シロイロと少女
「さて、どうしたらいいのやら。」
目の前に広がるのはただの暗闇、わかりやすく言えば冷暗所のような。心地がいいと感じるには少し寒い。そんな暗闇、開けたドアの光で、部屋の奥までは見えないものの、端まで見えない長机、壁の棚や床には古びたファイルや装丁された厚い本がたくさん。
「資料、室…?あの館長さん、つまらん嘘つくような歳でもないし多分ここなんだろうな。」
こんな寒くて、窓もなくてどう生活したらいいのか私にはわからないけれど、知り合いに本の虫は数え切れないほどいるしここに住んでる子もそんな感じなのかな。
「ここにいるって言ってたけど、出掛けてるのかなぁ。」
すぐ終わる予定でここに来たわけじゃないから、時間にはだいぶ余裕があるし夕食の時間まではここで待ってみるかな。幸い館長さんにも好きなだけいていいって言われてるし。
「んーと照明のスイッチは〜、と。…ん?」
資料室で待っていようと、中に入ると何か奥から何かを感じた。
しかし、改めてそこに意識を向けても、特に何かを感じることはなかった。
「まさかそっちの類?私そういうの敏感だからなぁ。」
そんなことを呟いた束の間、
何かがドタドタとこっちに迫ってくる。そんな気配がする。
不可解なそれに体は逃げる形をとりながらも、さっきの気配なのだろうかと興味の方も大きくなり、暗闇の方に目を向けてしまう。
「うー、ちょっとまずいかも。落ち着けー好奇し…」
好奇心は猫をも殺す。
「ダメかー、そんな諺もあったっけな、すごく私らしいね。」
猫に九生あり。
「それも私らしい、命?魂?の一つくらいこのために天秤にかけてもいいかもね。」
心と体の主張に聞き耳を立てて、なんの解決にもならない返答を私がする。
そうして増えていく心と体の反発が彼女の暗闇への好奇心をいっそう引き立てた。
そんな肥大化した暗闇への期待は、
「君には僕がちゃんとそういう風に見えるの?」
期待を超えたのか、肩透かしだったのか。どっちつかずな真っ白い少女が私を見さげていた。
机の上で屈んで私の顔をまじまじと見る彼女はシルクで作られたてるてる坊主のように透き通った白、そんな見た目。髪は白く、肌も本当にほんのり赤い白、瞳は白目と黒目の区別はつくものの虹彩はよくあるグレーよりも白く、瞳孔も虹彩よりも暗くはあるものの白内障のように白かった、それでも濁ってはおらず、引き込まれるような目をしている。
「ちゃんとそういう風っていうのは…?」
「ほら、さっきこっちを見ながら呟いていたじゃないか。『そっちの類に敏感』って。」
「?…あー、ほら霊感が強いって思っていた方がキャラになるじゃない。そのための日頃の習慣…っていうか。」
誤魔化した。嘘ではないけれど本質でもない、目の前の白い少女ほど目立つ特徴ではないけれど。私にも人の才の範疇を超えた物を持っている。願望ではなく事実として。こう見たら不思議ちゃん同士だけれど、不思議ちゃんに話して面倒臭い方向に関係が進むのも嫌だしね。
「…そう、じゃあもういいや。出てってよ。」
「え?」
さっきまで、私に興味の眼差しをしていた少女は、途端に真顔になった。自分の用事のために私をここから排除したいような態度だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あなたの行動が全然…、いやこの後あなたが何をしたいかは予想がついているのだけれど…」
予想が正しいのなら、それは目撃者として少女を止めるべきものだ。
「だからなに?事件の目撃者みたいな顔して。はぁ…、期待しちゃった。最初から『ここは資料室だから一般人だって普通に入る。』って気をつけていたのに…待ちすぎて早とちりしちゃった……。」
白い少女はもう私に興味がないようで、側から見たら若者の病気のような独り言。でもそれは私がここに来た理由を思い出させてくれた。
「あー、そういうことか。」
「はいはい、あなたの予想通りよ。だから出てって言ってるの。目撃者にならなければ、ピューリッツァー賞の写真を見たのと変わらない。それとも敬虔な信者?それなら悪いとは思う。でも期待した返答をしなかったあなたには何もできないよ。」
「あ、いや、違って…」
弁解しようにも少女はもう私をこの部屋から出すことしか考えていない。
私の霊感が設定だったから期待しないのか?私のこと分かったようなこと言って。初対面だけど、初対面だからこそイライラしてくる。
「『ハゲワシと少女』だとか『人間倉庫』で感じることとは別なんだって。というかあれで道場以上に動かされる人だってちゃんといるんだから自分の状態をそれと同じなんて失礼甚だしい。話が逸れた、私に霊感がないのが問題なら。もうこっちの勝ちだよ。私はその可能性がある場所の人なんだから。」
「そういう、『設定』でしょ?肩書きの多い人は信用できないって相場が決まってるの。それにピューリッツァー賞の話は比喩なんだからどうでもいいでしょ。」
どうせ信じる以外の選択肢はないのだからそんな煽りは無視して私は身分証明書を見せる。
「設定じゃない。私は世界最大級の博物館アルハーチェの館長の娘でその博物館の学芸員でもあるの。」
これでも信じてもらえないのなら、誤魔化したものを見せるしかない。それで彼女が見た目だけでなく精神まで薬に犯されているという訳でもなければ信じる以外ないが…。
「本当なのね、でもそれが何になるのよ。」
ちゃんと信じてくれた。
「ここはこの博物館の中でも一番大きい資料室だろ?ここにいるってことは情報が欲しい以外に理由がない。」
この博物館なら他よりも、それこそアルハーチェよりも霊や神話絡みの情報がある。目的の情報が見つからなかったから自殺する。行動が常識を越えすぎていて理解に苦しむけど。
ここに住み着くくらい長く資料を漁ってそれでも見つからない。というのはちょっと絶望してしまうかもしれない。
「それでもその首にかけた縄とともに机の上から飛び降りる選択をしてしまうのはここはあくまで『日本に関する資料』を保管する博物館だから。歴史ってのはもっと繋がっているの。ここを読み漁ったなら浅間山の大噴火は知ってるでしょ?」
日本が幻想や神秘に長けた歴史があるかといってそれを独占してるわけじゃない。こっちだってドラゴンだとか魔法使いの話がある。
「アルハーチェにはもっと広く深い資料がある。答えはこっちの方にあるかもよ?」
「だから私がそのアルハーチェとやらに行けと?」
「もともとそういうつもりで来たんだよ。」
その真っ白な容姿と読めない態度ですっかり頭から抜けていたけれど。
その彼女はというと。かなり悩んでいる顔をしていた。欲しい情報が欲しい、ってだけじゃないのかな。結局当たってたからそのまま思考から外していたけれど首の縄はやっぱりおかしいし、その白すぎる肌も瞳も髪も、アルビノだからここにこもっていたっていうのも考えられるか…自分勝手に言いすぎたかな。
「あの、やっぱり…。」
「パウル・ヴォルフスケールはご存知?」
「えっ?あぁフェルマーの賞金の人。」
「やっぱり、さっきも思ったけどこういうところはまるで変わらないのね。」
彼女は何か少しだけ安堵したような顔をしている。
「そう、それで合ってる。経緯もご存知だよね。言いたい事わかるかな?」
パウル・ヴォルフスケールはフェルマーによって命を救われた資産家だ。別の可能性を私の頭では考えられないけれどのちに最終定理が証明されたのはこの人が原因だったりする。
「私はこんななりだけど紫外線は問題ないのよ。」
「エスパー?パウルとあなたを重ねるには違いがありすぎるんだけど。まあいいや、賞金は?」
「賞金か、じゃあ何か一つ願いを叶えてあげよう。私にできる事ならなんでも。」
欲しいものが見つからないくらいで死に逃げるくせに何が叶えられるのだろうか。彼女はドイツ人じゃないから今日のことは自殺を先延ばしにしたに過ぎないのだろう。でも目先の目的は彼女をアルハーチェに連れて行くこと。だから先延ばしにしないといけない。
「いいよ、よくわかんないけど証明してあげる。」
「成立だ。私はルイナ、ルイナ・フレイオルト」
「よろしく、私は…。」
目標達成の安堵もあってかさっきまでの自分への態度から少し意地悪してやろうという気持ちが芽生えた。
「私は…、アルハーチェ館長の娘で、その学芸員。本職は高校生で霊感が強い設定で他にもたくさん、そんな肩書きだらけのノート・リオーレン。信頼してくれよ?」
「なら利子は高くつけないとね、よろしくノート…
…私の空白を埋めてくれ。」
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