ふーてんのふーちゃん
翌朝、明楽君は、早起きして、お母様の病室にお見舞いに行ったので、院内のカフェで明楽君を待つ間に、お父さまに思うところを聞いて頂いた。私ではあのパワフルなおじさまたちの暴走を止めることが出来そうにないので、お父さまに味方になって頂くのだ。
「何があっても、明楽君が嫌がるようなことはしたくないよ。でも、明楽君には一日でも早く制御の訓練はしてほしいし」
ああ、今、私の頭に柴犬のような耳が生えていたら、ぺにょって垂れ下がっていると思うな。
「明楽君は、まだ七歳で、色々と事情を抱えて慣れない西都に来て、それでお母様が入院だからね。ストレスが心配だね。お母様が入院されている間は、侯爵たちには大人しくするように兄さまから指示して頂くから」
「お祖父さまは?」
「父さまは、小野の先代と奥様と仲がいいからね。明楽君より、小野家のことを考えて動かれるかもしれないけど、それでも七歳児を傷つけるようなことは絶対にされない方だから大丈夫」
お祖父さまが、以前、夕食時にして下さった学生時代の話を思い出した。あの癒し系の友達って先代の小野子爵だったのか。うーん。今の私には、お祖父さまの意向に逆らって勝てる見込みは万が一にもありえない。でも、明楽君の気持ちは守りたい。
「兄さまが言えば、侯爵たちは動かないけど、先代侯爵たちがね。父さまが動けば、あの人たちは間違いなく従うから、それがね・・・」
うち、お家騒動勃発しちゃうんじゃないの?お父さま、東条家には、小さいチェ・ゲバラも潜伏しているんだよ。
「それは私が何とかするから大丈夫。お母さまにお願いするという最終手段もあるからね」
確かに。かぐや姫に異論を唱える命知らずは西都にはいない。お父さまが請け負って下さったので、ほっとしていると、明楽君がやって来た。そうそう、もう朝ごはんを食べないと学校に遅れる時間だからね。
「明楽君、お母様お元気そうだった?」
「うん。稲荷屋さんが僕の服と一緒に持ってきてくれたお菓子を食べたら、すごい元気が出たって言ってたよ。稲荷屋さんのお菓子は美味しいよね」
ああ、こんちゃんが持ってきてくれたやつか。稲荷屋にも三人息子がいるんだよね。ヴォルぺじゃなくて、稲荷屋の紙袋だったから、次男かと思うけど、末っ子こんちゃんかもね。確かに、美味しいお菓子を食べていると幸せになるよね。
「明楽君、昨日は、おじさん達が騒いでしまって申し訳ない。悪い人達ではないから、心配しなくていいからね。みんな、ふーちゃんの親戚だから」
いやいや、お父さま、私の親戚で一括りにされると、逆に私への明楽君の友情に影響しそうなんですが。
「ううん。昨日、おじさんたちとご飯食べて楽しかった。ご飯も美味しかったけど、僕、みんなでお喋りしながら晩御飯食べたことなかったから、すごい嬉しくて」
明楽君の健気な言葉に、お父さまは、くるりと私たちに背を見せた。あー、明楽君、うちのお父さまを、これ以上泣かさないで。お父さま、そのうち脱水症状になっちゃうから。
その後、お祖父さまにも先代侯爵方にも動きはないようで、何事もなく平和に数日が過ぎて、明楽君のお母様が退院する日になった。お父さまが、二人を車で家まで送って下さるので、真護と私と三人で、明楽君親子を迎えにいった。でも、そこで、問題が発生。
お母様が入院中、休んでいたせいで、仕事を始めてまもない職場で解雇されてしまったのだ。お母様は、小さな電気部品会社の営業事務をされていたが、派遣のお仕事だったので、もう彼女の仕事に、新しい人が派遣元から送られてしまった。
これは、明楽君のお母様の病室担当のナースからの情報。入院費用の支払いにも悩んでいるみたい。お祖父さまが、明楽君に、ガキは何も心配するなと仰っていたので、大丈夫だと思うけど、私には何ともできない話なので、お父さまに助けて頂かないとね。
病室に行くと、先客がいた。
「稲荷屋の女将とこんちゃんだ。どうしたの?」
「あら、若様。瑞祥の旦那様、東条の若様、おはようございます。高村さんが今日、退院だと伺いましてね。うちの車で家までお送りしようと、この子が言うんですけれど、気の利かない男ですから、私が色々とお手伝いできないかと思いましてね」
さすがは西都一の老舗の女将。気が利きすぎるわ。
「確かに、こういう時は、女将のお世話になるのが一番ですね。明楽君は、ふーちゃんと真護君と、うちで遊んだらどうかな。稲荷屋の女将さんにお母様のことは、お任せすれば安心だから」
お父さまが明楽君と言いつつ、私にちらっと視線を向けられたので、これからの話をされるおつもりなんだろう。ここは私と真護で明楽君を連れていった方がいいよね。
「明楽君、オオサンショウウオって見たことある?瑞祥の御庭に、いるんだよ。うちのお祖母さまが可愛がってて、真護よりも大きくて恐竜みたいなんだよ。見に行かない?」
ふふふふ。小学生男子は、オオサンショウウオは知らなくても、恐竜が大好きだ。明楽君が行きたそうに、お母様の顔をちらちらと見ている。
「明楽、遊んできていいわよ。お母さん、ふーちゃんのお父さんと稲荷屋さんとお話してから家に送っていただくから」
やった!明楽君の気が変わらないうちに、真護と明楽君の腕をとった。
「明楽君は、後で、お家に送りますから」
病室にいた皆に挨拶をして、真護と明楽君を挟むようにして、我が家に走って帰った。ところが、運動神経が良すぎる明楽君と真護と同じぺースで、不健康小学生の私が走り切れるはずがなく、途中で胸が苦しくなった。ごめん。ズルさせて。
上位魔法の一つ、【風天】で風を自分の背面で弱めのジェットエンジンのようにして吹かせた。こうすると歩かなくても前に進んで楽が出来る。運動神経がイマイチで、ぽっちゃりさんな私が、ただただ歩きたくないという一念で習得したものだ。
「あ、ふーちゃん、ズルしてんじゃん」
真護が気づいて文句を言うので、二人に同じ風をつけた。魔力を錬成して他人に付与できる方法は少なく、どの属性にも、それを司る神の名がついている。風属性は、右手に旗を持ち甲冑をお召になっていると云われる風大神様の名を頂いている。
「うわ、すごい、何これ」
明楽君が嬉しそうに声を上げた。
「ふーちゃんって、ほんと、魔力を色んな使い方するよなぁ。僕も制御頑張ったら【風天】できるようになるかな」
真護の言葉に明楽君の目が好奇心を宿した。
おおっ、これはもしや、ちょっと期待できる展開でないの?




