破壊する者
ラムダは駆け寄って走り去る黒馬の巻き上げた砂塵の中からデルタの首を抱えあげた。しかし、その機能は既に停止しているらしくラムダの腕の中でぴくりとも動かない。そのゴーグルもチカとも光らなかった。
「シグマ!ロードしてよ!」
シグマは静かに首を横に振った。
「デルタはもうその役目をとうに終えている」
デルタはラムダがこの仕事についてから、それとなく助けてくれた大事な仲間だ。決して面倒見の良いとは言えないシグマの下、デルタ無しでやってこられたとはラムダには到底思えなかった。自然、ラムダの瞳に危険な光が宿る。
「けど!」
pipipipipiiiii……
突然、二人のカードが同時にけたたましく警報を発した。慌ててラムダはデルタの首を脇へ置くと、その首も塵と消えた。
「どうした!?」
シグマが応答するとすぐさま音声が返って来た。相手はセントラルの様だった。
「都市内を複数の所属不明者が荒らし回っている。守護ユニットは各個で対応してくれ」
「さっきのやつか?」
「今、解析中だが、恐らく同じだと思う」
ラムダがカードを確認すると中空に都市構造が立体映像化され、その中に激しく明滅する紅点がいくつも、いくつも映し出された。そして、いくつかの青点が紅点に向って移動していく。そのうちの一つが自分たちを現している。
「こっちにも来る!」
ラムダが顔をあげるのと左右から黒馬がこちらへ向きを変えるのが同時だった。
「速い!」
シグマが脇へ避けたのを目の端で確認してから、ラムダは壁を蹴って宙へ舞った。すかさず硬化カードを取り出し、騎手に向けて飛ばす。カードは一人の首筋を深く切り裂き、もう一人の肘から先を切り飛ばした。首を切られた黒装束は塵と消えたが、後一人は大地に落ちたものの、素早く立ち上がり残った腕で背負った刀を抜き放った。その前にはシグマが同じく剣を構えている。
「シグマ!避けろ!」
ラムダの目から見て、スピードの差はあきらかだった。カードを手に大きく跳躍するとラムダは二人の間に立った。黒装束の目がぎらりと光る。間髪を入れずに刀が襲い掛かって来た。危うく硬化カードで受けるが、はね返す事が出来ない。背後からは新たな蹄の音が響いてきた。
じりじりと、刃の先が下がって来る。その間、ラムダの目には黒装束の酷薄な瞳が映る上に二重写しに解析データが流れ込んでくる。不確定要素が多いが、さっき捕まえた侵入者とタイプがかなり近い。いちかばちかラムダはそれに賭けた。片手でIDカードを取り出すと、レンジを合わせてチェッカーパターンを送り出す。それは、相手に伝わった途端に劇的な効果を現した。硬化カードに加えられていた力が緩み、男は大きく後ろに跳ね飛ばされる。そのまま、叩きつけられた大地でのた打ち回っている。
「気をつけろ!ショックを受けているだけのはずだ」
すぐにシグマが男に向けて隔離壁を作りながら、注意を促した。しかし、ラムダにはそれを聞く余裕が無かった。振り向いた先に新手が目の前に迫っていたのだった。
「速い……」
呟く間もなく、男達は馬上で抜刀していた。あの速さで二人はキツイ。足を止めるのがせいぜいで、相打ちまで持っていけたら御の字だった。解析結果が出ない事には、運任せでは一人目の様に一撃で仕留める事は難しい。しかも、動きを止めない事にはチェッカーパターンも使えない。段取り良く隔壁に男を放り込んだシグマは自分のカードに怒鳴りつけている。セントラルの返事ははかばかしく無いらしい。
間合いを計ってラムダは跳んだ。空中で刀を掻い潜って、硬化カードを投げる。何枚かは切り払われ、しかし、何枚かは確かに馬と乗り手に疵を与えた。そのまま黒馬は駆け抜けた。しかし、直ぐに馬首をめぐらせて襲い掛かって来る。ラムダのカードは僅かにその速度を鈍らせたものの、致命傷を与えてはいない。
「次は、どうする……?」
絶望的にラムダは呟いた。