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第4話「異世界村リトバレー ~その2~」

 

 日が落ちて、リトバレーに夕闇が迫っていた。


 村の広場では焚火が焚かれ、大鍋で料理が作られている。あのサーベルタイガーの内臓と根菜類を一緒に煮込んだものだそうだ。

 もうすぐできますからと、大きな木のテーブルのところへ案内され、着席する。どうやらここは村長さんなど村の幹部が集まるテーブルらしい。


「サンドラちゃん待って!」


 わたしはサンドラちゃんの腕をガシッと捕まえる。


「と、隣座ってくれる? 知ってる人いないと、心細いかなーって」


 重役席に着くなんて、わたしには10年早いのだ。


 「しょうがないなあ」といいつつも、まんざらでないようで、笑顔で隣に座ってくれた。

 テーブルの上には、パンやチーズらしいもの、山野草のサラダっぽいものなどが並んでいる。現代人の食事とは比べるべくもないが、質素な村にしてはかなり頑張っていると思う。いや、オーガニック料理か。健康的でむしろこっちの方が価値ある食事かも。

 ロウソクの柔らかい明かりに照らされたそれら食材は、クリスマスや誕生日ケーキのロウソクに灯された食卓をなんとなく思い出す。


「村長さん。暗いからランプ点けるよ」

「おお、たのむよ」


 サンドラちゃんはテーブルの横に立っている棒に釣り下げられた、傘つきのランプを操作した。すると、コゥーという静かな音とともに黄色く眩い明りが灯り、辺りが明るくなった。


「うわっ、明るい! 電灯!?」


 それは電灯並の明るさだった。てっきり本物の電灯、もしくはガス灯だと思った。


「魔石ランプだよ?」

「ませき?」

「知らないの?」

「ませき……って、魔石? もしかして魔物から取れる魔石!?」

「そうそう。なんだ知ってるじゃん」


 うわ、マジここ、ファンタジーの世界だ! ってことは魔物がいるんだ、本当に、この世界!


「この辺はゴブリンがたまに出るくらいでしかないから、魔石はほとんど買ってるの」


 説明しつつ、サンドラちゃんはあまり明るく輝かない魔石ランプを手に取る。オイルランプでいうオイルを入れるところに、光る粉をさらさらと入れると、魔石ランプは明るさを取り戻した。


「その粉が魔石なの?」

「魔石を粉にしたものね。こうすれば色んな形の容器でも使えるから便利なの」


 色々聞いたところでは、魔石はランプの他、調理用コンロなんかにも使えるそうで、現代における電池や灯油、ガス的な使われ方をしていた。電気もガスもない世界と思ったけど、それに取って代わるものがあったわけだ。


「サーベルタイガーからは取れなかったの?」

「サーベルタイガーは魔物じゃないからね。これが魔物だったら大きなのが取れそうよねえ」


 成程。サーベルタイガーは普通の動物なのか。地球では絶滅種だったから特別視しちゃったけど、ここでは普通ってことだ。ゴブリンやオークが魔物としているのは、地球のファンタジーに共通するな。数千万年前の地球とファンタジー世界のハイブリッドって感じなんだね。


 そうこうしていると、サンドラちゃんのお母さんがやって来た。


「さあさあ、シチューが出来上がりましたよー」


 待望の、というか、少々おっかなびっくりのサーベルタイガーの内臓シチューのご登場である。それぞれのテーブルの横に大なべが置かれると、村長さんを始め、村人達が皆席に着いた。村長さんが立ち上がると、代表して祈りを読み上げた。


「今日も我々に恵みを与えて下さった、大地に感謝を捧げよう。そして、我らの村に安全と特別な食料を分けて下さったマヤ様にも感謝し、マヤ様にお返しをしよう」

「「「「「大地よありがとう。マヤ様ありがとう」」」」」

「えええー!?」


 厳かな祈りの中に、私の絶叫がこだまする。


「さあ、いただきましょう」


 広場は一挙に楽しげな声で満たされた。あわあわしてるのはわたしだけである。


「マヤさん、遠慮せず食べてくださいね」


 くそう。村長さん、恥ずかしいこと言ってわたしにダメージを与えておいて、なに爽やかな顔してるんですか。


「どうぞ、召し上がってみて?」


 そこへサンドラちゃんのお母さんから、タイガーの内臓シチューの盛られた木のお椀が差し出された。

 とうとう来たか。内臓って、苦いとか臭いとか硬いとか、ないのかな。

 ところが、ふわあっと舞い上がる湯気を吸い込んだとたん、口の中の唾液腺が全開になった。


「おお、これは! また、たまらない、いい香り……」


 一口、木のスプーンでスープをすくって口に運ぶ。


「!!!」


 もうわたしのボキャブラリーではこれ以上表現できません!


「う、う、うま、うまーーー!」


 煮込まれた、どこだか分からない内臓は、ホロホロだったり、くにゃくにゃだったり、食感はいろいろだけど、どれもむちゃくちゃ美味しい! スープも何とも言えない出汁が出て、こ、これは肉そのものより旨いのでは!

 その感想はわたしだけではなかったようで、テーブルに着いている人達がみんな、無言になってスプーンをかき込んでいた。


「腸は腸詰めに使ってみよう。他の動物の肉を詰めてもきっと味が染みて旨くなる」


 サンドラちゃんのお父さんが使い方を考えている。ああ、それも美味しそうですね。それ、いつできるのかなぁ。それまでここに滞在させてくれるかなあ。





「あのような貴重なもの分けて頂いて、本当に良かったのですか?」


 みんなが一皿目を歓喜の中で食べ尽くして、お替わり待ちになっている間に、村長さんが話しかけてきた。


「まだ修行の身で、いきなりこんな大物手に入れても扱いきれませんので。それにわたしとしても売るのをお手伝いしてもらわないと、この先の生活にも困っちゃいますし。その対価なんですから」

「ありがとうございます。それじゃあ売り先は領都の精肉問屋をご紹介します。この辺りで獲れた鹿やイノシシを卸しているところで、信用もあります。輸送に2日かかるので、もうすこし燻して日持ちするよう加工しましょう」

「わあ、ありがとうございます。ちなみに精肉店に普通卸されるサーベルタイガーのお肉の鮮度ってどんな感じです? ここでこれから加工しようとしてるものと比べると」


 何の心配ですかと村長さんに笑われた。


「そもそもサーベルタイガー自体がそうそう出回りませんから、まずそれだけで希少です。解体して1日燻したものが、2日後に問屋に到着であれば、それはもう特上品でしょう。町の近くにサーベルタイガーなど現れませんから、ほぼ最短じゃないですか? 捕まえて生きたまま連れて行くなんてのも危険極まりないですから不可能ですし」

「はぁ~。獲れたてを焼いてすぐとか、この内臓シチューとか、王様貴族でも食べられないってことですか」

「その通りです。いや本当に私達も大変なものを頂いてしまいました」

「内臓も何らかの方法で日持ちする加工とかできるんですよね? さっきサンドラちゃんのお父さんが腸詰めやってみようとか言ってたし」

「基本的には乾燥か、燻製か、塩漬けかです。それらもお売りになりますか? マヤさんのものですから、加工はお手伝いします」


 いい人達だな。内臓はあげるって言ったんだから、もうわたしの権利なんてないのに。


「いいえ。内臓は差し上げたものです。この村で自由にお使いください。皆さんで召し上がるもよし、加工してお売りになるもよし。わたしはそれをご提供する代わりに、他の部位の販売をお手伝いくださるようお願いしたんです」


 村長さんはとても柔らかな笑みでわたしを見た。


「欲のない方ですね」

「それは村長さんも」


 ふふふ、ははは、とわたし達は笑いあった。

 この村の人達は素晴らしい! わたしはすっかり意気投合してしまった。素朴で、純真で、誠実で。


 お師匠様。

 サンドラちゃん。

 村長さん。

 わたしは元の世界では死んで、訳も分からず異世界に転生したみたいだけど、この人たちに出会えたのは奇跡のような幸運だ。


 今のわたしは、ここ最近にはない気持ちで一杯だった。もちろんいい方の気持ちだ。

 元の世界に戻りたい?

 いいえ。

 あんな辛い世界はもううんざりだ。

 転生に際して神様も出てこなかったけど、ラノベによくある世界破壊レベルの無双チートでもなさそうだけど、きっとこの出会いが、神様が私に転生に際して与えた特典なのだ。


 わたしは空を仰ぎ見て、全天を覆いつくす星の瞬きに、心の中で宣言した。


「やってみようか。異世界転生の物語」





 村をあげてのタイガーシチューでの宴会の後、わたしはサンドラちゃんのおうちにお世話になった。宿屋などないこの村で、本来お客を泊めるなら村長さんの家が宿泊場所に当てがわられるらしいけど、わたしがお願いしたのだ。

 サンドラちゃんの家は質素な住宅だった。でもそんなの関係ないよ。この家の人達は優しさであふれているんだもの。

 サンドラちゃんのベッドを使うよう言われたが、追い出されたサンドラちゃんは床で寝るとか言ってるので、ベッドの中に引きずり込んで二人で寝た。

 家族を失って以来、わたしは初めて笑顔で眠りにつく事ができた。




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