第170話「マヤちゃん、旅立つ決意が固まる」
女性陣は喫茶室でお茶菓子をもらって紅茶をいただいていた。
大きなホールケーキがでんと置いてあって、サンドラちゃんが美味しい美味しいと喜んで食べている。わたしにはもう少し甘さ控えめの方がいいなあ。砂糖をふんだんに使えるのをアピールするのも国としての見栄なので、仕方ないのかもしれない。
なおリネールさんはまだ食堂の方でもりもり食べている。
そこにまた新たなメイドさんがやってきて、部屋のドアを開けてお辞儀をすると、開けたドアの横に控えるように立った。フィリアさんが慌てて立ち上がり、ドアの方に頭を下げた姿勢で留まる。
なになに? とわたしとサンドラちゃんはフィリアさんを見、続いてドアの方に首を向けると……。
「みんな、飯は食ったか?」
部屋に入ってきたのはヴェルディ様だった。
フィリアさん凄い、誰が来るか分かったんだ。
わたしとサンドラちゃんも、あわわと急ぎ起立する。
マリエラ姫はゆっくりと立ち上がり、お淑やかにお辞儀をした。
「かしこまらなくていいぞ。寛いでくれ。おや、リネールは?」
「まだご飯を食べてます」
「そうか。育ち盛りな歳でもなかろうに。食い溜めする気か? まあ座れや。俺にも茶を」
かしこまりましたと、メイドさんがヴェルディ様のお茶を用意する。
マリエラ姫が口を開いた。
「ヴェルディ様。お部屋やお食事まで用意して休ませていただき、ありがとうございました。お恥ずかしい、すっかり寝こけってしまって」
真っ先にお礼を言うマリエラ姫に、慌てて追随する。
「うわああ、ヴェルディ様、ありがとうございます」
「あ、ありがとうごじゃいまにゅ」
サンドラちゃんが盛大に噛んだ。茹でだこのように赤くなった。
「なあに、礼を言うのはこっちだ。皆のやってくれた事に比べればこんなの安いものだ。サンドラも食い溜めしていけ。大きくならないぞ」
いやもう結構大きいんですけど。抜かれそうなんですけど。胸部装甲が。
サンドラちゃんがもじもじと小声で言った。
「あ、あのぉ、このケーキ、一切れ持って帰って、いいですか?」
ヴェルディ様はぱちんと指を鳴らした。メイドさんがささっと寄って来る。
「厨房に余ってたら全部包んで持たせろ」
「かしこまりました」
サンドラちゃんが「領主様は冗談が上手なの」と笑っていた。
いや、わたしに金貨800枚も払うくらいだよ? 金銭感覚違うと思うなあ。
ヴェルディ様は雑談をひとしきりすると、マリエラ姫と真面目な話を少しした。
「西街道の安全が確認できた。おそらく3日後には、規制していた街道の通行を解除する」
「あら。そうしますと、わたくしにもそろそろ国に戻れという命令がきますわね」
実は領都の西の方でも、強力な魔物が多数出没したせいで、西街道とその周辺に入場規制が入っていた。これも魔族が絡んでいたんだと思う。
アイポメアニール採取クエストの時に、わたしが水素爆発でスタンピードを止めて、さらに偶然見つけた転送装置を壊しちゃったので、新たな魔物が送られてこなくなったから、魔物討伐が進んだんだろう。
話し終えて、ヴェルディ様もケーキを取ろうとしたところで、
「こんなところにいらしたのですか」
通りすがりのおじさんがヴェルディ様を見つけて入ってきた。そして早く公務に戻ってくださいと腕を引っ張って、連れていかれてしまった。
「まったく4日も留守にして。仕事が溜まっていますよ。皆様失礼。ごゆるりとしていってくだされ」
迎えに来たおじさんは愛想よく言葉を掛けると、さあさあとヴェルディ様を煽って出ていかれた。
唖然としていると、メイドさんが大変恐縮して、お詫びをしてきた。
「申し訳ございません。今の方は財務卿でございます。ご挨拶もせず大変失礼いたしました。頭の中が数値しか入っていないので、皆様がどなたかなど興味をもってないのでしょう。特に皇女様におかれましては無礼極まりなく……」
大臣の失態の後始末をするメイドさん。フィリアさんが他人事でないという空気を漏らしている。
「か、構いませんよ。非公式な滞在でしたし、そもそも皇女のつもりで来ていませんので。実際小娘がいるな、くらいにしか見えなかったことでしょうし」
「寛大なお言葉を……後でお茶でも引っかけてやります」
怖っ! 領都邸のメイドさん怖っ。
メイドさんはプリプリして、ヴェルディ様のティーカップを片付けて下がっていった。
別のメイドさんが紅茶を入れ直してくれる。
「マリエラ姫も帰っちゃうんですか?」
静かになったところで、わたしは尋ねた。
「いつまでもヘキサリネにいるわけにはいかないもの。今度はあなた達がわたくしの国へ来て」
わたしとサンドラちゃんは顔を見合わせる。
「行ってもいいんですか?」
「もちろん。大歓迎するわ!」
もう一度、わたしはサンドラちゃんと見合わせる。
サンドラちゃんはうずうずしてる。だけどなんだか躊躇いも見えた。自分の村と領都周辺しか、行ったことがないんだもんね。
国外へ行くことが不安なのは仕方ない。不安は想像できないからだ。知らない事が起き、対応できないかもと思うからだ。
なら答えは一つだ。最初の一歩を踏み出さねば、知ることはできない。知れば知るほど、経験すればするほど、不安は少なくなり、突発的な事が起きてもなんとかできる力がつく。一人が怖ければ、仲間がいれば良い。
わたしはサンドラちゃんを抱き寄せ、サンドラちゃんの分も入れてマリエラ姫に返事した。
「行きます!」
あ、でも待てよ。
「でもわたし、お師匠様が行きそびれたヘキサリネの西の町『タウエルン』へ、そろそろ行こうと思ってて」
「タウエルン? 西外周街道の先にある町じゃない。それならそこの用事を済ませたら来ればいいわ。少し戻って峠を越えればミリヤですから」
「あ、そうか。ミリヤへ行く時も西外周街道に行かなきゃいけなかったんだよね」
待ってるから絶対に来てねと、ウインクするマリエラ姫。
見た目はマリエラ皇女様だけど、動きとか仕草がリエラさんになっていた。
◇◇◇
領都邸に、ミリヤ大使館からマリエラ姫を迎える馬車がやってきた。
パレードで見た白いのではなく、茶色い馬車が3台、領都邸の玄関前の車止めに滑るように入ってきた。頑丈そうで、塗装が剥げたり欠けたりしたところなど一切ない。色合いは地味だけど、乗合馬車とは次元が全く別の物だ。
前後の2台から、フィリアさんと同じメイド服を着た女性が次々と降りてきた。
「ひいいい、メイド長!!」
フィリアさんが悲鳴を上げた。
もしかしてこれ全員、護衛侍女?
んで、あのやたら目つきの鋭い大柄の中年の女性が、フィリアさんの上司?
一人だけまるで存在感の違う、ラスボスみたいなオーラを放っている侍女がいる。
「マリエラ様、お待たせいたしました」
「お迎え、ありがとう」
その一番貫禄のある中年の侍女がエスコートして、マリエラ姫は馬車に乗り込んだ。ラスボスがくるりと振り返ると、フィリアさんを見下ろす。
「フィリア、護衛ご苦労。私の馬車に乗りなさい」
「ええええええええ!?」
「疲れただろう。あとは他の侍女に任せなさい」
「だ、大丈夫でございます! この程度、疲労のうちに入りません。せめてお屋敷まで!」
よほど一緒になりたくないのか、抵抗するフィリアさん。もしかすると道中ずっと説教されるからではと勘ぐる。
大使館を脱走して、探検者をやりに行くマリエラ姫を止めなければならないのに、あろうことか一緒に依頼を受注してクエストをやってくるフィリアさんは、しょっちゅう怒られているのだとか。
でもマリエラ姫が侍女長の手の届かぬ所へ脱出に成功してしまったら、もう仕方ない。一緒にいるフィリアさんに任せるしかなくなる。護衛侍女として最後までマリエラ姫に付き従うのがフィリアさんの役目だ。
いつもフィリアさんだけが連れ回されるので、侍女仲間のやっかみはあるらしいけど。
「フィリア」
侍女長とゴネていると、馬車の窓からマリエラ姫が顔を出す。
「長いこと荷物を背負っていたので少々肩が凝りました。揉んでください」
「はい、ただいま!」
マリエラ姫の命令とあらば仕方ない。侍女長は渋い顔をするも、馬車のドアの前から退く。フィリアさんはマリエラ姫に救われた形で、なんとか同じ馬車に乗ることができた。
なんだか大変そうだなあ。
SPのように展開していた護衛侍女が、規律の取れた見事な動きでさっと馬車に引っ込むと、先頭の馬車からただちに動き出した。続いて真ん中の馬車が動く。
馬車の窓からマリエラ姫がまた顔を出した。それどころか上半身を窓の外に出した。
「マヤさん、サンドラさん、またねー。ごきげんよう」
大きく手を振って、それは無邪気な探検者の時の顔だった。元気闊達な野山を駆ける少女の顔だった。
そしてさっと引っ込むと、フィリアさんの両肩を掴んで窓のそばに引っ張ってくる。一瞬驚いた顔で現れたフィリアさんは、わたし達に少しばつが悪そうな笑顔でお辞儀をした。
「リエラさーん、フィリアさーん、またねー!」
「またねー!」
行ってしまった……。
ガラガラガラと、マリエラ姫の馬車を3台目の馬車が視界に被さる。
その窓に護衛侍女長の顔があった。ツンとした表情ながら、目だけは対象を射殺しそうな鋭さで、わたしを睨んでいった。
背筋がぞくぞくと震える。
マリエラ姫を野山に連れ出す悪い奴と思われたのかしら。
◇◇◇
「さてどうしようか。もう一回ベッドで昼寝でもする? 領都邸の探険でもする?」
「まままままやちゃん、わたしこんなだだっ広くて豪華なお家、落ち着かないの」
根っからの田舎の娘っ子に、貴族邸宅は居づらいようだ。
「ふふふ。それじゃ、帰ろうか」
「うん!」
ホッとしたように笑顔になるサンドラちゃん。
わたしとサンドラちゃんは、メイドさんに帰りますと伝えた。
荷物を取りにいったん部屋に戻ると、これまで世話をしてくれたメイドさん達が勢ぞろいして、洗濯してくれた服を持ってきてくれた。いや、みんなして届けてくれなくてもいいと思うんだけど。
「お土産のケーキもご用意しました。お荷物になるでしょうから、我々の方で宿の方までお届けします」
そう言ってケーキの入った箱が5個積み上がったカートを指した。
サンドラちゃんが飛び上がる。
「えええっ、一切れでよかったのに! 領主様が言ってたの、冗談じゃなかったの!?」
やっぱり。さすがは領主様、太っ腹だ。
綺麗に畳まれている自分の服を受け取る。これを見るとなんだかホッとする。やっぱりわたしはレイバーマンの作業服の方が気楽でいい。
中世の服をメイドさんに手伝ってもらって脱ぐ。そうすると下着はショーツだけとなる。自分のお胸は自前のブラでしっかり覆ってと。
さて、この借りてたショーツ。自分のに取り換える?
紐パンの紐を持って一瞬考えていると、「よろしければそちらはお召しのままで構いませんので」と言われた。
よかった。今やたらとメイドさんがいるし、人前で脱ぐのはかなり抵抗あったもんねえ。
「それでなのですが……」
冷静なメイドさんが珍しく恥ずかしそうにして話しかけてくる。
「マヤ様のそのショーツ、どこで売ってるのですか?」
洗ってくれたわたしのパンツ?
「驚くほどよく収縮して体にフィットしそうですし、材質もデザインも良いもので、デリケートなところに当たる部分の布地が二重になっていたりとか、お気遣いが行き届いていて……」
財務卿にお茶を掛けるとか恐ろしいことを言っていたメイドさんが、すごく恥ずかしそうに顔を赤らめて聞いてきた。
他のメイドさん達も、赤い顔しながらも真剣に答えを待っている。
そういうことか。
実はこれ、わたしが元いた世界から穿いてたのを、行きつけのオーダーメイドの服屋さんに持って行って、そこの人語も解する魔物の裁縫クモさんと相談して、クモの糸で何パターンか再現してもらったものの1つなのよね。野外行動も多いからセクシーなのじゃないけど、縁のところとか飾りも忘れずつけてあって、おしゃれも忘れてないのよ。こっちの世界のデザインだとクロッチも付いてないから、服への汚れも気になったしね。
「オーダーメイドだから少々値は張るけど、それでもよければ」
お店を教えてあげると、メイドさん達にきゃあと喜ばれた。
あれ、そういえば、ブラのことは聞かれなかったな。
なんとなくわたしの胸は重要視されてないような気がしてならない。
自分の服に着替え、探検者装備のザックを背負う。
サンドラちゃんもお姫様から町娘に戻った。
「やっぱり、この格好の方が安心するの」
「そうだね。わたしもやっと、おとぎの国から帰ってきたみたいな感じがするよ。身の丈に合ったものが一番ってことかな」
「でも……マヤちゃんはかわいい服でも良かったと思うよ?」
「えー? 似合わないよぉ。サンドラちゃんだってすごく似合ってたよ?」
「そ、そんなことないの……」
メイドさんに案内されて玄関の建物に向かって廊下を歩く。
「ねえ、マヤちゃん」
「なあに?」
「マヤちゃんは、旅に出るの?」
「そうだね。そろそろ行かなきゃ」
「ミリヤには行くの?」
「行きたいね」
少し寂しそうにするサンドラちゃん。
「サンドラちゃんも来てって、リエラさん言ってたよ?」
「うん。でも行かせてくれるかなあ、リトバレー村の人達」
「何か制約でもあるの?」
「……薬草の生える森を守るのがリトバレー村の村民のお仕事。薬草の販売だって、領都で卸して終わりなの。国外どころか、領都から出る人だっていないのに、何をしに行くって言えばいいのかな?」
「観光とか」
「それだけの目的で旅に出るの?」
「わたしのいた国では結構普通だったけど」
「暇な人が多いんだね」
「あうっ!」
この世界の人達は、暇してる人なんかいないかあ。
「マヤちゃんだって、お師匠様のお仕事の代わりをにしに行くんでしょ?」
「まあね。観光のついでにするのかもしれないけどね」
サンドラちゃんは俯いてしまった。
旅に出る正当な理由かぁ。
「それはわたしが考えてあげる。だから行こう。理由が何になろうが、旅から戻ったサンドラちゃんは絶対、リトバレーの、ヘキサリネの宝になるのは間違いないもん!」
サンドラちゃんは顔を上げると、うっすら涙を浮かべて、にっこり笑った。
「ありがとうなの」
メイドさんが玄関を開けてくれた。
玄関の中に太陽のまばゆい光が差し込んでくる。
日差しは少し暑いくらいだ。
「さあ、宿に帰ろーっ」
「おーっ」
◇◇◇
「あーっ、リネールさん忘れてきたー!」
これにて第4章終了となります。
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