凪子の綺麗な刺繍のハンカチから、ほのかに漂ってくる香の品の良さが、何故か愛を無性に腹立たせた。



読んで下さってありがとうございます。主人公不在の話があと三話続きます。引き続き宜しくお願いします。

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