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ラピスラズリの福音  作者: 綺月 遥
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Act.3 邂逅

思っていたより更新がゆっくりですね。もう少し頑張りたいです。



誰か来る。

この得体の知れない場所で、初めて出会う人間がここにやって来る。


その事実に足が震える。冷や汗が止まらない。

誰が?

何の為に?

何をしに来た?


私の身に一体何が起きるの?


反射的に脳裏を支配したのは純然たる恐怖だった。

明らかに日本ではない場所で、もしかしたら地球ですらないかもしれない世界で、たった1人落ちて来た。

帰る方法なんて全く以て思い付かない。

それどころか、今自分が本当に生きているかどうかすら定かではないのだ。


明らかに異様で、尋常じゃなくて、本当なら今すぐ泣き叫んで助けを求めたい。


今、この場所には瑠璃しか存在しない。

黄金と紅色と群青で埋め尽くされた小さな宇宙の中で、たった1人息をしている。

だからこそ、見知らぬ世界でも冷静でいられる。

だって、少なくとも己の存在は確かだ。

志川瑠璃という1人の少女だけが、今この場所で生きている人間だった。

ここには誰も居ないのだ。

誰も、瑠璃という異分子に気付いていないのだ。

それだけが最後の理性の綱だった。


そんな状況で、見知らぬ誰かがここを訪れたら?


意識して深呼吸を繰り返す。

戸惑いと衝撃で呼吸が乱れてしまう前に、出来る限りの酸素を取り込んでおきたかった。


人影は真っ直ぐに此方を目指して進んで来る。

もう足音が聞こえる距離だ。

その瞬間、瑠璃だけが息をする群青の世界は消失した。


線は細い。でもかなり背が高い。

最初に過ぎった印象はたったそれだけ。

距離が縮まるに連れて、その容姿が明瞭になっていく。

次いで目についたのは、煌めく黄金をベースに、所々鮮烈な紅色が入り交じった不思議な色合いの髪だった。

寒い冬の明け方、東の空から差し込んでくる暁の光を思わせる美しい色だ。そしてあまり長くはない。比較的細身だが決して貧弱ではなさそうな体つきと合わせて考えると、どうやら男性のようだった。

しかもやはり、日本人ではないようだ。

とは言っても日本でも探せば皆無ではなさそうな色だ。東京の派手な若者が好んで染めそうな華やかな色合い。

しかし今瑠璃の視界に飛び込んで来た金色は、そんな安っぽさとは真逆な高潔な光を放っていた。

纏う衣装も独特だ。

日本で見慣れたスーツやTシャツ、パーカーなんてものではなかった。

丈の長い濃紺の上着。それもラフなデザインではない。式典の場でも通用するであろうかっちりとした意匠、実用性を損なわない程度に施された華麗な金色の装飾。上着から覗く細身のパンツは純白だ。

何より印象的なのは、腰に下げられた一振りの剣。


恐らく、騎士だ。

それも本物の。


ほとんど直感のようなものだ。

確信も根拠もなかった。

しかし目の前の男を騎士だと認識した瞬間、心臓が激しく鼓動を打ち鳴らした。

何故か胸の奥が痛くて、熱い。

思わず自分の身体をきつく抱き締めた。


彼は、もうすぐそこまで来ていた。

最初から瑠璃の存在を知っていたかのように、まるで引き寄せられるかのように、迷いのない足取りで。

そのまま瑠璃の前で立ち止まった。

同時に、僅かに伏せていた顔を上げる。

ビスクドールのように完成された美しい造形が次第に顕になっていく。


そして、視線が交わった。


黎明を写し取ったかのような琥珀の瞳が、瑠璃のラピスラズリと真っ向から交錯する。


辛うじて保っていた平静が、音を立てて崩れた。


呼吸がどんどん荒くなっていく。

手も足も震える。もう立つことすら困難で、瑠璃は倒れ込むように膝を着いた。

胸が痛い。焼け落ちるような痛みが、何かを訴えるような熱が、瑠璃の心臓をノックして止まない。


「__!____!!」


目の前の男が、何故か慌てた様子で駆け寄って来た。

必死な声音で何かを叫んでいる。しかしその意味は全く理解出来ない。


ヒュー、ヒューと肺から嫌な音が聞こえる。

息が上手く出来ない。ゆっくりと体が弛緩していく。

次第に上半身すらも支え切れなくなってきた。

もう、限界。


力が抜け、後ろに倒れていく上体を何かがそっと受け止めた。


何が起こったの?


反射的に閉じていた目をそっと開く。


すると、至近距離から瑠璃を覗き込む琥珀色と再びかち合った。

意外とがっしりとした腕は瑠璃の頭と背中に回され、決して頭を打ち付けてしまわないように守られている。

それも、まるでどこかの姫君でも庇うかのように丁重に。


━━嗚呼、知ってる。私はまだ、この温度を覚えている。


瑠璃の頬を、一筋の涙が伝った。


「………あなたは、だれですか……?どこかで会ったこと……」


ある訳がない。

だって、名前も顔も知らないのだ。言葉だって通じていないだろう。

なのに、その手の温かさは何故か強烈なまでに懐かしくて、あまりにも眩しかった。


だから、尋ねずにはいられなかった。


すると目の前の男は困ったように小首をかしげ、小さく微笑んだ。

同時に懐から何かを取り出す。

何やら精巧な彫り細工が施された、水晶のような透明な石。涙型に研磨されたその上部に穴が空いていて、そこに黒い紐が通され大きな輪を作っている。


形状からして、ネックレスだろうか?

揺れる意識の中でじっと見つめていると、男はおもむろに瑠璃の頭をそっと持ち上げ、その細い首筋にネックレスをかけた。

訳も分からず目を瞬かせる瑠璃を見てまたくすりと笑うと、男は落ち着かせるように彼女の頭を撫でた。


そして、まるで宝物を扱うような優しい手つきで瑠璃を軽々と抱き上げた。


「や、なに、やめて、なに!?」


動揺した瑠璃が手足をばたつかせても取り落とす様子さえ見せず、男は安心させるように微笑んだ。


「突然の御無礼をお許し下さい。貴女への害意は一切ございません。」


陽だまりのような優しい声が聴覚を打った。


瑠璃は目を見開いた。

つい先程まで、言葉は通じなかった筈だ。

彼に掛けられたネックレスが関係しているのだろうか。

戸惑いと混乱で思考が上手く纏まらない。


「……まだ混乱されているようですね。しかしここではお身体に障りますので、場所を変えさせて頂きます。」


労わるように、しかし有無を言わせぬ様子でそう告げると、男は瑠璃を抱えたままゆっくりと歩き出す。

一方の瑠璃はもう何が何だか分かっていない。

ただこの騎士の腕の中で、和らいでいく胸の痛みと少しずつ身体に馴染んでいく熱を感じていた。




ここから全てが始まった。

巡り会う星、紡がれていく物語。

廻り出した歯車を、星屑だけが見守っていた。




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