最下層
「ダメージってなんだ?」
ラムダは頭の中でガンガンと大音響の鐘が響いている気がしていた。ミュウの最期のイメージが更に、鳩尾を重苦しく感じさせる。しかし、苦しげに息をつくシグマの声はラムダを救いはしなかった。
「ミュウはサブコード上で動いている。ミュウの受けたものは基本的にはミュウに返るが、それが無くなれば大元に戻すしかない」
「無くなるって、ミュウが、だよね!?」
シグマは無言で頷いた。それを見てラムダの顔が引き攣る。
「つまり、ミュウの受けたダメージは管理者に戻る。それをこちらへ流しただけだ」
「でも、そんな事をしたらシグマが」
「受けきれるかと思ったが、案外キツイな……」
がくりと首を項垂れてシグマが苦しそうに呟いた。
「当たり前だろ!」
「今、管理者に瑕をつける訳には行かない。でないと、都市を取り戻すチャンスが無くなる」
「そんな事言ったって……」
ラムダにはシグマの考えている事が読めない。今までもいつもそうだったが、今はそれがもどかしい。
唐突に下降が止まり、ラムダとシグマは通路から投げ出された。慌ててシグマを支え起こしたラムダの後ろで通路が閉じてしまった。
「まずい!」
ラムダが手元のカードをスロットに投げ込むが、それは冷たくはじき出された。微かに警告音が鳴った。更に近づいてカードを押し込もうとするラムダをシグマが止めた。
「もう、無駄だ。今頃、奴らは管理者を使って、再構築を始めているはずだ。今までのものはすべて使えない」
「そんな……何か、手は無いのか?」
「無い。我々はもう上層部へ上がる事も出来ないはずだ」
そこまで言うと、シグマは苦しそうに息を継ぎその場に蹲った。
「シグマ!大丈夫?」
ラムダがその体を揺すってみてもシグマは動かない。ミュウの様に回復が出来ないかと頭の中を総動員するが、効果のある方法は思いつかなかった。
助けを求めるように周囲を見回すラムダの目には、しかし荒涼とした基底部が映るだけだった。最下層には都市のような美しい構造物は無く、あるのはただ都市を支えるための剥き出しの柱のような基部とその間を網目の様に走る神経のような伝送路だけだった。その伝送の光もいつもと違った風に感じられた。
目の上には天井が見える。その上には更に別の層が存在するはずだった。基部に設けられた非常口を縫って自由にどの層にでも移動できる特権は今のラムダには無い。
少しでも楽にさせようとラムダがシグマを抱え上げた時、視線の先に何かが動いた。伝送路に時折光が走る他は動くものも無いところで、ラムダの中に信号が走った気がした。