おうちのじじょー
お祖父さまと明楽君のお母様を乗せた智の車を見送ってから、30分ほど経ったところで、家から美也子さんが来てくれた。
「遅い時間に悪いね」
お父さまが労うと美也子さんは、にっこりした。
「いえいえ、若様方が全く手がかからないので、お給金をもらうのが申し訳ないくらいですよ。たまには、こうやってお役に立たないと」
「そうだね、妹や弟たちの小さい頃に比べたら、美也子さんには、今は少しハプニングに欠けるんだろうね」
お父さまの妹で、嘉承の大姫だった叔母は、これがまた紛れもない山賊一派だ。兄弟の誰よりも祖父に似ていて、下手すると父よりも豪胆で「若頭」が似合う人かもしれない。嘉承一族は女性が少ないが、たまに生まれると例外なく「苛烈な」という形容動詞がつく姫になるらしい。火の家だけにね・・・くわばらくわばら。
美也子さんは、風呂敷を何枚か持参してくれていたので、明楽君に聞きながら、手際よくお母様の衣類やトイレタリー用品などを包んでくれた。さすがはベテラン。無駄のない仕事だ。荷物が出来たら、美也子さんが、冷蔵庫を少し整理しようと言った。入院している間に、腐るものがないかチェックしないとダメらしい。それは思いつきもしなかった。お父さまも同様だったらしい。公爵が冷蔵庫の食品の消費期限なんか見ることないしね。美也子さん、恐れ入りました。
明楽君が冷蔵庫を開けると、これまた慎ましやかな中身だった。お父さま、また泣いちゃうから、見ない方がいいと思う。調味料以外にほぼ何もない冷蔵庫の中に、私のにゃんころ餅が鎮座していた。
「猫ちゃん、かわいいから、お母さんも僕も食べられなくて」
お父さま、泣かないでー---っ。
外に出ると、車の中で、美咲さんが手を振っていた。どうやら二人で来てくれたらしい。うちの女性陣はおっとりしているようで、実は、芯が強くて頼りになる人たちばかりだ。こういう時は、私もお父さま達も、あんまり役に立たないから、本当に心強い。
美咲さんの運転する車が、嘉承の病院に着くころには、雨もやんでいた。私たちが、お祖父さまに合流して、明楽君のお母様の容態を聞いている間に、荷物は、美也子さんと美咲さんが、宿泊場所に運んでおいてくれるらしい。私たちのお泊りは、牧田が着替えとか、教科書とか持ってきてくれるんだって。牧田に任せておけば万事OK。ほんとに、うちは牧田に逃げられたら3日で滅ぶよ。だんだん分かってきた。
病院の受付は、もう灯りが消えていて、ナースステーションに行くと、顔見知りの看護師長さんが、お祖父さまに言われていたのか、何を言わなくとも、直ぐに明楽君のお母様の運ばれた部屋に連れて行ってくれた。
静かに寝ている母を見て、明楽君は、お母様の手をきゅっと握って、私たちと一緒に、そっと廊下に出た。いい子だよ。ほんと、健気ないい子。私の中のアラフィフの魂が感涙しているよ。
そこに「よぉ」と山賊のお頭とその息子が現れた。おっ、嘉承の父、魔力測定の日ぶり。
「お前ら、ちょっとそこのカフェまで付き合えよ」
え、カツアゲされるの、私たち?
「ふー、お前、また何か失礼なこと考えているだろ」
あらやだ、このサイキック親子、いつも人の心を読むよね。
カフェはもう営業が終わっているので、大人チームは自販機のコーヒーで、私と明楽君は、つぶつぶの入った葡萄ジュースにしたよ。
「チビのお母さん、ここで一週間ほど預かるな。お母さん、一人で頑張り過ぎたのかもなぁ。栄養失調と過労って分かるか?」
お祖父さまの言葉に、明楽君が不安そうに私を見た。
「あー、何も心配しなくていいぞ。ふーみたいに、美味しいものを沢山食べて、ゴロゴロしてれば、直ぐに落ち着くってことだから。俺は、ふーのもう一人の父親な」
嘉承の父、人聞きが悪すぎる。私の美食追及は、生まれてきた目的、ライフワークなんだってば。単なる食っちゃ寝じゃないよ。
明楽君は、もう一人の父親という発言に頷いた。
「おうちのじじょーで、おとうさんがオジサンなんだよね」
これがお父さま達のツボに入ったらしく、三人で大爆笑している。西の大公爵家に伝わる1400年の伝統も、七歳児にかかれば、こんなもんだよ。多分、私は、真護の言うチベットスナギツネみたいな顔になっていると思う。明楽君が、思いつめた顔で、がばっと立ち上がって、頭を下げた。
「あの、ふーちゃんのおじいさんとお父さん、僕の家、お金がなくて。後で絶対に払いますので、お母さんのこと助けてください。お願いします」
「何も心配しなくていいって言っただろうが。ガキが変なプレッシャーやら責任を背負いこむな。陰陽師が、西都の公爵が何でも何とかしてくれるって言ったんだろうが」
お祖父さまが、明楽君の髪の毛をぐしゃぐしゃした。やめてー。私の豆柴ちゃんの頭がもげる。明楽君は私より小柄なんだからー。
「あ、こいつが、その西の公爵な」
嘉承の父が、お父さまを見る。いやいや、あなたもそうでしょうよ。
「なんでも何とかできるかは分からないけど、明楽君のお母様の入院費用の心配は全くいらないからね。それから、これからはお母様に少しゆっくりと過ごしてもらえるように一緒に考えようね」
お父さまが、私が大好きないつもの観世音菩薩スマイルで仰った。
明楽君、これが観音様だよ。拝もうね。ああ、後光が見える。




