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発つ天使、跡を濁さず  作者: 朝楽
8/12

3-2

 カロンと別れて二人は客船の中に入る。船長の言うとおり、人でごった返していた。それに、外観にも恥じない豪華絢爛な内装。大理石と、金色の光沢に輝く広大なロビーと、オリエントな絨毯で敷き詰められたどこまでも続いていきそうな回廊。


 二人は受付を済ませる。個室もあるが、数時間の便なので、利用しない。宿泊施設は、悠長な天界からの旅行者が利用するようだ。閻魔大王の冥府を通過した後は、地獄などを巡るクルージングに変わるとのこと。先の港の観光地ぶりからしても、ここは死んだ直後でない者も多く含んでいることが窺える。


 手持ち無沙汰になった二人はとりあえずとデッキの上へと向かった。間もなく客船が出航し、街明かりが消える。冥界は昼夜という概念があるのだろうか?終始曇天下のような薄い闇に支配されている。淀んだ大河の川面も悠久の沈黙の中にある。対照的に、船上だけは大いに賑わい、祭りのような活気に満ち、川に身投げしない限りどこへ行っても明かりに困るところはない。


 デッキでは質素な恰好のおそらく死人と思われる者達をまばらに見掛ける。概ね老人で、四、五十代の人も稀にいるが、三条と百五十嵐ほどの若い者は死人の中には見られない。少しだけいる若者は天界からの旅行者だという事が傍目からでも分かる。はしゃぎまわっているからだ。が、声や雑音の大半を占めるのは老夫婦の落ち着いた会話、はたまた老人が多数を占めるツアー客のグループの、大げさな感心の低い声や拍手。


 しかしそうした喧噪の中でも遮られずに届くのは、三条にとって無慈悲な意味を持って聞こえる、たびたび繰り返されるアナウンス。


 ――本日も三途川大型高速船をご利用いただき、誠にありがとうございます。ただいま、浮世側港を出発し、閻魔第一港を目指しております。四方を囲んでいるのは、常世の名高い観光名所、三途川でございます。お亡くなりになられて間もない方々は、次の停泊港で降りていただくよう、お願いいたします。天国か地獄へ行くかが決まる重要な裁判が、閻魔大王様より執り行われますので、心の準備をなさってください。なお、三途川-地獄見学ツアーにご参加の方々は、裁判を傍聴いただけます。裁判では持参のカメラでの撮影は基本的に禁じられていますが、ロビー隣の売店のカロン船長特製ポラロイドミニカメラでの撮影は特別に許可されております。お忘れのないようにお買い求めください……。


 「なんでこんな同じ事しょっちゅうアナウンスするんだよ!もう三回目だぜ!今ぐらい裁判のことなんて忘れさせてくれよ!」


 三条が非難の声を上げた。


 「あんた、どれだけ後ろめたいことしてきたのよ……」


 「おまえは自信ありありなのか?」


 「当然でしょ。あんたと一緒にしないで。天界からの旅行者を見る限り、よっぽどの聖人じゃないと天界に行けない、ってわけでもないしね。まっとうに生きていれば、悩むことなんてないわ」


 「くっそう!どうか神様!俺にうまいこと閻魔大王とやらを丸め込んで、裁判を切り抜ける術を教えてください!」


 手を合わせて必死に天に拝む三条を見て、百五十嵐は心底呆れて目を細める。


 「それよりも、さっきのはなんだったのよ……」


 「ん?さっきのって?」


 「船に乗る前に、カロン船長にカップルだって誤解されたとき、そ、その……否定しなかったでしょ!」


 百五十嵐は目を逸らしながら言った。


 百五十嵐は何か理由があると思っていた。わざわざ嘘をついてまでカップルだと言って欺けば、船上や閻魔大王の裁判でなにか有利に働くものがある……例えばそんな、裏に何か策略みたいなものがあってあんなことを言ったのだと思っていた。しかし三条は、


 「まぁ、ノリってやつかな」


 「え……!?」


 百五十嵐のアテが外れた。堅い瓶の蓋を開けようと思ったら、意外と軽かった時のような、拍子抜けの感じ。


 ――こいつほんと何かにつけて適当というか、軽いわね。


 「でもお前、顔は可愛いんだし、胸もあるし、その気になりゃ、付き合ってやるぜ」


 「ちょっと何言って……!」


 「ははは、冗談に決まってるだろ!」


 「くっ……!」


 からかわれている――百五十嵐は思った。こいつと会ってから、調子を狂わされてばかりだ。


 「ところで、ここにはいろんな施設があるんだな」


 百五十嵐は改めてデッキを眺め回した。なるほど、さまざまな遊戯施設がある。


 まず目立つのが中央の巨大なプール。こういった豪華客船につきもののやつで、透き通った水で底の緑と赤のラインがよく見える。そのまわりには鮮やかな青のパラソルやビーチチェアがあり、隣接したフランクフルトや唐揚げといった屋台の香りが漂う。奥のほうにテラスのあるバーが常設され、出てきた観光客が琥珀色のビールをいくつも両手に抱え、泡がこぼれそうになっている。食べ物以外でも、射的の屋台、イルカショー、大道芸人やマジシャンの出し物、ファンファーレを鳴らす小楽隊、などが呼び物になっている。ビーチバレーができるスペースまである。


 「なんか、遊びたくなってこない?」


 「そんな気にはなれないわよ。死んだばかりなんだもん」


 「あっそう……」


 そのときたまたま、若いカップルが通った。女子のほうはぴっちりした水着を着ている。


 「プール入りたくなんない?水着着てさ」


 「だから、そんな気になんないって」


 百五十嵐は、三条が自分の体を横目で覗いたのを、見逃さなかった。


 「変な想像しないでよね……」


 「し、してないし。というか俺は既におまえの裸を……」


 「そこまでっ!それ以上言うと怒るわよっ!」


 三条は吹けていない口笛を吹いてそっぽを向いた。


 ――ほんとにこいつが、わたしを助けてくれた人なのかな。


 百五十嵐はそう思わずにはいられなかった。


 ――こんな適当で、デリカシーがなくて、言っちゃ悪いけど……性格悪い男が、わたしの恩人だなんて、思いたくない……。


 百五十嵐はプールで遊ぶ子供を呆然と眺めながら考えていた。


 「おい」


 「……」


 「聞こえてるか」


 「……」


 「百五十嵐!」


 「……へ?」


 三条は百五十嵐の目線の先で、手をワイパーのように上下に振っていた。


 「平気かよ?まるで上の空だぞ」


 「うん、えっと……なに?」


 「行くぞ」


 三条は突然動き、歩き出した。そして百五十嵐の手を掴んで、彼女を引いて行こうとした。


 百五十嵐の手は三条の手と堅く結ばれた。


 「……!?」


 百五十嵐は反射的にその手をほどき、ひるんだ。顔を上げると頭を掻く、三条の決まりの悪そうな、はにかんだ表情。それを見て彼女は我に返り、青ざめた。


 「悪ぃ、つい勢いでな……」


 「わ、わたし……そんなつもりじゃ……」


 「まぁ、とにかく……行くか?」


 「……うん」


 二人の間に鈍い空気が流れる。


 ――なにもあんな反応しなくてもよかったのに。


 百五十嵐は後悔した。二人は口を交わさないまま、船内に入って行く。

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