先代小野子爵夫人
嬉しそうに、にゃんころ魔王の猫パンチを受けていた峰守お爺様が、いきなりにゃんころの前足をつかんだ。
「すごい、このゴーレム人形、ぷるぷるの肉球もあるんだね。鄙住まいの老人を夜分訪ねてくるだけに、こんなに魔力を使ってくれて恐縮だよ」
お父さま、肉球まで再現って・・・。
「いえいえ。そんなに大したことではないですから。峰守おじさまに喜んで頂けたようで何よりです」
ぱんころが、照れたように、片手をパタパタした。その様子をお祖父さまの【風天】と【遠見】で見ていた全員が絶対に同じことを思ったはずだ。
それ、めちゃくちゃ大したことだから!普通は遠隔でそこまでの制御なんか効かないし!しかも、人の魔力とリンクさせた上での発動なんて、あり得ないから!
「何て言うか、西都の公爵家って相変わらず、デタラメな魔力量と制御能力だよね。帝都では、脅威に感じて監視を西都に送り込んでいる連中がいるけど、彼らがまとめて挑んできても、この三体の人形で殲滅できるんじゃないかと思うよ」
「いや、お前んとこの【風壁】出されたら、さすがに分身ではしんどいぞ」
お祖父さま、殲滅は否定しないんだ。これも当事者の三人以外に共有された感想だと思う。まとめて怖いわっ、この三人!
「監視なぁ。だいたい見当はつくけどな。今、どの家の奴らが来てる?一回、きっちりと挨拶したいんだよなぁ」
それ、絶対に違う種類のご挨拶でしょ、お祖父さま。西都の魔王の闇討ちなんて、一生のトラウマになるレベルの恐怖じゃん。
「うーん、私、ずいぶん前に退官したとは言え、国家公務員の守秘義務があるからね。そこは訊かないでよ。その代わり、長人君たちが調べようとしていることに間違いなく関係していると思う情報をあげるよ。でも一つだけお願いしていい?」
このお爺様、山賊の頭あらため、魔王相手に全くひるむことなく交渉をしてくる。なかなか肝が据わった御仁のようだ。これが有名な小野一族か。可愛い顔でニコニコしながら、確実に相手の懐に入っていく帝都一の交渉上手。曙光帝国は長い歴史の中で、かつての絶対君主主義から、400年近くかけて徐々に制限君主主義に政治形態を変えてはいるが、歴代の外務大臣や主要国の大使は、いまだに小野家が途絶えることなく輩出している。
「お前は相変わらず、話を自分のペースに持っていくのが上手いな。ジジイに上目遣いでお願いされても気色悪いだけだが、何か有益な情報があるって言うんなら、特別に聞いてやらんこともないぞ」
「ありがとう。あのね、篤子を呼んでもいいかな。末っ子の鷹邑をあんな形で喪ってから、塞ぎ込むことが多くて、南都の外れまで引っ越してきたんだけどね」
篤子さんというのは、先代の小野子爵夫人だろうか。人が多いと、どうしてもポジティブな感情もネガティブな感情も人の数だけ魔素に溶け込んでくる。普段は、気づくこともないが、病気などで免疫が落ちた時や気が滅入っている時は、強い魔素に晒される都市部は避けて、人が少なく、魔素も薄い郊外で療養したほうがいい。というのが帝国内の定説。
ところがどっこい、西都の一部の高位貴族の間では、免疫が落ちているときほど魔素を取り入れろと全く逆を教わり、これまた一部の高位貴族は、大型台風や火山噴火による火砕流が発生したりすると、濃密な魔素を抜きとりに嬉しそうに徒党を組んで出かけていく。
その一部の高位貴族とは誰かって?
もちろん、嘉承一族だよっ。あのぶっ飛んだ親子と一味の奇人変人集団以外に、そんな非常識な魔力持ちがいるわけがない。帝都もこんな連中の監視を続けて、何が出来るって言うんだろう。本当に見ているだけになるなら、無駄な時間と経費なんで、早々に諦めた方がいい。
「おう、篤子か。いいぞ、呼んでこいよ」
にゃんころ大魔王が、土で出来た小さな胸を張って、偉そうに宣った。確か先代の小野子爵夫人は南条侯爵の従姉にあたる女性だから、彼女も風の魔力持ちなのかもしれない。
ほどなくして、南条侯爵家出身の女性が持つ華やかな雰囲気の上品な高齢女性が、峰守お爺様と現れた。
「まぁ、お客様というのは、猫と犬とパンダでしたの」
そう言って、ころころと笑った。さすがは南条家の血をひく女性だけあって、夜に突然おかしなゴーレムが訪ねてきても驚きもしない。
「篤子、久しぶりだな。元気か」
土の猫が話しかけると、篤子夫人は猫人形を凝視した。夜更けに突然現れて、片手を上げて「よっ!」と挨拶してくる50センチくらいの尊大な態度の猫・・・めちゃくちゃ嫌な客だよね。
「あなた、この偉そうな猫ちゃんから、嘉承の殿のお声がしますわよ」
篤子夫人のストレートな発言に、イメージを共有していた全員が笑った。お祖父さまの【遠見】の精彩さと【風天】の精度の高さは、もう人間技じゃない。
「おう。嘉承長人だ。息子たちも連れて来たぞ」
お祖父さまが言うと、わんころとぱんころが頭を下げた。
「篤子伯母様、ごきげんよう」
「篤子伯母様、夜分にすみません」
嘉承の父と瑞祥のお父さまの声が、それぞれ犬とパンダの土人形から聞こえてきて、篤子夫人は両手を頬にあてて「まぁ、まぁ、まぁ!」と興奮した様子で縁側から庭に降りてきた。
「いつかはこうなると思っていましたけど、何をやらかしましたの?瑞祥の大姫様に私たちが執成せということですわね」
これには、全員が大爆笑になった。手を叩いたり、食卓を叩いて「さすがは篤子」「篤子伯母様、最高だわ」と各々でウケている。
「おいこら、篤子、お前、それはどういう意味だ」
ぷんすこと怒る猫人形に、篤子夫人が、真面目な顔つきで答えた。
「そのままの意味ですわ、殿。瑞祥の大姫様がお怒りになるなんて、よっぽどのことでしょうが、両公爵家の先代と当主が土人形では西都の政情不安を招くことになりかねませんから、すぐに伺いますわよ。昔から、交渉事は小野に任せろと言いますからね」
どうしよう、この綺麗で上品なおばあ様、めちゃくちゃ好みだ。面白過ぎる。
「そんなんじゃねーわ」
お祖父さまが、小さな猫の肩をがっくりと落とした。
「篤子、長人君たちは、鄙住まいになった私たちの無聊を慰めに来てくれたんだよ」
「あなた、瑞祥ならともかく、嘉承がそんな殊勝なことを考えるはずがありませんわ。嘉承一族の南条家で生まれ育った私が断言します」
篤子夫人がきっぱりと言い切った。最高だな、この人。
うちの頼子叔母様といい、嘉承一族の姫は、とにかく強くてあっけらかんとした、いわゆる女傑が多い。頼子叔母様が正しくそうだが、情が深くて、とにかく家族や友人、特に自分を慕って集まる人間を大事にしまくる。篤子夫人も、そういうタイプなら、末の君を喪った心の傷は、長く癒えることはないのだろう。
「峰守が、篤子を連れて南都からこんな侘しい村に引っ越すから、心配して見に来てやったのに、相変わらず失礼千万なやつだな」
「瑞祥の君もいらっしゃることですから、そういうことにしておきますけど、本当に大姫のお怒りを買って土人形に閉じ込められたわけではありませんのね。そう信じてよろしいのですよね」
にゃんころ魔王が詰問されている姿に、食堂で様子を視ていた皆の笑いが止まらない。
「ちげーわ。何でそういう思考になるんだ、お前は」
わんころの父と、ぱんころのお父さまは、明後日の方向を見ている。賢明だ。
「何か悪事が露見して、陛下が一位の陰陽師を派遣して調べに来たことを瑞祥の大姫がお知りになったかと思いましたの」
「「「一位の陰陽師?」」」
にゃんころ、わんころ、ぱんころの声が重なった。
読んで下さってありがとうございました。モチベになりますので、続きが読みたいなと思われたら、ブクマと評価をよろしくお願いします!




