子豚にどら焼き
北条侯爵と、土御門さんに私の勝ちを教えてもらうと、ほっとしたのか、もっと涙が出た。お父さまにハグしてもらったまま、呼吸が整うのを待つ。私は、瑞祥の方の先祖返りが出てしまったのか、生まれたときから少し喘息気味だ。お父さまの衣服には、瑞祥のお母さまが調香した香が焚き染めてあって、それこそ生まれた時から一番身近にある香りなので、一呼吸するごとに私を落ち着かせてくれる。
「ふーちゃん、大丈夫?」
真護もそばに来て、寄り添ってくれた。ちょっと恥ずかしいので、お父さまのシャツに顔を埋めたまま、こくこくと頷いた。
「すごいカッコよかったよ」
カッコ悪いよ。今、お父さまにへばりついて、赤ちゃんみたいに泣いているんだから。真護、私は、怖かったんだよ。自分のせいで、他の誰かの人生が決まってしまうなんて、責任が大きすぎて、怖くて、本当は逃げ出したかったんだよ。
北条の嫡男の時近お兄さまと西条の吾朗お兄さまは、従兄の瑞祥のお兄さまたちと年が近くて仲がいい。優秀で美しくてカリスマ的な瑞祥の君を真横で見ている彼らに、私はどう見える?誰もが認める嫡男のいる瑞祥一族に比べて、嘉承の次代は、ろくに火を使えない子豚だ。何かあれば、すぐに逃げ出そうとする、臆病で小ずるい私を誰が支えたいと思う?誰が信じてついて来てくれる?南条も西条も北条も、皆、私の資質を見抜いているんだよ。
なおも、お父さまのシャツから顔を上げない私の背中に真護が言った。
「ふーちゃん、あのハンザキの兵隊、もう要らないんなら、僕、欲しいんだけど」
・・・真護、お前は牧田に一度弟子入りして、空気の読み方を教わってこい!
「ハンザキだけじゃなくて、全部あげるよ」
「え、いいの?猫と犬とパンダは、ふーちゃんのお気に入りじゃん」
「いいよ。新作の西都タワーと狸のぽんころもあげる」
私達の会話を聞いた土御門さんが、そばにやって来た。
「じゃあ、僕が全部の駒を修理して、きれいにしてあげるね。ふーちゃんには色々と迷惑をかけているから、せめてものお詫び。陰陽師の十六体も真護君にあげるよ」
「あ、陰陽師はいいです」
土御門さんのこめかみが、またピクピクしている。真護、ほんとに、牧田に弟子入りして。
「おっ、そうなのか。真護がいらないなら、私は、三位の葉月ちゃんのミニチュアが欲しいんだけど」
南条の織比古おじさま、全然ぶれないな。おかしな信念でも、そこまで貫くと都のスケコマシも何だか立派に見えてくる・・・わけないよ!
「織比古、お前は、そのうち犯罪者になるんじゃないかと時々不安になるぞ」
お祖父さまが呆れたように仰るので、皆で大爆笑だ。
「手遅れにならないうちに、総督府に付き出しますか」
「東久迩の姫あたりに一思いに成敗してもらうという手もあるけどな」
「この際、御前に【業火】で煩悩を焼いてもらうべきだ」
織比古おじさま、西条、東条、北条の三侯爵にまで見放されたよ。
「いや、【業火】は、この世にあることを許されたもの以外を焼いてしまうから、織比古は消えてしまうかもしれんな」
「ええっ、御前、私、存在を丸ごと否定されるんですか?」
嘉承一族、安定のフリーダムぶりだ。
「嘉承一族って、仲がいいのか悪いのか謎だけど、自由でいいね」
土御門さんが、青灰色の目を楽しそうに細めて呟いた。うん、私たちは、自由だ。それは認める。
「よし、英喜が戻って来て、今日は久しぶりに当代が四人揃ったな。待たせて悪かった。土御門から今までの事情を直接説明してもらうことになったから、全員、座ってくれ」
嘉承の父が、場を仕切り出したが、誰かさんの突拍子もない迷惑な思い付きのせいで、皆は待たされていたんですけど。私は、朝から精神的な疲労の連続で、もう倒れそうだよ。
ぶすっとしながら、いつもの通り、お父さまの横に座ると、どら焼きがお薄と一緒に食卓に並べられた。牧田、仕事が早すぎる。さっきまで、全く気配がなかったのに。牧田は、もうそういう存在として、ごっそり飲み込もう。世の中には、考えると負けなこともある。
「何なの、この家。お菓子が無尽蔵に出てくるよ」
そう言う土御門さんの手は、すでにどら焼きに伸びていた。この人も素早いな。
よく見ると、私とお父さまの前にあるどら焼きは、皆のよりもちょっとだけ歪な形をしている。牧田の方を見ると、片眉だけ器用に上げて、少しだけ微笑んでくれた。お客様の前で違うものを頂くのは失礼にあたるが、土御門さん以外は身内だし、一応、同じどら焼きだしね。
皆のどら焼きは、超がつくほどご贔屓の稲荷屋のものだが、私とお父さまの前にあるのは、瑞祥のお母さまの手作りだ。お母さまが唯一作れるお菓子。小さい頃から馴染んだ味に、ふふっと笑みがこぼれた。
「皆、食べながらでいいから、聞いてくれ。近いうちに、彰人に高村親子と梨元宮をうちに招待してもらうことにした。宵闇の君の力を借りて、高村愛の真実を引っ張り出そうと思う」
「敦ちゃん、あの宮家は、嘉承を監視するために西都に来たのに、力なんか貸してくれるかな」
西条の英喜おじさまの言葉に、真護が驚いて私を見たので頷いた。そうだよ、香夜子姫は、私を監視するために西都に来たんだって。また、気分が落ち込みそうになって、お母さまのどら焼きをもそもそと頬張った。
「そこは、瑞祥家から、正式に陛下にお力添えをお願いすることにしました」
お祖母さまは、半分瑞祥で、半分皇家の血が流れている方なので、瑞祥からのお願いなら確実だ。嘉承のお願いは確実に却下されるけど。
「高村愛の真相を引っ張り出すんなら、僕も立ち会わせてもらえないかな」
土御門さんが真剣な顔つきになった。
「お前に会うと、高村愛が動揺するんじゃないか。それに、サブ子がお前のことを賀茂に通報する。明楽のことは、うちに任せておけよ。そのつもりで、お前もあの親子を西都に送り込んだんだろう」
「あの子のことは、全面的に西都に任せるけど、高村愛は違う」
土御門さんの青灰色の目が急に鋭くなり、表情も険しくなった。
「もうご存知だと思うけど、僕と凪子と小野鷹邑は、帝都公達学園で同級生だった。凪子とは幼稚舎からずっと一緒の幼馴染だよ。鷹邑は、父親の仕事で隣国にいたから中等科で入学してきた。高等科三年に上がった時に、高村愛が入学して、そこで初めて僕たちは彼女と会って、後に愛が凪子の異母妹だと知った」
驚愕の事実に、どら焼きが喉に詰まりそうになる。西条の英喜おじさまが、土御門さんに同意して、速水で調査したことを報告した。
「そう。高村愛は、速水侯爵の庶子だよ。母親が、速水の愛人だったんだ。愛が生まれると、母親は愛と千台にいる両親のもとに身を寄せて、そのままそこで愛は祖父母に養育されたらしいね」
「だから、凪子は、異母妹の存在を全く知らなかったんだ。凪子の両親も、父親の愛人と隠し子のことなんか教えないしね」
もし、私が父様から愛人や異母兄弟姉妹の存在を聞かされたら、ショックは受けると思うけど、お姉さまなら、絶対に知りたいよ。お姉さまはいいよね。ふと、視線を感じて見上げると、嘉承の父の残念な子を見る眼差しがあった。まずい。あの人、また人の心を読んでるよ。
その隣で、南条の織比古おじさまと真護がこくこくと頷いていた。微妙過ぎる。
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