帝都の小野家の依頼
途中、少し気持ちの悪い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
二年前、陰陽寮が厄災の魔物の浄化に失敗した。
まだ、厄災が生きているなら、そういうことだ。
「誠護、享護、ここからは酷い話になる。真護は帰らせろ」
お祖父さまが、東条家の二人に告げた。ずっと青い顔をして東条侯爵の腕にはりついている真護を見ると、確かにもうここで下がらせてもらった方がいいと思った。
「ふーちゃんはどうするの?」
「私は残るよ。明楽君のことは絶対に守るって決めているから」
私がそう言うと、真護は、父親の腕を離して居ずまいを正した。顔色はまだ悪いものの、さっきまでの怯えた顔つきではなく、覚悟を決めたような顔になった。
「僕も残ります」
お祖父さまの片方の眉毛が上がる。
「ああ?お前、俺の親切心を無視するのか」
いやいやいやいや!何言ってんの、お祖父さま、その反応は、おかしいでしょ。何で、このジジイは恐怖に打ち勝とうとする健気な七歳児を脅すかな。厄災より怖い魔物がいるよ。もう、魔王じゃん。
私が真護のために言い返そうとすると、嘉承の父が、私の肩に手を置いて制し、面白がるような声音で言った。
「いいから黙ってみてろって」
真護は、魚のように、口をはくはくさせて数回深呼吸すると、涙目で、それでも、はっきりとした声で、お祖父さまに言い返した。
「僕は、ふーちゃんに絶対に付いていくから、ふーちゃんが残るんなら残ります」
どうしよう。バカの真護が尊くて、涙が出そうだよ。真護の祖父と父親は嬉しそうにハイタッチしている。
「なーくん、敦ちゃん、どうよ、うちの孫」
東条の誠護おじいさまが、嬉しそうに、山賊の頭改め、うちの魔王に訊いた。
「おう、正しく東条の嫡男だ」
何言ってんだ、このジジイどもは。この状況で七歳児を恐怖に陥れて嬉しがってるって趣味が悪すぎるでしょ。と思ったところで、嘉承の父と目があいそうになったので、心を読まれる前に、またお父さまの後ろに隠れた。
「真護、ありがとな。心意気は買うけど、今からは相当嫌な話になるから、怖くなったら我慢せずに、不比人みたいに親父にくっついていいからな。彰人でもいいぞ」
私は、怖くてお父さまの後ろに隠れているわけではないけど、そういうことにしておこう。
嘉承の父の言葉に、真護は迷わず、お父さまの背中の後ろにいる私にくっついてきた。真護も、私のことを守ろうとしてくれているんだと思うけど、泣き目の小学生に守られるのは、ちょっと複雑な気がする。
「じゃあ、厄災が生存しているんじゃないかって話に戻すな。不比人と真護もいるし、話を整理するために、俺たちが知る限り、思い出せる限りの話を、時系列で各自が出していって、可能性を探る。それと英喜らの報告の詳細が出たところで、陰陽寮への対応を考えるとするぞ」
「御意」
これは、何か大きな問題が起きたときの、典型的な嘉承家と四侯爵家のやり方だ。瑞祥の統御に対し、嘉承の評定。今風に言うと、嘉承は、皆でブレーン・ストーミングして、可能性や有効性や問題なんかを忌憚なく論じ合う。
瑞祥家の下にいる四侯爵家は、瑞祥の直系に対し、崇拝と思えるような態度を取るが、嘉承家の四侯爵は、嘉承の直系を「くん呼び」や「ちゃん呼び」をしていることからも分かる通り、どう見ても、ガキ大将と幼馴染たちのような集まりだ。
「二年前の厄災だけどな、実は、凪子の魔力量を考えて、当初はそれほど危険視されていなかったんだ。あの時、速水に派遣されたのは、四人の陰陽師だった。まぁ、それは後から知ったんだが、陰陽師どもが速水に向かった時に、俺は小野家の良真から連絡をもらって、時影と帝都の小野子爵邸に行ったんだ」
「良真さんって、お父様たちと同級生の西都に留学していた明楽君の伯父様だよね。お父様たちが百鬼夜行の姫たちにボコボコにされた時に助けてくれた人」
「不比人、ボコられたのは織比古だ。俺達は、連帯責任で制裁を受けただけ」
連帯責任で制裁を受けるのは、普通に言うと、ボコられてることでしょ。
「とにかく、俺と時影は小野家に呼ばれてな。理由は、弟の弔いを業火で頼めないかということだったんだ」
業火は、明楽君のお母様を助けるためにお祖父さまが使った、究極の上位と呼ばれる火だ。曙光帝国では、現在、お祖父さまと嘉承の父以外に難なく使いこなせる魔力持ちはいないと言われている。火の名家の北条と西条の直系は使えるには使えるらしいが、さすがの当代侯爵と言えども、制御が少しでも揺らいだ瞬間、強烈な魔力切れを起こす。これが公爵家と侯爵家の越えられない魔力量の差だ。ちなみに私は未だ使えない。それが両家の後継から忠誠がもらえていない一因でもある。
「お前たちも知っている通り、業火で弔うというのは人に言えない事情、正確に言うと、瘴気絡みになる。明楽の父親な、壮絶なことになっていて、これは、子供には怖い話になるけど、聞くか」
私の中で、怖いというのは、正しく知らないことと同意義になる。全く知らないでおくか、きちんと理解するか。中途半端に齧ると、私のように生来のひねくれ者で、斜に構えたトリさんというスパイスがかかっている人間は、絶対に考えつく限りで、一番悪い結論に至る。実際の状況とは違うことや、起こりもしないことに思いを巡らせて煩わされるよりも、もうここまで来たら、腹を括って対峙した方がいい。明楽君は絶対に私が守るんだから。
「お願いします」
私が、お父さまの背後から顔を出して、そう言って頭を下げると、真護もならって、慌てて頭を下げた。
「おう。二人とも厄介な話に巻き込まれたな。まだヒナのうちは、彰人のところで匿ってもらっていてもいいと俺は思うけどな」
そうは仰いますけどね、中途半端なことをしていると、そこにいる貴方の父親の魔王が許してくれそうにないでしょうが。
「小野鷹邑の遺体な、小野子爵家ほどの魔力持ちの名門の家の者なら、たとえ死んでも魔力の残滓があるはずなんだが、髪の毛一筋ほどの魔力も残っていなかった。皮膚が黒く炭化していて、魔力を吸いつくされたような感じだったな」
魔力持ちが闇落ちすると、自分の瘴気で作り上げた魔物の器に魔力を取り込まれ、嘉承の父が言ったような状態になる。
「それは、明楽君のお父様が闇落ちしていたってことなの?」
「いや、闇落ちした魔力持ちの遺体には、必ず瘴気が残る。鷹邑の遺体からは禍々しいものは一切感じなかった。むしろ、厄災の魔物に襲われて魔力を奪われたという方がしっくりくるな、時影」
「ご遺体に対して、言葉が適切でなくて申し訳ないが、人型の木炭のようだと思った。本当に何もかも残さずに全て吸い取られたような、そんな感じだった」
父と北条侯爵の言葉に鳥肌が立った。同じ風の魔力持ちが魔物に魔力を全て吸い尽くされたと聞いて、私も真護も衝撃を受けた。ざらりとしたものに全身をねっとりと覆われるような気持ちの悪さだ。お父さまが振り返って抱き込んでくれなかったら、二人で失神していたかもしれない。
「小野家の直系の魔力を残らず絞り取るくらいの強力な魔物だったのか。速水凪子の魔力で、そこまでの魔物が作れるのか」
先代の北条侯爵の時貞おじいさまだ。北条家はいつも沈着冷静で、特に時貞・時影親子は、同じ風の東条家の親子に比べて全く逆の、表情に乏しい人達なのに、さすがにこの話には衝撃が隠せないようだ。
「凪子の魔物が鷹邑を完全に無力化出来るほどに強力だったかというよりも、むしろ、襲われた時に鷹邑がどういう状況にあったかじゃないのか。あの峰守の血を引く子供が、普通の状態では、侯爵令嬢の闇落ちで、そこまで完全に魔力を取り込まれるはずがないと思うぞ」
お祖父さまは、嘉承家の直系に多い二属性持ちで、火の力の方が風より強いが、その風だけでも東条と南条を凌駕する。そんなお祖父さまが認めるくらいなら、小野家の風の力というのは、相当なものなんだろう。
「小野の【風壁】は我らに並ぶからな」
「いや、小野は器用で魔力制御が上手いから【風壁】だと負けるかもしれんぞ」
南条家と東条家に勝るほどの【風壁】を張れる小野家の底力、凄まじいものがあるな。【風壁】は、魔力量がどれだけ大きくても、魔力制御が出来ないと成り立たない。それだけ実力のある魔力持ちを完全無力化して魔力を絞りつくしたという魔物が、まだ生き残っているという可能性に、身の毛がよだつ。
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