末の君の名は
「よし、明楽。そういう訳でな、単刀直入に訊くけど、父親の家族に会いたくないか。お前のじーさんとばーさんな、お前のことを聞いて、めちゃくちゃ会いたがってるんだわ」
お父さまと明楽君が醸し出していた凛とした空気を、いきなりぶち壊すのは、もちろん、うちの山賊のお頭だ。ほんとに、単刀直入だな、お祖父さま。
「おじいさん達が言ってた、小野さん家のおじいさんとおばあさん?」
「そうだ」
明楽君は、少し困った顔をして俯いた。そして、おもむろに顔を上げて
「僕のお父さんは、何て言う名前なの?」
と訊いた。この明楽君の質問は、私たちの中に衝撃を与えた。いくら思い出すのがつらくて、記憶の混濁があったとしても、父親の名前も教えないなんてあるんだろうか。
「おう。小野鷹邑だ。その父親で、お前のじーさんの峰守の末の子になる」
「おのたかむらと、みねもり」
明楽君が、噛みしめるように、小野家のお父様とお祖父様の名前を繰り返した。
「おうよ。お前の苗字と親父の名前が同じで、紛らわしいんだ、これが。で、その峰守じーさんに会ってみないか。お前にすごく会いたいんだと。それと、鷹邑には兄貴が二人いて、お前の伯父さんになるんだが、彼らも会いたがっている」
「おじさんもいるんだ」
明楽君には思いがけない存在だったらしく、顔に困惑が浮かんだ。
「お母さんは、僕がお父さんの家族に会ってもいいって言ってるの?」
明楽君は、今までずっとお母様と二人きりで生きてきたから、そういう反応になっちゃうんだろうな。
「お母様は、明楽君の好きにしていいって仰ったよ。小野家の方々に会う時は、私が付添人になるというのが条件で承諾して下さった」
それは、堅実な選択だな。私も、この面子の中なら、瑞祥のお父さま一択だよ。
「で、明楽、峰守らに会いに南都に行くか。それとも、西都に来てもらうか。俺はどっちでもいいぞ」
お祖父さま、明楽君のお母様の依頼は、お父さまが付添人になるってことなのに、何がどうなって、自分が行く気満々になるの?風の魔力も持ってるだけあって、お頭、経緯を丸っと抜かしてない?
「ふーちゃんのおじいさん、僕、お母さんと話をしてからお返事していい?」
明楽君が、山賊のお頭にちょっと怯えつつ、それでも、ちゃんと自分の意志は伝えた。強い子だ。
「いいぞ。お母さんと話をして、決まったらいつでも、不比人に言ってくれ」
明楽君が、お祖父さまにこくりと頷いたところで、今日はもう遅いのでお開きとなった。牧田が、いつもの絶妙なタイミングで、料理長が用意した折詰弁当の入った大きなバスケットを持って現れた。
明楽君のお母様が退院したばかりで、高村家の冷蔵庫の中には、今頃はカチカチになっている、あの練りきりの猫くらいしか入っていないだろうし、料理をするのも、まだ大変だろうからという美也子さんの気づかいだそうだ。バスケットの中には、果物やパンや日持ちのする食品も沢山入っていて、明楽君が目を輝かせた。
「おじいさん、ありがとう」
「いえいえ、これは嘉承家と瑞祥家からでございますよ。それで、嘉祥か瑞祥の旦那様がお送りするということでしたが、病院にお連れした美也子と美咲がお送りした方がいいかと思いまして。お母様に何かご不自由がないかの確認には、女性の方がお話しやすいかと美也子が申しますので」
流石だよ。うちのベテラン勢の気づかいには、本当に頭が上がらない。
「ああ、それもそうだね。明楽君、美也子さんと美咲さんと一緒にお家に戻って、お母様のお加減と何かお手伝いできることがないか二人に確認してもらおうか」
「うん!」
今日一番の豆柴のにぱっが出たよ。お父さまだけでなく、嘉承の山賊とその手下の奇人変人軍団も、これには、皆ほっこりとしたみたいだ。
「では、お荷物は、私と美咲で運んで差し上げますので、参りましょうか」
「うん。ふーちゃんのおじいさんと、お父さんたちと、おじさんたち、さよなら。ふーちゃん、真護君、また月曜日に学校でね」
お父さんが、ちゃんと複数なのが、明楽君の律儀でかわいいところだ。牧田に促されて、大きなバスケットを抱えた小さな男の子が、ぺこりとお辞儀をして帰って行った。
ドアがパタンとしまった途端に、一気に部屋の空気が変わった。
「彰、父親の名前も教えない母親ってのはどうなんだ。記憶の混濁で、父親の名前も忘れたか。ありえんだろ」
「それが、明楽君の父親のことを思い出そうとすると、ひどい頭痛に襲われると言うんです。私が、父親のことを聞き出そうとした途端に、目眩を起こされてしまって。あの呪いの瘴気のこともありますから、今日は一旦引きましたよ」
うわっ、そういうことか。
怖いよ、この大人たち。お父さまにこの話をさせるために、しれっと牧田を使って、美也子さんと美咲さんに明楽君を送らせたんだ。ぜんぜん気がつかなかった。真護の視線に気がついたので、首を横に振った。気づいていないのは、明楽君と真護と私の子供チームだけど、これは仕方がないと思うよ。牧田は、何にも動じないし、表情に出さない殿堂入りの家令だからね。
「博實、英喜と悟朗の報告頼むわ」
「うん。英喜から聞いたんだけど、小野のみーくんの息子さんたちは、全員、帝都公達学園の卒業生なんだって。二の君は、西都に一年だけ留学していて、その時に、バカ息子どもがお世話になったみたいだね」
あの百鬼夜行の姫たちにボコられた時ね。で、西条の先代は、うちのお祖父さまが、なーくんで、明楽君のお祖父様はみーくんなんだな。博實おじいさま、緊張感なさ過ぎる話だわ・・・。
「ああ、二番目だと良真だろ。峰守は当時の陛下、今の上皇陛下の肝いりで、外務を一切合切任されていたからな。現役時は帝都にいたから、子供は帝都の学園で学ぶわな」
「それで、明楽君の父上と思われる末の君の鷹邑くんは、あの凪子ちゃんと同級生で、高等科では、将来的なことも見据えて、お付き合いをしていたそうだよ」
大厄災の姫と明楽君のお父さんが、そんなに近しい関係だったの?
かの侯爵令嬢の名前を聞くだけで、体に悪寒が走る。これは、絶対にダメなやつだ。聞いたら最後、もう後戻りできない。真護も同じことを思ったのか、享護おじさまに、ぴったりと張り付いていた。
呼吸が浅くなり、手足の指先がどんどん冷たくなっていく。
「ふー、お前ちゃんと呼吸しろよ」
大きな手がぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた。嘉承の父だ。相変わらず、この人は、お祖父さまと全く同じで、清々しいほどに雑だ。
「大丈夫。私が倒れたら、瑞祥のお父さまが腰が抜けても運んでくれるんだって」
「「運ぶかっ!!」
嘉承の祖父と父が同時に怒鳴って、皆で大笑いになった。
読んで下さってありがとうございました。これから、明楽の母親の秘密が、そろりそろりと出てきます。
引き続き、宜しくお願いします。




