壊滅
都市は大混乱に陥っていた。街路は逃げ回る住人達で溢れかえり、その間を縫って黒装束を纏った者達が触れるものを全て―建物も住人達も―次々に塵と変えてゆく。その中をラムダはミュウを連れて走った。そのミュウの働きは目覚しかった。ラムダの速度では手に余る相手を軽々と追い越し次々に除去していく。ミュウの全身が間断無く発光し続けている。時々、亜種とも新種とも取れる敵とも遭遇したが、ミュウは即時に解析と抗体の創出も行なうことが出来た。ラムダも同じ事ができるが、ミュウ程の速度で処理する事は出来なかった。しかし、ミュウは目が利かないのか視認範囲が狭く、すぐ近くの敵しか見つける事が出来ない。結局ラムダが手元のカードに映し出される敵影の行動を予測し、ミュウに転送する事が一番効果があがった。
「こいつらの目的は何なんだろうな?」
ようやっと追いついたシグマが呟いた。シグマは2人の速度には付いて来れず、遅れがちではあるが要所要所で取りこぼした敵を確実に仕留めながら追いかけてきていた。しかしシグマは限界に近いのか、その腕の光の文様がゆっくりと明滅を始めていた。消耗し尽くせば、文様は光を浮かび上がらせなくなるはずだった。ラムダはそれよりは、ややましな位か。お互い一息入れる必要があるが、如何せん相手次第だった。相手が何を考えているかわからない事には、落ち着いて休む事も叶わない。しかし単純に都市を破壊するだけならもう十分な効果があがっている。そして、今ではその大方が除去されているようだった。
「目的なんか持ってないんじゃないのか?」
更に一体除去し終わってミュウがにっこり微笑むのに目が合って、思わずラムダは目を逸らした。胸の奥がぎゅっと掴まれる様な苦しい気がする。ミュウは言語能力も低いのか片言しか話さないが、その分はっきり感情を現すのがラムダはまだ慣れなかった。
照れ隠しの様にラムダが周囲を見回した時、群集の先に不似合いな程派手な色柄の服の端が目に入った。
「あれは……天子様?なんでこんな所に」
あのオリエンタルな柄に見覚えがある。慌ててラムダは走り出した。小さな天子の体はともすれば群集に紛れて見失ってしまう。
「天子様!」
あと一歩の所で、その先に見知らぬ長身の男が大きくマントを広げていた。ラムダの声に天子は振り返ったが、すぐに長身の男に促されるように天子はその側近くに寄る。そして男はマントで天子を覆い隠してしまった。その黒ずくめの男の顔に邪悪な笑みが広がる。ミュウが男に向って空中を駆けていく。その顔は怒りをあらわにしていた。
「あ!」
その時、都市の光源が翳った。ラムダは視線が一瞬ブラックアウトした様に感じた。ありえない事だった。そして、周囲を取り巻く空気さえも変わった。ミュウが急に力を失ったように失速する。高さを保てず足から先に着地しようとした時、突如その体を前後から3本の槍が貫いた。血潮の様にミュウの体から光の飛沫が撒き散らされる。まだ、生き残っていた黒装束達が放ったものだった。そしてその槍はミュウを大地に串刺しにし、その体が倒れる事を許さなかった。
「ミュウ!」
ラムダにはミュウの体から急速に力が抜けていくのが感じられた。ミュウが必死に腕を伸ばした。その手を急いでそっとラムダが取ると、ミュウからデータが流れ込んできた。しかし、すぐにミュウの首ががくりと垂れた。都市のあちらこちらが崩壊する音が響き渡る。
「あ……」
「危ない!」
新たな槍がラムダを狙っていた。それを体当たりでシグマが避けさせた。2人して壁に激突する寸前、シグマは目の前に非常口を開いた。