マツタケと鯛とハンバーグ
嘉承の家の玄関にまわると、牧田が出迎えてくれた。明楽君は、ぽかんとして、「おじいさん、双子?」とつぶやいた。
ほんと、それ、我が家の七不思議なんだよ。実は、ここに住んでいる私も、どうなっているのか分からないんだ。
「若様、皆さま、食堂に移られましたよ」
私と真護が病院に明楽君を迎えにいっている間に、会議はどうなったのか気になるけど、今はとにかくお腹がすいたよ。あんぱん二つだけじゃ、家と病院の往復で消化しきっちゃったよ。私たち三人も、手を洗って、食堂に行くと、お祖父さま達はぴたりと話を止めた。何か子供に訊かれてまずい話でもしていたのかな。
「ああ、三人ともお帰り」
お父さまが笑顔で出迎えてくれたので、三人で挨拶をして、牧田の用意してくれた席についた。明楽君の席は、私と真護の間だよ。私たちの着席が合図だったのか、厨房から美也子さんと美咲さんが、お料理を運んできた。
「あ、おばさんとお姉さん、昨日はありがとう」
明楽君が二人に気づいて、ぺこりと頭を下げてお礼を言った。私は明楽君のこういうところが好きなんだよ。お母様のきちんとした躾なんだろうな。
「どういたしまして」
美咲さんが小声で言って、美也子さんも人の良い笑顔で軽く会釈した。牧田の徹底したプロ意識の薫陶を受けている二人なので、そっけない態度に見えるかもしれないけど、明楽君の気持ちはちゃんと伝わっているからね。
本日は、お客様が多いので、料理長も張り切ったのか、ものすごい量のお料理が運ばれてきた。目玉はマツタケ!きゃー――――っ。
お祖父さまや、おじさま達も喜んで召し上がっているのに、お父さまは、箸をつけずに、明楽君を見ていらした。
「明楽君、そのキノコ、あんまり好きじゃなかったら、私と一緒にハンバーグにしてもらおうか」
明楽君が頷いた横で、真護も「僕もハンバーグがいいです!」と訴えた。
「うん、真護君も一緒に頼もうか。ふーちゃんは・・・」
「絶対に嫌です」
私は、このために生まれてきたんだよ。たいていのことには、お父さまには、忖度し続けるノーと言わない謙虚堅実な七歳児でいるけど、美食関連は別。何が哀しくて、秋の味覚の王様マツタケの前で、旬も季節感も何もないハンバーグと交換するんですか。おまけに、もみじ鯛まで出てきた日にゃあ、絶対に無理。
うちの領地の近くの漁場に、赤石という潮流の早い海峡がある。秋にとれた鯛は、もみじ鯛と呼ばれるが、赤石のは特に、豊富にいるエビやイカナゴなんかを食べて、春よりも肥えて脂も乗っているので、めちゃくちゃ美味しい。絶対に秋だね。断然、赤石のもみじ鯛。これを食べないで、いつ食べるの。鯛は絶対に今から3か月弱の勝負なんだよ。
「うん、やっぱり君はそうだよね」
私の力説に、お父さまも周りもドン引きしているけど、マツタケと鯛だよ。ここは譲れないよ。
すぐに厨房から、三人前のデミグラスソースとチーズソースの二種類がかかったハンバーグが出てきたので、あらかじめお父さまが牧田経由で料理長に頼んでくれていたみたい。
「料理長は、ふーちゃんの分のハンバーグは必要ないでしょうって言い切ったそうだよ。あの人は君の食への情熱に心酔しているよね」
お父さまがハンバーグを切り分けながら仰った。
「情熱って言えば聞こえがいいけど、単なる食い意地だろ」
と嘉承の父が呆れたように言うけどね。大事なことなので、もう一度言います。マツタケと、もみじ鯛なんだよ。
「明楽、母親の具合、だいぶ良くなってたか」
お祖父さまが、明楽君に訊ねると、明楽君は嬉しそうに頷いた。
「そうか、良かったな。ガキは変な遠慮せずに、マツタケでもハンバーグでも何でも好きなものを、好きなだけ食べろよ。ほかに食べたいものがあれば、牧田に言え」
お祖父さまは、私と同じように、瑞祥家で育ったはずなのに、何でか柄が悪いんだよなぁ。でも、根は優しい人なのは明楽君には伝わっているようだ。
「僕、こんな美味しいもの食べたの初めてです」
明楽君の素朴な感想に、瑞祥の父がナプキンを手に持ったまま、顔を隠すようにさっと後ろを振り返った。また泣いちゃってるよ、あの優しい人は。
「ここの料理長、何を作ってもめちゃくちゃ美味しいけど、僕はハンバーグが一番美味しいと思うな。やっぱり、瑞祥の大姫に会えたから、ラッキーだった」
真護がハンバーグの最後の一切れを口に運びながら言った途端、お祖父さまと西条の先代の目の色が変わった。
「姫に会ったのか」
「ええっ、大姫に会えたの?羨ましい」
うちのお祖父さまは、かぐや姫のお祖母さまを崇拝ではないかと思うほどに偏愛しているのは有名で、その同世代にもそういう人が多い。霊泉先生とかね。
「ガキども、失礼がなかったろうな。何かあったら、お前らまとめて焼くぞ」
出たよ、お頭。さっき優しいって思った瞬間、これだもん。明楽君が怯えるから山賊発言は止めて欲しいよ。西条の先代も「そう、カリッとね」とか言わないでってば。
「真護も明楽君もきちんと挨拶して、明楽君は、お祖母さまに、可愛いって褒められましたよ」
「はぁ、かわいいだと?」
だから、明楽君が怯えるから、睨まないでってば。
「なんて、羨ましい」
「おい、一字一句なんて言われたか報告しろ」
ジジイ二人、七歳児に相手に凄まないでほしい。もう、ほんと、この人たち、疲れるわ。
「えーと。あら、おののこは、かわいいわね、みたいな感じだったっけ?」
真護の方を見ると、真護も記憶をたどって、付け加えてくれた。
「ふーちゃんが高村君ですって紹介したら、ふーちゃんと同じね、ふふふって笑っていらしたから、失礼はなかったと思います」
真護が、巨大猫をかぶり直して、お祖父さまに答えると、嘉承の父が叫んだ。
「それだ!お前、おののこだろ、明楽!」
え、今更、何言ってんの?明楽君は、男の子に決まってるよ。




