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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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狸の祟り

「不比人のクラスに帝都から来た宮家の姫がいるだろ。あの姫の父親の魔力具合が、ちょうどいいな。普段、うちを監視するくらいしか仕事をしていなんだから、ちょっと協力してもらうか」

「えっ、香夜子姫のこと?あの宮家、うちの監視してるの?」


お祖父さまの言葉にびっくりだ。


「ふー、お前、もっと頭を働かせろよ。何で帝都の宮家が、わざわざ娘を西都の学園に入れるために家族で引っ越してくる?お前の監視に決まっているだろうが」


父の言葉にもっと驚いた。香夜子姫、私の監視係として西都に来たのか。全然気がつかなかった。私は、自己の魔力に対する肯定感が低いから、本当に自分が帝都の監視対象になっているとは思ってもみなかった。はっきり言って、この面子の中じゃ、私が一番まともで、安全な子羊みたいな存在なのに。いや、子豚だけど。


「びっくりだよ。真護も絶対気づいていないと思う」

「そりゃそうだ。真護は東条だからな。気づいているほうが、びっくりだろ」


・・・嘉承父、実妹どころか側近の扱いもひどいな。


「よし、姫に頼んで、陛下から梨元宮家に嘉承一族に協力するよう命じて頂くか」


お祖父さまの言葉で、なんとなく方向性が決まったような感じになったので、牧田が昼食を運んできてくれた。今日のご飯は、叔父様がいらっしゃるので、精進料理だった。


「さつまいもご飯に、ごぼうの白味噌煮、ごま豆腐、れんこんのすり揚げの澄まし汁です」


牧田が説明してくれると、叔父様が嬉しそうに仰った。


「ああ、嬉しいな。いつもの一汁一菜に、おまけがあるよ」

「お前は平和でいいなぁ、文福」

「そうでもありませんよ。仕事柄、人の最後の姿や、今生の業を目の当たりにすることばかりですから、せめて休みの日くらい笑って美味しいものを頂いておかないと」


文福叔父様は、瑞祥のお父さまと同じで、優しく何でもニコニコしながら聞いてくれるから、話を聞いて欲しい人が多いのかもしれないな。


「ふーちゃん、ありがとう。でも、私は瑞祥公爵と違って、人さまの裏の話を聞くことが多いんだよ。特に女性は、彰人様のような美しい異性の前では本音は出しにくいでしょ」


そう言って叔父様が、最近、檀家のお嬢さんに起きたという話をして下さった。


喜代水寺きよみずでらの古い檀家の長女の明日香あすかは、大手の総合電機メーカーに勤めていて、産業用の電気機器を各地の販売店から注文を受けて、工場に発注し、送付するという事務の仕事をしている。盆休み明けに、中堅の販売店の伊藤という営業が、新しく入ったという営業事務の女性を連れて挨拶に来た。三十代の、色白で華奢な可愛らしい雰囲気で、西都には最近来たばかりなので、周りには親しい友人も知り合いもいないという。


この女性が勤める販売店の発注は、明日香と五十代の主任の智子が担当しているが、翌日から、発注書の間違いが多過ぎて、主任がキレた。発注が入るたびに、数分後には訂正が入るので、仕事が全く進まない。当初は、本人に逐次、間違いを指摘していたが、全く改善しないので、直の上司にあたる営業の伊藤にも伝えた。それでも直らないので、とうとう智子が、車で30分ほどの販売店に出向き、販売店の所長に直接苦情を入れた。


「社内では、取引先の新人の派遣社員さんの間違いに、そこまでする必要があるのかと、智子さんの行動に批判的な人たちもいたんですけど、そこまでする必要があったんです。だって、本当に、その人、酷いんですよ。間違いの数も多いんですけど、私たちが怒っていたのは、その後の態度です。何の連絡もなく、訂正だけ入れて来るんですよ。ひどい時は、間違えた発注を訂正せずに、正しい数の発注を入れるから、発注がだぶっていたり。ゼロを一桁間違えて入力なんてザラです。智子さんが電話をして、本人に苦情を言うと、ちょっと間違えただけなのにイジメられる~って感じで、営業の伊藤さんに泣きつくんですけど、一桁の間違いって、ちょっとの話ではないんです。100個の発注が1000個になりますから、下手をすると、とんでもない在庫を抱えることになりますから。その辺を全然分かっていないというか、とにかく、いつも悪いのは私達で、販売店さんは彼女が起こしている問題を正しく認識していないので、智子さんも不本意ながらの訪問だったんですよ」


智子の直接の説明で、販売店の所長と営業部長は問題を認識し、平身低頭で謝罪した。そして、教育係を伊藤から、その上司の萩原に変える、それで改善されない場合は、彼女の契約を打ち切るということになった。


ところが、その後、帰社した智子が突然倒れ病院に運ばれた。そして、販売店の方でも、同日、接待帰りの所長と営業部長が乗ったタクシーが事故を起こし、二人が緊急入院していた。


「ちょっとたちの悪い子に恨まれていたみたい。この話をしてくれた明日香ちゃんは、小さい頃から毎朝欠かさず、寺の門の前を掃き掃除してくれる良い子なんだけど、お盆が終わったあたりから、いつも厄介な黒いもやをつけて来るから、こっそりと払っていたんだけね。もうキリがないなぁと思っていたところに、ほら、いつだったかな。嘉承のお義父様の【業火】が結構な範囲を浄化してくれたでしょ。あれで、すっかりと綺麗になって、その後も何も憑かなくなったから、大助かりしちゃったよ。智子さんの方も、けろっと治ったみたいだし」


お祖父さまの【業火】と聞いて、今までの叔父様の話でどこかで聞いた言葉がつながってくる。色白で華奢な可愛らしい感じの三十路の女性。西都に8月に引っ越してきた。電気部品と機器を扱う会社の派遣社員。黒い靄。


お祖父さまと嘉承父の方を見ると頷かれた。二人も同じ結論に至ったらしい。


「文福、その明日香ちゃんて子から、問題の女性の名前を聞いたか」

「いえ、聞いていませんが、確認を取りましょうか」


【業火】絡みなので、叔父様も理解が早い。すぐに携帯で、明日香嬢の実家に電話してくれた。


「お休みのところに、突然、坊主から変な電話ですみませんねぇ」


叔父様がいつもの人畜無害な明るいトーンで明日香嬢と話をして、くだんの女性の名前を聞き出してくれた。


「高村愛さんと仰るそうですよ」


やっぱり!


「牧田、今すぐ北条家から時貞と時影を呼んでくれ。例の瘴気を持ってこいとな」


お祖父さまが立ち上がって、大声で牧田に指示をする。


「風なら【遠見】で呼び出せるんだけどな」


嘉承父が、関係ないマウンティングを頼子叔母様にとっているが、私はパニックでそれどころでない。例の瘴気って、お祖父さまが【業火】で浄化したと思ったら、実は弱らせただけで、解析用に北条家に渡した、あの蛇みたいに蠢くめちゃくちゃ気力悪いやつじゃん。


「牧田、お父さまにも連絡して」

「しなくていい。この程度で彰人を煩わせるな」


絶対に無理。この程度っておっしゃいますけどね、私は吐きそうなくらい気持ち悪くなったんだからね。子供の体には瘴気はきついんだって。


こっそりとお父さまの魔力を辿り、霊泉先生のお宅にいるお父さまを捉えた。霊泉家も、親睦会の参加者も全員が水の魔力持ちなので、霊泉先生の加護が乗ってる私の水の魔力は弾かれることはない。


お父さまの前にあるお茶で、【水人形】を作る。恐怖心とパニックで操作が上手くいかず、人形ではなく、スライムのような形しか作れない。


「お父さま、すぐにお家に戻って来て」

「あれ、ふーちゃん、どうしたの」

「お父さま、瘴気が来るよ。うちには魔王と冥王と鬼がいて、狸じゃ太刀打ちできないの」

「えーと、狸の瘴気が来るの?」


私の操作が不味くて、声がちゃんと伝わらない。加えて、パニックのあまり、内容もかなり変になってしまったので、お父さまには、狸の瘴気が我が家を襲うと伝わってしまったようだ。そんな瘴気じゃ、野生のサブ子に一瞬で消し炭にされて終わりだよ。


「大丈夫。我が家の周りは、私とお母様の結界があるし、ふーちゃんには、霊泉先生が下さった加護があるからね。すぐに帰るから、それまで、父様か兄様と一緒に待っててくれるかな。不安だったら【遠見】で見てて」


霊泉邸から、うちまでは車ですぐだが、気を落ちつかせるために、お父さまの様子を【遠見】で伺う。お父さまが、お祖母さまと歓談していらした先生に予定より早く帰宅する謝罪をしているのが見えた。


「先生、申し訳ありません。不比人から緊急連絡がありましたので、すぐに帰ります」

「ふーちゃんに何かあったの」


今日も、かぐや姫のようなお祖母さまが、上品に小首を傾げてお尋ねになった。


「狸の祟りだそうです」



優雅なお茶会の和やかな談笑が、ぴたりと止まった。


読んで下さってありがとうございました。引き続き、よろしくお願いします。

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