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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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嘉承の業火

「え、何で・・・」


家の奥から、黒い靄が、意志を持っているかのように蠢いている。ぞわぞわし、肌に粟粒のような鳥肌が立っているのが分かった。気持ちが悪くて吐きそうだ。


「彰人、チビどもを守ってろ」


お父さまが私たち二人を抱きかかえるようにしながら後ろに下がる。明楽君は、何も見えていないのか、お母様のところに行こうとするので、私とお父さまで押さえる。


「明楽君、ちょっとの間だけだから、私たちと一緒にここにいて」

「お母様は大丈夫だよ。ふーちゃんのお祖父さまが助けて下さるからね」


お父さまが、そう言いながら、結界を張ったのが分かった。明楽君は、視えていないがらも何か感じるのか、私を振り返った。


瞬間、紅蓮の火柱が上がった。お祖父さまだ。


ほんの五秒ほどだったのか、五分だったのか、緊張しすぎて時間の感覚が機能していない。お祖父さまの恐ろしいほどに美しい嘉承の【業火】が、蛇のように蠢いていた瘴気を蹂躙していく。圧倒的な力の差。


嘉承の業火は、荘厳で雄邁な浄化の炎。手に触れることができるもの、この世にあることを許されたものを焼くことはない。もちろん、高村家のある古いアパートにも、目に見える変化は何もない。嘉承直系のお祖父さまの火なので、範囲も広大だ。半径数キロに渡るエリアの住民は、今日は、身の内の不調や負の感情が浄化され、寝つきが良くなって、朝起きたら快調かもね。


アパートの部屋の奥から、お祖父さまが、明楽君のお母様を横抱きにして出てきた。明楽君が、お父さまが結界を解除した途端にから飛び出していった。


「お母さん、お母さん、だいじょうぶ?」

「眠っているだけだから心配すんな。チビのお母さん、ちょっと疲れていたみたいだな。寝かせておいてやれ」


お祖父さまに言われて、明楽君は静かに頷いた。


「ふーちゃん、お母さん、ぜーぜーしていたのが治ってる。もう大丈夫だよね」

「うん、絶対大丈夫だよ」


お祖父さまの舌打ちが聞こえるけど知るもんか。こんな月の見えない暗い夜に、大雨の中、濡れそぼって、まだよく知らない土地で、すごい距離を歩いたんだよ。明楽君は瘴気が視えていなかったけど、魔力持ちだから、何か感じていたはずなんだ。たった一人の肉親のお母様を失うかもしれない恐怖を抱えながら、一人で大雨の中を歩いてきた子に、ひと時でも安心させて何が悪い。いや、全然悪くない。


「大丈夫にするために、病院に連れて行くんだ。分かるな。数日入院になるから、お前らは彰人と後から来い。彰、チビに訊いて着替えとか詰めて持ってきてやれ」


お祖父さまが、車の後部に近づくと、智がドアを開けて、明楽君のお母様を後ろの席に乗せた。その横にお祖父さまも乗り込んだ。明楽君も一緒に行きたそうだったが、明楽君の家で私たちが勝手にお母様のものを触るわけにはいかないしね。


車を見送ったところで、お父さまが家に電話をいれていた。


「牧田、遅い時間に申し訳ないね。美也子さんか美咲さんに大至急、来てもらえないかな。住所はね・・・」


電話が終わると、「私が明楽君のお母様の下着や寝間着を触ると問題でしょ」と困った顔をされた。そりゃそうだ。さすがはお父さまだよ。これが嘉承の山賊親子なら、何でも鷲掴みで、じゃんじゃんカバンに放り込むんだろうなぁ。


三人で、家人の到着を待っている間に、お父さまが明楽君にも一週間ほど外泊する用意をするように仰った。


「お母様が入院している間に、明楽君を一人にするわけにはいかないからね。うちに来てもらうのが一番だけど、病院内に家族が泊まれる場所があるから、そこに私とふーちゃんと一緒に泊まってもいいよ」

「ふーちゃん、病院に泊まっても平気?」


ううっ。涙目で見上げてくる豆柴を無視できるわけないよ。もう乗りかかった船もここまで来たら、どこでも寝るよ。


明楽君が、お泊りの用意をするのを手伝うことにした。高村家のあるアパートは、古くて、お世辞にも綺麗とはいいがたい外観だけど、二間続きの小さなお宅は、玄関のたたきからごみ一つも落ちていない清潔なところで、明楽君のお母様が頑張っていらっしゃるのが分かった。


荷造りと言われても、スーツケースも旅行鞄もないようだ。実際、すぐにでも引越し準備も完了しそうなほどに物がない家だった。明楽君がエコバッグの中に入れようとした、高村ではない苗字の書かれたお古の千台の小学校の体操服を見て、嘉承の名にかけて、この風の子は絶対に保護しようと思った。お祖父さまには悪いけど、「絶対に」だよ。


え、お父さま?明楽君の体操服を見るなり、私たちから隠れるようにして、瘴気のせいで枯れそうになっていたミニバラの鉢に瑞祥の水と土の魔力を与えながら泣いていらしたよ。もう、この人は殿堂入りでいいよね。


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