やっぱりそうか
「どういうことだ、峰守?」
にゃんころ魔王が問うと、峰守お爺様が少し困った顔をした。
「それが長人君たちにあげようと思っていた情報。昨日、土御門君がうちに来たんだよ。本人は、鷹邑にお焼香を上げに来たって言ってたけどね。鷹邑の通夜と葬儀の参列者名簿を見たいなんて言い出したから、何か探りに来たのは明白だよね」
「何か言ってたか、あのクソガキ」
「敦人君と北条侯爵の名前を見て考え込んでいたよ」
「俺と時影ですか」
わんころ冥王が首を傾げる。ビジュアルだけは可愛いな、おい。
「うん。敦人君は、鷹邑とは付き合いがないのに、通夜と葬儀の両方に参加してくれたから、その理由が気になっていたみたい。次男の良真が西都に留学した当時から仲良くしてもらっているし、昔から小野は山科と志賀に領地を持つ家だから、西都の嘉承と付き合いがあるのは当然だって説明したんだけど、それなら北条が来る理由がないとか、食い下がってくるんだよね」
公爵といえば、一応やんごとない身分の人なんだから、お付きがいるのは何ら不思議なことはないと思うけどな。やっぱり、あれか、柄が悪すぎて、土御門さんには、西都の貴族社会のトップとは認識されてないってことだな。
「俺は、古の約定で、一人では西都から遠出ができないんですけどね。理由は陰陽寮勤めならよく知っているだろうに」
「土御門君には、普通の陰陽師の常識がないから。風の小野の葬儀に、嘉承の当主が、火の北条を連れて来たことに違和感を感じたみたいだね。特に、篤子の実家は風の南条だから」
「それこそ、嘉承に世間の常識を期待すんなって話だろ」
にゃんころ魔王、それ全然、説明にも自慢にもならないから。
「うん、篤子がその辺りは熱弁してくれたよ」
「篤子に宗家に対するリスペクトを期待するのは諦めた。それで、何で敦人が北条と来たか本当の話はしたのか」
「してないよ。私たちが嘉承の【業火】をお願いした理由は、口にしたくないし、出来ないよ。辛すぎる話だし、敦人君と時影君が、鷹邑の最後の姿を調べて、闇落ちではないと保証してくれたから、今更言う必要もないよね。知りたいんなら、勝手に探ればいい。土御門君なら、そのうち知りたい答えに辿り着くでしょ。でも、小野からは答えは出ないよ。長人君、私たちは、もう瘴気も厄災も陰陽師も何もかも、あの二年前のことには一切関わりたくないんだよ」
淡々と話を続ける先代小野子爵の顔には、もう何の感情も浮かんでいなかった。
「小野家は、鷹邑君の四十九日も終えていない頃から、帝都で悪辣な誹謗中傷の的にされたんだ」
お祖父さまたちの会話を見守っていた私たちに、そっと北条侯爵が教えてくれた。その言葉に反応したのは、私と真護だけだったので、西都の子供たちは本当に守られて暮らしているんだなと実感した。北条侯爵家の時影おじさまのもの静かな低い声が、二年前に起きた小野家の悲運を説明してくれた。
速水で厄災が発生した直後は、帝都では、陰陽寮が上位の陰陽師を四人派遣した時点で、早々に事態は収束するものと思われていた。ところが、実際は、厄災の魔物は強大で、事後処理にも危険を伴った。当時の三位と五位の陰陽師が重傷を負ったという噂も流れた。そのうちの一人の三位の播磨は職場復帰して二位になったが、もう一人の当時五位の陰陽師が退職したのか、殉職したのか陰陽寮は公表していない。現在、四位は空位になっている。
魔物自体は、陰陽師四人の命がけの浄化で倒したが、発生から浄化までに時間がかかった為、その間に魔物が起こした大洪水は、速水だけでなく、近隣の土地と、そこに住む人たちに甚大な被害を与えた。死者は六百名を超え、負傷者は四千名、破壊された家屋は二万棟にも及ぶ、この百年で一番大きな厄災になってしまった。
「速水家は当然ながら取り潰しになった。ところが、その裁判中に凪子の父親の速水侯爵が、無実を訴えた。あれは水ではなく風だったとな。洪水ではなく、大嵐がダムを壊して、暴風が河川の水を巻き上げたと言うんだ。実際、水の勢いが強すぎて、飛ばされた家屋もあったから、速水侯爵の言い分を信じた者も少なからずいた」
そこに、風の小野鷹邑の通夜に参列した者が、違和感を訴え始めた。小野家が、鷹邑の遺体を弔問客の誰にも見せなかったからだ。鷹邑は、亡くなる前の数年間、行方不明になっていたので、周囲には病気療養ということにされていた。本人が長患いをした姿を見せるのを嫌がったのでと理由付け、柩は、一連の儀式が終わる前にもかかわらず釘打ちがされていて、小窓もついていなかった。
これが悪質な噂を呼び、速水の厄災の正体は速水凪子ではなく、小野鷹邑ではないかと言い出す者まで現れた。小野家は、1400年以上も歴代の皇帝陛下に重用されてきた名家中の名家だ。鷹邑の長兄の俊生は、当時、帝国史上最年少で外務大臣に就任して、世間に注目されていたこともあり、妬んだ貴族家が火に油を注いで大スキャンダルを生んだ。これが、新聞や週刊誌でも取り上げられ、一般にも知られるところとなってしまったという。
「忠臣の小野家を助けるために、陛下が帝都貴族をお諫めになられたんだが、帝都貴族は揃いも揃って大バカ者だからな。より一層、嫉妬をこじらせ、家人を使って一般市民を煽ったり、外務省や小野家に嫌がらせをしてきた」
「何それ、最悪じゃん。帝都貴族ってほんとバカの集まり」
時影おじさまの説明に、真護が憤慨した。私も確かに腹は立つけど、それよりも気になることがある。
「先帝陛下の二年前の突然の御退位って、もしかして、小野家が関わっているの?」
私の質問に、今度は、西条家の博實おじいさまが頷いて教えてくれた。
「そうだよ、ふーちゃん。外務省が受けた嫌がらせを止めるために、まず小野の俊生君が大臣職を辞任した。彼は、帝都を離れて、今は、領地の山科に戻っているよ。陛下も、周りのバカ貴族の大馬鹿ぶりに、長年抱えていらした堪忍袋の緒が、ついに切れたそうで、宰相の菅原君が止める間もなく、今上陛下に帝位をお譲りになったよ。これは菅原君から聞いた話」
帝国が誇る頭脳と呼ばれる宰相閣下も、うちの一族では「菅原君」なんだな。菅原家は伯爵家だし、博實おじいさまからすると息子のような年齢だから、そうなるか。
「でも、小野の二の君、良真君は、まだ外務省に勤務して帝都にいるんだよ。陛下の御退位に責任を感じて、小野家が次男には今上陛下の御代の間は誠心誠意お仕え申し上げるようにと命じているそうだよ」
小野家、名家とは聞いていたけど、陛下のご信頼がものすごいな。忠臣の受けた誹謗中傷を憂いて退位なさるなんて、うちなんかより、よっぽど信用されてるよ。
私たちが、小野家の事情を話している間に、南都の外れの阿須賀村にある小野家別邸でも話がひと段落したようだ。そこで、篤子夫人が何故か私の名前を口にした。
「嘉承の君、不比人様はお元気にお過ごしですの」
「ああ、今、一緒にいますから、挨拶させますよ。彰人、いい加減、疲れただろ。俺の魔力を使え」
わんころ冥王が、ぱんころ観音を振り返って、これまた人間離れしたことをしれっと言った。魔力の受け渡しは、普通は、そんなに簡単に出来ないよ。しかも、二人は魔力が違うじゃん。嘉承と瑞祥は、帝国の魔力持ちの一般定義をはるかに超えた存在だったりする。いよいよ、帝都の監視の意味がない。
「ありがとう、兄さま。では遠慮なく。ふーちゃん、おいで」
お父さまがそう仰った瞬間、体の中にある殻の内側にくっついているものが外れて、ふんわりと掬い取られるような何とも形容しがたい感覚が走り、するりと意識が小さな器に入った。お父さまが、新たに作ったゴーレムの中に、私の意識を送ってくれたようだ。
「篤子お婆様、峰守お爺様、初めまして。嘉承不比人です」
ご挨拶してみたものの、自分の体と同じように、ゴーレムの目で見ることが出来るのは、首から下だけなので、お父さまが私用に何を作ってくれたのか、イマイチ分からない。肉球のある手をわきわきさせてみる。ものすごいな、土人形なのに、ぷるぷるの肉球がついてるよ。
「水と粘土をいい具合に混ぜると、こういう仕上がりになるんだよ。ふーちゃんは土も水も使えるから、今度、教えてあげるね」
ぱんころのお父さまが嬉しそうに仰るが、私自身は、そこまでゴーレムの仕上がり具合に思い入れはない。ぽっちゃり不健康児童の私にとっては、ゴーレムはあくまで、歩き疲れて息切れがした時に作る乗り物だからね。
「まぁ、まぁ、不比人さま、何て可愛らしいんでしょう」
何ゴーレムなのか分からないが、篤子夫人は大喜びだ。小野家は猫派らしいから、小さいにゃんころにでもなったのかな。それだと魔王の手下じゃん。
「あ、これ、知ってるよ。去年、カップ麺の蓋の裏の絵になったキツネだよね」
峰守お爺様の言葉に嫌な予感がしてきた。
「あなた、これはチベットスナギツネですわよ」
・・・やっぱりそうかっっ!!!
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