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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
121/164

出奔

「伯爵、ご旅行ですか」

「ええ、そうなんですよ。厄災が発生してからというもの、休みがありませんでしたので、老いた身には堪えてきました。そろそろ、ゆっくりと骨休みをさせてもらっても良い頃かと思いましてね」


そう上品に苦笑して見せる長身の紳士は、老いた身という表現にはまるで似つかわしくない佇まいだ。パスポートに記載されている生年月日は確かに老齢といっても間違いないが、エレガントなカシミアのコートを腕にかけ、一目でオーダーメイドと分かるウールのスーツを着こなしている目の前の貴人は、どこまでも優雅に齢を重ねているように見える。


「厄災ですか。私の妻の実家も被災しました」

「そうですか、奥様のご実家が。それは災難でしたね」

「はい。ですが、幸い両親ともに無事に避難できまして、今は西国に引っ越して、私の実家の近くに住んでいるんです」

「なるほど、西国ですか。それは良かった。それなら奥様も安心ですね。貴方と貴方のご家族が、これからも健やかに過ごせるように祈りましょう」


その日、曙光帝国の最北の港から、一人の貴族の男が船で出国した。最北の港には、貴族が乗るような客船が停まることがないので、帝都から来た貴人はひどく目を引いた。


「さすがにお貴族様は違うねぇ」

「お優しい素敵な方じゃないか」

「全くだよ。楢原伯爵様と仰る高位の御方らしいよ」


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