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活気溢れる人々の賑わい。光沢ある艶やかなコンクリートでできた港の空間は巨大で、小さな街なら軽く入ってしまう。埠頭の陸側にはレストラン、酒場が建ち並び、闇を帳消しにしてしまうほどの明かりが連なる。寿司屋の前では数人が入ろうものかと躊躇している。横幅の恐ろしく広い波止場に停泊しているのは、見上げなければ上まで見えない大型客船。蒸気が出ているが臭くはない。そして淡いライトで照らされた客船の左舷にはこう書かれている。“三途川大型高速船”
百五十嵐たちは人垣を分けて進む。観光地のような盛り上がり。悲壮感に肩を落としている者も少なからずいるが……ここまでおとなしく来たということは死を受け入れた人々だということだろう。子供ははしゃぎ、大人は酒を飲み、なかには薄着の若い女をナンパをしている男も。一カ所だけ特に人が密集していて、訝って百五十嵐が近づくと、柵で囲まれた小さなスペースに、丸石が敷き詰められている。中央には石を積んで出来た山。賽の河原の跡地だ。ガイド風の恰好をした鬼が頼まれて、写真を撮らされている。
――情緒もひったくれもないわね。
全く調子を狂わされる。
「見ろよ、百五十嵐、あの山崩してぇ!崩したいったりゃないなぁ!」
「やめてよね。進入禁止って書いてあるでしょ」
「そしてそれをカメラに撮ってインスタにアップしてもいいか?」
「駄目に決まってるでしょ!炎上待ったなしだわ!」
雲を突き抜けてからここにきて、三条はずっとこの調子。先ほどまでの沈黙なんてどこ吹く風といった様子だった。
「おい、あれ!三途川で捕れた鮎の網焼きだってさ。良い匂いだけど、あんなドス黒い川の魚なんか食いたくねぇ!そんであれは、“賽の河原の石まんじゅう”。形だけかよ!中身クリームとか、関係なさすぎるだろ!ププッ」
「もうっ。六階堂さんから離れないで。はぐれるわよ。まったく、小さい子供じゃないんだから……」
「船はもうすぐそこだな」六階堂が咳払いをして言った。「私はそろそろこのへんで。管轄でまた人が死んだようだ」
「えっ、そんなぁ……」百五十嵐が三条をちらりと見て言った。「ここから先、どうすればいいのか分からないですよぉ」
「大丈夫だ。船に乗ったら後は小鬼たちに指示されるか、標識に従うかしてればいい。というか、人の流れに身を任せてれば迷う事なんてない。じゃあな」
「ま、待ってくださいよぉ」百五十嵐が涙目で訴える。
「あっ、そうだ。忘れてた。はい、これ。二人分の霊貨だ。二百ゴーストドル。船賃は一人三十ゴーストドル。もちろん片道。余った分は自由に使っていい」
「あの世でも金がものを言うんだな」三条が半分をひったくる。
「この仕事をしてると、毎度おなじみで飽き飽きしてるんだけど、修正する。ここはもう“あの世”じゃないからな。さて、じゃあそろそろ、“あの世”の人間を迎えに出てくる」
「置いてかないでよぉ……」
百五十嵐は項垂れた。隣では、飲食店の方へ体を向け、霊貨でコイントスしながら、もう片方腕でよだれを拭う三条。
「あんた、それ使いこんだら、ほんと洒落にならないわよっ」
「いや、ここでは使わねぇな。船の中の方が楽しいとみた」
二人は船着き場で、黄色のキャップを被った小鬼に霊貨を渡そうとする。
「おやぁ、足りないですなぁ。お一人百二十ゴーストドルですぜ」
「は?三十ゴーストドルって、さっき天使に言われたんだが」
「天使だって?あぁ、あのキリシタンですな。……クククッ。あんな情弱のことは信用なさんな、旦那。あいつら、つい最近まで天動説を信じていたくらいですから……」
「値上げしたのかしら……。そんなに持ってないわよ……」
「いくら持っているんだ?」
「百ゴーストドル……」
「じゃあそれで手を打とう……って、わっ」
小鬼が杖でぶたれた。背後にはやや太り気味の、背の高い老人。小綺麗なスーツを身に纏い、白髪の顎ひげや髪もきちんとセットされている。
「こら、やめんか」
「すいませんでした!三十ゴーストドル頂戴します!」
「まったく、油断も隙もありゃしない……お客さん、すみませんでした。うちのガラの悪い売り子が、とんだ失礼を」
二人の前に現れたのはこの豪華客船の船長、カロンその人。小鬼は逃げるように別の客のところへ行ってしまう。三条がへりくだった笑みを作る。
「それはいいんですが……いやぁ、まったく、ずいぶんと羽振りが良さそうっすね」
「おかげさまで。死人が増えると、わしらの懐は暖まる、これ自然の摂理じゃ。この数十年、寿命が少々延びようと、人口は増えるわ増えるわ、その分少し遅れて死人も増えるわ増える」
カロンは下卑た笑いを抑えきれていない。目はビジネスモードでも、口元は緩んでいる。
「ちょうど前の世紀の前半に、死人のブーストが二回あったんだが、あの時は今よりも凄かった。その時期にこの港は今ぐらいの規模に発展したんじゃよ。でも今もどんどん死人の数は伸びて、うなぎ登りじゃわい。ただ、いつか頭打ちになるじゃろうなぁ……」
「それなら当分問題なさそうですね。日本はともかく、世界人口はまだまだ右肩上がりっすよ」
「ところでお客さんたち、船に乗る前にデキてるって、旦那も手が早いなぁ。船に乗った後にカップルになる死人はいくらでもいるんじゃがな、乗る前とは。それとも、心中自殺か?」
「ちっ、違っ!誤解です!こんなのとカップルにしないでくださいっ!」
百五十嵐は顔を真っ赤にして叫んだ。
「こいつ、ツンデレなんすよ」
「おアツいですなぁ。若いっていいもんじゃぁ」
「っ……!」