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発つ天使、跡を濁さず  作者: 朝楽
10/12

5-1

 クチナシ色をした雲が海のように視界の下を埋め尽くしていた。三条達の乗るバギーは、雲の上を航海している船のよう。雲の表面に曲がりくねった飾りのない純白の道が続いていて、バギーはその上を走っている。三条は浮かれ気分で、やたらとわめき立てている。


 「はっはっは、良い気分だぜ。六階堂さんも悪いなぁ。あんなに大事なこと、黙ってたなんてな」


 絶えずハンドルを小刻みに動かしている六階堂は、振り返らずに、運転に意識を一部残したまま言った。


 「そういう決まりだからな。そうでなくても、おまえは調子乗りそうだから、嫌だったんだ」


 「ま、俺が天国へ行くだなんて、当然といえば当然なんだがな」


 百五十嵐が白い目で隣の三条を一瞥した。


 「よく言うわね。さっきまでガクガク震えていたくせに」


 二人は閻魔大王の裁判を終えて、天国へ向かっている所だった。裁判の結果は、二人とも天国行き。閻魔大王の指示により、六階堂が再び現れ、天国まで二人を連れて行く任務を賜った。彼女は用意したバギーに二人を乗せて、雲の上をこうして走っているというわけ。


 「それにしても、裁判の尋問がお飾りのものだなんて思わなかったぜ」


 「いいや、尋問は重要だ。ただ、それだけで天国行きか地獄行きかが決まるわけではないってことだ。おまえたちは人を助けようとして死んだ。そういうのは大きな加点になるから、天国行きは裁判する前からほとんど分かりきったことだった」


 「それを早く教えてほしかったんだって、なぁ、百五十嵐」


 「あんたと同類にしないでよね」


 百五十嵐は深いため息をついた。


 ――一度は見直しかけていたんだけどなぁ……。


 三条の横顔を見つめる。そうしていると、三途川の船での一件が、百五十嵐の心中で蘇ってくるのだった。






 遊戯場からテラスへ飛び出した百五十嵐が、三条の言葉に元気を貰った後のこと。百五十嵐の涙はもう引いていた。目を合わさないように川の方に見やる三条を、しゃがんだ百五十嵐が微笑みながら見上げていた。三条が沈黙を破った。


 「そろそろ、いくぞ」


 「ごめん……。待って」


 百五十嵐は床に座り込んだまま、腕を伸ばした。


 「起こしてくれない?」


 「し、しょうがねぇな……」


 目を逸らしながら、三条は百五十嵐の手を掴んだ。百五十嵐は強く握り返し、そのまま三条に手を引っ張られて遊戯場へと戻る。


 ――意外と大きい手ね。


 三条は百五十嵐のほうからずっと目を背けていた。三条は握った手を緩めてようとする。ところがそのたび、百五十嵐はいっそう強く握り返した。


 百五十嵐には一つ疑問があった。三条が彼女を励ました後の、控えめな態度。口数も少ないし、目もまともに合わさない。


 しかしそうした態度は、三条の性格によるものなのだろう。思い起こせば、出会ったときから、三条は自分のことを、デリカシーがなく、自分勝手で、軽薄な男であると、必死に相手に印象づけようとしている節があった。ところが彼はほんとうは優しい男で、なのになぜ自分に悪いイメージをあえて付けたがるのかというと、素直に優しい言葉をかけたりするのが恥ずかしいからだ。そう彼女思っていた。


 ――みせかけの性悪、ってところね。


 百五十嵐が手を引かれながら、ニヤニヤ笑っていた。


 「何笑ってんだよ」


 「なんでもなーい♪」


 「変な奴……」


 遊戯場のビリヤード台は玉が散らかしっぱなしになっていた。百五十嵐は自分から率先して玉を片付け、新しいゲームに向けてセットする。遊戯場にしぶしぶ来た頃とは違って、積極的になっていた。


 「ほら、三条。早く次のゲームやろっ!」


 百五十嵐は満面の笑みで三条を促した。


 「お、おう。そうだな……」


 三条は相変わらず目を逸らしつつ、気まずそうな反応を示した。


 百五十嵐が鼻歌を口ずさみながら、玉を打つ体勢に入る。……と、そのときだった。突然、室内の照明が暗くなった。


 彼女は何事かと思って辺りを見渡した後、三条を見やった。彼は大量の冷や汗をかいている。やたらに目が泳いでいた。


 ディスコチックな音楽が鳴り始め、頭上からミラーボールが出現し、天上や壁にきらびやかな光の粒が動き出した。遊戯場の奥の目立たない扉から、蝶ネクタイをした堀の深い男がマイクを持って現れる。


 「みぃいいなさん、ごきげんよう!たぁあああのしんでますかぁ!いよいよお待ちかねぇえええ、スゥウウペシャルトォオオナメントの開催でぇええす!」


 マイクの男威勢良く喋り、遊戯場の客の注意を引きつけた。司会進行の場数を踏んでいることがすぐに分かる抑揚の付け方。


 「みなさああああんの健闘にぃいいいい、ご期待させていただきまぁああああすぅ!優勝賞金、十万ゴーストドルを目指してええええ、頑張ってくだすわああああい!なおおおおおおお、ビラに記載のとおりぃいいい、トオオナメントオオの参加はあああ、二人一組でえええす!お連れの方がトイレに行っている方はああああ、急いで呼び戻おおおおしてくださあああああああい!」


 百五十嵐は三条の肩を手でポンと叩いた。青ざめた三条の顔が振り向く。


 「え、えっと、あの、そういえば、百五十嵐さん早くゲームしたかったんですよね……。じゃあ、や、やりましょっかねぇ……」


 「もしかしてと思って聞くんだけど、あなた、このトーナメントのこと知ってたの?賞金のことも?」


 三条が恐る恐る顔を起こしてくる。百五十嵐は澄ました笑顔で迎えうった。寒波に襲われたように、三条がぶるっと身震いした。


 「あ、いや、知らなかった……っていえば嘘になるかなぁ……ははは……」


 「ふふふ……」


 「ははは……」


 二人はそれぞれ笑顔だが、笑顔のニュアンスは全く異なるものだった。


 「あんなに走ってわたしの所に来てくれたのは、このためだったって言うのね!?」


 「ち、違うんだ……。断じて違う……。いや、全く賞金の事が頭になかった訳じゃないんだけど。ほら、十万ゴーストドルあれば、ここで豪遊できると思って……じゃなかった。賞金のことなんて、頭の中の一割も考えちゃいな……二割かな……いや、五割……九割……」


 「この馬鹿ーっ!」


 百五十嵐の怒りの鉄槌が降りた。今度は三条が遊戯場から飛び出し、百五十嵐が彼を追いかけて出て行った。

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