サブ・コード
勢い、壁に叩きつけられて荒い息をつくラムダが振り返った時にはシグマが入り口を閉じているところだった。
「何するんだ!まだ、ミュウが残っている。開けてよ!」
「もう、遅い」
再び非常口を開こうとするラムダをシグマは首を振って押し留めた。そして、閉じるとほぼ同時にラムダとシグマはゆっくりと下降し始める。
「ミュウはどうするんだ!?」
「もう、間に合わない」
「でも!」
言い募るラムダをシグマは頑として取り合わない。その目は情報の収集に忙しかった。
「あの様子では敵に管理者を押さえられた。都市からダイレクトにデータを供給されていたミュウはその時点で存在が否認される」
「どういう事?」
ラムダの頭の中にはミュウの最後の姿が焼き付いている。串刺しにされて、まだそのまま晒し者になっているのだろうか?
「ミュウは急場凌ぎに管理者のサブコード上で生成していた。恐らくあの状態ではじきに管理者が敵側に支配されるだろう。そうなるとサブコードは単独では動けなくなる。あくまでも、管理コード上のサブだ。そして、敵側にとって不要なコードは排除される。管理者さえいれば書き換えは簡単な事だ」
「そんな……。天子様はどうなったんだ?」
「……管理者だ。名称は正確に使用しろ。侵入者達の目的は都市の混乱や破壊ではなく、管理者の掌握だ。我々が侵入者達に気を取られている間に都市の住人に成りすましたヤツに管理者を押さえられてしまった……」
「都市の乗っ取り?」
「おそらくそうだ。そして、今度は俺達が都市にとっての侵入者だ」
二人の間の沈黙をよそに、二人は降下を続けていた。
目の前で閉じた扉に何本かの槍が当たって弾かれた。
「追え!」
マントを纏った男は周囲の黒装束達へ鋭く指示を出した。すかさず、男達が扉へ殺到する。その先頭が扉に達する前に、光に透ける翅が扉を封印するように幾重にも扉を覆い隠した。ミュウの翅だった。男達が慌てて翅を引き剥がそうとするが、それはびくともしなかった。
「貴様!」
マントの男は恐ろしい形相でミュウに向き直ると、その顔を掴んで引き上げた。その顔は血に汚れ体に力は無かったが、その瞳には勝ち誇った輝きがあった。
「このニムダを出し抜くとはな。だが、ここまでだ。ここの管理者は既に我が手に落ちている。あの2人にも逃げ場は無い」
ニムダの嘲笑が響き渡る。その笑いを遮るようにミュウが吐いた血の混じった唾は、見事にニムダの肩を汚した。一瞬の沈黙の後、ニムダはゆっくりとミュウに向き直ると不気味な笑いを浮かべながらその顔に手をかけた。ミュウの瞳には強い光が宿っている。
「愚か者め。今更、何をしても遅いわ」
ニムダはミュウの顔に当てた手に力を入れるとミュウの顔を握りつぶした。
「……!ミュウが……」
ラムダの頭にミュウの感触が届いた。その絶望的な感覚に助けを求めるように振り返ったシグマは、壁に背をつけて荒い息をついているだけだった。
「シグマ!ミュウが殺られた!」
ラムダがシグマの肩に手を掛けようとした時、シグマが唐突に脇腹を押さえて蹲った。そのまま座り込んでしまう。
「ど……うした?」
「……管理者にリバースしないように、ダメージをこちらへバイパスした」
シグマは苦しい息の下で、そう呟いた。