風と水
何か、今、お父さまが気になることを仰ったような。命懸けでかけた加護でなくて、命が懸かった加護?
「お父さま、霊泉先生、私に何をしたの?」
「そのままの意味だよ、ふーちゃん。君の命が失われるようなことがあれば、霊泉先生が一度だけ身代わりになって下さる」
「いやいやいやいや!ダメでしょ、それ。めちゃくちゃダメなやつ」
「そうなんだよ。私も結界に近い加護をお願いしようと思っていただけなのに、あの日、霊前先生がふらりと来られて、君に命を預けていくから、もう御礼のしようがなくて」
「老い先短いジジイの道楽みたいなもんだから、気にすることはないぞ」
「お祖父さま、命が懸かってんだよ。そんなの絶対にダメじゃん」
「俺の秘蔵のワイン60本も渡したんだから手打ちだ」
「よく言うよ。さんざん牧田に文句言ってたくせに」
「そうですよ。命とワインでは何本お渡ししても対価になりませんよ」
お祖父さまとお父さまと私が、言い合っていると、床の上から「あの~」と聞こえてきた。そうだった、土御門さん、土下座したままだったよ。
「これ、やっぱり罰ゲーム?」
「えーと、ごめんなさい。ちょっと忘れていたみたいな?」
微妙な静寂が土御門さんと私の間に広がった。土御門さんが、大仰にため息をついて、こめかみを揉んだ。この人、いちいちやることが芝居がかっていて、やっぱり南条家の織比古おじさまと同じタイプだな。女性にトラブルを持ち込むところも全く同じだし。
「あのね、目の前で陰陽寮の第一位が土下座してるんだよ。自分で言うのも痛いけど、僕、これでも世間で大人気の陰陽師なんだけど」
「まぁ、そう仰るなら否定はしませんけど、私、基本的に美味しいものと瑞祥のお父さまと牧田と料理長がいれば、人生恙無くまわるんで、それ以外は興味ないんです」
私の宣言に、土御門さんが肩をがっくりと落として両手を床についた。皆は大爆笑だ。
「第一位の陰陽師のプライドも木っ端みじんですわね。不比人は、本当に嫌になるくらいに兄様にそっくりですわ」
「俺の人選は、お母様と彰人だけどな」
「兄様、ありがとうございます」
お父さまは嬉しそうだけど、このままだと、どんどん話が逸れていきそうなので、視線を床の上の土御門さんに戻した。
「私には、まだ未成年の北条家の大姫を一族から除籍されるような窮地に追い込んでおきながら、しれっと自分の願いを押し付けてくる貴方を助ける義理はありませんよ」
そう言うと、嘉承の父が、がしっと私の頭を掴んだ。だから、ほんとに、それ止めて。そのうち、ぽろっと取れるから。
「不比人、減るもんでもなし。一度、土御門に魔力を見せてやれ」
「え、嫌ですよ」
「まぁまぁ、そう言わず」
振り返ると、文福叔父様が、黒いえびす顔で立っていたので、めちゃくちゃ驚いた。叔父様、何で気配もなく、人の後ろに立つの?茶釜一族って、実は裏稼業が暗殺者か何か?
「そうですわ、不比人。見せてあげなさいな。そうすれば、このバカにも、誰に魔力をしかけたのか、分かるでしょう」
叔母様は、どこまでも辛辣だけど、その横で瑞祥のお父さまが頷いていらっしゃるので、やはり何か意味があるんだろう。仕方ないなぁ、もう。
「ぱぱっと見るだけなら、いいですよ。あんまり魔力をベタ付けしないでくださいよ。冷えた魔力をつけられるとプチ鬱になりそうなんで」
「あはははは。さすが嘉承の次代、いい線、ついてくるね」
土御門さんが、そう言いながら乾いた笑いを浮かべて立ち上がった。嫌になるくらい、スリムで容姿が整った人だな。むすっとしていると、数秒で、土御門さんの独特な青灰色の眼が綺麗なガラス玉のように変化したので、私の魔力を視ているのが分かった。
「ああ、本当に始祖様と同じ完全四属性だ。それでその魔力量か。もう帝都が西都を監視する意味って何なんだろう。嘉承家の三代だけで、帝都にいる魔力持ちが殲滅されるだろうに、時間と人材の無駄使いだよね」
土御門さんが誰にとなく諦めたように呟くと、お祖父さまが引き取った。
「帝都のやつらが相手だと、三人は過剰戦力だな。不比人だけで十分だ」
「いや、帝都には、まだ小野や賀茂の一族がいますから、不比人君だけでは厳しいですよ。せめて、お父上にも参戦してもらったほうが」
いやいやいや、そこの魔王、陰陽師と何を気安く話しているかな。何が哀しくて一人で帝都の魔力持ちを殲滅に行くんだよ。遠足とはわけが違うんだから。
「土御門、お前、聞いてないのか。小野は丸っと一族で不比人についていくらしいぞ」
「は?」
土御門さんの手が抹茶ババロアの入った器にあたり、ぽてっとババロアがテーブルの上にこぼれた。嘘でしょー、何してくれるの、この人。料理長の渾身の作なのに。
「もったいない!」
「いやいや、それより小野が一族でついていくって、何?この子、冥府の王か何か?」
失礼な。うちの料理長の芸術作品に向かって「それより」って何だよ。あと、冥王は嘉承の父だってば。そういや、確か小野家のご先祖様で、冥府で官吏として働いていたという噂が流れるほど優秀な人がいたっけ。
「ごめん、もう一回、魔力見せて。小野がついているの?風は東条は視えたけど、小野は気づかなかった。て言うか、魔力量が大きすぎて、全部が視えないんだよ、この子」
嫌だよ。ぱぱっと見るだけって言ったじゃん。
「小野の忠誠は、不比人が公爵になった代だけという期間限定だから、見えんよ。それでな、土御門、お前、西都に来る前に、先代の小野子爵夫妻を訪ねたよな。峰守も篤子もまだ立ち直ってないんだから、余計なちょっかいをかけるな」
「あれ、バレてました?」
土御門さん、お祖父さまには、何か気安いな。そう思ってじーっと二人を見ていると、土御門さんと目が合った。
「嘉承の大殿と僕の母が西都公達学園の同級生なんだよ。母は、昔から長人様をお慕いしていたんだけど、全然相手にもされなかった可哀そうな人なんだよ」
「西都の学園を卒業して、さっさと帝都で土御門と結婚した女が何言ってんだ」
「やめてくれ、父親の恋バナなんぞ聞きたくもない」
せっかく面白そうな話が聞けそうだったのに、嘉承の父に止められてしまった。瑞祥のお父さまと文福叔父様も、心なしかがっかりされているような。
「むくれるな、不比人。それより、土御門、いい加減、本題に入れよ」
そうだった。お祖父さまの恋バナは気になるけど、今は、土御門さんの一連の行為の裏にある理由だったよ。
「私の魔力を視て、次に私にどうしろっていうんですか」
土御門さんは、ずっと北条侯爵の手の中にある瘴気の入った壺を見ている。
「不比人君、本当に全部話すから、力を貸してくれる?あの壺に入っている瘴気には、微かだけど凪子の記憶が残っている。それをどうしても見たいんだよ」
やっぱり、あの蛇みたいな瘴気は、厄災の姫の魔力の残滓だったんだ。
「凪子って、あの速水凪子侯爵令嬢のことですよね。何で、彼女の記憶を探るのに私なんですか」
私の質問に、土御門さんが、絞り出すように答えた。
「凪子は、長い間、小野鷹邑の魔力を毎日のように吸収していたから、水の魔力持ちながら、厄災の器を作り出す頃には、ほぼ二属性というくらいに風の魔力を体に宿していたんだよ。だから、微かに残った最後の記憶を見ようにも、一属性の水の魔力には反応しない。二属性といえば、瑞祥と嘉承だけど、凪子とは違う。でも、不比人君、君は、水と風の両方を持っている」




