第20話「わたしの帰る場所」
展示で仮組みしていたマンモスの頭と牙は、ばらして降ろされ、輸送するための木組みの梱包ケースの作成が大急ぎで始まった。あの大きさと形に合わせたオーダーメイドケースだ。
そうしている間に、迎賓室(村長さんの家の少し広い食堂である)の方では夕食の準備が整えられた。村あげての食事となれば、サンドラちゃんのお母さんの登場である。
「お食事の用意ができましたよ」
ミリヤの人達だけかと思ったら、わたしやライナーさん、護衛のハンター2人もお呼ばれした。
出てきた料理はマンモスの肉の醤漬けを焼いたもの。ちょうど味噌漬け肉にそっくりだ。これがまた旨いのなんの。
「こ、これは美味しい!」
「これがマンモスですか!? なんと上品な味だ」
ミリヤの商人さんは目を輝かせた。
「こ、これの加工もこの村で!? これは売ってるのですか!?」
さすが商売人。もう商品価値を見出したようだよ。
「物凄い量が取れましたからね。保存方法の1つとして作っています。勿論お売りできますよ」
「買ったーっ!!」
樽に付け込んだマンモスの肉の味噌漬けが持ち帰り品に加わった。
「普通は猪で作ってるんです。領都に交易市場が完成して、貿易が始まったら卸すつもりでした」
「素晴らしい! 南方面への販売はうちでやらせてください。ミリヤ皇国だけでなく、もっと南の国へも販路を広げますよ!」
「ほほう。興味深いですな。それでうちはどんなメリットが得られるでしょう?」
ライナーさんが商売に入っていった。
一方で騎士の人達の関心は、いかにも武人らしい方に向いていた。
「いやはや、あれを犠牲者や怪我人なく仕留めたとは、ちょっと信じ難いですぞ。ますますマヤ殿には興味が湧く」
チェスター中佐に舐め回すように見られ、肩の辺りに寒気が走った。
「い、いえ。リトバレーの村民総出でのチームワークのおかげです」
「ほう、そうなのですか。それはそれで目を見張るものがある。ヘキサリネはこんな山奥の小さな村でも、素晴らしい統率力と戦術、戦闘力をお持ちだということだ。この国の独特な地形というのもあるが、さすがは独立を保ってきただけの事はある。戦争にも強そうだ」
さすが騎士さん、目の付け所が軍事面だ。戦争ともなれば一般領民からも兵を集めるんだろうから、レベルをこうやって観察してるんだろうか。抜け目ないな。隣国っていうのは、真っ先に攻め入るか、攻め込まれるかの位置関係なんだもんね。
「それでマヤ殿は旅の途中でここに寄っただけとのことでしたな。よろしければ次は我が国に訪問されませんか?」
「マヤさんは、ヘキサリネに用事があるのだ。当分ここに滞在される!」
なんだかチトレイさんがムキになってる。
「ほう? であればそう急かしはしませんが、御用事がお済みになられたらぜひ我が国へ。近々ヘキサチカに大使館が開きますから、そちらにお顔を見せてくださればお迎えに上がりましょう」
意味ありげな笑みを浮かべるチェスター中佐。そして話は続く。
「あの盗賊団襲撃跡地。検分しましたが、敵は荷馬車に近寄ることもできてないようだった。マヤ殿もいられたのでしょう? あれだけの一方的な戦さをされる方なら、我が皇帝も役職の一つや二つ、くれるやもしれません」
あれ、もしかしてヘッドハンティングしようとしてる?
ヤバいなあ、さすが騎士だ。跡地見ただけでどんな戦いだったか想像できちゃうんだ。盛大に火を使ったのはともかく、酸欠させたのは気付かれるんだろうか?
下手すると兵隊にされちゃうよ。田舎の山の中でちょっと法力使っただけなのに、これじゃうかつに使えないじゃん。でもあの場面で使わないわけいかなかったし、うーむ。
「マヤさんは忙しいんだ。当分ヘキサリネを出ないよ!」
チトレイさんが再びわたしを庇うが……
「それはマヤ殿が考える事だ。いかがかな?」
え、え~?
しばし悩んで、曖昧な返事をした。
「ま、まあ、まだ暫くはここにいる、かしら?」
「ふむふむ、そうですか。では無事御用事を遂げられることを祈っております。で、その後は大使館に寄ってくださいますね?」
「そ、そうですね(引きつり)」
「では大使にも伝えておきます」
「す、すみません(あせあせ)」
ちょっと待って、大使に伝える!?
一平民のわたしですよ? 外国の駐日大使に会うって想像してみなさいよ。海外旅行でビザ申請する以外に、大使館なんて一般市民になんの縁があるってのさ。それだって窓口の職員相手だよ。
なんか恐ろしいことになっていて、妙な汗が背中を伝う。
憮然としているチトレイさん。
村長さんも少し困った顔をしていたが、頃合いと見てお開きの宣言をした。明日も早いのだ。
ミリヤからのお客と護衛のハンターは迎賓館での宿泊となり、部屋へ案内されていった。ライナーさん、チトレイさんは自宅があるのでそちらへ帰り、わたしはというと、サンドラちゃんの家に引き取られた。
「すみません、またお世話になります」
「おかえり、マヤさん!」
「おかえりなさい、マヤさん」
サンドラちゃんのお父さん、お母さんがもうニコニコ顔で迎え入れてくれた。
「ここはあなたのお家よ、遠慮しないで」
「そうですぞ。もう1回泊まってますからな。勝手知ったる家でしょう?」
考えてみれば、このファンタジー世界に飛ばされて、わたしには帰る家も家族も、どこにもないんだった。元の世界に戻れてもそれは同じ。家はあったけど、乗っ取られたし。
何だか目頭がじわじわ熱くなってくる。
「今お茶を入れるわ。明日も早いみたいで可哀そうねえ。寝る時はサンドラのベッド使ってね」
「母さん、次までにマヤさんのベッドを作っておこう。サンドラが帰ってきたら、またマヤさんの寝てるところに潜り込んでくるぞ」
「名案ね! お父さんにしちゃよく気が付いたわ!」
「あ、あの、一時寄っただけの者に、そこまでしなくても……」
そうしたら2人共少しぷりぷりして頬を膨らませた。
「何を言ってる。マヤさんは家族ですぞ」
「そうですよ。また旅に出るのかもしれないけど、帰って来るところは必要ですよ?」
口をあんぐり開けてしまった。何を言ってるのだこの人達は。わたしは単にここを通過しただけのよそ者じゃん。今あるお肉や素材も全て売り払えば、わたしがここに留まらせてもらう理由はもうない。お肉が売れてお金も当面困らなそうだし、ハンターにも登録した。それで生計を立てて、お師匠様が行こうとしていたところを探し、旅をする。それが淡く描いている当面の行動指針だ。
そう思っているところにサンドラちゃんのお父さんは言う。
「村長から聞いた話では、タウエルンへ向かわれるのだとか。タウエルンはこの領の西の果てです。目的地を目前にしてしっかり体調を整えられる拠点を持つのは、探検者にとって重要でしょう。万全の体調で目的地に入らなければ、せっかく辿り着いても何もできませんよ」
確かに。冒険者ではなく探検者であれと、ハンターギルドでケイトさんが説明の中で言ってたっけ。冒険も探検も同じに見えるけど、漢字で書けば違いは明らかだ。危険を冒すのと、探し検べるのとだ。未知や危険の先にあるものを探究するのが探検。つまり探検は冒険のその先に目標があるんだ。
お父さんは探検者としての目線から説いてくる。
一方で、お母さんは全く違ったところからわたしを説いてきた。
「マヤさん」
サンドラちゃんのお母さんがわたしの隣の椅子に座って、肩にそっと手を置いた。
「マヤさんには、帰るところがあるの?」
「……え?」
「トロ様と旅をしてきたと言ってたけど、戻ることは考えているのかしら?」
「な、なんで……」
「ん~、なんとなく?」
お父さんも想っていたことを口にする。
「マヤさんの髪の色や肌、顔立ち、この大陸では珍しい。お国はとてつもなく遠いのでしょう。国を出られた理由は聞きませんが、簡単には戻れないのだと察します。大変な決意をして出立されたのでしょう」
それにお母さんも相槌をつく。
「それにまだ旅が続くのだとしても、落ち着いて羽を休める場所は必要だわ。国から遥か遠く離れたここいらに止まり木くらい持ったって、荷は重くならないでしょう? ……いえ、それより」
お母さんはわたしの目をじぃっと見入った。何もかもを見透かすように、目の奥まで覗き込まれる。
「戻るところがないのなら、いつでもここの家のドアは開いてますから」
本当に事情を知ってるんじゃないだろうか。それくらい的確に心の中の壁を衝かれた。慌ただしい中で、幸いうまく回っている車輪に乗っかって、前だけを向いて突っ走っていた。考えないようにしていた不安を、壁の向こうに隠して突っ走ってた。
その壁に、お母さんの言葉はヒビを入れたのだ。
家に入った時に熱くなった目頭は、再び熱を増し、熱い涙がぽろぽろと溢れてきた。
「う……う……ううぅ……うううう」
その後、涙腺が崩壊したわたしは、サンドラちゃんのお母さんの胸の中で号泣して、優しい手で頭を撫でられて、疲れ果ててそのまま寝てしまった。
少なからず我慢してたんだろうか。
は、恥ずかしい。
お父さんが、娘ゲットだぜ! ってサムズアップしてたけど、実は何か企んでたとかないよね? だいたい娘いたじゃん、サンドラちゃんが……。跡取りの婿探しをした方がいいんじゃないのかな。
◇◇◇
翌朝は日の出と共に仕事が始まった。とはいっても泣き崩れて早々に寝てしまったので、睡眠時間はしっかり取れてる。早寝早起きで健康的なスローライフって感じ?
サンドラちゃんのご両親には「お世話になりました」とかではなくて、「行ってきます」って挨拶した。また戻ってくるつもりで。今度はサンドラちゃんと帰ってくるからね。
マンモスの頭と牙の梱包は夜を徹して行われ、朝にはすっかり終わっていた。チトレイさんの法力『リフト』で持ち上げて、次々に馬車へと積み込まれていく。この人、完璧に人間フォークリフトだ。荷物の上げ下げや向きを変える時は、体も同じように上げたり下げたり、左右に向いたりと動かすので、なんかのパントマイムのように見える。
マンモスの肉の味噌漬け1樽も載せられた。道中の水、食料も積み込み、村人たちに見送られて、来た時と同じメンバーで荷馬車は出発した。
村から出ていく道は緩やかな下りということもあって、荷馬車を引く負荷はかからず、馬車は行きと変わらない速度で進む。
荷台に載っている物は大荷物に見えるけど、実は見た目ほどの重量はない。マンモスの頭と牙を衝撃から守るように囲っている木枠がかさばっているだけなのだ。木枠の中はほとんどが空間で、空間に少し藁が詰めてある程度に過ぎない。だから馬も快調。御者の人が揺れの激しくなりそうなところを巧みに避けたり、スピードを落としたりして、順調に道を行く。
わたしはなるたけ外の風の当たるところ、主に御者さんの横とか、荷台の幌の上とかを居場所にした。室内はだめだ。酔う。
そして今日も、日が落ちて暫くしたところで、道の駅『領都の東4時間』に到着。ここで野営となった。
1軒だけある小さな宿は、勿論満員だった。
「今日も野営ですか」
「わたしもここの宿には泊まれた試しがありませんよ」
ライナーさんは笑って言う。ここに泊るのはこれで3回目。全部野宿だ。
「はっ!」
わたしは気付いてしまった。これはこの世界に来てサンドラちゃんの家に次ぐ宿泊回数じゃないだろうか? もはやここも我が家!?
よっぽど悲しい顔をしていたのか、わたしを哀れに思ったのか、サラさんが声を掛けてきた。
「マヤさん、ハンターギルド出張所のタコ部屋でよければ泊まる? ベッド空いてるから。テントより静かだし、隙間風も、風の音もないから落ち着くんじゃない?」
「いいんですか?」
「来てみな」
ギルド出張所の奥に就寝用の部屋があって、女性用に1部屋が確保されていた。3段ベッドが部屋の両側に設えてあって、6人が寝られる部屋だ。今ギルドから来ている女性ハンターはサラさん含め3人だそうなので、3つ空いてることになる。
「空いてるところ、好きに使っていいよ」
「あ、ありがとうございますぅ~!」
「あんなオッサン共といたって、面白くないもんね」
「サラさんがいてくれてよかったあ」
戻って来た他の女性ハンター達とも少しだけ女子トークして、その日も早めに就寝した。
明日も夜明け過ぎには出発だ。
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