勇者がうちにやってきた
「風の流れ」がきちんと更新できていませんでした。ご迷惑をおかけしました。
西都で一番安全な場所はどこかと訊かれれば、貴族家の子供達は迷うことなく、「瑞祥公爵家」と答える。瑞祥の水と土は防御に優位性があり、当代の瑞祥公爵は、嘉承公爵の攻撃も躱せるほどの魔力を持っているからだ。反対に、一番危険な場所はと訊かれると、「嘉承公爵家」と言う。
魔王が冥王と住んでいて、時々、鬼も現れて一暴れするのが挨拶代わりとなれば、そりゃそうなるよね。どんな家だ、それ。
うちだったよ。
「あの~、皆さん、挨拶はお済みになりました?」
私がケーキを頬張っていると、扉の影から、ひょっこりと、いかにも人の良さそうな丸顔の坊主頭の中年男性が顔を出した。
「叔父様!叔父様も来て下さったんですか!」
嬉しくて思わず立ち上がって、扉のところまで走って行った。
「ふーちゃん、着袴の儀、無事に済んでよかったね。おめでとう。今日は、頼子が嘉承に行くって言うから、ついて来たよ。大事なお話があるみたいだから、お祝いを渡したら直ぐに帰るけどね」
この見るからに温厚そうな坊主頭の人は、若くして西都の大きな寺院の貫主になった人で、頼子叔母様の夫だったりする。身長も叔母様よりも10センチほど低くて、私と同じでぽっちゃり体形の叔父様は、どこから見ても善良な一市民にしか見えないが、実は、嘉承の大姫に結婚を申し込んだという、曙光帝国随一の勇者だ。
「文福、自分一人だけ逃げようとするな。魔獣使いのお前がいないと、うちが燃えるだろ。最後までいるのは決定事項だからな」
叔母様は、サブ子で、一人百鬼夜行で、魔獣なのか。実兄からの扱いが酷いな。
嘉承の父が呼ぶ文福というのは、叔父様の名前ではなく、西都の貴族家の間では知られた通り名だ。叔父様の苗字は、茶釜という。700年前、曙光帝国の首都だった西都で、大厄災が発生した。闇落ちしたのが高位の火の魔力持ちだったので、都の四分の一が焼野原になる被害が出た。鎮火にあたったのは、もちろん瑞祥と嘉承の一族だったが、被害にあった地域に瑞祥の別邸があったので、叔父様の先祖が、都の美術品や両家の家宝と一緒に、当時の瑞祥の当主が愛用していたお茶道具を渡され、都が完全復旧するまで、疎開していろと命じられたらしい。
「落ち着くまで瑞祥の茶道具と隠れていろ。俺達の代で片付かない場合を考えて、疎開先では、分かりやすいように、茶釜と名乗るように」
もちろん、こんな謎過ぎる大迷惑な命令を出すのは、嘉承家当主以外にない。そして、叔父様の先祖、茶釜の家は、南都の外れの戸津川村に疎開し、それから律儀に瑞祥家の茶道具を300年間も守り続けた。そして、ある日、茶釜家当主が「あれ、都って、もう完全復旧してない?」と気づいて、預かった品々を持って、瑞祥家に馳せ参じたらしい。忠義なのか、律儀なのか、鈍すぎるというか、嘉承に体よく追い払われたんじゃないかとか、色々と思うところはあれど、こういう人畜無害な家風の一族なので、貴族家には珍しく全く敵がいない。
そして、代々の当主は「文福」と呼ばれる。茶釜なだけに・・・。叔父様、うちの先祖が変な命令を出して本当にごめんなさい。
私がしょっぱい顔をしている間に、牧田が、そつなく人数分のお茶を出して、私の前には、お薄と常温の水の入ったグラスが置かれた。牧田、いつもありがとう。私は西都が焼野原になったら、牧田と料理長を抱えて疎開するからね。
「ふーちゃん、この度はおめでとう。始祖様と同じ完全四属性なんて、カッコいいねぇ。これ、お祝い」
そう言って叔父様が巨大な箱をくれた。中には、帝国各地の有名どころのお餅の詰め合わせ。壬生沼産のこがね餅、サツマイモと紫芋とヨモギで三色になった、五藤のかんから餅などが、ぎっしりと詰まっている。これは、ちょっと焼いて食べると、めちゃくちゃ美味しいやつだ。叔父様は、殺生が許されないお立場なので、菜食主義だから、こういう素朴な美味しいものはよくご存じだ。
「叔父様、ありがとう。皆で頂くね」
「餅か、いかにも文福からって感じだな」
お祖父さまが余計なことを言って父が笑ったので、叔母様の眉が吊り上がった。
「兄様、お餅と一緒に焼いて差し上げましょうか」
「今言ったのは、俺じゃねーだろうが!」
もうやだ、この兄妹。本気で牧田と料理長と疎開したくなってきた。
「頼子、敦人を焼くのは後だ。今日は、お前に総督府経由で、陛下にご報告申し上げて欲しいことがあるからな」
「それは、陰陽頭が西都に理由を告げずに来ているということでしょうか」
叔母様が野生の魔獣サブ子から、西都総督の顔になった。賀茂のよっちゃん、西都に来てるんだ。土御門さんを捕まえに来たのかな。
「小野峰守のところに土御門が行った。宗家に挨拶に行くと言っていたらしいが、狙いは不比人と高村親子だろうな」
「ええっ、私も?何で?」
土御門さんが、私に会いに来る理由が分からない。明楽君たちにも、数週間前に千台で会っているし、陰陽寮にロクな報告もせずに行方不明になっていたくせに、今頃わざわざ西都に会いに来る理由が謎だ。
「不比人の場合は、あいつの始祖へのおかしな執着だ。高村の母親は、土御門の高校時代の後輩だったろう。明楽の魔力測定をした時に、母親に対する態度が不自然過ぎるんだよ」
今朝早く、嘉承家に届いた西条英喜の報告書によると、明楽君の魔力測定は、千台の教育委員会のある役所で土御門さんと明楽君の二人だけで行われたので、母親には会っていないらしい。陰陽寮に送られた明楽君の書類には、親の名前が記載されている。両親には婚姻関係がないので、母親の名前は、学生時代から変わっていない。気づかないはずがないのに、土御門さんはあえて無視をしている。
西都に行くように明楽君に伝えたのは土御門さん本人だったが、母親への説明や陰陽寮との連絡は、全て千台の教育委員会の職員の代行だったらしい。
「さすが、丸投げ陰陽師」
「土御門って、昔からそうなのよ。陰陽寮で一位に上り詰めるだけあって、魔力は人一倍あるし、頭脳明晰だけど、常識と責任感が皆無」
どっかで聞いたことのある人物像だな。
「不比人、俺を見るな」
あら、私の隣になぜか不機嫌な人がいるよ。嘉承の父、自覚はあったんだ。
「それって、土御門さんは、明楽君のお母様を避けてるってことだよね。学生時代、仲良くなかったのかな」
「英喜の報告では、明楽の母親、高村愛は、明楽の魔力を測定した陰陽師が土御門と訊いて、かなり動揺を見せたそうだが、すでに千台を発った後だと聞いた途端に、あからさまに安堵した様子だったらしくてな。それが、教育委員会の職員の記憶に強く残ったらしい。普通なら、陰陽師に一目でも会いたいという人間の方が多いからな」
「上位の陰陽師なら、なおさら、一般の方は会いたいと思うはずですわね。ましてや、土御門はあれでも一位ですし、無駄に容姿が整っていますから、ファンが一番多い大人気の陰陽師ですよ。性格は最悪ですけど」
まぁ、陰陽寮から届いた例の「よろしく~」の報告書を見れば何となく想像はつくけど、やっぱり性格に難あり、の人だったんだ。
「不比人、俺を見るなって言ってるだろう」
嘉承の父の言葉に、お祖父さまと叔母様は呆れ顔で、茶釜の叔父様はニコニコ笑っていた。叔父様は、いついかなる時も笑顔の勇者だ。
「何かあって、お互いを避けているんだろうな。どう考えても、それは、速水凪子と小野鷹邑が絡んでいる。土御門本人が西都に向かっているなら、捕まえて白状させるか」
「父様、ちょっと矛盾を感じませんか」
「何が」
「彰人の話では、高村愛は、明楽の父親の話になると記憶の混濁があって、思い出そうとすると酷い頭痛が起きるということでしたよね。明楽の父親との記憶には確実に土御門が絡んでいますよ。愛も、小野鷹邑も、土御門も学生時代に出会っているんですから」
「嘘をついているんじゃありませんの。何か探られたくないようなことがあって、覚えていないふりをしているだけとか。大根役者でも、ちい兄様なら騙せますわよ」
叔母様、酷い。でも、あのお父さまなら、大いにあり得る話だけに反論できない。
「頼ちゃん、瑞祥の殿は性善説で生きておられる方だから、人は疑わないよ」
そう、それ。さすがは、大寺院の貫主になった僧侶だ。茶釜の文福叔父様はいつも良いことを仰る。
「今は、彰の性格ではなくて、高村母の話な。高村愛の記憶混濁は虚偽かもしれないということか。その可能性は捨てないでおこう。ただ、本人が認める以外、事実かどうか調べようがないな」
「光か闇の魔力持ちがいれば別ですけどね」
「じゃあ、てっとり早く、高村愛を皇居に送りつけて陛下に視て頂くか。東宮もありじゃね?」
いやいやいや、嘉承父、それ、当代公爵のあなたが言うと、洒落にならないから。不敬罪で、お家断絶するから、やめてよ。
「兄様、陛下や東宮殿下のお力だと、高村愛の中に嘘が多すぎると廃人化するかもしれませんから、適当な魔力量の宮様を見繕ってお願いする方がよろしくてよ」
頼子叔母様、それもおかしいって。だいたい宮様って、見繕うもんじゃないでしょ。
「ああ、それいいかもな。ちょうどいいのが不比人の近くにいることだしな」
は?
読んで下さってありがとうございました。




