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学校の保健室にはエルフが住んでいる

作者: 由里名雪

 暗い部屋に閉じこもっている。光を、喧騒を、およそ全てを遠ざけていた。

 私はずっと、ここにいる。心を閉ざして、目を閉じて、独り佇んでいる。

 私はずっと、ここにいる──。



*****



 学校の七不思議、というものに興味はあるだろうか。トイレの花子さんとか、夜中に動き回る理科室の人体模型とか、まあそんな感じの奴だ。

 自分で言っておいてなんだけど、僕は全く興味がない。そういうのが好きな人を否定するつもりはないけれど、噂自体は馬鹿馬鹿しいものだと思う。

 僕が通っているこの青成しょうじょう高校にもそうした「噂」がある事を知ったのは、入学して二ヶ月が経った頃だった。もっとも噂の数は七つではなく、たった一つだけだったけれど。

 小学校とか、百歩譲って中学校くらいまでならそういう噂があるのも納得は出来る。怪談を無邪気に信じられるのはそれくらいまでだと思うからだ。

 だから高校でそんな噂を生徒たちがまことしやかに囁いているのは、本当に馬鹿馬鹿しいと思った。僕が冷めているとかじゃなくて、その噂自体が耳を疑うようなものだったからだ。


 曰く──この学校の保健室にはエルフが住んでいる、と。


 ほら、誰が聞いたって馬鹿馬鹿しいと思うじゃないか。事実、大半の生徒は耳にしても荒唐無稽な噂話として聞き流している。噂話をしている生徒だってほとんどは面白半分で言っている者ばかりだ。

 大体そんなのが本当に存在するならば是非とも会ってみたい。僕は幽霊とかも全く信じないタイプの人間なので、逆にそうしたオカルト的存在の実在を望んでいる節はあるけれど、取り敢えずそんなものは居るわけないのだ。

 ただ、どうしてそんな噂話が存在するのか興味はある。火のない所に煙は立たぬと言うように、噂が存在するからにはその原因となる事象が存在するはずなのだ。

 もちろんただの目立ちたがりが流布した口から出まかせと言う可能性もあるが、それはそれで「ただの目立ちたがり」が噂話の出所であると結論付けることができる。

 というわけで長くなったが、結論を述べると、僕はこの噂話に興味を惹かれていた。馬鹿馬鹿しいと思いつつも、何処か心惹かれてしまう。本当にそんな存在が居てくれたら──と。

 そうであれば、保健室に行くのも楽しみになるかも知れない。ああ、本当に居てくれたらいいのに。

 そう言えば言い忘れていたが、今は絶賛授業中だ。授業に集中せず何を下らないことを考えているんだと、どこかからつっこまれてもしょうがないのは分かっているがこれには理由がある。

 僕は今、全力で意識を逸らさねばならないのだ。そうした事情がある。事情があるのだ。事情が──あ、ダメだ、僕の虚しい努力もどうやらここまでらしい。

 数秒後にやって来る「波」に備えて僕は身を強張らせた。


「──っ!!」


 ぐぎゅるるるるるる!!と何も知らない人が聞いたら二度見するような盛大な音が僕の腹部から聞こえた。そしてすぐにやってくる耐え難い激痛。

 周囲の生徒は慣れたもので、僕の身体に起こった異変には「いつものアレ」といった具合で特に反応することもなく授業に集中している。当の僕はいつまで経ってもこればかりは慣れないのだけれど。

 兎も角、これが「いつものアレ」であることは事実。僕もいつものように手を挙げて席を立ち、そのまま教室後方の扉へと腹部をさすりながら歩いていく。

 教師も咎めることなく、そのまま授業を続けている。僕はなるべく音を立てないように注意しながら教室の外へと出た。

 ここまで言えば言わずとも分かるだろうが、僕は腹を下していた。まあ僕のそれは人より少し深刻なもので、「過敏性腸症候群」なんて名前がついてたりする。要はお腹がめっぽう弱いのだ。

 幸いなことに僕の周りの人は理解してくれているので、からかわれたりとかいじめられたりとかそういうのはない。ただ僕が恥ずかしいだけだ。

 このお腹を下した時というのは、何気に教室を出るまでが一番ハードルが高かったりする。出れば勝ったも同然──何かと勝負をしている訳ではないけれど──だが、まず授業中にトイレに行く宣言をするのがだいぶ辛い。

 しかしこの辺り、僕はもう慣れたものだ。僕が手を挙げたらそれが合図のようになっているので、最早いちいち確認を取る必要もない。

 自分が恵まれた環境にいることを再確認しながら、僕はトイレへ駆け込んだ。授業中なので貸し切り状態なのも恵まれている。

 と、腹痛で回らない頭で下らない事を考えながら僕は盛大に用を足した。詳細は聞いても誰も幸せにならないと思うので割愛する。

 暫くしてトイレから出てきた僕は、未だ収まらない腹痛に腹をさすりながら思案する。用を足してすぐ治まることもあるのだが、今日は暫く痛い日のようだ。このまま教室に戻ってもどうせ集中出来ないので、いつもの場所へ行くことにした。

 教室とは反対方向へ足を向ける。暫く進み、廊下の角をいくつか曲がると目的地にはすぐにたどり着いた。天井近くに吊り下げられたプレートには「保健室」の文字。

 頻繫に腹痛を起こす僕は、よく保健室を利用していた。薬を飲んで横になっている方が治りが早いのだ。学校にも事情は認めてもらっているので、僕がいつも服用している薬は保健室に置かせてもらっている。授業中にいちいち薬を用意するのも中々面倒なのだ。

 そんな訳で僕は保健室のヘビーユーザーなのだった。養護教諭とはもう「つうかあ」の仲であるとさえ言える。いや、別に全然嬉しくはないのだけれど。

 ところで先程の話を掘り返すようだが、もう僕が例の噂を馬鹿馬鹿しいと思う理由が分かっただろう。そう、入学以来何十回と保健室を利用している僕が証言しよう。

 ──保健室にエルフなど居ない、と。


「失礼しまーす」


 何時ものように扉を開けて中へと入る。いつもカーテンが閉め切られている保健室は少し薄暗い。電気も点いていないので、外に面した窓のカーテンの隙間から僅かに差し込む光だけが光源だった。

 さっと中を見渡すが、どうやら養護教諭は不在のようだ。だが特に問題はない。勝手知ったるなんとやらで、壁際に置かれた戸棚の扉を開けて僕の薬を取り出す。養護教諭のデスクに置かれた紙コップを一つ拝借し、保健室に備え付けられた水道の蛇口を捻って水を汲む。


「……ふぅ」


 使用済みの紙コップを握り潰し、近くのゴミ箱へ捨てた。相変わらず腹は痛いので、大人しく横になることにしよう。

 保健室に備え付けられているベッドは二つ。だが生憎、片方のベッドは周囲のカーテンが閉め切られている。誰かが使用中のようだ。

 きっと僕のように体調が悪いのだろう。結構頻繫に使われているので、この人も何かしら大変な思いをしているのかもしれない。

 何となく親近感を感じてはいたが、わざわざ覗くのはマナー違反だ。知られたくないことだってあるかも知れない。だから僕は声を掛けたりはせず、空いているベッドへと歩みを進めた。

 すると、隣のカーテンがほんの少しだけ揺れた気がした。何となく視線を向ける。

 周囲を取り囲む二枚のカーテンの、その繋ぎ目。僅かな隙間──目が合った。


「──!」


 驚いた僕は立ち止まってしまう。まさか僕の様子を覗いていただなんて夢にも思わなかったから。

 時が止まったようにも思えたが、それもほんの一瞬。カーテンが大きく揺れて──。


「っ、わ、わぁ!」


 相手も動揺していたのか、体勢を崩してカーテンの隙間から飛び出した。前へとつんのめるように勢い良く突っ込んでくる。まずい、この感じだと間違いなく転んでしまう。

 怪我をするかもしれない、と思った僕は咄嗟に相手の身体を受け止めようと前へ踏み出した。腕を広げて、やってくるであろう衝撃に備える。

 幸い、目論見通りに僕の腕が相手の身体を捉えた。そのまま足を踏ん張り、僕まで倒れてしまわないようにその身体を支える。

 そうして僕の腕の中におさまって初めて、僕は相手が女の子である事を知った。


「────」


 いや、それだけではない。僕は──。


「君……は……」


 ふわり、と甘い匂いが鼻孔をくすぐる。恐らく彼女の髪の香りだろう。

 驚いたように大きく見開き、じっと僕を見つめる双眸。吸い込まれそうなその瞳の輝きは、薄暗い部屋の中では曇るどころか一等眩しいとさえ思える。

 僕は、言葉を失っていた。この状況に驚いている所為ではない。いや、確かに驚いてはいるけれどそれが一番の原因ではない。

 その理由は偏に彼女の容姿にあった。可愛い、とか綺麗、とかそんなありきたりな理由ではない。


 ──白い髪。透き通るような肌。そして、淡く紅い瞳。


 現世離れしたその容姿。束の間、僕は現実感というものを一切合財忘れ去っていた。

 ともすればこの一瞬は何かのおとぎ話か、或いは古くから語り継がれる伝説の一節か。そんな幻想を抱く。

 どれ程そうして見つめ合っていただろう。僕の腕の中で薄紅色の瞳がふと揺らぐ。

 ──そして次の瞬間、その瞳は一目でそれと分かるほどの「恐怖」で染まった。


「見ないで──!!」

「っ!?」


 どん、と胸に強い衝撃。視界が傾き、僕の意識の全てを占めていた彼女の姿が消える。

 突き飛ばされたのだと気がついたのは、背中を床に強かに打ち付け呆然と天井を見つめて数秒経過したころだった。

 ジンジンと背中が痛い。腹痛だって治っていない。けど、そんなことはもうどうでも良かった。

 僕が見たものは幻覚だったのだろうか?いや、なら床に寝転がっているこの状況は何だ?背中の痛みは?腹痛は?──この胸の高鳴りは?

 確かめたい。僕が目にしたものが白昼夢などでないのならば。このまま何もしなければ僕は間違いなく後悔する。それは最早予感ではなく確信だった。

 痛みをこらえて立ち上がる。目の前に先ほどの彼女の姿はない。部屋を出て行ったのではない。閉め切られたカーテンの向こう、先ほどまで彼女が使っていたベッドにいるのだろう。

 一歩二歩とカーテンの元へ歩みを進める。まるで何かに取り憑かれたかのように。事実、取り憑かれていたのだろう。彼女の瞳は見る者を一目で虜にしてしまうような不思議な引力があった。

 けれどそんなことを今の僕が自覚できるはずもなく。気がつけば閉め切られたカーテンに手を伸ばしていた。

 このカーテンの向こうに彼女がいる。出逢ったことが運命であると信じたくなるような、美しい君が。もう一度、その姿を視界に収めたい。

 そしてカーテンを開け放とうとして──気が付いた。

 薄い布一枚を隔てて鼓膜を叩く、すすり泣きの声。僕の手がピタリと動きを止める。ほとんど無意識にその声に耳を傾けていた。


「……っ、ぅ、ひっ、く」

「────」


 胸が締め付けられる。小さく声を押し殺してすすり泣く彼女。この布の向こうに間違いなく彼女はいる。けれど、その小さな泣き声は余りにも儚く──何処までも孤独だった。

 まるで、世界にはもう自分一人しか居ないのだとでも言うかのような。全てを拒絶し、たった一人で涙を流し続けている。そんな彼女の姿をカーテンの向こうに幻視した。

 果たして本当に彼女がそんな風にしてそこにいるのか、僕には確かめられなかった。この胸を締め付ける形容し難い感情がそれを許してくれなかった。

 カーテンに触れていた僕の手がするりと落ちる。何か声を掛けようかと考え、すぐに思い直した。

 僕がこのままここに居ても、きっと彼女の迷惑になる。名前も知らない彼女はまだ泣き止む気配がない。理由はどうあれ、僕が彼女を悲しませてしまったのは事実。今はそっとしておいた方が良いだろう。

 腹痛は保健室にやってきたときに比べればだいぶ治まっている。これなら教室に戻っても大丈夫だろう。そう判断した僕はカーテンに背を向ける。

 君は誰なのかとか、どうして泣いているのかとか、どうすれば泣き止んでくれるのかとか、聞きたいことは山ほどあった。その全てを飲み込んで、代わりに一言だけ僕は口にした。


「……ごめんね」


 その言葉が彼女の耳に届いたかどうかは分からない。ただ、届けばいいな、と思った。そのどうしようもない孤独をほんの少しでも紛らわせる事が出来るのならば、きっと僕が今日この時この場所で彼女に出逢った意味はあったのだろう。

 或いは、僕が彼女に感じた全てが勘違いであれば良い。孤独な少女なんて何処にも居なくて、泣いているのはただ驚いてしまっただけで、僕が目にした眩しい彼女の容姿は白昼夢だった。そんな笑い話。

 いずれにせよ、この場に留まり続ける訳にはいかない。詳しいことは養護教諭の篠崎先生に聞けば何か教えてくれるだろう。僕は保健室に響くすすり泣きの声に後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。



*****



「──そっか、見ちゃったんだ」


 あちゃあ、と言わんばかりに額に手を当て宙を仰いで見せるのは養護教諭の篠崎先生。放課後の保健室で僕は今日の出来事を先生に問い質していた。

 先生は気さくで明るい女性教諭で、生徒からの人気も高い。先生目当てで仮病を使う輩も少なくないくらいだ。頻繁に腹を下す体質のお陰で先生と仲良くなれたのは、忌まわしき僕の体質の数少ない利点だ。というか、利点がそのくらいしか見つからない。

 まあそれはともかく、やはり先生は事情を知っているようだ。当たり前ではあるが。

 自分のデスクに突っ伏し諦めたようにため息を吐く篠崎先生は、おもむろに白衣のポケットを探り始める。そして取り出した物を僕に向かって差し出して来た。


「……これは?」

「飴ちゃん。食べな」

「いらないです。何ですか急に」

「遠慮するなよう。これからちょっとばかし長話するから、飴でも舐めながら聞いて」

「はあ。そういう事なら」


 脈絡の無さに驚いたが、渋々受け取る。良くあるフルーツキャンディーのようだった。こういうものはすぐに食べないといつまで経っても食べないので、早速個包装を破り口の中へ放り込んだ。

 何の変哲もないオレンジ味のキャンディ。おいしい。


「よし食べたな。じゃあそれ口止め料だから」

「こんなんで口止め出来ると思ってるんですか。まあ言うなと言うなら言いませんけど」


 余りにも安すぎる口止め料を貰った僕は釈然としないながらも先生の言葉に頷いた。

 一拍置いて先生は語り出す。少しだけ真面目な表情を浮かべながら。


「いい?心して聞いてね?」

「は、はい」


 いつになく真剣な様子で念を押してくる。あまり目にした事のない先生の様子に思わず身構えた。

 じっと僕の目を見つめる先生。逸らしたら負けな気がして、僕も先生の目を見つめ続けた。

 そして先生は告げる。


「──君が目にしたのは、この保健室に住むエルフなんだ」


 思わず息を飲む。先生は未だ僕から目を逸らさず、僕の反応を待っていた。

 先生からはまるで冗談の気配を感じない。生徒たちの間でまことしやかに噂されている「保健室のエルフ」。それは実在するのだと、本気で言っているように思えた。

 僕は返すべき言葉を探る。僅かな逡巡を経て、口を開いた。


「んな訳ないでしょう馬鹿にしてるんですか」

「あれぇ!?今のは絶対信じてる反応だったのに!」


 おったまげーとか何とか口にしていた。こっちがおったまげーだ。

 もちろん冗談である。僕も篠崎先生も。なかなか本題に入れないのは篠崎先生と会話する上での弊害でもある。


「こほん。冗談はさておき……君が見たのは同じ一年生の子だよ」


 かと思えばさらりとタネを明かす。先生の話をいちいち真に受けていると身が持たない。聞き流すくらいが丁度良いのだが、どうやらこれは本当のようだ。


「僕と同じクラスではないですよね。でも他のクラスでもあんな子見た事ありませんけど」

「そりゃね。保健室登校してる子だし」


 保健室登校。事情がある生徒は特例でそうした措置が認められる事があるのは知っているが、まさか実在したとは。通りで今まで一度も見かけた事が無いはずである。

 そして、その「事情」が何なのかはおおよそ見当がついていた。


「……やっぱり、あの見た目だからですか」

「そう。……どう思った?」


 先ほどと同じように僕の目を見つめる先生。その視線はまたしても真剣なものだった。だが、茶化すような雰囲気は微塵も無い。純粋に僕の感想を問われている。

 忘れたくても忘れられない。ファンタジー小説の白昼夢でも見ていたのかと思うほど現実感のない記憶。容易に思い出せる光景を想起し、僕は答えた。


「綺麗だと、思いました」

「うわっ」


 うわって何だうわって。真面目に答えたのに。

 思わずムッとする僕だったが、先生は慌てて弁解を始めた。


「いや、何か想像通りの反応過ぎて逆に引いた。ごめんね」

「謝らなくて良いです。撤回するつもりもないですし」

「はぁー……凄いね。それもう告白じゃん。本人に伝えとこっかな」

「やめて下さい!」


 とか何とか。良いから早く説明を続けて欲しいと切に願う僕だった。

 そんな僕の想いが通じたのか、先生は咳払いをして先を続けた。


結城ゆうき緋香梨(ひかり)。それがあの子の名前ね」

「……あの、聞いたのは僕ですけど……そんな簡単に名前を教えて良いんですか?」

「名前くらい大丈夫だよ。これからもっと突っ込んだ話するし」


 それもそうかと思い直す。既に口止め料も貰ってしまった身だ、何を言われても口外するまい。そう内心で呟いた。


「──『先天性白皮症』」

「……え」

「緋香梨ちゃんの病気の名前。聞いた事ある?」


 あまりにも唐突な問いかけだった。回らない頭の中をぐるぐる回り続けるその病名。

 そう、病気なのだ。幻想的な容姿を「綺麗だね」で済ませてしまってはいけない。彼女はその体質に苦しみ悩んでいる事だろう。だからこその保健室登校なのだから。


「アルビノ、ですよね」

「一般的にはそう呼ばれるね。アルビノも人によって程度の差があるんだけど、緋香梨ちゃんは結構深刻な方。夏場とかは外を歩くだけで割りかし命取りになっちゃうくらい」

「紫外線に弱いんでしたっけ。あと目があまり良くなかったりとか」

「おお、良く知ってるね。でも緋香梨ちゃん、幸い視力には恵まれたみたいでね。紫外線にだけ気をつければ一応普通に暮らしてはいけるんだ」


 色々と腑に落ちた。あの子の正体、と言うと語弊があるかもしれないが彼女の容姿は一般的にアルビノと呼ばれるものだ。

 なぜ「保健室にはエルフが住んでいる」なんて噂話が存在するのか、もう推測するまでもない。如何に彼女が人目を避けようと、その容姿は余りにも目立つ。いつどのタイミングかは分からないが、偶然見かけた生徒が流した噂なのだろう。幸いなのはその噂に悪意が含まれていない事だ。

 異質で、だからこそ美しい。本人の意志とは関係なく周囲がそう感じてしまうのは仕方のないことかも知れない。僕だってその一人だ。

 その是非はさておき、ここで一つ疑問が浮かぶ。僕は先生に向かって問いかけた。


「でも、今日までその……結城さんを見かけた事は無かったです。僕も頻繁に保健室には来てますけど、今まで一度も会ったことが無いのは何ででしょう」

「いや、君たち結構ニアミスしてたよ。緋香梨ちゃん日中は寝てるからカーテン閉め切ってるんだけど、見たことないのはその所為だね。ちなみに緋香梨ちゃんの方は君の事をずっと前から知ってる」


 衝撃の真実。出来る事ならばもっと早く知り合いになりたかった。

 と言うのは冗談としても、それならば納得できる。ベッドが頻繁に使われているのは知っていたが、それが結城緋香梨だったのだろう。僕のことも先生から聞いていたのかもしれない。こうして今僕が先生から聞かされているように。


「言った通り緋香梨ちゃんは紫外線を避けないといけないから、普段は日が沈んでから学校に登校してくるんだ。日中に登校してくるのは、親御さんの都合で朝じゃないと送っていけない時だけ。そんなこんなで昼夜逆転生活だから日中は寝てるって訳」


 それから先生は結城緋香梨に関する様々な情報を教えてくれた。身長は154センチ、趣味は読書、好きな食べ物はトマト、嫌いな食べ物はニンニク、勉強は得意、などなど。

 いつもは親の車で登下校しているらしい。極力屋外に出る機会を減らし、徹底的に紫外線を避けているようだった。

 正直に言ってしまえば、かたちはどうあれ彼女の情報を知ることが出来たのは嬉しかった。それと同じくらい疑問にも思う。何故篠崎先生はここまで簡単に彼女の事を教えてくれるのだろうかと。

 僕が今日まで彼女の存在を知らなかったのは、先生が彼女の存在を隠そうとしていたからに他ならない。恐らく、これまで彼女が別の生徒と出くわしたりしないよう最大限の配慮をしていたはずだ。

 偶然彼女の存在を知ってしまっただけで、ここまで簡単に打ち明けてしまうものだろうか。そうして考え込む僕に先生は微笑んだ。


「どうして、って顔だね」

「……はい。先生がそこまで詳しく彼女の事を語る理由が分かりません」

「理由は簡単。これで天秤が釣り合うから」


 首を傾げる。要領を得ない表現を先生が言い直した。


「緋香梨ちゃんにも君の事、同じくらい詳しく話してるんだよね。君の体質の事とか、身長体重趣味嗜好、その他諸々」

「えっ」


 聞き捨てならない。僕の知らない所で重大な情報漏洩が起こっていたらしい。これは怒るべき場面だろうか。

 というか、体重まで教える必要ないだろう。別に太っている訳でもないし隠したい訳でもないから知られるのは構わないけれども。

 それより僕の体質についても話したと言ったか。僕が保健室に通う理由を彼女は既に知っていたらしい。ならばあの時カーテンの隙間から僕を覗いていたのは、僕を知っていたからなのだろうか。

 疑問は尽きないが、ひとまずこれだけは言っておかなければなるまい。


「何勝手に人のこと話してくれてるんですか。その他諸々って一体何処まで話したんですか」

「君の部屋のベッドの下に隠してある本の事とか」

「いや何で知ってるんですか怖っ」

「先生は情報通だから。出所は秘密ね」


 言わなくても分かる。僕の親だ。多分母辺りだろう。僕はこういう体質なので、養護教諭の篠崎先生と親が接する機会はそれなりに多い。何処かのタイミングで機密情報が漏れたらしい。

 っていうか母さんも何で知ってるんだ。帰ったら問い詰めなければ。……いや、墓穴を掘りそうな気もするので敢えて触れない方が良いだろうか。

 取り敢えずそれはさておき。脱線した話を戻すべく再び先生に問いかけた。


「というか理由ですよ理由。結城……さんの事を教えてくれた理由」

「緋香梨って呼ばないの?恥ずかしい?」

「先生」

「ごめんて。えーっと、理由ね。三つあります」


 三つもあるのか。やけに具体的だ。素直に驚いた僕は視線で先を促した。


「一つ目は、緋香梨ちゃんが君の事を知りたがってたから。君にも緋香梨ちゃんの事を知って貰おうと思って。自分と同じように頻繁に保健室に来る君の事が気になったのかもね。きゃー羨ましい」


 最後に変なノイズが聞こえたが、気の所為だろう。結城緋香梨が僕の事を気にするのは自然な事だ。僕だって、いつも保健室を使っている「誰かさん」の事が気になっていたのだから。


「二つ目は、君が緋香梨ちゃんの事を知りたがったから。これで君たちはお互いの事を知ったね。おめでとう」


 何がおめでとうなのかは分からないが、これについては特に言及する必要はない。僕が聞いたから教えてくれた、それだけの事だ。

 そして最後の理由。先生は何故か姿勢を正した。


「三つ目は──君なら、きっと彼女に寄り添ってあげられるから」


 先生の長い睫毛が瞬きで揺れる。視線に貫かれたまま、僕は呆けるばかり。

 呆気に取られて何も言えない僕に向かって、先生はふと相合を崩す。その顔にはいつもの軽薄な笑みが浮かんでいた。


「ま、深く考えなくて良いよ。先生は君たちに仲良くなってもらいたいだけだからさ。君もあの子も、『事情』を抱える者同士だから。……仲良くしてあげてよ?」

「え、あ……はい、それはもちろん」


 先生の真意が分からない。腑に落ちない事だらけだ。でも、先生の言葉に嘘はない。それだけは確信できる。

 なら、先生の言う通り深く考える必要はないのかもしれない。煙に巻かれた感は否めないが。


「けど、仲良くと言われましても。結城さんと接する機会が無い気が」

「あー、どうしよっかな。今日……はもう帰っちゃったし。……あ、来週!来週の月曜日、放課後空いてる?」

「はい、空いてます」

「じゃあ放課後に保健室集合ね。そこで顔合わせって事で」

「顔合わせって……まあ、はい。分かりました」


 こうして思いがけず、件の少女と会う事になったのだった。どうにも不思議な展開ではあるが、彼女の事を思い出すとほんの少しだけ楽しみにも思えた。



*****



 唐突だが僕の家族について語りたいと思う。

 我が奥宮おうみや家は父、母、僕の三人家族だ。父の名はとおる。職業不詳。

 ……何を馬鹿な、と思うかも知れないがこればかりは他に説明のしようがない。僕は奥宮家に生を受けて以来、父の職業を教えてもらった事がない。我が家は持ち家なので無職どころかそれなりに稼ぎはあると思われるのだが、仕事の内容は一切不明なのだった。

 父の書斎には様々な本が置いてあるものの、全く一貫性のないレパートリーであるため職業を特定するのには役に立たなかった。一つ確かなのは、父は年に数回しか家に帰ってこない事。何処で何をしているのかは知らないが、どうやら日本中──いや、世界中を飛び回っているらしい。

 そんな訳で、僕は父の事があまり好きではない。性格や人格が嫌いという訳ではない。ただ、母が時折寂しそうな表情を見せるのが少々我慢ならないというだけだ。僕のことは放っておいても良いけれど、母に寂しい思いをさせるのは父として失格なのではないか。そう思えてならない。

 そんな健気な母の名は御代子みよこ。いつもおっとりしてどこか抜けている、優しい母だ。でも時々超能力でも持っているんじゃないかと思うほど的確に僕の思考を読んでくるのは本当にやめてほしい。母の為せる技なのかも知れないが、生まれてこの方母に隠し事ができた試しが無いのだ。

 学校で何かあったり、僕が内心落ち込んだりしていると母は即座に見抜いてしまう。故に、今リビングで母と相対している僕は気が気ではなかった。

 一体どこまで見抜かれるのか、固唾を飲んで母の様子を伺う。夕飯前に食卓の席に座るよう言われて従ったのは良いものの、学校で何かあった事だけは既にバレているらしい。


ゆうくん」

「はい」

「お母さんは嬉しいです」

「はい?」


 いや、意味が分からない。真剣な表情で何を言い出すかと思えば一体何を言っているのか。知らぬ間に母を怒らせるような事でもしていたかと内心不安だったがそうではないらしい。

 日本人形のように長く美しい黒髪を揺らして母が微笑んだ。


「悠くん、好きな人出来たでしょ」

「待って。いや、待って。好きな人?って何?」

「誤魔化さなくて良いの。お母さん応援するよ」

「いや、あの、母さん?本人には全然心当たりが無いんですが」


 驚きだ。僕には好きな人が居たらしい。本当は心当たりが無いでも無いが、好きだと決めつけるには余りにも早すぎる。

 篠崎先生に教えてもらった彼女の名前がフラッシュバックする。忘れられないのは彼女の容姿と、最後に目にした表情の所為だ。

 あの時、結城緋香梨は僕を怖がっていた。心の底から怯えた様子の彼女が頭から離れないのだ。これをどうとち狂えば恋だと呼べるのか。

 全く納得のいかない僕に向かって、母はゆっくりと首を傾げた。


「あらあら?」

「どうしたの母さん。自分の過ちに気づいた?」

「うーん……そうねぇ。そう、そうね。でも、気づいてないのは悠くんの方かもよ?」

「……どういう事?」

「うふふ、それもまた青春かしら?お母さん応援するわねぇ」


 ぽわぽわとゆるふわな笑みを浮かべる奥宮御代子さんじゅうろくさい。腹立たしい。

 たまに話が明後日の方向へ飛ぶのは母さんの悪い癖だ。こういう時は本人の中で既に話が完結している。聞くだけ無駄というやつだった。


「ていうか、母さん。篠崎先生に話したでしょ」

「何のこと?」

「ほら、僕の部屋の……ベッドの下にある」

「ああ、アレね。ごめんねぇ、悠くん一人っ子で。妹はもうちょっと待っててね」

「母さん!!」


 死にたい。僕が妹萌えなのがバレた。しかも要らない気まで遣われた。家出しようかな……。

 母さんにバレているということは篠崎先生にもバレている。いやまて、篠崎先生は結城緋香梨に僕の事を洗いざらい喋っていたらしいでは無いか。

 という事は、結城緋香梨にもバレている?あ、だめだ本当に死にたくなってきた。


「ゆ、悠くん?早まらないで?ね?」

「……はぁ。母さん」

「はい」

「人の秘密は簡単に喋らない事。良いね」


 腕を組みながら母を睨んだ。これでも少し怒っているのだ。過ぎた事をいつまでも責める気は無いが、少しは反省して貰わないと困る。

 そんな僕の心は十分伝わったのだろう、母は目を潤ませてしゅんとした。


「ごめんねぇ……お母さん悪気はなかったの。篠崎先生に聞かれて、つい教えちゃったの。今度から気をつけるね」

「……うん。分かれば良いよ。それより母さん、お腹空いた」


 母の小動物的な雰囲気には僕も弱い。完全に弱いものいじめをしているような気分になる。これ以上母を責めるつもりもないので、僕は早々に話題を変えた。

 母は途端に顔を輝かせて頷いた。


「ふふ、すぐに用意するわねぇ。今日は何とカレーです」

「何が何となのかは分からないし知ってるよ。カレーの匂いしてたし」


 ぱたぱたと足音を立ててキッチンへ向かう母。こうしていつも通り、何事もなく恙なく奥宮家の一日は過ぎていくのだった。



*****



 休み明けの月曜日。篠崎先生との約束の日がやってきた。

 言われた通り、僕は放課後になると真っ直ぐ保健室に向かった。僕は帰宅部なので放課後に用事がある訳でもない。気楽なものだった。

 手持ち無沙汰のまま、ただ保健室で待ち続ける。篠崎先生は僕がやって来たのを確認してすぐに出て行ってしまった。「緋香梨ちゃんを呼んで来る」、だそうだ。

 どうせ保健室で会うのだからわざわざ別々に呼ぶ必要もない気がするのだが、向こうにも事情があるのかも知れない。僕は待つだけだ。

 そうして待つ事十分少々。保健室の扉が開かれ、僕は視線をそちらに向けた。

 先に入って来たのは篠崎先生。その後ろをついてくるのはジャージ姿の生徒だった。

 落ち着かない様子でしきりに辺りの様子を伺うその生徒は、羽織ったパーカーのフードを目深に被っていた。体格から女子生徒だというのは分かるが、それ以外は分からない。髪の毛は見えないよう全て服の内に仕舞われており、表情もフードで全く見えない。

 夜中にこの格好で歩いたらまず間違いなく職務質問される。不審者を体現したかのようなその格好に僕はたじろいでしまった。


「お待たせ。遅くなっちゃってごめんごめん」

「それは良いですけど……あの」


 相変わらず軽いノリの篠崎先生。社交辞令に僕が答えた瞬間、後ろに控えている生徒が驚くべき反射神経で先生の背中に隠れた。

 ……怖がっているのだろうか。まだ挨拶すらしていないというのに、これでは会話もままならないのではないか。そんな一抹の不安を感じる。


「ほーら緋香梨ちゃん。観念しなさいっ」

「や、やだっ、先生っ!」


 突然先生が生徒──結城緋香梨の肩を捕まえると、パーカーのフードを脱がしにかかった。慌てて抵抗する結城緋香梨だったが、あえなくお縄となった。

 先生の両手がするりとパーカーのフードを外す。そして露わになる。


「…………っ」


 眩しさに目を細めた。散らばる白絹のような髪に陶器もかくやというほどの滑らかで白い肌。そして、僕の視線を捉えて離さない薄紅色の瞳。端正な目鼻立ちは息を呑むほど美しい。

 その目は今にも泣き出しそうな程潤んでいた。涙目で先生を恨めしそうに見つめる彼女こそが、結城緋香梨。今日この場で僕が会う事になっていた少女だ。


「ほら自己紹介。悠くんから」

「えっ!?あ、はい……こほん」


 気の利いた言葉は言えなさそうなので、大人しく従う。結城緋香梨は相変わらずびくびくしながら先生の背中で僕の様子を伺っていた。

 なるべく脅かさないように、静かに語る事を心がけながら僕は自己紹介を始めた。


「奥宮悠です。結城……さんと同じ一年生です。僕も保健室はよく使ってて……ってこの辺は篠崎先生から聞いてるんだっけ。えっと、その……」

「…………」


 背中に変な汗がにじみ始めた。何故か緊張している。

 じっと僕を見つめる薄紅色の瞳から逃げられない。ゆっくり視線を合わせると、すぐに逸らされてしまった。だが先日と違い、その瞳に恐怖の色は無い。その事に少しだけ安堵する。

 言いながら気づいたのだが、自己紹介と言われても紹介するような事は全て先生が伝えていたのではなかったのか。それ以上何を紹介すれば良いというのだろう。

 たじろぐ僕の様子を先生はにやけ笑いで見つめていた。ため息を吐いた僕は、早々に自己紹介を切り上げる事にした。代わりに言うべき言葉を口にする。


「……この間は、ごめん。偶然とは言え驚かせちゃって。本当にごめん」


 頭を下げる。ずっとあの時の表情が忘れられなかった。彼女の瞳の奥に見えた「恐怖」を与えてしまったのが僕だと思うと、いてもたっても居られなくなってしまうのだ。

 何故彼女がそこまで怖がったのかは分からない。臆病だから、で片付けるには少々普通では無い怖がり方だった。おまけに泣かしてしまってもいるのだ、何を差し置いてもまずは謝らなければなるまい。

 そしてずっと頭を下げ続けた。目の前で篠崎先生が驚いている気配がするが、まだ顔を上げるわけには行かない。僕が彼女から答えをもらうまでは。

 暫く沈黙が続く。床を見つめ続ける僕の頭上にふと影が差した。視界の隅を流れる、白い髪。


「……わ、私こそ、ごめんなさい……。つき飛ばしちゃって、痛かったよね。も、もう驚いたりしないから……顔を上げて──悠くん」


 どくん、と。鼓動が一つ跳ねる。

 何で。どうして。分からない。本当にどうかしている。

 ただ、呼んだだけなのに。名前を呼ばれただけなのに──どうして此処まで心臓がうるさくなる?

 ゆっくりと顔を上げる。静かに、彼女を驚かさないように。

 まだおどおどしている様子ではあった。けれど少し恥ずかしそうに、口元を袖に仕舞った両手で隠す彼女。

 その目を見れば分かる。彼女は僕に向かって微笑んでいた。


「…………」

「…………あの、どうしたの?ま、まさか……怒ってる……?」


 途端に彼女の瞳が潤み始める。僕は慌てて首を横に振った。だが僕に出来たのはそれだけだった。

 言葉が出ない。何を語れば良いのか分からない。頭の中が真っ白だった。


「ありゃりゃ」

「し、篠崎先生。私、何かしちゃったんでしょうか」

「してないけど、させちゃってはいるかなぁ。まあ多分、当分はこんな感じだろうから優しくしてあげてね。後はごゆっくり、緋香梨ちゃん」

「え、ちょっと、先生!?やだ、一人にしないで──」

「一人じゃないよ。悠くんいるじゃん」

「せんせええええ……うううぅ……」

「ぐっ……涙目は卑怯だ……でも先生、ここは心を鬼にして。緋香梨ちゃん、君も踏ん張り時だよ。頑張れ」


 颯爽と保健室を去ろうとする篠崎先生に追いすがる結城緋香梨。必死なやりとりを僕は他人事のように眺めていた。

 心ここにあらず、とはこの事を言うのだろう。僕は暫くの間、呆然としながら二人の様子を眺めているのだった。

 だが二人のやり取りも一区切りつき先生は保健室を後にしてしまう。後に残されたのは僕と結城緋香梨の二人だけ。


「………………」

「………………」


 シンプルに気まずい。言っておくが僕はあまり社交的な性格ではない。バリバリ人見知りするし、まして女の子と二人だけなんて拷問に近い状況だ。

 向こうも同じ気持ちのようだ。非常に居心地悪そうにしている。僕と決して目を合わせようとしないし、話しかけてくる気配もない。

 ……だがいつまでもこうしている訳にもいかない。それは重々承知している。どんな意図があるにせよ、せっかく篠崎先生が引き合わせてくれたのだ。少し頑張ってみようか。

 決心した僕は彼女に向き直った。


「結城さん。その……聞いても良いかな」


 びくりと肩を揺らして結城緋香梨が頷く。そのまま恐る恐ると言った様子で僕に視線を向けた。


「僕も篠崎先生から結城さんの事を少し教えてもらってて。結城さんは、僕の事をいつ先生から教えてもらったの?」

「……緋香梨」

「え」


 消え入りそうな声で彼女が呟く。うまく聞き取れなかった僕が聞き返すと、彼女はジャージの襟を口元に寄せ、表情を隠すようにしながらまた呟いた。


「緋香梨って、呼んで欲しい」

「え……っと、でも」

「私も悠くんって呼ぶから」


 遠慮がちだが強い意志を感じさせる言葉だった。臆病なのかと思いきや意外と押しが強い部分があるようだ。内心驚きつつも、僕は素直に頷く。


「緋香梨さん」

「『さん』づけだめ」

「えっ、でも緋香梨さんは僕の事『くん』づけで──」

「──『緋香梨って呼んで』」


 彼女の瞳が真っ直ぐに僕を捉えた。薄紅色の神秘的な瞳に映り込んだ僕の像。揺れて、滲んで、吸い込まれる──。


「緋香梨」

「そう」

「緋香梨」

「うん」

「緋香梨」

「そうだよ、悠くん」

「緋……香、梨」

「ふふっ」


 微笑む。目を細めて、頷いて、一歩、二歩、近寄ってくる。口元は隠したまま、整い切った顔を僕の耳元に寄せて囁いた。


「さあ、答えてみて。私は、悠くんの、何?」


 脳髄が揺さぶられるような甘い響きだった。何を問われているのか深く考える間も無く、余裕もなく、気づけば僕は口を開いていた。

 彼女が望む答えを口にしようとして。


「──友達、って言うにはまだ僕は緋香梨さんの事をよく知らないみたいだ」

「っ!!」


 弾かれたように彼女が僕から距離をとった。その目には驚愕と、困惑と、ほんの少しの恐怖が混じっていた。

 頭がぐらぐらする。麻薬でも打ち込まれたみたいだ。妙な酩酊感に足元が少々おぼつかない。

 僕は一体何を言おうとしていたのだろう。あのまま脳裏に浮かんだ答えを口にしていたら、戻ってこれないような気がしていた。

 その単語を思い返して思わず吹き出す。いや、危うく人生最大の黒歴史を作り出してしまうところだった。

 言わなくて本当に良かった。「御主人様」だなんて。


「……何で、笑ってるの」

「え、ああごめん。冷静になったらとんでもない事言おうとしてたなって」


 結城緋香梨は鋭い視線を僕に向けていた。どうやら警戒されているらしい。警戒するべきは僕の方ではないかと言う主張はさておき、状況の理解に努めた。

 まあ考えた所で分からないんだけども。僕が彼女に何かされたらしい(・・・・・・・・)事しか分からない。


「……えっと、緋香梨さん。君は、一体」

「……聞きたいのはこっち。何で平気なの」

「って事はやっぱり何かしたんだ。え、何?怪しい薬とかじゃないよね?大丈夫?」

「そ、そんなんじゃない!って、し、知らないっ」


 否定したかと思えば慌てて首を振りそっぽを向いてしまった。どうやら嘘をつくのは苦手らしい。

 彼女は決して僕に視線を合わせようとしてくれなかった。教えてくれる気は皆無のようだ。

 これ以上聞いてものれんに腕押しというか、無駄な会話に終わりそうなので僕は諦める事にした。


「緋香梨さん、深くは聞かないけど。さっきみたいなのは、違う人にはあまりやらないようにね」

「…………何で」

「いや何でって……あんなに近寄られたら、さ。誰だって意識する……っていうか」

「──っ!!」


 途端に結城緋香梨の顔が真っ赤に染まった。さしずめ彼女が好きだというトマトのように。

 自分の行動の大胆さを思い返し恥ずかしくなったようだ。蹲って縮こまって、ちっちゃくなっていた。


「緋香梨さん?あの」

「……………」

「緋香梨さーん」

「緋香梨」

「あ、そこは譲れないんだ。……わかったよ」


 一つだけため息を吐いて、縮こまる彼女の近くにしゃがみこんだ。何でも良いから、彼女には顔を上げていて欲しかった。だから、言われた通りに彼女を呼んだ。


「緋香梨」


 再び彼女の肩が揺れる。絹糸のような長い髪を揺らして、ゆっくりと顔を上げていく。目元しか僕に見せてくれなかったけれど、やっぱり彼女は笑っていた。

 そして、小さく頷いた。


「うん」


 たったそれだけの返事。でも十分だった。

 接してみて改めてわかった。先生から聞いた事以外は何一つ分からない謎だらけの少女だ。臆病に見えて押しが強い所もあったり、僕の身に不思議を起こして見せたり。

 正直にいうと、結城緋香梨のことが少し怖くもある。直感ではあるが、この子は底知れないものを抱えている。興味本位で関わってはいけない類の人物であると、本能が訴えている。

 けれど、そんな事がどうでも良くなるくらいに彼女の目は寂しげで、優しかった。

 悪い子ではない。それだけは確かなはずだ。母譲りなのか、昔から直感だけは外れたことがない。ならば僕はどう接するべきなのか。答えは出ている。


「……良かったらさ、僕と友達になってくれないかな」


 結城緋香梨は──緋香梨は、微笑みの気配とともに頷いた。相変わらず口元は隠したままだったけれど。

 そして僕たちは連絡先を交換し、ぎこちないながらも今暫く会話を続けた。カーテンが締め切られた保健室の中で、外が徐々に暗くなっていくのにも気づかないまま。



 こうして、僕と結城緋香梨は「友達」になった。



*****



「悠くん」

「はい」

「お母さんは嬉しいです」

「はい?」


 デジャヴ。今は夕飯の直前だったが、つい最近も同じ会話をした気がする。

 いつもよりだいぶ遅い時間に帰ってきた僕を咎めることもなく、母はいつも通りだった。が、気を抜いたらこれだ。

 次に言われる言葉もおおよそ見当はついている。今度はどう返事したものかと思考を巡らせる僕に向かって、母は微笑んだ。


「悠くん、好きな人出来たでしょ」

「うーんデジャヴ」


 一言一句そのままだった。もう少し捻りを入れてくれても良かったのだが、母は直球で聞きたかったらしい。

 まあそれはさておき。どう答えたものやら。


「ていうか、ほんと何で分かるの?超能力って言われても驚かないし、むしろ納得するくらいなんだけど」

「何でかしらねぇ。分かっちゃうの。でも悠くんも私の子供だし、そういう事あるでしょう?」

「さも当然のように聞かれても困るけど……勘は当たる方かも。いやでも母さんほどじゃないって」

「うふふ。そんなことより、お母さん悠くんの好きな人のこと知りたいな」


 ごまかし作戦失敗。もうどうあがいても隠し通せないようだ。分かっていたことではあるが。

 良い加減諦めた僕は白状することにした。


「……保健室登校してる子なんだけどさ」

「あらまあ。悠くんもよく保健室行くもんね。それで?」

「偶然その子と接する機会があって。それをきっかけに篠崎先生が僕とその子を引き合わせてくれたんだ」


 そこから先は今日の出来事を振り返る形で母に説明した。結城緋香梨という名前、彼女がアルビノであること、臆病だけど優しい不思議な子であること。僕が今知る限りの彼女の事を話した。

 一通り話を聞き終えた母は、僕を慈しむように目を細めていた。


「悠くん」

「……はい」

「お母さんは──」

「それはもう聞いたよ。天丼禁止」

「ぶぅ」


 ぶぅて。可愛子ぶるには十年くらいおそ──っと、余計な事は考えるべきじゃない。一瞬母の視線が刃物のように鋭くなった。お母さん万歳。


「こほん。えっと、悠くん。……その子の事、ずっと好きでいてあげられる自信はある?」

「……え」


 妙に真剣な響きだった。中々目にしない母の様子に戸惑いながらも、僕は控えめに肯く。


「うん。……何で?」

「その子に寄り添ってあげられるのは、悠くんしかいないから」

「──へ?」


 思わず首を傾げた。どこかで聞いたような台詞──そうだ、篠崎先生も同じような事を言っていた。

 一体何故。母は何をどこまで知っているのだろう。偶然の一致というには、母の言葉は真に迫っていた。

 その真意を問い質す前に母は立ち上がる。呆気にとられている僕に向かって母は笑いかけた。


「お腹空いたでしょ。今日は何とカレーです」

「いやだからデジャヴなんだって。しかも今日カレーじゃなくてシチューでしょ」


 深く考えたら負けな気がした。色々と。



*****



 緋香梨と友達になって数日が経った。と言ってもあれ以来緋香梨には会えていない。普段は日が沈んでから登校してくるため会う機会が意外と無いのだ。

 緋香梨が登校してくるのは午後六時半頃。それまで待てば会えるには会えるが、流石に待ち伏せしているようで気が引ける。というか気持ち悪がられそうで怖い。故に、あくまで偶然会えるのを待つ事しかできない僕だった。

 鳴り響く昼休みのチャイムと共に僕は席を立つ。四限目の授業が終わり周囲の生徒達も浮き足立っていた。

 僕は机の側面に掛けていたバッグを手に取り、いつもの場所へ向かおうとした。


「悠、今日は一人で?」


 声を掛けてきたのはクラスメイトの田中君。気さくな彼は気遣いもできるナイスガイではあるが中肉中背で名字も田中、いわゆる普通の男子だった。

 田中君の周りには数人の男子生徒。これから一緒に昼食を取るのだろう。田中君は僕を誘ってくれているようだ。


「うん。今日はちょっと一人の気分かも。ごめんね」

「おっけー。またな」


 気分を害した様子もなく田中君はあっさり頷いて、周囲の男子と共に机をくっつけ始めた。こうして僕に声を掛けてくれるのは本当にありがたい。折角の誘いを断ってしまった事を内心で詫びた。

 言っておくが僕は友達がいない訳ではないし、友達付き合いが悪い訳でも無い。僕が普段一人で昼食を取っているのは体質の所為だ。

 僕は元来、人と接すると無意識に身構えてしまうらしい。お腹を下す時は決まって、周囲に多くの人がいる時だ。おまけに物を食べた直後は余計にお腹を下しやすい。本当に難儀な体質だと自分でも思う。

 そんな僕の体質を理解してくれているからこそ、田中君も気を悪くしたりしないでくれるどころかこうして時々誘ってくれたりもする。

 とはいえ日によっては調子が良い時もある。そういう時は一緒に昼食をとったりもするので、いつも誘いを断っている訳では無い。

 その辺りは直感で判断している。今日は駄目っぽい日だった。

 そういう訳で、僕は早々に教室を後にした。この青成高校でぼっち飯を満喫できる場所はある程度限られている。中でも屋上に出られる出入口付近は僕のお気に入りだった。

 屋上の扉は普段施錠されているので近寄ってくる生徒は居ない。「何故か」人目を忍ぶように、ごく稀にカップルと思しき男女がやってくるのは玉に瑕だが。


「…………」


 ふと足を止める。ポケットから携帯を取り出しアプリを起動した。

 先ほどは緋香梨と会う機会が無いと言ったが、メッセージのやり取りだけはしている。僕が返したメッセージには既読マークがついており、続く緋香梨からの返事はなかった。

 別に無視されているという訳では無い。会話がそこで終わっているだけだ。……似たようなものか。

 ともかく、緋香梨から届いていたメッセージにはこうあった。


『明日は朝登校する予定』


『そうなんだ』と僕が返したきり返事が来ない。うん、これは僕が悪い。返事に困らせてしまったみたいだ。

 言い訳をすると、僕はメッセージのやりとりも少々苦手なのだ。文面がどうしても素っ気なくなってしまう。絵文字を使うのは何だか恥ずかしいし、如何ともし難い。

 メッセージについては後で何らかのフォローをしておくとして、緋香梨の言葉通りなら彼女は今保健室にいるはずだ。

 ……たまには保健室で昼食を取るのも悪く無いかもしれない。そう、今日は何だかいつもと違う場所で食べたい気分だ。なんて。


「……はぁ」


 一体誰に向かって言い訳しているのか。素直に言えば良いのだ、緋香梨に会いたいと。

 口が裂けても言葉にはできないが思うのは自由だ。そして思ってしまえば、足は自然と行き先を決めていた。

 一年生の教室と保健室は同じ一階にあるため辿り着くのに数分とかからない。見慣れた扉はもう目の前にあった。


「あれ」


 だがスライド式の扉はびくともしなかった。どうやら鍵がかかっているようだ。篠崎先生が休みだという話は聞いていないし、何より緋香梨が中にいるはずではないのか。

 首を傾げるものの、どうしようもなかった。当てが外れてしまった事に落胆しつつ、仕方がないので当初の予定通り屋上へ向かおうと扉に背を向けた。

 瞬間、ポケットの携帯が震えた。取り出して画面を確認する。


『悠くん?』


 それは突然の緋香梨からのメッセージだった。思わず振り返る。まさか。


『緋香梨、今保健室にいる?』

『うん。じゃあ今のはやっぱり悠くん?』

『今、扉の前に立ってるよ』


 返信した瞬間、カチリと音が聞こえた。するすると控えめに開かれる扉。隙間からこちらを覗くのは──。


「…………不審者?」

「違うもん」


 フードの下で緋香梨がむくれる気配がした。冗談はさておき、やはり緋香梨は中にいたようだ。

 緋香梨は先日と同じジャージの上からパーカーを羽織り、全力でフードを被る不審者スタイルだった。僕の様子を伺いながら小首を傾げると、真っ白な髪が垣間見えた。


「どうしたの?」

「お昼ご飯、ここで食べようと思って。迷惑だったかな」

「……!ううん、私も今食べてたとこ」


 丁度良いタイミングだったみたいだ。何か取り込み中だったかと心配していたが杞憂だったらしい。

 扉を開いて僕を促す緋香梨。保健室に足を踏み入れると同時に緋香梨は扉を閉める。ついでに鍵も閉めた。


「……何で鍵閉めるの?」

「誰か入って来たらやだ」


 実に分かりやすい理由だった。そして緋香梨の事情を鑑みれば納得せざるを得ない。篠崎先生も了承の上なのだろう、昼休みの僅かな時間だけ保健室は緋香梨の貸切状態のようだ。

 保健室の中は薄暗い。部屋の中央にはローテーブルとソファが置かれており、机上には小さな弁当箱が広げられていた。


「電気点けないの?」

「暗い方が落ち着くから。あ、でも悠くんが嫌なら点けて良いよ」

「いや、大丈夫。緋香梨に合わせるよ」

「……ん」


 何故か緋香梨はフードを目深に被りなおした。そのままソファに歩み寄り、ぽすりと腰掛ける。

 ソファは一つしかない。僕は緋香梨から人二人分程の距離を空けて同じく腰掛けた。手にしていたバッグを床に置き、中から弁当を取り出す。


「緋香梨はいつもここで食べてるの?」


 弁当を広げながら問いかける。ミニトマトを口に運びながら緋香梨は頷いた。


「うん。朝登校した時だけ。というか、ここしか食べる場所無いし」

「そっか。……そうだね」


 聞くまでも無い事だった。会話は難しい。

 女子と密室に二人きりという状況の所為か、身構えてしまう。実際隣にいるのは不審者ではあるが。


「悠くんはいつもどこで食べてるの?」


 ミニトマトを口に運びながら緋香梨は問いかける。僕は卵焼きを箸で切りながら答えた。


「屋上に出る扉の前。人来ないし、いつもそこで食べてる」

「……悠くん友達いないの?」

「げほっ」


 卵焼きが気管に入りかけた。緋香梨にだけは言われたくない台詞ナンバーワンだ。まあ緋香梨に悪気が無いのは明らかだが。


「友達はいるよ。でもほら、僕もこういう体質だからさ。落ち着ける場所じゃないと大変で。調子がいい時は皆と食べる時もあるけどね」

「そうなんだ。いいな」


 何気なく呟いたその言葉。本人が意図したものか、無意識なのかはわからない。そんな素振りは一切見せないけれど、本当は緋香梨も沢山の友達と語りながら昼食を取りたいのではないか。そう思えてならない。

 薄暗い保健室で一人昼食を取る事に不満はなさそうだ。それどころか快適そうでさえある。

 緋香梨が人を避ける理由が知りたかった。彼女が望めば、一歩でも踏み出す勇気があるならば、きっと誰もが受け入れてくれるはずだ。……というのは僕の勝手な思いだけれど。

 緋香梨は他人を怖がっている。それもかなり強く。こうして僕が普通に会話しているのが何とも不思議に思えるくらいに。

 問いかける勇気は、今の僕には無かった。


「悠くん」


 ミニトマトを口に運びながら緋香梨が僕を呼ぶ。


「ん、どうしたの」

「何か面白い話して」


 すごい無茶振りが来た。僕は慌てて首を横に振る。


「急に言われても無理だって。滑らない話とか無いよ」

「でも篠崎先生言ってたよ。悠くんは面白い人だって」


 何言ってくれてるんだあの養護教諭。僕が面白いのではなく、先生が面白がっていると言った方が正しいだろう。いい迷惑である。

 そんな僕の内心など知る由もない緋香梨はミニトマトを口に運びながら、僕の方を向いていた。っていうか、さっきからミニトマトしか食べていない気がするのは気のせいか。そっちの方が気になるのだが。


「緋香梨、さっきからミニトマトしか食べてない?」

「トマト好きだから」


 よく見たら弁当箱の半分くらいはミニトマトだった。好きすぎだろう。もしかすると主食がトマトなのかもしれない。

 一応僕の弁当にもミニトマトが入っている。緋香梨の視線を感じた気がして、僕は弁当箱を差し出した。


「……いる?」

「いる」


 言うや否や、緋香梨の手が僕のミニトマトを掠め取っていった。本当に大好物らしい。

 ここまでトマト好きなのも珍しいと思う。トマトが嫌いな人はよく見かけるが、好きな人はそれほど見かけない気がする。僕の周りに居ないだけなのかもしれないが。


「……何でそんなにトマトが好きなの?」


 我慢できずに聞いてしまった。他意はない。純粋に気になるのだ。

 緋香梨はミニトマトを口に運ぶ手を止め黙り込んでしまった。……地雷だっただろうか。

 だがそんな僕の不安は杞憂だった。表情を隠すように俯いていた緋香梨がゆっくりと顔を上げる。フードの下に隠れていた緋色の瞳は僕を見つめていた。

 真っ白な睫毛は暗がりでもよく目立つ。僕は金縛りにあったかのように身動き一つ取れなかった。

 緋香梨は小首を傾げ、薄い唇を開く。


「……何でだと思う?」


 悪戯っぽく笑う緋香梨。その表情はだいぶ反則だと思うが、見惚れていると変に思われかねない。真剣に考えてみる事にした。

 ……とは言うものの、全く見当がつかない。こう言う時は直感だ。

 横目で緋香梨の様子を伺う。僕から視線を逸らす様子はない。多分からかっているのだ。微妙に癪なので彼女を驚かせてやる事にした。

 頭を空っぽにして、緋香梨に視線を向ける。脳裏に浮かんだ答えをそのまま口にした。


「赤いから?」

「──」


 きょとんとしながら緋香梨は僕を見つめていた。何言ってるんだこいつ、とでも思われているのかもしれない。

 僕もそう思う。トマトが好きな理由が「赤いから」って、お粗末にも程がある。口にしたことを猛烈に後悔していた。

 暫く沈黙を続けていた緋香梨は、恥ずかしさに目を逸らす僕を見つめて言った。


「何で、わかったの」


 緋香梨を二度見した。冗談を言っているのかと思いきや彼女の表情は真剣だった。


「当てずっぽう……だったんだけど。え、本当に?」

「うん。味も好きだけど」

「それはまた何と言うか、不思議な理由だね。赤色が好きなの?」

「……うん。ほら、携帯も赤色」


 緋香梨はジャージのポケットから携帯を取り出して見せた。確かに赤色だ。それも原色に近い鮮やかな赤。携帯のカラーとしては珍しいのではないだろうか。


「そういえば、緋香梨の名前にもあるよね。緋色」

「私の目の色を見て、お父さんとお母さんはその字を入れたんだって。単純だよね」

「はは、まあそうかもね。でも気持ちはわかるかも」

「……?」


 怪訝な表情で緋香梨は首を傾げる。僕は空っぽのままの頭で、つい口を滑らせてしまった。


「緋香梨の目、綺麗だから。親御さんが名前にその字を入れたがるのもわかるって言うか」

「な、な」


 緋香梨はあたふたしていた。その様子を眺めて気づく。

 僕が一体何を口走ってしまったのか。


「あ、あの!その、今のは何て言うか口が滑ったって言うか。ああもうごめん!忘れて!」


 思い返すと身体がむず痒くなるような台詞だ。口説き文句にしてもクサすぎる。今すぐ保健室を飛び出してそのまま家に帰りたい。

 緋香梨の目はもう見れなかった。深いため息を吐いて頭を抱える僕だった。


「……悠くん」

「…………」

「悠くんってば」

「……はい」

「もう一回」

「……と、言いますと」

「もう一回言って」


 ずい、と緋香梨が身体を寄せてきた。からかわれている。篠崎先生から悪い影響を受けてしまっているのかもしれない。

 ともかく緋香梨の要望には応えかねる。あんな恥ずかしい台詞二度と吐いてなるものか。


「勘弁して下さい」

「何で?何でダメなの?」

「恥ずかしいからだよ!って言うか何で緋香梨はそんなに乗り気なの!?」

「普通に嬉しいもん。もっと言ってよ。お願い悠くん」

「ぐっ…………分かったよ。もう知らないからね」


 やけくそだった。からかわれっぱなしではいられない、いっそ本気で緋香梨が恥ずかしがるくらい思い切ってみるべきか。

 僕は深呼吸をして、緋香梨に向き直った。彼女は伏し目がちに、けれど期待している様子で僕を見つめていた。

 そっと視線を合わせる。緋色の瞳は少々怯えるように揺れるものの、僕から目を逸らそうとはしなかった。そこで僕は一つ確信した。

 緋香梨は──目を合わせる事を恐れている。

 数日前、僕が保健室で彼女に突き飛ばされたあの時。緋香梨が極度に怯えた理由は、僕と目が合ってしまったからなのだろう。

 それ以上の事は今は分からない。今この場で聞き出すつもりもない。それに、緋香梨の恐怖を少しでも紛らわせられるのなら僕としても言うにやぶさかではない。

 ならば恥くらい耐えて見せよう。半ば己に言い聞かせるように内心で呟きながら、僕は緋香梨の目を真正面から見据えた。


「…………」


 でも。


「悠くん?」


 意識が揺れる。魅入られていた。呼吸も忘れて、そのあかい瞳を見つめる僕。


「悠く……ああ、そっか。ダメだなぁ、私。あんなに篠崎先生に怒られたのに」


 緋香梨は更に身体を寄せてくる。視線は逸らさず、僕を逃さないよう、この手にその手を重ねて。


「悠くんが悪いんだよ。私の目を『綺麗』だなんて言うから。言えちゃうから。見られるのは怖いのに、怖いはずなのに」


 ジャージの袖の先から覗く白くて細い指先。するりと僕の頬を撫でる。己の存在を僕の意識の奥深くに刻み付けるように。


「悠くん」


 何故か、緋香梨はその目に涙を浮かべていた。白くて長い睫毛が揺れ、雫が一つその頬を伝う。

 そして緋香梨の顔が徐々に近づいてくる。もう吐息を感じられる程の距離。緋い瞳に呑まれそうで、僕は身体の奥から畏れとでも言うべき震えが迫り上がってくるのを感じ──そこで意識を失った。



*****



「はっ」


 反射的に飛び起きた。停止した脳みそが動き出すのに数秒を要し、そこでようやく自分が気を失っていたのだと気づく。

 一体ここはどこだろう、なんてお約束の疑問を抱くまでもなく理解する。どうやら僕はベッドで寝ていたらしい。前後の記憶が曖昧ではあるが、ここが保健室である事はすぐに分かった。


「起きたかね、寝坊助くん」


 すぐ隣から降ってきた声に驚き振り向く。腕組みしながら僕を眺めているのは篠崎先生だった。


「えっ……と、あの。これは一体」

「うーん、さてね。どう説明したものやら」


 篠崎先生は難しい顔をしながら唸っていた。状況が全く理解出来ていない僕は篠崎先生の言葉を待つしかない。気を失う前の事を思い出しても、浮かんでくるのは緋香梨の顔だけだった。

 やがて篠崎先生は小さい溜息を一つだけ吐いてから尋ねてきた。


「悠くんは何を何処まで覚えてる?」


 単なる確認作業。僕は素直に答えた。


「昼休みに緋香梨と話していて……急に意識がぼんやりして、気を失った事くらいしか」

「全部覚えてる、っと。んー……」


 再び考え込む篠崎先生。思考を妨げるのは気が引けるが、どうにも気になりつい口を開いてしまう。


「あの、今何時ですか」

「午後五時半。とっくに放課後だね」


 放課後。そうか放課後か。意外と寝てたんだなー、なんて。


「放課後!?」

「おおっと元気だねぇ。後遺症もなし、と」


 不穏な単語が飛び出してきたが気にする余裕は無かった。昼休みに緋香梨と会話している最中に突然意識を失い、そのまま数時間経過。客観的に見て只事ではない。

 何かの病気かと焦る僕だったが、篠崎先生は妙に落ち着いている。僕だけ慌てふためいているのも癪なので、努めて冷静を取り戻そうと深呼吸をした。


「まー色々聞きたい事はあるだろうけど、先生から言えることは少ないんだよねぇ」

「……え」

「だからさ、直接聞きな」


 先生はおもむろに周囲を囲んでいたカーテンを開け放つ。僕が疑問を発する間も無く、先生はその場所を譲るように一歩横へ移動した。

 そして佇む人影に気付く。締め切られていたカーテンの外側で様子を伺うようにその場に立ち尽くすのは。


「……緋香梨」


 パーカーのフードを目深に被ったジャージ姿の不審者。僕の声に驚いたのか、肩を揺らすもののその場から動く気配は無い。

 彼女は俯いたままそこに居た。表情は伺えないが、落ち込んでいるようにも怯えているようにも見えたのは僕の錯覚だろうか。

 妙に重苦しい空気に戸惑う僕。察するに、僕が突然意識を失った事に関して緋香梨は何かを知っているらしい。黙ったままの彼女の言葉を黙って待つ。

 静寂を破ったのはか細い声だった。


「……なさい」

「え?」


 聞き取れずに聞き返す。緋香梨は俯いたまま繰り返した。


「ごめん、なさい」


 これには思わず首を傾げてしまう。緋香梨が謝る意味がよく分からなかった。篠崎先生に視線を送っても、先生は瞑目したまま無言を貫いている。本当に関わる気がないらしい。


「えっと、何で緋香梨が謝るの?」

「それは……悠くんが倒れたのは私の所為だから」


 謝ったということはそうなのだろうが、それにしたって理解できない。気を失う直前、僕はただ緋香梨の瞳に目を奪われていただけだ。

 そう、「目を合わせていた」だけだ。


「…………」


 ──そういう、ことなのか?

 ふと脳裏に浮かんだ漠然とした予感。直感と言い換えても良い。だがそれはあまりにも馬鹿げた予感。言葉にするのも躊躇われる。

 僕が気を失った原因は一つしか考えられない。


「……緋香梨、君は一体」


 彼女は尚も俯いたままで顔を上げる様子は無い。正確には「僕と目を合わせる気がない」、と言った方が良いだろうか。

 彼女の薄紅色の瞳は神秘的で不思議な力を帯びているように思えた。それが僕の気の所為ではないとしたら。単なる「印象」に留まるモノでないとしたら。

 ──本当に不思議な力を(・・・・・・・・・)帯びているとしたら(・・・・・・・・・)


「悠くん。もう私に関わらない方が良いよ」


 緋香梨にしては珍しくはっきりとした口調だった。初めてこの保健室で会った時の事を思い出す。あの時緋香梨は明確に僕を拒絶した。それが反射的なものであった事は理解しているが、今の緋香梨は自らの意思でその言葉を口にしている。

 つまり、緋香梨の意志は堅いと言うことに他ならない。僕は呆然としていた。


「……緋香梨、どうして」

「悠くんはもう分かってるはずだよ。私が『本当の意味』で普通じゃないって」

「それ、は」


 緋香梨は普通じゃない。何から何まで普通じゃない。その容姿も、体質も、置かれた環境も、何もかも。

 だがその程度であればさして驚くべき事ではない。身体的な事に関してはアルビノだろうが何だろうがあくまでその人の個性でしかない。

 緋香梨が言っているのはそういう意味ではないのだ。本当の意味で普通ではない。つまり。


「……人間じゃ、ないって。そう言いたいのか」


 口にしてみて、思わず苦笑しそうになる。馬鹿馬鹿しいだろう。僕の目の前にいる女の子はちょっと臆病で不思議で、でも幻想的な美しさを備えた少女にしか見えない。そんな彼女が人間じゃない?寝言は寝て言うべきだ。

 けれど、僕の言葉に返答はなかった。当の本人は勿論、側で佇む篠崎先生までもが無言だった。この時ばかりはいつもの軽薄な笑みで馬鹿にされても文句など言うまい。だが先生は無表情で目を閉じたまま。

 現実感が感じられなかった。自分の言葉が現実味を帯びていくにつれて感覚が反比例していくかのよう。

 だが、僕は心の何処かで感じていたのではないか。緋香梨の目は普通ではないと。

 彼女の瞳はまさに「魔性の瞳」と呼ぶに相応しい。視線を合わせただけで魅入られてしまう。それは僕が身を以って体感していたはずだ。


「少なくとも、普通の人間じゃない。だってそうでしょ?」


 緋香梨はほんの少しだけ顔を上げた。僅かに伺えた表情は悲しい微笑み。


「──皆、私と目を合わせただけで『狂っちゃう』んだから」


 ゾッと。背筋に薄寒いものが走る。

 その一瞬だけは、彼女の悲しい微笑みがこの上なく妖しく映った。目を合わせていないにも関わらず僕を虜にしてしまうような、危うい魅力に溢れていた。

 緋香梨は目を伏せたまま嗤う。おどおどしたいつもの雰囲気は微塵も感じられなかった。


「壊れちゃうんだ。運が良ければ気を失うだけで済むけど、大抵は私の言いなりになっちゃうの。虚な目で、私の名前を呼んで、私の言葉に従うだけの『人形』になるんだ。私から離れてしばらく経てば元に戻るらしいけど、大人の力を借りないと引き離すこともできないから。離れてって言っても、暫くすると戻って来ちゃう。『人形』になった人は私にはどうすることも出来ない。ね?可笑しいでしょう?私って何なのかな」


 妙に饒舌なのはずっと胸に抱えていた秘密を吐露することができた為だろうか。彼女の内心までは分からない。

 その頬笑みはいつの間にか自虐的なものに変わっていた。持って生まれた物からは逃げられないが故に、そうして距離を取るしかないのだ。不思議な自らの個性を笑って、心の距離を取る。

 きっと緋香梨にとってそれは憎むべきものなのかもしれない。ただ自分として在るだけで他人を狂わせてしまえる。許容できるはずがない。彼女は優しいのだから。

 ならば「人間じゃない」なんて残酷な言葉を許容してしまうのは、彼女にとっては一種の免罪符なのだろう。そうしてやっと己の存在を許容できる。

 ──なんて悲しい在り方だろう。話を聞いているだけの僕が咽び泣きたくなってしまう程に孤独だ。どこまでも。


「でも悠くんは壊れなかった。篠崎先生が言った通りだった。貴方は私にとっての『特別』だった」

「……え?」


 そこで緋香梨はふっと笑う。向けた視線の先にいるのはただの女の子。ふわり微笑みを浮かべるだけの。

 緋香梨の言葉の意味を問い質す間も無く、彼女は先を続ける。


「悠くんが初めてなの。目を合わせて普通にお話ができる人。けど……やっぱりダメみたい。悠くん気を失っちゃったから」

「ぁ──」


 僕は悟った。彼女の言う『特別』がどんな意味なのかは分からないが、僕が気を失ったことで僕は『特別』では無くなったのだと。

 緋香梨は僕に失望したのだろうか?何かを期待して、でも裏切られたから。だから「関わらない方がいい」だなんて口にしたのだろうか。

 分からない。何もかも。一つだけ明らかなのは、僕が失望を感じている事。他ならぬ僕自身に。


「だから……悠くん」


 衣ずれの音。緋香梨が側に寄って来たのだと気付いた時には遅かった。

 僕の視線は囚われている。──彼女の緋い瞳に。


「『私の事は忘れて。貴方は夢を見ていたの。噂話の保健室のエルフを夢に見た。でもエルフなんてここには居なくて、夢を現実と間違えただけ。私は夢で、貴方は今も眠ったまま。もうじき貴方は目を覚ます。夢の内容も覚えていない。ほら、だんだん曖昧になってきた──』」


 視界がぼやける。世界の解像度が落ちていく。僕はずっと夢を見ていた。本当に?本当だ。

 保健室、白い、カーテン、目があって、エルフ?噂話だ。いる訳がない。

 僕は──何をしていた?


 意識が霞む。夢見心地だ。夢を見ているのだから当たり前。でも、もうじき目覚めてしまう。

 それで良いのだ──。



*****



「はっ」


 反射的に飛び起きた。停止した脳みそが動き出すのに数秒を要し、そこでようやく自分が気を失っていたのだと気づく。

 一体ここはどこだろう、なんてお約束の疑問を抱くまでもなく理解する。どうやら僕はベッドで寝ていたらしい。前後の記憶が曖昧ではあるが、ここが保健室である事はすぐに分かった。


「起きたかね、寝坊助くん」


 すぐ隣から降ってきた声に驚き振り向く。腕組みしながら僕を眺めているのは篠崎先生だった。


「えっ……と、あの。これは一体」

「うーん、さてね。どう説明したものやら」


 篠崎先生は難しい顔をしながら唸っていた。状況が全く理解出来ていない僕は篠崎先生の言葉を待つしかない。気を失う前の事を思い出しても浮かんでくるのは──はて、何だったっけか。

 やがて篠崎先生は小さい溜息を一つだけ吐いてから尋ねてきた。


「悠くんは何を何処まで覚えてる?」


 単なる確認作業。僕は素直に答えた。


「えっと、お昼を食べるために保健室に来て……あれ、なんでだろう。何で僕はここに……」


 記憶にもやがかかっているみたいだった。思い出そうとして脳裏にふと浮かんだのは、真っ白なシルエット。それは保健室に居たはずだ。

 保健室のエルフ。僕は彼女に会いに来たんだっけか。……何を馬鹿な。夢を現実と間違えるなどいよいよ僕も頭のネジが緩んできたのかも知れない。

 ひとしきり唸って、それでも前後の記憶を取り戻すのは難しそうだった。


「……よく覚えていません。僕は一体?」

「記憶が曖昧で何も覚えていないっと。ふむ」


 篠崎先生は頷いた後、いつもの調子で呟く。


「覚えてない?今日は腹痛が酷くて午後からずっと保健室で寝てたんだけど。ここで何とか昼食を取った後、眠って今に至る。やー、救急車呼ぼうか迷ったけどその様子だと大丈夫そう?」


 よく覚えていないが言われてみればそんな気がする。保健室に来たのは腹痛が酷くて休む為だったのだろう。

 あんまり酷い時は気を失いかける事もある。滅多にないが今日は調子が悪かったようだ。何にせよ今は何ともないので、このまま自分の足で帰宅できそうだった。


「大丈夫です。あの、今何時ですか」

午後五時半・・・・・。とっくに放課後だね」


 ずっと眠っていたのだ、そんなものだろうか。だが──どうも違和感がある。寝起きで本調子じゃない所為かも知れないが。

 気の所為だろう。違和感の正体も上手く言葉に出来ない。こんな日はさっさと帰るに限る。


「ご心配をお掛けしました。もう帰ります」

「ほいほい。シーツの上に漏らさん内にそうするがいいさね」

「僕の括約筋はそこまで信用無いですか」


 馬鹿を言ってないで早く帰ろう。固く決意した瞬間だった。

 僕はベッドから降り保健室の入口へと向かう。スライド式のドアを開け先生に挨拶した。


「それじゃ、失礼します。また明日」

「はいよー。またね」







「さて、夢か現か。君が選ぶのはどっちかな」



*****



 その日僕は夢を見た。放課後の保健室で誰かと話をしている夢。その子の顔がぼやけて良く見えない。どんなに目を凝らしても、近づいても、その顔は判然としない。

 君は一体誰だろう。声も聞こえない。僕が君と言葉を交わしている夢なのに、会話の内容も君の顔も声も何一つ判らない。

 それが悲しくて悲しくて、こんな夢など今すぐ醒めてしまえと、そう願った。そんな僕の思いが功を奏したのか、夢は掠れていく。顔の見えない君の姿と共に。

 途端に焦燥感に駆られた。このままもう二度と君に会えないような気がして。

 所詮夢は夢だ。顔も判らない相手に感傷を抱く必要などない。でも、僕は君を求めていた。心の底から君に会いたくて仕方がない。

 遠ざかっていく。この手を伸ばしても決して届かない。どうか行かないでくれ──。


「……っ!」


 そこで夢は終わりを告げ、気がつけば僕は薄暗い部屋の天井を見つめていた。まだ夜も半ば、すぐにでも寝直すべきだ。明日に響かないように。

 けれど、とてもじゃないが眠れたものじゃなかった。胸を締め付けるこの感情が僕の眠りを妨げる。

 見つめていた天井はぼやけていた。瞳に熱を感じ、目尻を何かが伝う。


「……はは」


 泣いているのか、僕は。遂に自律神経でも狂ったか。内心で笑うが、瞳から溢れる涙を止めることは叶わない。

 大して広くもない部屋のベッドで独り、声を押し殺して泣き晴らす。そして気が済んだ頃、代わりに溢れたのは笑い声。


「っくく、ははは」


 夜中に一人で泣いて、かと思えば突然笑い出す。完全に頭のネジが吹っ飛んでいる奴だった。でもこれには理由がある。

 僕は別に壊れている訳じゃない。むしろその逆だ。壊れていたのは眠りにつく前までの僕だ。

 夢の内容はもう忘れかけている。けれど、君の姿だけは瞼の裏に焼き付いていた。


「……特別、か」


 自分の何が特別なのかは分からない。けれど、どうやら確かに僕は特別らしい。

 寝る直前まで僕は完璧に忘れ去っていた。自分の事を「保健室のエルフ」だなんて宣った彼女の事を。彼女と言葉を交わしていた直前までの出来事を。

 保健室のエルフなど居るものか。居るのは君だけだ。白い髪、白い肌、緋い瞳の君だけだ。


 結城緋香梨、君なんだ。僕が好きなのは。


「はぁ。母さんも人が悪いな。気付いてたくせに」


 隣の寝室で寝ているであろう母に向けて呟いた。夕飯の時は何も聞いてこなかった。僕の身に何が起きていたのか、きっと母は知っていた。根拠のない直感だが、母譲りの直感だ。外れてはいまい。

 僕だけが何も知らないのだろう。母も、篠崎先生も、緋香梨も、僕の知らない何かを知っている。もしかすると僕以上に僕の事を知っているのかも知れない。

 それこそが「特別」の意味であるはずだった。緋香梨が特別であるように、僕もまた特別という事なのか。何を馬鹿な……と笑い飛ばしたい気持ちで一杯だがそうも言っていられないらしい。

 問いたださねばならない。母に、篠崎先生に、何より緋香梨に。僕はもう緋香梨の事を知ってしまった。このまま知らないフリなどできる訳がない。

 僕は枕元の携帯を手に取りアプリを起動した。緋香梨も先生も詰めが甘い。アプリには緋香梨とのメッセージの履歴がばっちり残っていた。

 仮に僕が緋香梨の事を忘れたままだったとしても、この履歴を見た瞬間に思い出していた事だろう。緋香梨が僕に行ったのが暗示か何かだったのであれば、これを見ても無意識に意識を逸らしていた可能性はある。だがそれでも僕は思い出しただろう。僕は特別らしいから。

 本当なら今すぐにでも緋香梨にメッセージを送りつけてやりたい気分だったが、意趣返しはもう少し違った形にしようと決めた。

 これでも僕は少し怒っている。勝手に結論を出して僕を遠ざけようとした緋香梨に対して。そんな緋香梨の肩を持ち、大した説明もしてくれない篠崎先生にも。事情を知っているくせに知らんぷりをする母にも。

 早速明日仕掛ける。そうと決まれば明日に備えて早く眠るとしよう。

 腹を括った僕の気分は爽快だった。故に、再び眠りにつけたのはすぐだった。



*****



「母さん」

「はい」

「僕は怒っています」

「あらまあ、どうして?」


 朝食のトーストを齧りながら僕は向かいに座る母に視線を向ける。相変わらずおっとりとした様子で首を傾げる母。腹立たしい。


「母さん、色々知ってるんでしょ?昨日僕の身に何が起きていたのかとか」

「……そうねぇ」


 母は頬に手を当てて考え込んでいた。その表情は悩ましげで、初めて見る類の表情だった。

 母の事だ、僕が抱いている疑問などお見通しなのだろう。その上で僕に真実を告げるかどうか迷っている、そんな表情なのかもしれない。

 そして暫く考え込んでいた母だったが、ふと微笑みを溢した。恐らく怪訝な顔つきであろう僕を一瞥して告げる。


「知ってるわ、全部。でも──教えられないの」

「っ、どうして!」


 思わず大きな声を出してしまう。この後に及んで僕だけ蚊帳の外にするつもりか。そんな苛立ちの所為だった。

 そんな僕の気持ちすら見通しているように、母は申し訳なさそうに笑うのだった。


「それがお父さんとの約束だから。ごめんね」

「……なんで、ここで父さんが出てくるんだよ」


 何も分からない。それだけに苛立ちが募る。人生で初めて反抗期を迎えそうだ。

 自分の声が思ったよりも低くて内心驚いていたが、それでもやはり母は微笑んでいた。申し訳なそうに、そしてほんの少しだけ寂しそうに。


「悠くん。どうしても悠くんが『知りたい』なら、緋香梨ちゃんに聞きなさい。緋香梨ちゃんを知りなさい。悠くんがまだ彼女の事を好きなら。彼女を忘れたくないなら。そうすれば、きっと悠くんの知りたいことは全部分かるから」


 母の目は真摯に僕を見つめていた。言葉が出ない。母にここまで真剣に何かを言われたことが無かった。

 じっと僕を見つめる瞳は僕の内面を見透かす。その瞳は不思議な力を帯びているようでさえある。

 ──本当に、帯びているのかもしれないが。


「……わかったよ。そうする」


 それだけ告げて、すっかり冷めてしまった朝食を電光石火で平らげる。そろそろ家を出ないと遅刻してしまいそうだ。

 釈然としないながらも、僕は決意を固める。全ての鍵は緋香梨が握っている。ならば本人に聞くしかない。この様子ではどうせ篠崎先生も何も教えてくれないのだろう。

 そして僕が足早に玄関を出て行く最後の瞬間まで、母はただ僕の背を見守るだけだった。



*****



 そして学校に着くなり僕は保健室に向かった。これが本当の保健室登校。なんて冗談を言っている場合ではない。僕は怒っているのだ。

 豪快に保健室のドアを開け放ち、道場破りの如き勇足で篠崎先生の姿を探す。幸い先生は自分のデスクでコーヒーを啜っていた。そんな呑気そうな姿がまた僕の神経を逆撫でする。


「お、どうした少年。朝イチで来るなんて初めてじゃ──」

「先生、緋香梨はどこですか」


 篠崎先生は僅かに驚いたような表情で固まっていた。先生の中では僕は緋香梨の存在を忘れ去っている事になっているはず。だから驚いているのだろう。

 しかしそんな表情だったのも束の間、次の瞬間先生の表情は厳しいものに変貌を遂げていた。


「悠くん。その様子だと思い出しちゃったみたいだけど……だったら覚えてるよね?緋香梨ちゃんが言った事」

「……はい」


 諭すような、責めるような、叱るような、そんな口調だった。

 先生に言われるまでもない。昨日、緋香梨は言っていた。「もう私に関わらない方が良いよ」と。「私の事は忘れて」とも。

 忘れるものか。忘れてなどやるものか。この悲しさを、この悔しさを、絶対に忘れてなどなるものか。

 どうしてそんなに悲しそうな表情をする?どうしてそんな寂しそうな表情をする?僕たちは友達ではなかったのか。会って間も無いし、そんなに仲良しだとも言えないけど。でも、それでも、少しくらい相談してくれても良いじゃないか。

 僕はずっと君の話を聞いていたかった。君と話をしていたかった。この無機質な保健室という名の空間を、君の存在をまだ知らない時から共有してきた一人の生徒として。ああそうだ、僕が勝手に親近感を感じているだけだ。事情は違えど、同じ事情を抱えている者として。だからこそ君のことをもっと知りたいと思った。事情なんてのは些細なきっかけでしか無いだろうけど、事情を抱えていたからこそ君に逢えた。

 なのに、勝手に一人で結論を出して僕を遠ざけて。僕のことは知っている癖に自分のことは語らなくて。その癖、寂しそうに笑うなんて。

 ずるいだろうが。これじゃ僕が馬鹿みたいだ。一人で舞い上がって、一人で悩んで、空回りしているただの道化だ。

 だから僕は許さない。緋香梨の口から緋香梨の事を教えてもらうまでは。


「先生、緋香梨の家はどこですか」

「……は?」


 先生はきょとんと僕を見つめていた。一拍遅れて失笑を漏らす。


「いや、先生の話聞いてた?緋香梨ちゃんは会いたくないんだよ、君に」

「だからなんですか。そんなの知らないです。良いから教えて下さい」

「っ、だからね?っていうか個人情報だし。そう簡単に──」

「その個人情報を本人の知らないところでベラベラと喋ったのはどこの誰ですか」

「…………」


 先生は無言で僕を睨んでいた。自分が失言したのが悪い。むしろ僕は被害者だ、もっと糾弾して然るべきだ。

 先生が譲らないなら僕にも考えがある。生徒一人の住所を知るくらい、幾らでも方法はある。緋香梨はかなり特殊な生徒なので、情報はそれなりに厳重に扱われているだろうが彼女は僕の関係者だ(・・・・・・・・・)。僕の知らない僕の何かを知っている。その状況を利用してやれば良い。篠崎先生でなくとも教師なら知っているはずだ。本来緋香梨が在籍しているクラスの担当教師とか。

 そうして柄にもなく悪知恵を働かせていると──大きなため息が聞こえた。


「わーった。こーさん。やっぱ先生向いてないわ、こういう役回り」

「……は?」


 思いの外呆気ないギブアップ宣言。先生は両手をあげて降参ポーズをとっている。

 そのおどけた様子に僕が怒る間も無く先生は首を横に振って笑う。


「やっぱ先生は引っ掻き回す方が性に合ってるなー。よし、教えたる。耳かっぽじって聞けよ少年」

「いや、あの、え?有り難いですけど急にどうしたんですか。あ、メモかなんか下さい」


 戸惑う僕を他所に、先生はデスクの上のメモ用紙にボールペンを走らせる。一枚千切って僕に寄越してきた。


「そこにお姫様がいるよん。でも、先生に出来るのはここまでね。王子様になれるかは君次第」

「あ、ありがとうございます。お姫様とか王子様とかはよく分かんないですけど」


 書かれていたのは知らない住所。当たり前だが。しかし学校からそこまで離れている訳では無さそうだ。

 学校から徒歩三十分程度の距離にある住宅地の一角のようだ。もちろん行った事はない。だがこのご時世、携帯で調べれば具体的な場所などすぐ分かる。文明の利器に感謝だ。


「じゃあ行ってきます」

「はーい。……って、え!?授業は!?」

「サボります!じゃ!」

「え、あっ、おーい」


 背後で何か叫んでいたが知ったことではない。今の僕に「緋香梨に会う」以外に優先すべき事などない。そう、僕は怒っているのだから。

 なので篠崎先生はもう用済みなのである。……今度何かお礼でもしておこうか。益体のない事を考えながら颯爽と保健室を後にした。





「……頑張れ、悠くん。君だけがあの子の王子様になれるから」



 そんな独り言が、静寂に溶けていった。



*****



「……でか」


 なんか、豪邸が聳え立っていた。

 二階建て……いや三階建てだ。よくよく考えたらこの辺りは市内でも有名な高級住宅街である。その一等地に広い庭付きの三階建て一軒家。

 緋香梨はお嬢様だったらしい。どうしよう、勢いで緋香梨の家までやって来たが冷静に考えれば僕はかなり危ない奴である。

 学校がある時間帯に本人が教えていないはずの自宅の前に立っている同じ高校の生徒。通報案件だ。僕が緋香梨の立場なら通報している。それはもう迅速に。


「…………」


 まあ?別に、今日じゃなくてもいい。どうせ緋香梨もいつかは学校に来る。篠崎先生もあの様子だとまた仲立ちをしてくれそうではあるし、今日は大人しく──。


「おや?」

「はいっ!あああの決して怪しいものでは──」


 完全にアウトなキョドり方で振り向く。まさかもう通報されたのかと戦慄するが、そこに居たのはお巡りさんではなかった。


「ウチに何か用事かな?それにその制服は……緋香梨と同じ高校の子か」

「あの、えっと」


 金属製の柵の内から僕に声を掛けてきたのは、見た目四十代半ばの男性。凛々しい顔つきは出来るビジネスマンといった様相。

 察するに、緋香梨の父だろう。シチュエーション的にはラスボス手前の四天王相当だろうか。最弱であることを祈りつつ、僕は呼吸を整え頭を下げた。


「奥宮悠と言います。その、緋香梨さんに会いに来ました」


 直球勝負だ。変に誤魔化すより良いだろう。と言ってもここが正念場には違いない。ここで追い返されたら元も子もないのだ。

 背中に冷や汗をかきつつ反応を伺う。すると、緋香梨の父は驚き混じりの笑い声を上げて答えた。


「君が悠くんか。緋香梨から話は聞いてるよ。娘が世話になってるね」

「え?あ……いえこちらこそ」


 テンプレみたいな会話。どうやら僕の存在は緋香梨の家族にまで知れ渡っていたらしい。まあ不思議な事ではない。篠崎先生の存在を考えればそう言う事もあるだろう。

 とはいえ面食らった事には変わりない。二の句が継げず黙り込む僕に向かって緋香梨の父が近づいてきた。


「申し遅れた。私は緋香梨の父で、良夜りょうやと言う。良い夜で良夜。君は緋香梨に会いに来たと言ったが、話があるのなら中で聞くよ。遠慮せずに入ると良い」


 どうやら新聞を取りに外へ出てきたようだ。今さらその手に握られている紙束の存在に気づく。

 良夜さんは内側から柵の鍵を外して僕を招き入れてくれた。気後れしつつも足を踏み入れ、彼の案内に続いて庭を横切り玄関へ。

 あれよあれよと言う間に僕は結城家のリビングに居た。広い。具体的に何畳かとかは分からないけど、とりあえず広い。うちの二倍くらいはある。

 開放感溢れるリビングの中央に置かれたリクライニングソファがこれまたデカイの何の。ウン十万はしそうだ。

 良夜さんに促されるまま腰掛けた尻が沈み込む。自然と寛ぐような姿勢になってしまうのが申し訳なくて、尻の位置をずらして浅く座り直した。慣れていないのがバレバレだが、正直緊張しまくりでそれどころではなかった。

 良夜さんは僕の様子をおかしそうに眺めつつ、気を遣ってくれたのか最初に会話を切り出した。


「悠くん……ああ、今更だが悠くんと呼んでも?」

「は、はい。お好きなように」

「そうか。それで悠くん、どうかな」

「……と、言いますと」

「学校での、緋香梨の様子さ。最近友達が出来た、なんて嬉しそうに話していたものだから。親の私が言っては何だが、緋香梨に友達が出来るなんて奇跡以外の何物でもないからね。君から見た緋香梨の事を教えて欲しいんだ」


 僕は少し驚いていた。何というか、自分の子供に対して随分低い評価だと思った。

 だがすぐに気がつく。僕は少しではあるが緋香梨の事情を知っている。彼女がその「体質」故に友人を作りづらい事も理解している。

 良夜さんが言った「奇跡」という言葉には様々な意味があるのだろう。その考察はさておき、僕は素直に良夜さんの言葉に応えた。

 僕が見た有りのままの緋香梨の様子を。なんて事はない、なんの面白みもない話。そんな僕の話に良夜さんは嬉しそうに頷いていた。

 とはいえ緋香梨と知り合って日も浅い。すぐに話は尽きてしまう。


「そうか。有難う、悠くん。緋香梨と友達になってくれて」

「いえ、こちらこそ。緋香梨さんと友達になれて良かったです。……けど」

「……私は緋香梨から何かを聞いた訳ではない。だがその様子では何かあったんだね?悠くんがこんな時間にうちへ来たことも含めて」


 良夜さんは小さくため息を吐く。僕は頷きつつも、その様子に首を傾げた。良夜さんの口から語られたのは昨日緋香梨が帰宅してからのことだった。


「昨日、車で迎えに行ったら随分落ち込んだ様子でね。そのまま一言も喋らず、夕飯も食べずに自室へ閉じこもってしまったんだ」

「それは……」


 語るべき言葉が見つからなかった。一体何を言えば良いのかわからない。口籠ってしまう自分が情けない。

 僕は緋香梨と言葉を交わすためにここに来たというのに。


「……あの、聞いても良いですか」

「何だい?」


 ならばいつまでも足踏みしている訳にはいかない。踏み込まねば、目的地には辿り着けない。例えそれが触れづらい話題だとしても。


「緋香梨さんの体質の事です。その、失礼なのは重々承知なんですが」

「ああ……いや、ちょっと待ってくれ。悠くんは緋香梨から何も聞いていないのかい?」

「──え?」


 互いに困惑していた。何か前提から取り違えていたかのように。


「いや、今更君が緋香梨の体質の事を聞いてくるとは思わなくて。全部知ってるものだとばかり」

「えっと……緋香梨さんがアルビノであることは知っています。その事ではなくて……その、緋香梨さんの『目』の事で」

「私が言っているのはその事も含めてさ。……全くあの子は」


 良夜さんは眉間を抑えながら大きなため息を吐く。僕に怒ったり呆れたり、という様子ではない。それは緋香梨に向けてのものだった。


「私の口から全て説明しても良いんだが……そうだね、やはりこればかりは本人の口から説明させるべきだろうな」

「……養護教諭の篠崎先生も同じ事を言っていました。それとうちの母も。やはりただならない事情があるんでしょうか」


 僕の言葉に困ったように微笑む良夜さん。沈黙は一瞬だった。


「大した事じゃない。ただ、あの子が踏み出すためには必要な事なんだ。ちゃんと自分を認めて、受け止めて、前に進むためには。自分の口で自分の事を伝えるというのは、あの子にはとてつもなく難しい事だ。いろいろと辛い思いもして来たからね」


 そこで一度言葉を切った良夜さんは身を乗り出してきた。真っ直ぐに僕の目を見つめて先を続ける。


「でも、君は知ろうとしてくれている。なら後はあの子が歩み寄れるかどうかだ。家族を除いてあの子の本質に一番近づけたのは君が初めてだ。さっきも言ったけど、それは『奇跡』なんだよ。……だから、これは私からのお願いだ」


 父の顔つきだった。娘を想う親としての意志の強さ、想いの強さがその瞳から伝わってくる。それは有無を言わせぬ視線だった。


「どうか、あの子の『特別』になってやってくれ」


 その時、僕は直感した。良夜さんも、きっと僕の知らない僕の何かを知っているのだと。

 故に混乱する。一体、僕は何を期待されている?何だよ特別って。誰も教えてくれない。訳知り顔で、一歩引いた所から掴み所のない言葉を掛けるだけ。

 僕は、何なんだろう。自分の事なのに、なんで知らないんだろう。ああ、またこの感情だ。悲しくて悔しくて、どうしようもない。

 でも、今なら。答えを知っている人がすぐ近くにいる。彼女の口からしか答えを聞けないのなら、そうするまでだ。

 だから僕ははっきりと頷く。『特別』の意味を知る為に、僕は彼女の特別にならねばならない。


「任せて下さい。『特別』なのは篠崎先生のお墨付きですよ」

「はは、そうか。……それじゃ、案内するよ。きっとお腹を空かせているだろうからね、なるべく早目に部屋から引きずり出してくれると父親としては安心かな」

「……はい。がんばります」


 緊張混じりの唾を飲み込んで。僕は立ち上がった良夜さんの後ろに続いて二階へ向かった。



*****



 二階にある部屋は全部で四部屋。廊下に面したそれらのうち、一番奥にあるのが緋香梨の部屋らしい。

 良夜さんがその部屋の前で足を止める。何の変哲もない木製のドアの奥に緋香梨がいるのだと思うと、妙に緊張した。

 果たして彼女はどんな風にしてそこに居るのだろう。一人で部屋に閉じこもって、家族さえも遠ざけて。寂しくないんだろうか。

 じっとドアを見つめる僕の横に立つ良夜さんは、早速ノックして呼びかける。


「緋香梨?起きているかい?」


 返事はない。良夜さんはため息を吐くが、めげずに声を掛け続ける。


「緋香梨、話があるんだ。ドアを開けてくれないかな」


 横たわる沈黙。良夜さんが頭を掻きながら再び口を開こうとした時──扉の向こうからくぐもった声が聞こえた。


『……開いてる』


 思わず顔を見合わせる僕と良夜さん。だがそれも一瞬、僕たちは互いに頷きドアに手をかける。予定通り、僕が部屋の中へ足を踏み入れる為に。

 良夜さんは僕に全てを任せてくれた。緋香梨の心に切り込む役目を任せてくれた。期待には応えなければならない。緋香梨の、たった一人の友達として。

 僕は静かに扉を開ける。早まる鼓動を抑えつつ、視線を中に向けた。

 だが何も見えない。部屋の中は真っ暗だ。薄暗い、ではない。文字通りの暗闇だった。

 相当厚い遮光カーテンでも備え付けているのかと思いきやそうではなかった。恐らくこの部屋には窓がない。日光が入り込むのを避ける為なのだろう、この部屋は緋香梨の為に作られた部屋のようだった。

 僕は少々気圧されつつも後ろ手でドアを閉めた。廊下の光も遮られ、視界は真っ暗闇。


「…………」


 けど、そんな中でも気配だけは感じる。最初になんて声を掛けようか。きっと驚かせてしまうけれど、声を出さねば何も始まらない。

 ……よし、覚悟完了だ。僕は一思いに声を発した。


「緋香梨」


 瞬間、部屋の隅で大きな音がした。


「え、え、……聞き間違い……?」

「じゃないよ。ごめん、勝手にお邪魔して」


 ガラガラガラ!!なんてけたたましい音が響く。何か物が崩れたみたいな音だ。そして間も無く、ぼんやりと光が部屋を照らし出した。

 光源はどうやらルームランプのようだ。シングルベッドの横に置かれたランプの光は不思議と心を落ち着かせてくれるような、そんな温かい光だった。

 そしてベッドに腰掛けて、信じられないものを目にしたかのように驚愕の表情を浮かべる白い女の子。緋い瞳がルームランプの光で輝いた。


「………………うそ」

「えっと……ホントごめん。でも緋香梨が悪いんだよ?昨日、あんな事言われちゃったらさ」


 僕を見つめる瞳は揺れている。不安に、迷いに、怒りに。刹那の内に湧き起こった様々な感情を処理しきれていないのかもしれない。

 その目は不思議な力を帯びている。このまま見つめていればまた昨日のような事になってしまうかも知れない。

 だがここで目を逸らしてしまっては全ては台無しだ。何せ僕はその目と向き合う為に此処に来たのだから。

 緋香梨は相変わらずジャージ姿だった。けれどパーカーは羽織っていない。家の中じゃ不審者スタイルである必要もないのだ、当たり前だが。

 緋香梨はじっと僕を見つめている。その瞳を見つめ返す。今はあの不思議な力は感じない。何か条件でもあるのだろうか、と不思議に思った瞬間。


「帰って」


 たった一言、緋香梨は呟いた。鋭い眼光は初めて目にするものだった。緋香梨の整った顔立ちでそんな顔をされると、有り得ないくらい威圧感を感じる。

 だがこの程度でへこたれてなどいられない。そっちがその気ならこちらも相応の覚悟がある。


「断る。今日は緋華梨の口から全部聞かせてもらうまで帰らないよ」

「……っ、なんで」

「……緋香梨、僕さ。怒ってるんだよ」


 緋香梨が息を呑む。そうだ、僕は怒っている。この気持ちを伝えるために僕は言葉を紡ぎ続ける。


「緋香梨、僕たちは友達でしょ?なのにどうしてあんな事を言ったんだよ。もう関わらない方がいいとか、自分のことは忘れてとか。──出来る訳ないだろ、そんなの」


 緋い瞳が一層大きく揺れる。その目尻から雫を溢して、震える声と共に緋香梨は口を開いた。


「……なんで、どうしてっ。悠くんは恐くないの?私の事が。私の目が。今はなんでか普通だけど、昨日は確かに私の事を忘れてた。私の目は、悠くんをおかしくしちゃえるんだよ?壊しちゃうかもしれないんだよ?恐いでしょ、気持ち悪いでしょ。私は人間じゃないから。目は赤いし、髪は白いし、肌だって──」

「緋香梨ッ!!」


 聞いていられない。僕は頭に血が上ったみたいに、流れ出す言葉と感情を止められなかった。


「僕が一度でも緋香梨の事を恐いなんて言ったか?一度でも緋香梨の事を避けたりしたか?……なんでだよ。僕はずっと緋香梨の事を友達だと思ってた。なのにどうして僕を避けるんだよ。僕が気を失ったから?確かに驚いたさ。でもそれだけだよ。その事で緋香梨の事を恐いだなんて微塵も思ったりしなかった。なのに緋香梨は勝手に結論を出して僕を避けて──」

「──恐いのっ!!!」


 それはまさしく緋香梨の魂の叫びだった。ぼろぼろと涙を流して、ベッドの上で縮こまっていた。何もかもを拒絶するように頭を抱えて彼女は叫ぶ。


「私が、恐いの!!悠くんを壊しちゃう!!やだ、やだよっ!悠くんだけが私と普通に会話出来るのに、悠くんが壊れたら私は本当に一人ぼっちになっちゃう!ずっと一人なんてやだ、やだぁ!」


 まるで駄々をこねる子供のようですらあった。それこそが緋香梨の本音。彼女はいつでも怯えている。

 この世界で孤独となることを。誰も己の目を見てくれず、満足に言葉を交わせず、恐れられ、避けられ、一人になる事を。

 目を合わせて話が出来ない。言葉にしてみればたったそれだけの事のようにも思えるかもしれない。だがそれは孤独そのものだ。

 誰も己と顔を合わせてくれないのだ。顔を合わせれば、目が合う。目が合えば、壊れる。

 緋香梨は孤独だ。本当は友達が欲しいのに、普通に話がしたいのに。出来ないのだ。

 僕の頬には涙が伝っていた。泣きじゃくる彼女の涙が移ったのか。いや、そうじゃない。ただ悲しかったのだ。

 どうして僕はもっと早く君に逢えなかったんだろう。こんなに他人を怖がってしまうようになる前に、もっと早く君に逢えていたら。僕が絶対そんな風に君を泣かせはしなかった。

 なぜ僕がとか、どんな理屈でとか、そんなことはもはやどうでも良かった。

 僕のこの手が、この心が。ただ君を求めていた。


「悠くん、お願い。私が悠くんを壊しちゃう前に、もう私から離れて。この前悠くんに会ってから、私は嬉しくて楽しくてしょうがなかったの。その思い出があれば、悠くんっていう人が居るんだって分かってれば、私は大丈夫だから、だから──」


 その先は言わせない。必死に僕を突き放そうとする彼女の言葉を無理やり遮った。


「…………ゆう、くん」


 呆然と呟く。僕の胸の内で。

 力を込めれば折れてしまいそうな程華奢な身体は少しだけ震えている。怖かったんだろう。自分の孤独を強く意識してしまったから。

 そんな彼女を安心させる為に、僕は優しく抱きしめ続けた。君は一人ではないのだと。こんなにも君を想う人間が居るんだと。温もりでもって伝える為に。


「……緋香梨。大丈夫だから。君は一人じゃないし、一人になんかさせない。絶対。僕が居るから。ずっと側に居るから。だから怖がらないで」

「……う、ぁ」

「また一杯話をしよう。ちゃんと顔を合わせて。目を見ながらさ。話に飽きたら二人で遊んだりなんかして、疲れたら休んで。そしたらまた話をしよう。緋香梨が話したい時はいつでも側に行くよ。お腹が痛くても、授業中でさえも。夜中だって構わない。だから君は一人じゃないんだ。安心して」


 僕の腕の中で緋香梨がゆっくりと顔を上げる。恐る恐る、臆病な子兎のように震えながら。

 緋香梨の瞳は濡れていた。神秘的かつ妖艶な緋い瞳は僕を、僕だけを映し出していた。


「……悠くん。本当に?」

「本当だよ。じゃなきゃ、学校サボってここに来る訳ない。……だからさ、もう『関わらないで』なんて悲しい事は言わないで欲しい」

「…………うん。ごめんね」


 しおらしく呟く緋香梨。分かって貰えたみたいだ。安堵に胸を撫で下ろそうとしたが、僕の両腕は緋香梨を抱きしめるので手一杯だった。

 安心したら今更だが恥ずかしくなってきた。っていうか、なんか滅茶苦茶いい匂いするし、あったかいし、柔らかいし、なんだこれ。意味が分からない。

 慌てて身体を離そうとして──僕は身動きが取れなくなっていた。


「……ねえ、悠くん」


 するり、緋香梨の細い両腕が僕の背に回される。身体が更に密着し、緋香梨の身体の感触がはっきりと伝わってくる。ジャージを着ている所為で分からなかったが、緋香梨はそれなりに胸があるらしい。柔らかい二つの膨らみが僕の胸板に押し付けられている。

 免疫がない僕は脳味噌が沸騰寸前だった。顔はトマトのように赤くなっているかもしれない。

 だが緋香梨は僕の様子などお構いなしで、どんどん抱きしめる力を強めていく。完全に引き剥がせなくなった頃、緋香梨は僕の耳元で囁いた。


「悠くんはやっぱり『特別』なんだ。私、やっと分かった。悠くんは私の特別。ねえ悠くん」


 彼女の吐息が耳朶を叩く。ぞくりと背筋が震えた。

 艶やかな息遣いで、僕だけに聞こえる声で甘く囁いた。




「大好き。大好きだよ。もう悠くんの事しか分かんなくなっちゃった。悠くんが私をおかしくしちゃった。おかしいね、これじゃ反対だね。好き、好きだよ、大好き──」




 目眩がする。身体を駆け巡る熱い衝動が抑えられない。今すぐ緋香梨を押し倒して滅茶苦茶にしてしまいたい。

 きっと彼女は全て受け入れるだろう。囁かれた言葉の一音一音全て嘘偽りのない彼女の本音。だがすんでのところで僕の理性は最後の一線を越えさせてくれない。

 そんななけなしの理性さえ緋香梨は溶かそうとする。薄い唇が僕の耳たぶに触れた。

 緋香梨の掠れた息が鼓膜をくすぐる。


「悠くん、悠くん、悠くん。好き。好きなの。ほんとだよ?前みたいに悪戯してる訳じゃない。悠くんを試してる訳じゃない。本気で好き。好き、大好き」

「ひ、緋香梨。駄目だって。あの、僕だって緋香梨が好きだ。でも、これは流石に刺激が強すぎっていうか」

「だめ。もう絶対に逃さないから。悠くんには私の全部を受け入れてもらうんだから」


 緋香梨はおもむろに僕の耳元から顔を離し、間近で僕を見つめた。緋い瞳は情欲に濡れている。涙の跡はもう消えていた。


「私の全部を教えてあげる。大好きな悠くん。受け入れてくれる?」

「……っ、もちろん」


 にっこり笑う緋香梨は余りにも可憐で幻想的で美しい。本気で頭がおかしくなりそうだ。いやもう半分くらいおかしくなっている。今の僕は緋香梨の事しか考えられなかった。


「悠くんは何だと思う?私の事」

「……超能力者?」

「ぶー。不正解。もっと具体的に」


 緋香梨の質問の意味が余り理解できなかったが、浮ついた思考で何とか推測を導く。具体的に、ということは緋香梨の正体は明確に定義できるのだろう。

 分からない時こそ直感だ。深く考えず、感じたままを口にする。


「本当に、エルフとか」

「ぶー。また不正解。でも超能力者よりはかなり正解に近いかも」


 超能力者では答えに遠くて、エルフは限りなく答えに近い。分類、カテゴリーの問題か?なら恐らく緋香梨の正体は恐らくアレか。

 ……本当に?実在するのか?そんなの、ファンタジーというか伝承の中だけの存在だと思っていた。

 僕の直感が告げている。ヒントは沢山あった。緋香梨の目だけではない。緋香梨の好みもそうだ。ああそういえば、緋香梨は話す時に口元を隠していたっけ。そうでなくとも、目立たないようにはしていた。

 間違いないだろう。僕は確信を持って答える。




「──吸血鬼、なのか」




 緋香梨は目を細めた。



「正解。ほら、見て」


 そのまま口を半開きにしてみせた。顔を覗かせたのは鋭い犬歯。普通の人間の二倍ほどの長さだった。

 思わず目が釘付けになってしまう。コスプレのような作り物ではなく、ちゃんと歯茎から生えている紛れもない本物。

 まじまじと見つめる僕の視線に気づき恥ずかしくなったのか、緋香梨は頬を染めながら口を閉じた。でも僕から目は逸らさず、続けて呟いた。


「たまにね、口の中噛んじゃうの。無駄に尖ってるから深く刺さって痛いんだ。えへへ」


 かわいいな。浮かんだ感想がそれだけだった。

 ……僕の脳細胞もかなり死滅してきているのかも知れない。けどまあいいや。かわいいし。


「緋香梨がトマトが好きな理由を赤いからって言ってたけど、やっと納得したよ。やっぱ吸血鬼だから血とか飲みたくなるの?」

「んー、飲んだ事ないから分かんない。でも赤色にすごく惹かれるの。身体は普通の人間と全く同じだから血を飲む必要はないんだけどね。本能なのかな」

「なるほど。そういえばニンニク嫌いなんだっけ。言われてみれば典型的な吸血鬼っぽいかも」

「いや、ニンニクは吸血鬼とか関係なしで普通に嫌い」

「え!?」


 ミスリードだったらしい。紛らわしい。


「ま、まあそれはさておき。……なんていうか、本当に居るんだ。その目の不思議な力も吸血鬼の力って事?」

「そう。私の家系は吸血鬼の血を引いててね、お母さんにも流れてる。でもお母さんは普通の人間とまったく変わらないんだ。一応目の力……『隷力れいりょく』って呼んでるんだけど、それはお母さんも持ってる。でも、お母さんの目はせいぜい『ちょっと気にさせる』程度の隷力しかないんだ」

「なら、どうして緋香梨にはそこまで強い力が?」

「私はいわゆる『先祖返り』っていうのみたい。この髪も目もその所為。ご先祖様の姿に近いんだって」


 どこかで聞いたことがある。要は隔世遺伝の一種だ。世代を超えて形質が引き継がれているように見える遺伝現象の事だった気がする。

 世代を重ねて吸血鬼としての形質が薄れていたところに突然緋香梨という存在が生まれた。緋香梨の両親はさぞ驚いた事だろうが、彼らがそんな緋香梨を心から愛しているのは疑うべくもない。その緋い目を慈しみ、「緋香梨」という名前を付けたのだから。


「緋香梨のご先祖様か。やっぱ血飲んでたのかな」

「まあそれなりに悪さはしてたみたい。でも、ある時人に恋をしたんだって。それから人の血を飲むのはやめて、同じ人として生きる事にしたの。……お母さんから聞いた話だけどね」

「へえ……なんか凄い。吸血鬼っていうと西洋的なイメージが強いけど、緋香梨のご先祖様はヨーロッパから来たの?」


 吸血鬼、即ちヴァンパイア。或いはドラキュラ。西洋の民話や伝承にルーツがあると一般的には考えられている。故にそう問いかけてみたが、緋香梨はあっさりと首を横に振る。


「ううん。……そこに居たんだって」

「……どういう意味?」

「気がついたら、そこに居た。海を渡って日本に来たとかじゃなくて、なんの前触れも脈絡もなくある時そこに存在した。それ以外のことは何も分からないんだって。うちにはそう伝わってる」


 煙に巻かれたみたいな回答だったが、実際そうなんだろう。不思議とはそういうものなのかもしれない。


「緋香梨のご先祖様が現れたのってどれくらい昔の事なの?」

「織田信長とか生きてたらしいよ」


 まじか。バリバリ戦国時代じゃないか。驚きしかない。

 結城家は由緒ある家系のようだ。それだけの歴史があればこそ、これほど立派な家も建とうというもの。


「聞けば聞くほど凄いな……驚いた。もっと早く知りたかったよ」

「うん……ごめんね。私にもっと勇気があれば良かったのに」

「あ、責めてるんじゃないんだ。むしろいきなり聞かされても信じてなかっただろうしね。今こうして聞けたから良し」

「そっか。そだね」


 緋香梨が僕に身体を預けてくる。真面目な話をしていたので気にしないよう努めていたが、さっきから僕は緋香梨に抱きしめられっぱなしだ。

 恥ずかしいが、嫌ではない。むしろずっとこうしていたいほど。緋香梨も同じ気持ちで居てくれてるんだろうか。


「緋香梨」

「何?悠くん」


 緋香梨が僕を見上げる。有耶無耶になっていた言葉をちゃんと伝えるため、その目を見つめながら僕は告げた。


「僕も、緋香梨が好きだ。多分初めて会ったあの日から」


 緋香梨の目はまん丸だった。鳩が豆鉄砲を食らったような、とでも言おうか。じっと僕を見つめている。

 ふと彼女の頬が綻ぶ。そして瞳が妖しく光ったように見えた。


「……悠くん。私も好き。だーい好き。私の運命の人──」


 瞳に気を取られている内に緋香梨の顔が近づいてくる。彼女の息遣いさえ感じる距離。

 緋香梨がそっと瞳を閉じる。僕を虜にする視線から解放されても、僕はまだ身動きが取れなかった。



 唇に触れる柔らかな感触。僕は悟った。これでもう、僕は緋香梨から決して逃げられなくなってしまったのだと。


「……んっ、ふぁ」


 緋香梨が僕の唇を啄んでいた。しっとりと濡れた感触と温かさを感じ、僕の鼓動は否応なく高まっていく。

 決して逃さないと言葉にするように、緋香梨はきつく僕を抱きしめたままキスをし続けた。


「ぁ……っ、ん、ふっ……」

「……っ」


 もうどれほどそうしていたか分からない。頭がふやけきった頃、ようやく緋香梨は僕の唇から顔を離した。繋がった唾液の橋がルームランプの光で煌めく。


「愛してる、悠くん、悠くんっ。好き、ずっと好きだよ、大好きだから──」


 嗚呼、鬼だ。そうして僕を堕落させるのだ。もう君なしでは生きられない。この僅かな時間で僕の魂には君の存在が深く刻み込まれてしまった。

 怖いくらいに君が愛おしい。理性も常識も何もかも溶かし尽くしてしまうかのよう。

 この先僕は君に寄り添い続けるのだろう。それこそ一生、ずっと君の側で君だけを見続けるのだろう。それは君が心の底から望んだ結果で、不思議な瞳で僕をそうさせてしまったのか。

 ──いや、違う。これは僕が望んだことなのだ。

 君とこうなりたかった。僕の意志だ。


「僕も好きだ、緋香梨。約束する。ずっと君の側に居る」




 こうして、僕と結城緋香梨は「恋人」になった。



*****



「貴方が悠くんね?」


 結城家一階リビングにて。ガラス製のローテーブルを挟んで向かい合う僕と彼女。僕の隣にはピッタリと僕に寄り添う緋香梨の姿。彼女の隣にはにこやかにこちらを見つめる良夜さん。

 今、この場では結城家緊急家族会議が開催されていた。先ほど僕に言葉を投げかけてきたのは言わずもがな、緋香梨の母だ。

 緋香梨に良く似て美人である。いやこの場合は緋香梨が母に似てと言うべきか。ともかく僕は頷きつつ答えた。


「はい。奥宮悠と言います」

「私は聖奈せいな。貴方のことは緋香梨から聞いてるわ。あと篠崎先生、だったかしら。それと、貴方のご両親からもね」


 長い睫毛を揺らし微笑む聖奈さん。思わず口籠ってしまう僕。いきなりジャブを放たれた気分だが、その事を問う前に僕は頭を下げた。


「あの、すみませんでした。突然押し掛けてしまって」

「気にしないで。むしろ嬉しいわ、そこまで緋香梨の事を気にかけてくれて。……二人の中も進展したみたいだしね」


 微笑む聖奈さんの視線が気恥ずかしくて身動ぎするものの、緋香梨がひっついているのでなんの意味も無かった。

 どうしてこんな状況になっているのか。事は単純で、あの後緋香梨を部屋から連れ出すことに成功した僕は良夜さんに全てを打ち明けのだ。僕が緋香梨とこれから先共に歩んでいく事、その決意を。

 良夜さんに頼まれたとおり『特別』になったのだと、胸を張って伝えた。良夜さんは大いに喜び、すぐさま仕事に出ていた聖奈さんに連絡を取り、聖奈さんが昼に勤め先を辞して駆けつけ今に至ると言う訳だ。ちなみに良夜さんも今日は緋香梨が心配で会社を休んでいたらしい。緋香梨は本当に愛されているみたいだ。


「えっと……僕の両親からも聞いてたんですか?僕の事を」


 ようやく本題に入る。緋香梨と僕の関係が変わった事については既に良夜さんから聞いているだろうから、今更その話を掘り下げる必要はない。だから僕の聞きたいことを聞かせてもらう事にした。


「ええ。悠くんのご両親にはお世話になっているわ。特に、お父さんの方にはね」

「──え」


 何故。その一言が頭の中を埋め尽くした。

 職業不詳の父が何故緋香梨の両親と面識があるのか。世話になったとはどういう意味なのか。その全てが聖奈さんの口から語られる。


「悠くん、世の中には私や緋香梨みたいに『不思議』としか言いようのない存在が存在しているの。でも大抵の人はその存在を信じてはいない。だからね、『不思議』にはとても生きづらい世界なのよ。この世界は」

「……不思議、ですか」

「そう。不思議は意外に身近なものよ。本人でさえ気付いていない事もある。……悠くん、貴方みたいにね」


 聖奈さんの目は真剣だった。何も言えず黙り込む僕だったが、何となく察していた。直感していたのだ。僕もまた、緋香梨と同じである事を。


「まあ貴方の場合は気付かないよう配慮されていた、というべきかしらね。気付いてしまえば貴方はどうしたって普通ではいられないから。だから悠くんのお父さんは悠くんに自分の事を詳しく教えていなかったの」

「それは、一体……」

「悠くんのお父さんは……そうね。簡単に言うと、そういう『不思議』が普通に生きていけるように、いろんな居場所を探して提供してくれる。そう言うお仕事をしている人なの」


 思考が追いつかない。年中家を開けている父がまさかそんな仕事をしているとは。想像なんてできる訳がない。第一言われたとしても一笑に付していた。

 だが腑に落ちた気分ではある。母が頑なに詳細を語ろうとしない理由も、全ては僕に悟らせないため。

 ──僕が、僕自身が普通ではないと言うことを。


「緋香梨はずっと、学校に入学した事にはなっているけど実際には通わない。そう言う生活をしてきたの。一度学校に通った時期もあるんだけど……まあ大変な事になっちゃってね。悠くんのお父さんのお陰で事は明るみに出ずに済んだけど、緋香梨はそれがトラウマになっちゃって。塞ぎ込んでたの」

「……そうなんだ」

「うん。……怖かった」


 緋香梨がぎゅう、と僕の腕を抱きしめる。自分と目を合わせた人間は壊れてしまうのだと強く認識したのはその時なのだろう。

 聖奈さんと良夜さんの視線が生温かいが、僕は緋香梨を振り払う気など到底起きなかった。


「幸い隷力に曝された子たちは何も覚えてなかったし、すぐに日常生活に復帰できたから何とも無かったんだけどね。でも緋香梨は学校どころか外に出るのも嫌がるようになっちゃって。……そんな時に、悠くんのお父さんが紹介してくれたの。悠くん、君の事を」

「僕……ですか?」


 首を傾げる。父は居場所を提供するのが仕事のはずだ。なのにどうして僕の事を紹介してくれたのか。

 その疑問は直ぐに氷解した。


「悠くん、貴方だけが緋香梨の隷力に耐えられるんだって。緋香梨に寄り添うことが出来るのは、悠くんしかいないんだって。……実を言うとね、私も良夜さんも、緋香梨の目を長時間見続けると隷力に抗いきれないの。親なのに子供の目を見て話が出来ないなんて本当に悔しいし恥ずかしい話よ。じゃあ誰がこの子の味方になってやれるのって話だもの。だからね、悠くんの存在は私たちにとって希望の光みたいなものだった」


 語る聖奈さんの表情は悲しげで苦しげで、長い間葛藤して来たことが伝わってくる。良夜さんも目を伏せて聖奈さんの話を黙って聞いていた。


「私たちは、私や緋香梨が持つ不思議な力のことを『隷力』って呼んでる。隷属させる力だから『隷力』。こういう不思議な力を持つ存在は他にも居るらしいけど、この不思議な力に抗える人は大きく分けて二種類居るらしいの」

「……一つは、良夜さんみたいな人ですか?」


 僕の問いに聖奈さんは頷く。聖奈さんも弱いとはいえ不思議な力であるところの「隷力」を持っている。多分、普通の人では聖奈さんと正気で話せやしないだろう。大方目が気になって会話にならないとか、そんなところだろうか。


「霊感……とは違うがね。中には私みたいに、そうした不思議な力に対する抵抗力が強い人も居るみたいなんだ。だから私は聖奈の目を真っ直ぐ見る事ができる」

「隷力は頑張ればある程度制御できるわ。今じゃ私も普通の人と普通に話が出来る程度には制御できてる。けど、ここまで来るのにだいぶ時間が掛かってしまって。それまでは苦労してきたけど……良夜さんはそんな私を支えてくれた。『支えることが出来た』の」


 良夜さんが恥ずかしそうに頬を掻いていた。成程、運命の人とは良く言ったものだ。隷力に耐えられることは結城家の人間と結ばれるための最低条件ということらしい。

 ならば隷力に耐性がある良夜さんが聖奈さんと結ばれたのも必然だろう。聖奈さんの苦労も並大抵では無かったはずだ。


「話が逸れたわ。それで、不思議な力に抗える人だけれど……二つ目は悠くん。貴方みたいな人の事よ」

「……それはつまり」


 聖奈さんは頷いて告げる。


「ええ。──『不思議』そのものであれば、不思議な力にも抗える。私は吸血鬼の末裔ではあるけれど、ほぼ普通の人間に近づいているから緋香梨の強力な隷力には完全には抗えない。でも悠くんは別。貴方は『不思議』にずっと近い人だから」


 頭を殴りつけられたような衝撃──とかは特に感じない。大体察してはいた。故に聖奈さんの言葉もすんなりと受け入れることが出来た。


「僕は一体……何なんですか?父も母も、何も教えてくれたことはありません」

「……悠くんのご両親には、緋香梨と結ばれる時が来たら全てを伝えて構わないと言われたわ。だから教えるわね。貴方が一体『何』なのか」


 固唾を飲んで言葉を待つ。聖奈さんは間も無く語り出した。


「悠くん、『さとり』って知ってるかしら。妖怪の」

「……へ?」

「貴方のお母さんね、『覚』なのよ。妖怪の」

「妖怪の」

「覚」

「…………」


 …………。


「え?僕、妖怪なんですか?」

「お母さんは紛れもなく妖怪よ。貴方はその子供。まあほぼ妖怪ね」


 妖怪。そうか妖怪か。

 なるほど、僕は妖怪。──って、まじか。無い。自覚、全然無い。当たり前と言われればそうだが、「貴方は妖怪です」と言われて信じられるだろうか。

 ……信じるしか無いのだが。まさか自分の正体が妖怪、正確には妖怪の子供だったとは。

 余りの衝撃に少々取り乱したが、長年の違和感が払拭された。母のあの異常なまでの察しの良さは覚としての力なのだろう。

 覚とは聖奈さんの言う通り妖怪だ。全国各地の民話にその存在が見られる。その姿や習性などは場所によって差があるものの、どの民話にも共通しているのは「人の心を読む」と言う特性。

 思い切りうちの母親の事だ。まさしく妖怪に相応しき読心力と言うか。納得だ。


「妖怪かぁ……なんか格好悪いな……」

「えっと、悠くん?私だって言っちゃえば妖怪だよ。同じだよ」


 緋香梨の慰めの言葉も、今は何だか惨めにすら感じられる。「吸血鬼」は格好いいが「妖怪」は流石に擁護できない。「覚」では何だかピンとこないし微妙である。あまりにも微妙である。


「なんか……ごめんね」

「いえ、いいんです。それもこれも、僕に隠していた父と母が悪いんです」

「その、悠くんのご両親は悠くんに普通の人として生きてほしいと願っていたって事だけは分かって欲しいな。悠くんはもう、自分が『覚』の子供だっていう事実からは逃げられないんだから」


 聖奈さんのいう通りだ。世の中には知らぬが仏という言葉がある。知らなければ僕は普通の人間として生きられただろう。

 別に知ったからと言って直接的な影響がある訳じゃない。ただ、己の存在をどう認識するかは変わる。心の何処かに自分は『覚』の子供であるという意識が芽生える。

 いつかその事実に傷付いたり嫌気がさす事があっても、逃げられないのだ。まあ、杞憂ではあるけれども。


「分かってますよ。だから余計に腹立たしいというか。『その程度の事実』なら、もっと早く教えて欲しかった」


 僕の心はもう落ち着いている。耳にした直後は驚いたがそれだけだ。むしろ今は言葉の通り苛立ちすらある。

 過保護なのだ。僕の両親は。もっと僕の事を信頼してくれてもいいのに。そう思った。


「……悠くんは強いのね」

「そうでしょうか。……僕はただ嫌なだけだったんです。僕の知らない僕のことを、僕以外の皆が知っている事が。どうして自分の事なのに僕は知らないんだろうって、それが悔しくて悲しかっただけなんです」

「それは是非ご両親にも伝えてあげて。それと、今まで隠していて御免なさい。悠くんに緋香梨と仲良くして欲しいと思っていたのに、事情を伝えないのは不公平だったわよね」


 聖奈さんは静かに頭を下げる。良夜さんもまた同じように。

 僕は慌てて口を開いた。


「い、いえ気にしないで下さい。僕が緋香梨と仲良くなるのかならないのか、僕の意思を尊重してくれていたからなのは理解してます」

「ありがとう。でもその話はまだしてないわよね?やっぱり『覚』の力かしら?」

「かも知れませんね。本当は緋香梨の方から僕に声をかけるはずだった、というのも分かってますから」

「……驚いたわ。さすがね。緋香梨、大丈夫かしら?貴方悠くんには何も隠し事出来ないわよ」

「うう……その時は隷力でどうにか」

「駄目です。緋香梨が本気出したら悠くんでも結構危ないんだから」


 緋香梨は聖奈さんの言葉に口を尖らせていた。可愛い。

 ……じゃなくて、まだ聖奈さんに聞かねばならない事がある。今の会話で少し気になるところがあった。


「あの、緋香梨の隷力ってある程度は制御できてるんですか?僕は基本的に緋香梨の目を見ても大丈夫なんですが、隷力の影響を受けてしまう時もあって」

「ゆ、悠くん。その話はやめよう?」

「え?なんで?」

「何でもっ」


 緋香梨が慌てて僕の口を塞ぎに掛かる。リクライニングソファの上で小競り合いをする僕らを、ご両親方は微笑み混じりで見つめていた。


「平常時の緋香梨でもその隷力は相当なものよ。だから普通の人はまず間違いなく影響を受けるんだけど、その程度なら悠くんには関係ないわ。でも、緋香梨の感情が昂るとそれに伴って隷力もより強力になる。場合によりけりだけど、悠くんが影響を受けてしまうのはそういう時ね」

「お母さん!!」


 緋香梨が威嚇していた。文字通り牙を剥いて。

 なかなかの迫力だが、僕は何とか緋香梨を宥めすかす。頭をぽんぽんしてあげたらすぐに怒りはおさまった。ちょっとちょろいような気もするがまあ可愛いので良し。


「つまりね。緋香梨が悠くんにきゅんきゅんすると隷力が強まっちゃうのね。ほら、隷力って相手を従えさせる力だから。悠くん大好きーっ、って気持ちが勢い余って吸血鬼の本能で眷属にしたくなっちゃうのね」

「お母さん!!」


 緋香梨が凄い剣幕で立ち上がろうとしたが、手を引いて僕の膝上に座らせた。ついでに動けないように後ろから抱きしめてやる。僕の膝の上に座る緋香梨は借りてきた猫のように大人しくなった。ちょろい。

 いやちょろいっていうか、何してるんだろうか僕は。緋香梨に想いを告げたことで吹っ切れた感はあるが流石にご両親の前でやりたい放題すぎる気もする。

 もう少し慎みを持つべきだ。分かってはいるが……まあいいか。可愛いし。聖奈さんも良夜さんも微笑ましく見守ってくれている。


「後は緋香梨が本気で従えさせようとした時は悠くんでも抗い切れないかもね。それこそ吸血鬼の本領発揮ってものだし」

「なるほど、よく分かりました。その、ちょっと恥ずかしいですけど」

「ははは、まあ今更な気もするがね。さっきからラブラブじゃないか」


 突然良夜さんにからかわれた。あまりの小っ恥ずかしさに思わず緋香梨を膝の上から降ろそうとしたが、当の緋香梨は満更でもなさそうだ。身体を小さく揺らして上機嫌である。

 何だか負けた気がしたので、緋香梨にはもう暫く僕の膝の上に乗っていてもらおう。


「こんな格好で言っても締まらないとは思いますが……僕、絶対に緋香梨に寂しい思いなんてさせないですから。だから、その……これから宜しくお願いします」

「……っふふ、あっははは!悠くんって面白いわねぇ。ふ、ふふ……本当に締まらないわね。はーおかしい。これは緋香梨も応えてあげないとね?」


 パチリ、聖奈さんがウインクを飛ばした。すると緋香梨は僅かな沈黙の後、ゆっくりと振り向いた。

 その目は不思議な力を帯びていた。思わず釘付けにされてしまう。どうやら僕はスイッチを入れてしまったらしい。

 そして唇に触れる柔らかい感触。両親の手前恥じらったのか、先ほどに比べると随分控えめなキスだった。


「ひゅう。若いって羨ましいわね、良夜さん」

「そうだね。緋香梨がここまで積極的だとは思わなかったけど」


 なんて言いながら笑っている二人だが、結城家はちょっとおかしいと思う。普通は怒られてもおかしくないだろうこんなの。

 緋香梨も緋香梨だ。両親の前でキスとか正気の沙汰ではない。とか言ってる間にも緋香梨は何度も僕に唇の特攻を仕掛けて来ている。流石に顔から火が出そうなので必死に避けたり防いだり。


「何で避けるの!!」

「恥ずかしいからだよ!!やめ、こらひかっんむぅ!?」




 閑話休題。




「まあ仲良き事は素晴らしき事だけど、あんまり羽目外しすぎないようにね。貴方達はまだ学生なんだから。子供を作るのはもう少し長く生きてからでも遅くないわ」

「はぁ……はぁ……そうです、ね……」


 酸欠で息も絶え絶えな僕だったが何とか返事が出来た。何で酸欠かって?察して欲しい。


「と、とりあえず……緋香梨はもう少し慎みを持った方がいいと思うんですが、そこの所どうなんですか」

「諦めなさい。吸血鬼は欲望に忠実なの。時代が時代なら、悠くんは囲われて閉じ込められて一生愛玩される羽目になってたわ」

「……それは史実か何かですか」

「ふふ。想像にお任せするわ」


 そうして妖しく笑う聖奈さんもまた吸血鬼なのだと、この時ばかりは強く意識した。隣で所在なさげにしている良夜さんを見るに、聖奈さんもまあそれなりなんだろう。


「悠くん。緋香梨を宜しくね。たくさん愛して、幸せにしてあげてね」

「っ、はい。勿論です」

「私からもお願いするよ。緋香梨は今まで寂しい思いや悲しい思いをしてきた分、悠くんに向ける愛情が相当大きいんだろう。どうか、その全てを受け止めてやってくれ」

「任せて下さい。なんたって僕は妖怪の息子ですから」


 だからなんだって感じだが、まあ僕なりの決意表明だ。普通じゃないからこそ僕は緋香梨という存在を受け止めてあげられる。僕にしか出来ない事だ。

 緋香梨は愛おしそうに僕の胸に頬擦りをしている。なんというかよく懐いてる子犬みたいだ。可愛い。

 こうして晴れて結城家公認となった僕と緋香梨。朝にこの家を見上げていた時には全く想像も出来なかった状況だが、きっと僕はこうなる運命だったんだろう。

 僕が僕として生まれた時から、緋香梨と結ばれる事は運命だった。なんとなくそんな気がした。


「悠くん、今日はうちでゆっくりしていきなさいね。学校とか悠くんのご両親には私から説明しておくから。私今日は有給使っちゃったし、良夜さんもお休みだし……お赤飯でも炊きましょうかね」

「はは、今日はご馳走かな。なら買い出しに行ってくるよ」

「あらそう?じゃあお願いしたいのが──」


 そうして僕が返事をする間も無く、僕は結城家で夕飯のお相伴にあずかる事が決定したのだった。



*****



 結城家の夕食はとても美味だった。聖奈さんが料理上手だった所為で僕は他人の家だというのに恥も外聞も無く何度もおかわりしてしまった。

 ただ、トマト料理が大半だったのがコメントし辛いところだ。聖奈さんも緋香梨もトマトが大好物なので仕方ないが。とりあえず当分トマトは見たくない。

 夕食の席では他愛のない話ばかりしていた。互いの趣味だとか、学校生活の事とか。僕と緋香梨は事あるごとにからかわれたりもしたけれど。

 楽しい時間だった。人の家だというのにいつの間にか馴染んでしまったようにも思える。時間が許す限り入り浸っていたいとさえ思った。

 もちろんそんな訳にはいかず、適当な所でお開きとなった。そうして僕は今、畏れ多くも結城家の車で自宅に送ってもらっていた。


「ここで大丈夫かな?」

「あ、はい。送ってもらってありがとうございました。それと、夕飯も頂いてしまって。今度何かお礼をさせて頂きます」

「気にしなくていいの。悠くんはもう私たち家族の一員みたいなところがあるわ」


 あるんだ。……まあ緋香梨と恋仲になった時点で聖奈さんの言う通りかもしれない。これからはむしろ遠慮し過ぎないように気を付けないと。

 良夜さんは車を僕の家の前に止めてくれていた。少し名残惜しいがここでお別れだ。運転席と助手席に座る結城家御夫妻に今一度礼を述べてから僕は後部座席のドアを開く。そのまま車を降りて扉を閉めようとしたところ、同じ後部座席に座っていた緋香梨が声をかけてくれた。


「悠くん、またね」

「うん、また。緋香梨──っ」


 突然緋香梨が身を乗り出し、僕の唇に軽くキスをする。

 驚いて固まったままの僕を差し置いて、ドアは閉まって行く。そして間も無く車は走り去っていった。


「……参ったなぁ」


 鼓動の高鳴りがおさまらない。最後の最後で爆弾を仕掛けられてしまったみたいだ。

 どうやら緋香梨は結構なキス魔らしい。この先僕の理性がどこまで保つのか戦々恐々としながら、僕は家の扉を開く。

 緋香梨の事で頭が一杯だが考えなければいけない事は沢山ある。第一に、母に何と説明するかだ。母の言う通り僕は僕の知りたい事を知った。それを踏まえて、緋香梨との事をどう伝えたものか。

 母なら何も言わなくても察してくれるだろう。だがこればかりは僕の口から伝えたかった。

 きっとこうした葛藤さえ母には筒抜けてしまうだろう。それでも言葉にすることには意味がある。声に出すからこそ伝わるものだってあるはずだ。

 色々と思考しながらリビングの扉を開く。声が飛んできたのはすぐだった。


「悠、お帰り」

「ただいま」


 返事をして、僕は絶句した。

 食卓の席に着いていたのは母と、父だった。


「な、な、な」

「何だよ」

「なんで!?」

「何がよ」

「何で、父さんがここに」


 そこに座っているのは紛れもない僕の父。奥宮徹だった。

 父は残り物のカレーをつつきながら笑みを浮かべている。僕が狼狽えているのが面白くてしょうがないらしい。

 困惑と一抹の腹立たしさを覚えながらも僕は父を見据える。最後に帰ってきたのはいつだろうか。半年くらい前だった気がする。

 父は軽薄な笑みを浮かべながら僕の問いに答えた。


「結城さんちから連絡貰ってな。悠、緋香梨ちゃんと仲良くなったんだって?お前も隅に置けないな」

「いや、まあそれほどでも……じゃなくて!連絡貰ったからってこんな唐突に帰ってくる?普通」

「母さん、なんか悠冷たくない?」

「照れ隠しよ。そうよね?」

「違うし。全然違うし」


 断じて違う。僕が違うと言ったら違うのだ。

 ……必死に否定しても始まらない。僕が一番聞きたいのは、どうして突然帰ってきたのかという事だ。父に連絡を入れたのが良夜さんか聖奈さんかは分からないが、それにしたって急すぎる。

 恐らく父は忙しい身の上のはずだ。それこそ全ての予定をすっぽかしでもしないとここまで急には帰って来れないはずだ。

 そこまで考えた僕はふと視線を感じて顔を上げた。ゆっくりと母が頷いていた。


「そのー、何だ。もう大体知ったんだろうが……ちゃんと説明しておこうと思ってな」


 いつの間にかカレーを平らげた父が僕に向き直る。その目は真っ直ぐに僕を捉えていた。


「大体の事は結城さんが話してくれたとおりだ。悠、今まで隠していて悪かったな」

「……それはもう良いよ。それで、後は何を教えてくれるの」

「そうだな。悠、お前自身のことについて少しだけ補足しておこう」


 そして父は語って聞かせてくれた。それは僕の体質に関する話だった。

 僕は「過敏性腸症候群」持ちだが、それは僕が「覚」の子供であることに由来するのだという。

 僕は母さんと同じく人の心を読み取る力を持っている。本物の妖怪である母ほどではないが、力の強さはそれなりだ。今までの僕には「人の心を読み取れる」なんて認識はなかった。それ故に力は無意識下で働くだけに止まっていたらしい。

 そう、僕は無意識に人の心を感じ取っていた。曖昧なままのそれらはストレスに変換され、「過敏性腸症候群」と言う名の病理に還元されていた。

 僕のこれまでの苦労は、単に「力」の所為だったという訳だ。そして認識が改められた今、僕はこれまでと同じようには生活出来ないかもしれない。

 考えないようにしていたがはっきりと感じるのだ。人の心の機微が。現に父の内心は手に取るように分かる。母には僕の力が及ばないのか、判然としなかったが。

 後悔、不安、安堵、期待──父が複雑な心持ちであるのは明らかだ。全て僕を案じてのものである事も理解していた。

 知ってしまえば僕は以前の僕では居られない。きっと腹痛に悩まされることは少なくなるだろうが、僕は見たくもない人の内面と向き合い続けなくてはいけない。

 でもこれは僕が選んだ道だ。緋香梨の為なら何の苦にもならない。緋香梨と同じ「不思議」として生きていけることが嬉しいとすら感じる。


「悠くん。貴方は私たちが思っていたよりもずっと強い子だったのね」

「母さん、それは……」

「ええ。悠くんは何の不安も躊躇いも感じていないわ。私たちが過保護だったみたいね」


 僕の内心を読んだのだろう、母は微笑みながらそう呟いた。父も何か納得したのか頷いている。

 ほいほい心を読まれるのはあまり気分の良いものではないが、今更だ。それに僕はこの力と一生付き合っていかなくてはいけない。うっかり他人の内心を暴露してしまわないように気を付けなければ。


「よし、心配事が無くなった。悠、緋香梨ちゃんの事幸せにしてやれな」

「言われずとも。……あと、その事に関しては感謝してるよ。緋香梨に会えて良かった」

「そうか。……お前も男になったんだなぁ」


 しみじみと父が呟く。感動している心がひしひしと伝わってくるので早くどうにかして欲しい。苦笑いしていると父は突然立ち上がった。


「さて、そんじゃまた暫く家空ける。元気でやれよ悠。母さんもまた」

「えっ!?ちょ、急すぎでしょ。仕事すっぽかして来たんじゃないの」

「すっぽかしたっていうか、遅刻する事にしたっていうか。俺これから雪女を迎えに行かないと行けないんだわ」

「はぁ!?」


 もう何から何まで訳が分からない。混乱する僕を他所に父はそそくさと玄関へ向かう。慌てて後を追う僕と、のんびりと見送りに立つ母。父は振り返って言った。


「悠。不思議な力の事はあまり言いふらさないようにな。一般社会において『不思議』の存在は真に認められている訳じゃない。そこだけ気をつけろな」

「分かってるよ!ああ待って、父さんの仕事って何なの?」

「あー、その辺は篠崎先生にでも聞いてくれ。アイツ俺の同僚だから」

「いや、え?同僚?」

「そんじゃ。母さんもまた。愛してるぞ」

「うふふ、私も。早く帰ってきてね」


 バタン、と玄関の扉が閉まる。既にそこに父の姿は無かった。


「……やっぱり嫌いだ」

「まあそう言わないであげて。お父さんのお陰で緋香梨ちゃんみたいな子が救われるの。お母さんは誇らしいのよ?」


 そう言われてしまえば何も言い返せない。でも、だったら尚の事もっと母を幸せにしてあげて欲しい。それは僕の正直な気持ちだ。家に居ない時間の方が長いのだ、母だって寂しいはずなのに。

 そんな事を考えた矢先、僕は母に抱きしめられた。慈しむような手つきで頭を撫でられている。


「ありがとう、悠くん。でもこれだってお母さんとお父さんで決めた事なの。悠くんが緋香梨ちゃんと関わることを決めたみたいに」

「なら良いんだけどさ。っていうか恥ずかしいんだけど」


 抗議する僕だったが、暫く母の抱擁からは解放してもらえなかった。



*****



 日々は緩やかに過ぎ去っていく。午睡の誘惑に抗いながら教室に響く先生の声を聞き流していた。何も変わらない、いつもと同じ授業風景。

 相変わらずお腹は痛いし、僕が席をたっても誰も気にしない。お腹をさすりながら静かに教室を後にした。

 僕の「覚」としての力はそれほど大したものでは無かったらしい。確かに意識すれば相手の感情を読み取ることも出来るが、具体的に何を考えているのかが分かるようなものではない。ふわふわとして捉え所のない曖昧な感覚だ。

 だから僕が「覚」の子供である事を理解したからといって何かが劇的に変わる訳ではなかった。それまでとは認識が変わるとか、それまでの僕のままではいられないとか、深刻に考えていたのが馬鹿らしくなってくる。普通に腹が痛い。助けてくれ。

 大体人の心が分かるとか、人よりちょっと感受性が高いってだけの話だろう。そんな人は僕の他にもたくさんいるはずだ。母は本当に具体的に人の心を見通せるのだろうが、僕にはそこまでの力はない。なら僕は普通の人間と何が違うのか。何も違わないはずだ。

 とはいえ、まあ直感が鋭いのは認める。それは間違いなく「覚」としての力によるものだろうし、普通の人とは違う部分なのかもしれない。

 でも悩むような事じゃない。むしろどうでも良い。腹が痛い。

 僕はトイレに駆け込み盛大に用を足した。知っても誰も幸せになれないので詳細は割愛する。

 結局何も変わらない。いろいろあって戸惑ったり悩んだりしたけれど、僕が「過敏性腸症候群」なのは変わらない。僕の日常は変わらずここにあった。

 ……いや、変わらないものばかりではない。変わったものもある。前言撤回だ、僕の日常は少し変わっていた。


「失礼します」


 保健室に足を踏み入れる。篠崎先生は外しているようだ。部屋は薄暗く、遮光カーテンの隙間からは僅かに日光が差し込んでいた。

 扉を閉めてすぐに人の気配を感じる。備え付けのベッドは二つ。その片方はカーテンが閉められていたが、隙間から人影が飛び出した。


「悠くんっ」


 僕の胸に飛び込んできたのは真っ白な少女だった。嬉しそうに頬を擦り付けながら僕を見上げていた。

 そんな彼女を優しく抱きしめながら、僕は微笑んだ。


「緋香梨。誰か来るかもよ?」

「そしたら隷力で昏睡させるから良いもん」

「こらこら、篠崎先生に怒られるよ」


 僕の言葉に不満げに頬を膨らませながらも緋香梨は僕から離れようとはしなかった。緋香梨も少しづつ変わってきている。積極的に隷力を使おうとするようなその言動は彼女が己を受け入れ始めている事の証だ。

 とはいえ軽々しく隷力を使うのは本当にやめて欲しい。実際に僕以外に使った事はまだないが、篠崎先生からはそれはもうキツく言い含められている。ああいうタイプが怒らせた時に一番怖いのだ。

 そういえば篠崎先生が父の同僚だというのは本当の事だったらしい。父も篠崎先生も、とある国際機関に所属しているのだと言う。詳細は教えてくれなかったが、聖奈さんの言葉通り「不思議」の保護や援助を目的としている組織のようだ。

 まあ僕には関係ない話だ。その組織が直接的に関わってくることはほとんどない。緋香梨が隷力で周囲の人間を暴走でもさせない限りは。

 だから僕はそうならないように緋香梨の側に居続ける。そしていつかは彼女もたくさんの人に囲まれて、もっと幸せに笑えるようになれれば良いと思っていた。

 どれくらい時間が掛かるかは分からないし、本当にそんな事が可能なのかも分からない。でも可能性はあるはずだ。聖奈さんが隷力を制御できているなら緋香梨にだってできると思う。

 その日が来るまでは、僕は緋香梨を支え続ける。彼女の笑顔を絶やさないようにする。それは僕が「覚」の子供だからこそ成し遂げられる事だ。


「悠くん」

「ん?」

「あのね、私悠くんに会えて本当に良かった」


 笑っていた。パッと花が咲いたかのような幸せな笑顔が僕に向けられていた。

 どうにも胸がいっぱいになって、僕は無言のまま緋香梨を抱きしめる。切なそうな彼女の吐息が僕の頬を撫でて行った。


「僕も、緋香梨に会えて良かった」


 きっと運命だった。

 これまでの全部、君に会う為だった。

 そっと唇を重ねると、もうそれだけが僕の世界の全てだった。僕はもう君から離れられない。君に命じられた訳でもないのに、僕はもう君の眷属になってしまった。

 或いは逆かもしれない。僕だけが君の眷属になれるんだ。なれたんだ。君は求めていたはずだ。なんたって君は吸血鬼なんだから。


「悠くんは、後悔してない?私とこんな風になって。私は悠くんの目しか見れないし、他の人の前に出るのも怖い。お父さんとお母さん以外には誰も私たちを祝福してくれないのに」


 互いの鼻先が触れる距離で緋香梨は呟く。視界を埋め尽くす紅い瞳の前で嘘なんてつけなかった。


「する訳ない。他の人なんて関係ないよ。……それに、僕だけが緋香梨を独り占め出来るんだ。他の人に悪いなんて思っちゃうくらいだよ」

「そっか。私も悠くん、独り占めしたいな。誰の目にも触れないようにどこかに閉じ込めて、ずっと私だけが悠くんを愛してあげるの。私だけを見て、私だけの事だけ考えて、私だけに縋って生きていくの……っ」


 ふるふるっ、と緋香梨が身を震わせる。想像したら興奮したのかもしれない。その瞳は陶酔し切ったように細められていた。

 僕の背に緋香梨の爪が立つ。迫り上がる情欲と快感を僕にも刻みつけるように。

 時代が時代なら僕は愛玩動物になっていた。聖奈さんの言う通りだ。これは多分吸血鬼の本能だ。種に適合出来る存在は貴重であるが故に、それを逃さない為の生存戦略。

 それは甘美で、淫靡で、抗い難い誘惑。正常な雄なら絶対に抵抗できない。でも僕には関係ない。僕はきっと緋香梨が吸血鬼じゃなくても緋香梨に惹かれていたし、緋香梨の側にいる事を選んだ。

 故に僕は黙って緋香梨を抱きしめ続ける。もう僕は君のモノなんだと行動で伝えるために。


「緋香梨、ずっと側にいるよ」

「うん……うんっ。愛してる、悠くん。『ずっと一緒だよ』」


 濡れた緋香梨の瞳が光る。昂る彼女の感情が隷力となって現れていた。僕は頷くだけだった。

 僕だけが彼女の為に在れる。彼女の求めに応じられる。これ以上の幸せなんてない。

 惜しむらくは誰にも自慢できない事だ。緋香梨を他人の目に触れさせるのは隷力の事を考えると避けなければいけない。

 でもそれはやっぱり、少しだけ寂しい事だ。緋香梨はまだ他人に存在を知られたくないと願ってもいる。勝手に写真を見せる訳にもいかない。

 だから僕は人知れず語るのだ。かつてこの保健室に居た、孤独に怯え悲しんでいた少女の存在を。子供の悪戯のように得意げに。いつか緋香梨がこの保健室を飛び出して、誰かと仲良くなる時に困らないように。

 噂を通して、君がもっと幸せになれることを祈って語るんだ。





 学校の保健室にはエルフが住んでいる、と。

お読み頂いた方はありがとうございます。読み飛ばした方もこの作品に出逢ってくれてありがとうございます。

ふと浮かんだイメージを吐き出す為に書いた物語でしたが如何でしたでしょうか。満足頂けたらブクマ、評価、感想で応援して下さると作者が全方位に土下座して感謝します。

白い女の子が性癖なので性癖に正直に書きました。依存しがちな女の子も好きです。緋香梨に愛着を持って頂けたら幸いです。

なぜ「エルフ」?と感じた方はWikipediaでエルフの項目を調べると幸せになれたり、特に何もなかったりするかも知れません。

6万字弱なので分割して長編小説として投稿しようか迷いましたが、短編として投稿させて頂きました。長編小説も連載していますので、興味のある方はそちらもお読み頂けますと作者が全方位に土下座して感謝します。

最後までお読み頂いた方、本当にありがとうございました。

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[一言] 良かったです ありがとうございました
[良い点] 続きが読みたくなってしまうような素敵な青春ラブストーリーでした
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