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溢れ出す光はますます強くなり周囲を完全に押し包んでいて、その場の誰もが動く事が出来なかった。そしてその圧倒的な光の圧力の中で最初に動き始めたのは光の中心部に新たに出現した何かだった。それは、ゆっくりと伸び上がると次第に人の形を取り始める。そして手足を伸ばすと同時に背中に薄く七色に輝く翅を伸ばしていった。やがて翳り始めた光の中心部の人影は少女の姿を取った。その光の彼女はついーっと空を切ると中空からシグマと相対する黒装束の首筋に軽く触れる。途端に、黒装束は塵と化して崩れ去った。
「何…だ?」
ラムダの呟きは、黒装束の跨った黒馬のいななきに掻き消された。光に目の眩んだ馬が竿立ちになったのだった。すかさず立ち上がったラムダの首を、しかし騎手は黒馬の動揺を物ともせずにラムダの首を後ろから締め上げた。
「く……苦し……い」
釣り上げられる格好のラムダが手を伸ばして腕を外そうとするが、相手はこの時とばかりに締め上げて来る。
「ラムダ!」
シグマが剣を振りかざして駆け寄ってきた。その体からは血が滴っている。そのシグマを軽々と追い越して光が空を切る。
「ミュウ」
ミュウと呼ばれた光の少女はふわりと舞い上がると、馬の鼻先に立ち上がった。慌てて黒装束が腰の刀を抜き放つが、ミュウは緩やかな動作でその刃を避けるとそのまま腕を伸ばしてその首筋に優しく触れた。見る間に、塵と化した男の後を追うように黒馬も塵に返る。大地に投げ出され、荒い息をつくラムダにそっと近づくとミュウはふわりと笑いかけた。幼さの残る可愛らしい笑顔だった。
すぐにシグマが周囲の様子に気を配りながら側に来た。しかし、新たな敵は現れていないようだった。
「大丈夫か、ラムダ?」
「あぁ」
肯きながら鎖を外してラムダが立ち上がると、シグマは手元のカードを確認しながらミュウに向き直った。
「ミュウか?最新抗体を持っているな。これなら、新種にも十分対抗出来る」
ミュウがにこやかに肯くと、更にシグマは情報をチェックし続けた。
「デルタをベースにしているが、如何せん急場しのぎなので索敵能力が低いといった所か……。デルタの索敵能力が不完全と言うのが惜しいが、仕方がないか。ラムダ、まだ奴等は都市内をうろついている。ペアで除去に当たれ」
「それはいいけど、その傷は大丈夫なのか?シグマ」
「え?あぁ」
ラムダの指摘に初めてシグマは気付いた様に脇腹を見た。傍から見る限り、ざっくりと深く切れているようだ。今頃気づいた本人の方が驚いている。その時、ミュウがそっと手を伸ばしてシグマの傷口に触れた。シグマの全身が鈍く光ると、シグマの傷口は綺麗に消えていた。
「ミュウには再生能力もあるんだな」
ラムダの驚きにはにかんだ笑いの様にミュウの全身が微かに光った。