風の流れ
私が、あの宿敵チベットスナギツネに模した土人形になっていることに悶々としている横で、お父さまのぱんころが珍しく自慢げに見える。全く納得がいかない。
先代の小野子爵夫妻はというと、私の狐耳のついた頭を撫でてきゃっきゃっとしている。ご陽気な夫婦で何よりだ。篤子お婆様、塞ぎ込んでいるって話じゃなかったけ?
「峰、篤子、今日はもう帰るわ。孫どもにはもう遅い時間なんでな」
にゃんころ魔王が暇を告げると、峰守お爺様が猫人形の首根っこをきゅっと掴んで、自分の顔の前まで持ち上げた。体格と年齢の割に、けっこうな力持ちだな。
「うん、来てくれてありがとう。こういう姿ならいつでも歓迎だけど【遠見】は急に飛ばさないでよ」
「峰守、持ち方!」
にゃんころ魔王が抗議するが、峰守お爺様は、猫人形を持ったまま、マイペースに嘉承の父のわんころ冥王に挨拶を始めた。
「敦人君、ありがとうね。あの時も今も」
その横で、篤子お婆様も、綺麗な淑女の礼で、わんころ冥王にお礼を述べた。
「おい、峰、持ち方!」
とことん残念な猫が、峰守お爺様の手の下で、ぷんすこと怒っている。峰守お爺様は完全にスルーだ。この人、実は結構、腹黒なくわせ者かもしれない。外交の達人というのは、きれいごとだけではやっていけないから当然といえば当然か。
「彰人君も、本当にありがとう。ふーちゃんを連れてきてくれて嬉しかったよ」
ぱんころ観音がぺこりとお辞儀をしたので、私もその横で一緒にお辞儀をした。お父さま、パンダの養い子がチベットスナギツネなんて、生態系に大問題が出ると思うんだけど。
「ふーちゃん」
峰守お爺様が、他の三体より少しだけ小さめに作られた私のゴーレムの前で跪いた。
「ふーちゃん、小野の子を見つけてくれてありがとう。保護してくれてありがとう。彼が、いつか私たちに会いたいと思ってくれるまで、ずっと待っていることにしたから。それまでは、ふーちゃんのところで守ってくれるかな。小野は、受けた恩は絶対に忘れない。嘉承不比人公爵の代が来たら、小野は直系だけでなく、一族で傘下に入る」
落ち着いた、静かな、それでいて、とても力強い声で、小野峰守先代子爵が宣言した。その横で、篤子夫人も一番正式な淑女の礼をしている。
この突然の小野家の忠誠をどう返していいのか分からず、両横に立つわんころの父とぱんころのお父さまを交互に見た。
「峰守伯父様、お気持ちが変わらなければ、西都で正式にお受けします。いつでも俊生殿といらして下さい。嘉承家当代当主として、心より御礼申し上げます」
「峰守伯父様、甥の不比人への小野一族の忠誠、瑞祥家当代当主として心より感謝します。ありがとうございます」
二人の父の間で、私もがばりと頭を下げると、涙が出そうになった。私には、嘉承家の嫡男が代々持つはずの盤石の支持層というものがない。これは西都だけでなく、帝都でも知られている。嘉承の子供のくせに水と土の方が得意だからだ。太っていて、運動音痴で、面倒くさがりで、美しい父に全然似ていない。圧倒的な火と風の魔力を持っていない。祖父のカリスマがない。そして何より、私は、不比等でない。
身震いが出た。また呼吸が浅くなっていたようで、ぱんころのお父さまの「今日のところはもう、お暇させて頂こうね」という声が遠くで聞こえるような気がした。
風の名家の小野家が一族で私のところに来るというのは、西都、ひいては帝国貴族社会の流れを大きく変えることになる。南条の次代の暁子姫の忠誠がなくとも、東条と小野の影響力があれば、西国のほとんどの風の魔力持ちは私のところに来るはずだ。
火だ、あとは火があれば嘉承になれる。
思考がぐるぐるとまわり始めた頃、頭の上のほうで、お祖父さまの声が聞こえた。
「峰ぇ、持ち方つってんだろ!」
・・・世の中には、とことんシリアスな場面に存在してはダメな人間がいる。
お祖父さまが【遠見】と【風天】を、お父さまが【土人形】を解除して、意識を完全に食堂に戻すと、もう夜もかなり遅くなっていた。七歳児には、心身ともにタフな一日になってしまったよ。
小野家とのやりとりを視ていた東条家は誠護おじいさまも、享護おじさまも、真護も大喜びだ。
「さすがはふーちゃん。小野一族も掌握したか。霊泉もそのうちふーちゃんの傘下に入るんじゃないの」
享護おじさまの言葉に、お祖父さまが魔王モードで反応した。
「水が嘉承の傘下に入ってどうする。姫を裏切る奴は、俺が焼き討ちにするからな。今日は、もう解散するぞ。途中から敦人の魔力供給があったが、さすがに長時間、長距離の【風天】は疲れる」
お祖父さまが片手をひらひらしたので、風と火の八人が帰り支度を始めた。
「ふーちゃん、また明日ね!」
真護がドアのところから、元気に手を振ってくれた。東条家の三人の後に、西条家の先代と、北条家の先代と当代が続いて、最後は南条の先代と当代公爵だったが、その背に嘉承の父が声をかけた。
「織比古、暁子には何も言うなよ。嘉承は本心でない忠誠は要らん」
織比古おじさまが少し悲しそうに、「うん」とだけ答えると、佳比古おじいさまが、とりなすように言った。
「敦ちゃん、それは承知しているけど、暁子の結論が一族として好ましくない時は、私たちも考えないといけない。南条の地位が、小野に押し出されるようなことがあってはならんよ。それを暁子が分からんときは、私たちも腹を括る」
「佳比古、それが本心の忠誠と言えるのか。小野が傘下に入るのは、不比人の代だけだ。そもそも、小野一族は陞爵に興味がない。あったら、今頃は伯爵か侯爵を名乗っているだろうよ」
お祖父さまが、本当にお疲れの顔で、片手を振った。下がれという意味を理解して、南条の二人は礼をして退出した。
「あの手の会話は疲れるな。南条家が内輪揉めしないといいがな」
「東条は真護が継ぐから、南条はあの賢い暁子姫が継いでくれたら万々歳と踏んでいたのに、南条の女性陣というのは、本当に一筋縄でいかない」
明楽君のお祖母様の篤子夫人も南条の女性だけどね。お祖父さま達が話を始めたので、牧田がカフェインの入っていないほうじ茶を持ってきてくれた。冷たくておいしい。さすがは牧田、よく分かっている。私は、将来、どこの家の忠誠をもらえなくても、牧田と料理長がついてきてくれたら、もうそれでいいよ。
「旦那様、お疲れでしたら、甘いものでもお持ちしますか」
「そうだな、カステラか、ロールケーキか何かその手の二本ほど頼むわ」
「俺は一本つけて」
「私も二本頼みます」
この消費量。稲荷屋がうちを大好きなわけだよ。
「不比人様は」
「私は、お茶飲んだら寝るよ。魔力、全然使ってないし」
魔力を使っていないのに、こんな夜更けに、カステラやらロールケーキなんかを二本も食べたら、子豚が子象に成長しちゃうよ。
嘉承の父が、大きく伸びをしながら、言った。
「それにしても、水と土が使えたら、ゴーレムが作れていいよな。あれは昔から、羨ましかったわ」
「そうですか。私は、逆に兄様が羨ましかったですけどね。【風壁】で作ったブロックをならべて、空中を歩いてみたりとか。【風壁】って攻撃力はないけど、応用は効きますよね。あの小柄で細身の小野の先代だって、【風壁】を使って、にゃんころゴーレムを軽々と持ち上げていらしたし」
峰守お爺様、そういうわけだったのか。でも、意外。いかにも嘉承で瑞祥な二人が、そんなことを考えているとは思いもしなかった。
「お父さまなら、土か水のブロックで出来るんじゃないの」
「ふーちゃん、目に見えない風のブロックだから空中散歩なんじゃない。土か水だとブロックを並べても、えっちらおっちらブロックをよじ登る姿が美しくないでしょ。その点、【風天】で風を纏えば、ぴょんぴょん飛べて、カッコいいよね」
この四人の中で風を持っていないのは、お父さまだけなので、おもしろいことを考えるなと思った。風持ちはそういう使い方を考えないからだ。
「え、そうなの?何で?」
お父さまが本気で分からないという顔をされたところで、牧田と美也子さんが、大量のお菓子とお茶のお替りをトレイに乗せて持ってきてくれた。毎々、遅くまで申し訳ない。
稲荷屋のカステラ以外にも、ヴェルぺのロールケーキとパウンド型のオレンジポレンタケーキもあった。子豚が小象に進化しちゃうけど、少しだけなら、大丈夫だよね。恐るべし、稲荷屋のオレンジポレンタケーキの魔性の魅力。アーモンドプードルとポレンタというとうこもろしの粉を使っているので、小麦粉よりはヘルシーだと信じたい・・・こんな夜更けにそれはないけど。
「何でって、【風壁】のブロックなんか作らなくても、【風天】で纏う風の量を調整すれば空中は歩けるからだろ。それに、もうちょっと魔力はいるけど、調整次第で、普通に空も飛べるしな」
嘉承の父は、お祖父さまと違って、火よりも風を得意としている。お父さま達の会話を聞いていたお祖父さまが、冷えたほうじ茶を飲み干して、しれっと仰った。
「何だ、それ。敦人、お前は人間離れし過ぎだろ」
世の中には、自分のことを棚に上げ過ぎる人間というのもいる。
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