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短編小説

彼女は、清く正しい

 グズグズと煮え切らない彼女の返事を待つこと数分、真人は焦らず、相手の出方を待っている。

 時間を無駄にせず迷わず即決の彼女が、慎重に、用心深く思案している。

 

(ひとまずここはジッと我慢だな)


 駆け引きは得意分野のはずの彼にも彼女の心だけは未だに読めず、どうしたら手懐けることが出来るのか毎回頭を悩ませている。


 彼女が望むことは、流行りのブランド品を手にする生活でも貴金属で自分を飾り立てることでもなく、ただ平凡に世の中の秩序を守って清く正しく生きることだ。

 

「お天道様はちゃんと見てるんだからね。ズルしたらいけないんだよ」

 いちいち彼女の言うことは最もで、真人に反論の余地はない。

 しかし、正しい事を実践して正々堂々と生きることは案外難しいと誰もが知っていることだ。幼い頃より道徳教育によって、人権を侵害してはならない、いじめは駄目だと教えられても大きくなるにしたがって世の中の風潮に流されてしまいがちだ。それなのに、何も持たない小さな彼女は教えの通りに生きている。真人を頼れば大概の願いは叶えられると言うのに---。


 真人の実家は古くから表舞台に立つ事のない縁の下の力持ちを生業にして生計を立ててきた。

 国家を代表するグローバル企業がある一方で、司法の手が届かない闇の世界が存在するのもこの世の中の事実だ。

 真人が生まれた黒崎家は代々その光と闇の橋渡しをする役目を担っている。組織を一手に纏めているのが父の寿音で、真人は黒崎家の長男である。

 子供の頃から跡継ぎとしての教育を受けた真人の特異な常識は、同い年の子ども達の幼い思考とかけ離れ、クラスメートと交われない孤独感を募らせていく。

 

 父親のDNAを強く受け継いだ彼は非常に優れた少年で、勉強も運動も人並み外れた能力を発揮した。しかも容姿は漫画から飛び出したような美少年で、そこらの鼻垂れ小僧と大違いだ。天は彼に二物も三物も与え、いつ何時、何をしても、子ども達の注目の的になった。

 おませな少女たちが彼を特別扱いして騒ぎ立てるものだから、彼は学校一番のアイドル的存在に祭り上げられ、校内で彼に逆らう者は誰もいなくなった。


 そこに現れたのがクラスメートの近藤一瑠こんどういちるで、彼女は真人の考えを覆した。


 一瑠は真人を決して特別扱いなどしなかった。

 それどころか、真人の心の内を読み取って、外面だけ良い子ちゃんの真人を軽蔑した。

 学校生活に退屈していた真人には大きな衝撃で、周りに流されず、信念を持って物事を正しく理解しようとする一瑠の強さに惹かれていった。

 ここから真人の長い長い片思いが始まったのだ。

 当初真人がどんなにアプローチしても一瑠は付き合えないの一点張りだった。


「あんたと私は住む世界が違い過ぎるの。黒崎はお金持ちで頭が良いんだから、私立の名門学園に通ったらいいんじゃない? 狭い島国を抜け出して世界を股に活躍をしなさいよ。公立の進学校は庶民の為に枠を空けてよね。もし私を追い掛けて来たら絶対に許さないからね!」

 やっと見つけた愛おしい彼女を諦めきれるはずもなく、真人は一瑠が進学を希望する高校を受験した。真面目な彼女の自尊心を傷つけないように適当に手抜きをして試験に臨んだが、結果は主席合格となり、入学式の場で生徒代表として壇上に立った。

 その時の怒り心頭の一瑠の顔を、真人は今でもはっきりと覚えている。

 羨望や尊敬の念を抱いた他の生徒たちの眼差しと違う、強い念が込められた彼女の視線を感じて、真人はドキドキと胸が高鳴った。彼女に一心に見つめられて湧き上がる何ともむずがゆく、体中電気が走るような高揚感を初めて経験した。


「俺は一瑠と結婚する」

 十六歳にして真人は生涯の伴侶を決めてしまった。


 一瑠の生真面目さは恋に落ちた真人を振り回し続けた。何を言っても何をしても、一瑠はNOとしか返事をしない。

 適当を知らない彼女は、真人に諦めてもらうための努力を怠らず、必死になって縁を断ち切ろうと奮闘する。


「付き合ったら別れたくないじゃない? 私は一人っ子で近藤家の跡継ぎだから、お嫁には行けないの。近藤家の未来を背負ってるのよ。真人は兄弟がいるの?」


「子分なら沢山いる」


「話にならないわね。あんたとは付き合えない」

 今時の少子化問題を提示して、尤もらしい理由をひねり出したが、これには上手い解決法がみつかった。


「一瑠が沢山子供を産めば両家の跡継問題は解決する! 養子縁組すれば血縁的に問題ないよな」


「うググッ」

 付き合えないからと言って真人を突き放すとか、無視するとかの選択は彼女の中にないのだ。あくまでも正当法で真人に諦めてもらおうと説得を試みてくる。

 黒崎家へ度々出入りするようになると一瑠は真人の母親とは気が合うようで、大変な仲良しになリ、漫画談議に花を咲かせた。

 これは真人にとっては好都合で、棚からぼた餅のラッキーチャンスを利用しない手はない。

 一瑠はまんまと罠に嵌って、真人に既成事実を作らせてしまい、在学中に彼女を妊娠させる気満々の真人にそれだけは勘弁して欲しいと涙ながらに訴える羽目になる。


 またある時は、ビッチなメス犬になって、真人に嫌われようと試みたが、根が真面目なせいでついついやり過ぎて、一瑠の一連の仕草はコントを見ているような有様で、無駄な足掻きにしかならなかった。  

 

 それから敵対する組織にさらわれた一瑠を真人が救出したりと紆余曲折あった末に、一瑠は真人の彼女になってしまった。


(もうこれ以上は待てない。社会人になるなんて冗談じゃない)

 

 自分だけの大切な存在を世の男たちに知らしめる必要がどこにあるだろう。

 正義感の強い彼女はきっとどんなに理不尽な目に遭おうとも与えられた使命を全うする。ブラックだろうがホワイトだろうが関係なく出来る事は一生懸命やるはずだ。

 寿退社なんて何時になるやら、人手不足で引き留められれば定年になるまで働き続けそうだ。


 真人はどうすれば一瑠が嫁に来る気になるのか、真剣に考えた。幸い彼女の性格は熟知している。真人が無理やり迫れば逃げ出す算段に決まっている。

 

 要は彼女の口から結婚して欲しいと言わせれば良いのだ。



「だったら一瑠さんに現実を見せればいいんじゃないですか? 会社の中は矛盾だらけですよ。理不尽が蔓延ってパワハラにセクハラ、マタハラ、モラハラ、ハラスメントの巣窟じゃないですか。希望を抱いた真面目な新入社員にはショックが大きいでしょう」

 彼の腹心である側近の提案は妙案だ。

 しかし、彼女に辛い思いをさせるのは真人の本意ではない。

 傷つく一瑠は一瞬でも見たくないと思っている。真人もたいがい一瑠には甘いのだ。


 そこで考えたのが会社員の疑似体験だ。

 アルバイトを勧めて一瑠にOLの真似事をさせることにした。勿論働く先は黒崎の息の掛った関連会社だ。 

 わざとらしく辛い仕事をさせて教育係には厳しく接してもらうように指示を出す。


「滅相もない。時期会長夫人にトイレ掃除などさせられません」


「だからやらせるんだよ。やらせないと後悔することになるよ?」

 後は何処にでもいる嫌味な先輩や、やる気のない社員が色を付けてくれるはずだ。


 使えるものは何でも使って、欲しいものは必ず手に入れる。

 圧倒的な力と組織のコネクションを黒崎は持っている。

 一瑠の生き方と真逆の道を行く真人は、組織の非道なやり口に目を閉じて耳を塞ぎたくなることがある。それでも黒崎を背負っていくと決めたのだ。


 ふたりはまるでオセロのように背中合わせに光と闇を背負っている。

 ふたりでひとつ。

 人として生きるために真人には一瑠が必要なのだ。


 アルバイトを始めて暫くすると一瑠は日に日にしょぼくれていく。ため息の数が増える度に真人に甘える日が多くなり、やさしく接すると弱気な本音がぽろぽろ零れた。


 真人の狙い通り、自信を無くした一瑠は真人の手の中に落ちていく。弱り切ったどん底の彼女には縋る真人が一筋の光に見えたに違いない。


(こんな男でごめん。愛してるよ一瑠)


 彼女が落ちてくるまで後数秒。

 真人は歓喜に口元を綻ばせた。


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