魔改造の駒とボロボロのおじさん
ちょっと待って。それって私と時影おじさま、すごい不利じゃないの?土御門さんは、これで若い頃から土の魔力の制御を練習してきたんだよね。それに比べて、私は、チェスなんかしたことはないし、こんな小さい土人形を十六体も制御なんか無理だって。
「ふーちゃん、駒の動きは基本的にはチェスなんだけど、攻撃は魔力を使うんだよ。北条侯爵はチェスの名手だから、ふーちゃんは魔力での攻撃に集中すればいいから」
お父さまの励ましに、ちょっとだけ気が楽になる。時影おじさまの言う通りに、駒を動かして土御門さんの駒を攻撃するだけでいいみたい。
「あ、このボードを壊すと即失格だよ。魔力は大きければいいってものじゃないんだよ、ふーちゃん。僕たち、土の魔力持ちは、これで徹底的に制御を覚えさせられるんだ」
もう、それ全然ダメじゃん。私、魔力だけは無駄にあるけど、制御は、まだまだ年相応で、仕上がってないんだよ。制御が甘くなって、チェスボードを破壊する未来しか見えないんですけど。せめて水だったら、土よりマシなんだけどな。私のどんどん引きつってくる顔を見て、北条侯爵が、頭を下げた。
「ふーちゃん、北条家のせいで、こんなことになってしまって申し訳ない」
「おじさま、雅子姫のために、私は制御を頑張るから、駒の動きはよろしくお願いします。必死で頑張るけど、負けても怒って焼き討ちにしたりしないでね」
私は、もう涙目になりそうだよ。うちの父親、ひどすぎる。やっぱり、鬼の兄は鬼なんだよ。
「ふーちゃん、私がそんな頼子姫のようなことをするわけないじゃないか」
北条侯爵が私の涙目を見て、珍しく顔に動揺を見せた。
「大丈夫だ、不比人。【火伏】の加護があるんだから、北条には焼かれんぞ。仮に怒り狂った北条の火が、【火伏】の加護に打ち勝ったとしても、霊泉のあの気取ったジジイが死ぬだけだ。ぎゃははははは」
うわあああああっ、それだよ。それは、絶対にダメ。お祖父さまは、本当に魔王だ。おかしいでしょ、この親子。何でこの状況で、そんなに楽しそうなの。
「いえ、御前、そんなことは絶対にしませんので」
北条侯爵は、嘉承の父と祖父さまの間でオロオロし、土御門さんまで心配そうな顔で「何か変なことになって、本当にゴメン!」と私に手を合わせて謝罪している。
「ふーちゃん、落ち着いて。君は、手先が器用で料理が上手いから、土の制御こそ確実に上手く出来るはずだよ。こんな子供の遊び程度の魔力比べで、瑞祥の土の力を持つ君が負けるはずがない」
うわーん、お父さま。嬉しいけど、それ、すごい逆効果だから。プレッシャーにしかなってないから。
「ふーちゃん、雅子は自分のしたことはよく理解しているから、もういいんだよ」
普段は絶対に感情を見せない時影おじさまは、本当に心配そうな顔だ。そうだよ。おじさまは、分かりにくいけど、実はすごく優しい人なんだ。雅子姫だって、小さい頃から、こんな子豚を可愛がって下さる優しい姫なんだ。このまま何もしないと除籍になるけど、万が一にも、私とおじさまのコンビが勝てば、雅子姫のお咎めはなくなる。だったら、やらないって選択にはならないよね。
「やるよ」
もうね、子豚が腹を括ると、燻製にされちゃうだけだから、本気で頑張って雅子姫の除籍を取り消してもらう。
「土御門さん、十六羅漢の駒だけど、土御門さんが作ってくれたものだから、私の魔力が入りやすいように、改造させてもらっていい?」
「へえ、君、そういう顔をすると、嘉承の殿にそっくりになるね。もちろん、いいよ。好きにして」
十六羅漢の駒は、土御門さんの魔力で錬成されたものというのもあるけど、本当はキングの文福叔父様以外は、知らないオジさんやお姉さんやお兄さんのミニチュアなので、勝手に攻撃させるのは気が引けるというか、使いづらいんだよ。
「時影おじさま、駒の種類と数を教えてください」
「分かった。王と女王がそれぞれ一つずつ、僧侶が二つ・・・」
時影おじさまの説明に従って、私の魔力を流しやすいように、それぞれの駒をゆっくりと魔改造していく。最後は兵士が八つ。
「よし、これでどうだ」
全ての駒の改造が終わって満足したところで、食堂の扉がバンッと音を立てて開いた。
「ふーちゃん、聞いた?陰陽寮の丸投げ陰陽師が西都で悪さしてるんだって!」
東条家嫡男、真護・・・お前は何で、そう毎々、抜群にタイミングが悪いんだ。一度、牧田に弟子入りしてこい!
「西都で悪さしている丸投げ陰陽師って誰?賀茂さんのこと?」
怒涛の勢いで私にへばりついてきた真護を見て、土御門さんが首を傾げていた。いや、土御門さん、それ、どう考えても、貴方のことでしょ。棚上げ陰陽師じゃん。
「ふーちゃん、このボロボロのおじさん、誰?」
私の前でチェスボードを挟んで座っている土御門さんを見て、真護がいつものように、どストレートな七歳児の質問をしてきた。
「ボロボロのおじさん?」
真護の直球を喰らって、土御門さんはよろめいた。ああ、やだ、やだ。これだからルックスのいい人は嫌なんだよ。この人、自分が常に美しいことに何の疑いも持ってないよね。
「おっ。陰陽寮の第一位だ。本当に捕まっているぞ。何か笑うな」
「敦ちゃんから逃げられるわけないからな」
「ボロボロのおじさんって真護に言われても仕方ないくらいにボロいな」
がやがやと、これまたいつもの調子で三侯爵家が到着して、食堂の人口密度が一気に上がった。帝都に調査に出かけていた西条の英喜おじさまも帰って来られたようだ。嘉承一族のいつもの、ザ・フリーダムで、かなり失礼な態度に、芝居がかってよろめいていた土御門さんが、めちゃくちゃ嫌そうな顔をして、立ち上がった。
「瑞祥公爵、先ほどの着替えを提供して頂ける話、今すぐに受けたいんだけど」
「もちろんだよ」
お父さまが、これまたいつもの紳士ぶりで、牧田を呼んで、着替えのできる部屋に案内させた。真護は、自分の発言で土御門さんの中の何かを呼び覚ましたのには全く興味がないようで、私の前のチェスボードを見て目を輝かせた。
「ふーちゃん、これ何?おもしろそうだね」
全然、おもしろくないよ、真護。私がどんな目にあっていると思ってんの。
集まった侯爵たちに、嘉承の父が経緯をかいつまんで説明した。北条家の失態については、もう三侯爵家とも知っていたようだ。高潔な北条家が、自分たちの失態を隠蔽することなく、わざわざ三家に使いを出して知らせたという。速水凪子嬢の最後の叫びのところでは、皆、驚いて口が聞けなかった。そして、文福叔父様の話でも、やはり前代未聞の「喜代水の総意」で誰もが愕然としていた。そして止めは【火伏】の加護。
「茶釜文福の【火伏】の加護だって」
西条侯爵は、私が思っていた以上にショックを受けたようだ。呆然と立ち尽くす英喜おじさまの横で、真護だけは、「うわ~、盛りだくさんだね。聞いているだけで疲れたよ。牧田さん、甘いもの持ってきてください」と、いつものように勝手にお菓子を頼んでいた。真護、お前は、本当に、牧田のところに弟子入りしてくれ。今すぐ!
「ふーちゃん、それで、この小さい土人形で、どうやって遊ぶの?」
真護がわくわくした声で訊くので、今度はお父さまが、土の魔力の上位制御と、土御門さんとの勝負について説明して下さった。
「敦ちゃん、北条家は、もう大姫の除籍を覚悟しているよ。相手は陰陽寮の第一位だよ。ふーちゃんにちょっと酷な話じゃないの」
東条の誠護おじいさまがチクリと言って下さったが、魔王に「うるせぇぞ、東条」と一蹴されてしまった。誠護おじいさま、とばっちりでごめんね。
「ふーちゃん」
真護が心配そうに、へばりついてくるが、ここで止めるわけにはいかないんだよ。
「お待たせ」
そこに着替えを済ませた土御門さんが、キラキラ度が数段上がったオーラを纏い、髪をかき上げながら戻って来た。
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